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177話 その声はまさに救いだ




   〔……きなさい! ……起きて!!〕


   郁人は朦朧(もうろう)とする意識の中、

   凛とした声によりだんだん意識がハッキリ

   していく。


   「ん……」


   引っ付きそうになる目蓋(まぶた)を郁人は

   こじ開けた。


   「ここは……?」


   視界に入るのは古びた天井に、

   吊り下げられたアンティーク調のランタン。


   「手錠!? なんで!?」


   目に飛び込んだのは手首にはめられた手錠。

   手錠は鎖で壁に固定され、ここから

   逃がさないという意志が現れている。


   「誰かの部屋か……?」


   キョロキョロと首を動かせば、

   自分がいるのは白が基調とされた

   女性の部屋にありそうな、金の刺繍が

   施されたベッドの上だとわかった。


   〔大丈夫!?

   あんた、スタンガンみたいな魔道具で

   意識を奪われたのよ!〕


   ライコの慌てた声が聞こえた。


   枕元にヘッドホンがあり、手には指輪、

   足にはホルダーがあることから、置いてきた

   装備以外はきちんとあるようだ。


   (……そうか。

   俺、ジニアさんに誘拐されたんだった)


   ようやく、郁人は自身の置かれた

   状況を理解する。


   (ジニアさんが時計みたいな魔道具を

   使ったら、すぐに屋敷の前にいたんだ。

   それに驚いてたら意識が……)


   首元になにかを押しあてられてからの

   記憶がない。

   ライコの言うようにスタンガンに

   よって今まで気絶していたようだ。


   (まさかスタンガンがこの世界に

   あるとはな……)

   〔……あんた冷静ね。

   パニックになったときの対処マニュアルを

   用意してたのだけど、いらなかったわね〕

   (そんなマニュアルあるんだな。

   冷静なのは……あれかな?

   ライコがこうして話しかけてくれるから

   かもしれないな。

   それと、似たような経験をしたことが

   あるからかも……)


   目をぱちくりさせたあと、

   郁人は少し思い出す。


   (たしか……友達と下校中に大人2人組に

   捕まって、誘拐されたんだっけ……。

   友達狙いだったけど、顔を知らなかったから

   それを利用して俺が捕まったんだったな)


   郁人は小学生の時に誘拐されそうになった

   事があった。

   誘拐犯の本命である友達を逃がすため、

   自分がその友達であると偽ったのだ。


   〔あんた、身代わりになったの!?〕

   (友達が風邪をこじらせてたからさ。

   熱もあったし、そんな友達を

   誘拐される訳にはいかないだろ?)

   〔あんたは小さい頃からその性格なのね。

   大きくなった今でも変わらないとか

   死んでも治らないのでしょうね……〕

   

   ライコはため息を吐いた。


   〔で、誘拐されたあとは大丈夫だったの?

   怪我しなかった?〕

   (大丈夫。危害は加えられなかったぞ。

   それに友達が犯人の特徴とか覚えてくれてた

   から、すぐに犯人達は逮捕されたから。

   ……あれから友達がますます俺から離れなく

   なったような)


   いつも助けてくれる友達を助けたくて

   したのだが、あれから友達が過保護気味に

   なったのも郁人は思い出した。


   〔……そりゃ、なるでしょうね。

   その友達さんの名前は何て言うの?〕

   (名前は……たしか……)



   「起きたのね」



   記憶を掘り返そうとした矢先、

   声が聞こえた。


   首を動かせば、どこか見覚えのある、

   巻きつく蛇を撫でながら、口許を歪める

   ジニアがいた。


   「ジニアさん……!」


   瞳はどろりと濁っており、視線に

   郁人は背筋にゾワリと悪寒が走る。


   (あっ! 思い出した!

   あの蛇……夜の国の蛇だ!

   それにしても……なんだろ……?

   悪意ではない、この視線……?)


   郁人は分析していると、頬から首筋を

   指でなぞられた。

   いつの間にかジニアが隣に座っていた事に

   目を見開く。


   「うわっ?!」

   「ふふ……本当にお人形さんみたい」


   頬を上気させ、瞳を更に(にご)らせながら

   郁人の首筋をなぞる。


   「あれから貴方の情報を得たとき、

   全身に稲妻が落ちたかと思ったわ。

   青白い肌に動かない顔、細い手足に

   スラリとした体……!

