189話 第2の試験会場
近付きがたい雰囲気が感じられ、
蔦が絡まった西洋建築の屋敷を前に
篝が柔軟体操をしている。
「まさかここで試験をするとは……」
「まじで加入させる気ねえだろ」
「油断しなければ入れるぞ」
「油断などそのような問題の
話ではないと思うが」
「試験会場をここにするとは……
予想外でしたな」
「ここも……迷宮ですし……
ピッタリだと……思ったので……」
「ここがあの幽霊屋敷ですのね……。
1度足を踏み入れたら2度と
出られないという……噂の……」
それを離れて見ているのはミアザ、
フェランドラ、チイト、ジークス、
ポンドにメラン、ベアスター。
「本当に大丈夫なのかな?」
そして困惑しながら、ユーを抱えた郁人だ。
〔本人が大丈夫って言ってるから
大丈夫じゃない?〕
(休憩なんてしてないに等しいのに……)
心配だと、郁人はため息を吐いた。
ーーーーーーーーーー
あれから回収された篝は、チイトから
貰ったエリクサーで怪我は完治し、
郁人から貰ったおにぎりを頬張りながら
要求したのだ。
「次の試験はなんだ?
1つクリアしたから次に行きたい」
「さっきクリアしたばかりだろ?
休まないと……」
「問題ない。今休んでいるからな」
篝はおにぎりをまた1つ手に取り、頬張る。
「休んでいるって、10分も経ってないぞ。
あれだけ戦ったんだから、明日でも……」
「今休んで、怪我も治ったから大丈夫だ」
「本人が良いって言ってるんだし、
別にいいんじゃない?」
チイトが郁人に抱きつきながら告げた。
「こいつ前から体力だけ無駄に
ありまくってるし、見たけど今は
それ以上あるみたいだよ。
体力だけなら、あそこのジジイや
ポンドに比毛をとらないくらい。
むしろ、それよりあるかも?」
「そうなのか?!」
聞いた郁人は目を丸くした。
「こいつ“体力おばけ“とか“タンク“
とか呼ばれてるしな」
フェランドラがチイトの言葉に太鼓判を
捺した。
ベアスターがそういえばと口を開く。
「その呼び名がついた理由の話は
聞いたことがありますわ。
ある迷宮でスタンピードがあった際、
その場に冒険者が彼しかいなかった
そうです」
しかも……とベアスターは続ける。
「他の冒険者は他の迷宮でのスタンピードの
対処に向かった直後でしたので、彼のいる
迷宮に駆けつけるのに3日かかったそう
ですわ。
その間、なんと彼は1人で3日間戦い
続けてスタンピードの被害を防いだと……」
「雑魚相手に遅れをとるような俺ではない」
突撃しか能のない魔物に負けるか
と篝は言う。
「まず、お前はなぜここにいる?」
ベアスターを見て篝は尋ねた。
「私がジャルダンに移籍したからです。
以後、よろしくお願いしますわ」
「移籍?! よくギルドが許したな?!」
爽やかな笑みをみせるベアスターを
篝は指差す。
「まあ、移籍など俺には関係ないか。
よし、なら俺と勝負しろ!
お前とも手合わせしてみたい!」
「私は構わないですけど、彼が
もう準備してるみたいでしてよ」
手合わせを申し込む篝にベアスターは
チイトを見る。
「そこまで元気なら望み通り、次に行くぞ。
試験内容はシンプルだ。
ー 迷宮である人物を守りきればいい」
チイトが指を鳴らすと全員がメランが
管轄するあの屋敷の前に移動していた。
「お待ちして……おりました。
ようこそ……お屋敷へ……」
メランは歓迎するようにお辞儀をし、
神々しい笑みを浮かべた。
ー そして、冒頭に至るわけだ。
〔それにしても、全員を同時に
転移させるなんてすごい技術よ!!
あんたを助けるときもしてたけど……
もう頭がくらくらしてきた……〕
ライコはチイトの能力に目眩が
しそうと呟く。
「エリクサーにも驚きましたのに
まさか転移なんて……!!