   そして、痛みを感じにくく、  

   平均より低い体温……

   まるで人形みたいじゃない!!」


   恍惚としながら、叫ぶようにジニアは語る。


   「あたし、人形が大好きなの!!

   自分でもどうかと思うくらいに

   大っっっっ好き!!

   あたしはずっとずっと動く人形が

   ほしくてほしくて……!!

   作ろうと思ったけど、あたしには

   出来なかった!!

   試行錯誤したけど結局はバラバラに

   しちゃったり、思うような作品が出来なくて

   そしたら大騒ぎになったから、落ち着くまで

   しばらく眠ってもうそろそろ静かになった

   かと起きてみたら貴方が居たのよ!!

   あたしの理想の人形にピッタリな

   貴方が……!!」


   ジニアは郁人の体の線を指でなぞり、

   舌なめずりをする。


   〔……気持ち悪い? 嫌悪感?

   いえ、これは恐怖だわ……!

   こいつおかしいわよ……!!〕


   ジニアの狂いっぷりに声を震わせるライコ。


   (あれ……?)


   そんな中、郁人の頭に疑問が浮かんでいた。


   (……”あたし”なんだな。

   それにジニアさんは蛇が……)

   「でも……」


   考えていると、ジニアの声の

   トーンがさがる。

   郁人に触れていた手は爪を立てる。


   「最近、貴方は表情が少し動くように

   なったの。

   体の調子も前より良くなってる……

   それじゃあ人形から離れるじゃないっ!!

   人間になってしまうじゃないのっ!!」


   ジニアは額に青筋を走らせ、激昂する。


   「まだ貴方が痛みを感じにくいのか

   確認するのに、人に魔道具を使って

   悪意を増幅させた!

   その悪意を利用して、痛ぶって

   確認のついでに貴方の心をへし折れたらと

   期待しても貴方は耐えに耐えた……!!

   外も中身も人形でいてほしいのに……!!

   なんで人間になるのよっっっ………!!」


   肩で息をして、深く息を吐くと

   ジニアは髪を整える。


   「……まあ、これからあたしが

   教育すればいいわ。

   あたしが人形に戻してあげるから。

   でも……」


   ジニアは引き出しからナイフを取り出し、

   郁人の腹に突き刺した。


   「……!?」


   郁人は息を呑むが、痛みは勿論、

   血も出ていない。


   「刺さってない?!」


   見れば腹にナイフは刺さっていない。

   傷ひとつ、ついていないのだ。


   〔理由を調べたけど、どうやら

   あの黒いのと白いのが一時的に

   あんたが食べている英雄の血肉の力を

   底上げしてるみたいね。

   あんたが傷つくことがないように〕

   (ユー……デルフィ……!

   ジークスにも感謝しないとな)


   郁人は怪我せずに済んだ理由の

   2匹と1人に感謝する。


   「あのお邪魔虫のどれかが

   貴方を守ろうとしてるのね。

   あたし達を阻もうなんて……

   ムカつくわね!!」


   親指の爪を噛みながら、

   ジニアはナイフを床に投げ捨てた。


   「まあ、いいわ。

   心を折るのは色々手段あるもの。

   今は……そうね……

   たっぷり楽しませてもらおうかしら」


   郁人の知らない色をした瞳が、

   視線が真っ直ぐ降り注ぐ。


   (気持ち悪いな……あの瞳……。

   それに悪寒がするような……)


   居心地悪さに身をよじらせようとしても、

   拘束する手錠が許さない。


   蛇がジニアの首から離れると、

   郁人の手首に巻き付き、逃がす意思の

   無さが感じられた。


   「あなたはこっちの知識は無い

   みたいだから……

   こちらから攻めたほうがいいかも」

   「なにを?!」


   息を荒くしながら、手はためらいなく

   服と肌の境に侵入してくる。

   そして、服をめくりあげると、その服の

   すそを郁人の口に突っ込んだ。


   「……なひっ?!」


   喋ろうとしても、口内深くまで入れられ

   舌が布と絡んでうまく話せない。


   「ふふふ……まるで陶器みたい。

   本当に人形みたいで、たまらないわ……」


   ジニアは頬を郁人の肌にあて、 

   指を胸から腹に滑らせる。

   美術品のように鑑賞し、心行くまで

   じっくり楽しむつもりだろうか。

   何度も這わせては、熱い息を吐く。


   「本当にきめ細かくていつまでも

   触れていたいわ」


   ジニアは郁人に馬乗りになると、

   指を這わせていく。


   「やめりょっ!!」


   指が危ういところまで行きそうで、

   郁人は抵抗しようとジタバタと体を

   必死に動かすが、手錠と上に乗られて

   いるのでうまく抵抗が出来ない。


   「暴れないでくれるかしら?