私の常識が音をたてて崩壊しそう
ですわ……!!」
「マスターと今後もお付き合いなるの
でしたら、これで倒れてはいけません。
チイト殿は常識を遥かに越えてきます
からな」
ポンドは苦笑しながら、驚きを隠せない
ベアスターに告げた。
「本当にそっくりだな……」
篝はある者をじっと見ていた。
守る人物とは郁人、いやスキャフープで
作り出した郁人の"ニセモノ"だ。
「触れても問題ないのか?」
「問題ないぜ。殴ったりしねー限り
壊れねーよ」
「そうか。おい、近づいてもらえるか?」
篝は腕を組みながらじっと見ながら、
郁人(仮)に声をかける。
が、反応はない。
「命令は出来ねーぞ」
「そうなのか……なら」
篝は郁人(仮)に近付くと器用に背負い、
取り出した紐で自身の体に固定した。
「これで問題ない。
手を繋ぐのもいいが、手を使えなけりゃ
対処が遅れる可能性がある」
「……動き辛くないか?」
〔邪魔になりそうよね〕
背負っているのを見ると、動きが制限
されそうに思える。
肩に移動したユーも動き辛そうと見ていた。
「大丈夫だ。こうやって宙返りも出来る」
篝は有言実行と、その場で宙返りを決めた。
「だろ?」
「すごい! 前よりすごくなってない?!」
篝の運動神経に驚きながら郁人は尋ねる。
「篝は本当にすごいなあ!!
でも、もう気持ち悪さとかない?
そんなに動いて大丈夫か?」
〔こいつ、本当に回復が早いわね。
屋敷に着いたときに忘れてたって
猫被りにキューブを飲まされたのに〕
ライコは感心する。
篝は着いたあと、無理矢理キューブを
飲まされていたのだ。
が、気持ち悪さに篝は耐えながらも
自力で立ち上り、今の元気な姿まで
回復している。
ベアスターもついでとばかりに
飲まされており、今も少し顔色が悪い。
「日々鍛練に励んでいるからな。
あのキューブも問題ない」
拍手する郁人に、篝は腕を組みながらも
左の口角を上げる。
「郁人」
郁人の手をとり、両手で包み込むと
宣言する。
「お前がここに来てもまだ自分を
大切にしていない事を理解した。
ー 俺が……お前を守る。大切にする」
「篝……」
篝の瞳は真剣そのもの、熱のこもった視線は
まっすぐ郁人を射抜く。
「……俺が誘拐されたときのことを
そこまで気にしなくてもいいんだぞ」
前からだけど、篝は心配し過ぎだ
と告げる郁人。
〔……あんた本当にニブいわね〕
それもあるでしょうけど、今の言葉は
込められた想いが違うと思うわよ……
と、ライコは思わず小声で呟いた。
「〜〜別に気にしてない!
おい! 守りきれば加入決定なんだな!!」
伝わらなかったことに口を一文字に結んだ
篝は不機嫌そうなチイトに臆することなく
確認した。
「そうだ。守りきれれば加入決定だ」
チイトは頷きながら口を開く。
「だが、今のお前の動きを見れば
生ぬるいと判断した。メラン」
「ひゃっ、はい。
難易度を……あげるん……ですね。
守るだけじゃなく……集めて……
屋敷から……脱出するに……します」
メランは片手でこめかみ付近を
押さえて、ボソボソ呟く。
「……用意でき……ました」
「よし。貴様にはパパ(仮)を守りつつ、
これも集めてもらう」
メランに頷くと、チイトは篝に投げ渡す。
投げられたものを篝は片手で受けとる。
「なんだこれは? 破片か?」
それは薄緑のガラスの破片に思えた。
淡く光っている。
「綺麗な色だな」
〔翡翠みたいね。新緑の優しい色だわ〕
覗きこんだ郁人は篝に注意される。
「触れるなよ。お前の体は弱いから
指でも切ったりしたら危ないだろ」
「はーい。わかってるよ」
「……見たいなら見てもいいが、
絶対に触るんじゃないぞ」
注意されて少し唇を尖らせた郁人に、
篝は再度注意しながら見やすいように
近づけた。
「たしかに新緑だな、この色。
絵の具とかで表現するのは難しそう」