   あたしはただ愉しみたいだけなの」


   ジニアは郁人の耳元で囁き、

   その耳を舐める。


   いや、舐めようとした瞬間……


   「きゃあっ!?」


   バチンッ! という音とともに

   ジニアは退いた。


   「痛いじゃないの!

   なによ?! いきなり!!」


   痛む口を押さえながらジニアは

   何が起きたのかと目を丸くする。


   「これは……結界?!」


   チイトのマントを連想させる闇のベールが

   郁人を守るように包み込んでいるのだ。


   〔それ、猫被りの張った結界だわ!?

   その指輪に魔法を仕込んでたのね……!

   最初のバチッとしたのは別のみたいだけど〕   


   特定の意識を持って触れた相手に

   作動するようにしてたんだわ!

   とライコはチイトの技量に舌を巻く。


   「あの災厄……!!

   ここまでしてたなんてムカつくわね!」


   人の愉しみを邪魔して!

   とジニアは目尻を吊り上げる。


   (チイト……ここまでしてくれてたなんて

   本当にありがとう!)


   郁人はチイトに心から感謝した。


   「これを突破する魔道具が必要ね……。

   奥の倉庫を漁ればあるかしら?

   もし突破したら……」


   部屋を出ようとしたジニアは郁人を見る。



   ー「たあっぷり愉しませてもらうから」



   その笑顔は見知っている常連のものとは違う

   狂気に満ちた笑顔だった。


   郁人の肌がぞわりと泡立つなか、

   扉はバタンと閉まった。

   コツコツと足音は遠くへ行く。

   

   (このままでは……俺は……?!)


   足音は遠くへいっても、先程の歪んだ

   笑顔が頭から離れない。

   郁人の背筋は凍りつき、歯がガチガチと

   鳴ってしまう。



   <パパ!!>



   恐怖で支配されそうになった思考が

   一気にクリアになった。





ここまで読んでいただき

ありがとうございました!

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ーーーーーーーーーー


とある1室にてある者達が将棋盤と

向き合っていた。


1人は黒壇の角を額と左側頭部に生やした、

顔の半分を仮面で隠した美少年。

もう1人はどこか浮世離れした雰囲気を持つ、

近づき難い美貌をした青年だ。


「フム……

では、こういこう」


青年は顎に手をやり、盤を見つめていたが

突然顔を上げると、視線を空にやる。

その姿に少年が声をかける。


「どうした?」

「……私の祝福が発動された」

「たしか、あれか。特定の意識を持って

触れると発動されるといっていた」

「あぁ。無理矢理触れれば電気が

相手に痛みを与えるもの。

……あの子は大丈夫だろうか?」


青年は心配で顔を曇らせた。

少年は青年に声をかける。


「祝福した相手はたしか、其方の人間嫌いを

克服させた相手だったな」

「あぁ。あのような善なる者がまだ

この世にいるのだと私の認識を

改めさせた善人だ。

度を超えたお人好しともいう」


青年の言葉に、少年は告げる。


「……余の経験談だが、そのような者には

自然と周囲にそれを庇護する者が集う。

もしくはその者の過激派のような輩がいる。

ゆえに、問題はないだろう」

「……そうだな。次に会うときは私が何者か

明かして、祝福を授けよう」


そのときが楽しみだ

と青年は口許を緩めた。


「他の者が知れば、目を剥くだろうよ。

ほれ、気づいてないようだが王手だぞ」

「あっ……!少し待て!考えるから!」

「よいぞ。考える間を与えよう」


青年は将棋盤を真剣に見つめ、

少年はそれを楽しげに見ながら

そばにあった茶をすすった。



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