「イクト、彼も挑戦しなければ
ならないからな」
観察していた郁人の肩をジークスが叩くと、
腕を掴んで引き離した。
強引な態度に郁人は目をパチクリさせる。
「……どうかしたのか?」
少し距離をとるとジークスが
腕をはなしたので尋ねた。
「いや、なに……彼らがな」
ジークスの視線を辿れば不愉快そうに
眉をひそめているチイトとメランがいた。
2人は篝を睨んでおり、その瞳はまるで
氷のようだ。
「あのまま君が居れば更に難易度を
上げてふるい落としそうだ。
彼らは加入に反対だろうからな」
〔英雄の言う通りね。
あんたを独占しそうな奴が急に
増えたもんだもの。
そいつがパーティーに加入したい
と言い出したのだから尚更よ。
あんたはフォローしたほうが
いいんじゃない?〕
(そうだな……)
ライコに言われ、郁人は動く。
2人の機嫌の悪さが肌に突き刺さりそうに
なるが、郁人は臆さず進む。
「チイト、メラン」
郁人は2人の頭を優しく撫でる。
「……パパくすぐったいよ」
「あっありゅじ様?!」
優しさにチイトは頬をゆるめ、
メランは目を泳がす。
「急にごめんな。撫でたくなったから」
「パパらしいや」
「……うぅ」
チイトは嬉しそうに目尻を下げ、
メランは頬を赤らめる。
「おい! こっちは準備万端だぞ!」
急かすように篝は仁王立ちで構えていた。
「…五月蝿い奴だな」
「いつもあんな感じだから。
悪気はないから許してあげて」
目付きを鋭くさせるチイトに郁人は伝える。
「……パパが言うなら仕方ないか」
「あるじ様が……言うなら……」
チイトは頬を膨らませ、メランも頷く。
郁人の手を名残惜しそうに触れ、
チイトは篝を見る。
「では、始めよう。
それを集めて、パパ(仮)を守りきった
上での脱出が条件だ。わかったな?」
「理解している」
「なら、スタートだ」
チイトが指を鳴らした瞬間、
篝の姿が消えた。
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授業を終えたノーイエは屋敷に
戻っていた。
そこへデュランから声をかけられる。
「先生! メラン様から第2の試験をやるから
準備をお願いって!」
「おや? 試験は明日じゃなかったのかい?」
「挑戦者が体力ありあまってるから
問題ないってさ」
「そうでしたか。では、俺は……
どうしました?」
デュランの少し不満そうな表情に
ノーイエが尋ねた。
「じつは……あたし大樹の木陰亭だっけ?
あそこの手伝いしようかと考えててさ。
で、なでしこさん? に店内の様子とか
いろいろ聞いたんだよ。
そしたら、メラン様に馴れ馴れしく
話しかける連中が多いみたいでさ」
「メラン様は目の下のクマに気を
取られがちですが、とても綺麗な顔立ちを
されてますから」
モテるのも仕方ないとノーイエは話す。
「でもよお、気になる相手にあんな目で
見られてたら察したりしねえのかな?
嫌がってるってわかるだろ?
メラン様は御自身の兄弟と尊き方以外は
人として見てねえじゃん。
虫けらみたいに見てるのに」
あんな冷たい目を見たら一発で
わかるのになんで話しかけるんだ?
とデュランは不思議そうだ。
「それがわかるのは俺達がメラン様が
兄弟と尊き方以外を人として見ていない
ことを知っているからでしょう。
でなければ、わかりませんよ」
メラン様も頑張って隠してますから
とノーイエは説明した。
「そうか……。
メラン様が前に話してくれたけど、
メラン様の兄弟、尊き方は本当に
すごい人達だもん。
そりゃ、同じ人として思えないのは
わかるなあ」
「俺もそう思います。
メラン様達を自分達と同じだと思うこと
事態がおこがましいことです。
で、デュラン。第2の試験は?」
「そうだった! 内容は……」
ハッとしたデュランはノーイエに
説明し始めた。




