176話 誘拐された場面を見て思い出した
デルフィを捕まえ、郁人に声をかけたのは
髪を結い上げ、蛇を首に巻き、ドレスを着た
物静かな雰囲気の女性だ。
「なんで……?!」
郁人には心当たりがある。
「ジニアさん……!!」
「会えて嬉しいわ、イクト」
常連の1人であるジニアは微笑む。
その微笑みは背筋を凍らせる美しさと
狂気を孕んでいた。
「デルフィを離してもらえませんか?」
「あら、あたしの邪魔をした妖精のこと?
貴方の匂いがしたし、やっぱり貴方の
ものなのね」
ジニアはデルフィをじっと睨む。
「見ただけで貴方がどれだけ愛情を
注いだかわかるわ。
妖精は愛情を注いだ分だけ、
可能性を秘めた強い子になるのだから。
だからこそ……腹立たしいわねっ!!」
「ぴぃっ!!」
ジニアはわざと籠手の爪を立て、
デルフィを傷つけた。
デルフィは痛みで涙を流す。
「ジニアさんやめてください!」
郁人は声を荒げた。
(なにかおかしい……!
雰囲気がいつもと違うし、違和感が……!
でも、まずはデルフィを助けないと……!)
ジニアの様子に違和感を抱きながら、
郁人はデルフィを助けようと考える。
「この子がそんなに大事なのね。
店を壊して貴方の心を滅茶苦茶にしようと
思ったけど、こっちの方が良さそうね?」
ジニアは口の端を歪めて笑い、
更に爪を立てる。
「ひうっ!!」
デルフィは涙をこぼし、痛みから
逃れようとしてもジニアは離さない。
ユーが助けに動こうとするが、
ジニアに先手を打たれる。
「そこの黒い子も動いちゃいけないわ。
動いた瞬間、この子がどうなるかしら?」
〔あの籠手の爪の素材に"妖精喰らい"が
使われてるわ!
妖精の大敵で、妖精を襲って食べる
恐ろしい魔物!!
爪には妖精に更にダメージを与える
効果があるのよ!
妖精、産まれて間もないあの子には
かなりキツイわ……!〕
「デルフィ……!」
ライコの言葉に、郁人は下唇を噛んだ。
瞬間、風の音がし、前から鋭い音が
つんざく。
「あらあら、貴方もお邪魔虫だったのね」
「……くそっ!」
見ると、フードを目深にかぶった男、
オムライスがジニアを袖に仕込んだ
ナイフで切り裂こうとしていた。
しかし、見えない壁に遮られ、
オムライスは舌打ちを打つ。
「奇襲なんね野蛮ね。
1回だけ攻撃を防ぐ魔道具を
持ってきていて正解だったわ」
あら、そういえば……
とジニアは思い出したように口を開く。
「前にイクトを連れ去ろうとしたら
邪魔が入った件があったけど……。
貴方が原因だったのね、傭兵さんっ!」
ジニアが扇子を取り出し、振るえば
風が起こり、風が刃となって襲いかかる。
「あれも魔道具かっ!」
オムライスは仕込みナイフで風の刃を
いなし、風の刃は地面を抉る。
その勢いで、フードはめくれて表情が
伺えた。
触覚のようなアホ毛が前方にある
薄緑の髪に、爬虫類のような鋭い目、
両方の目尻から首にかけて鱗に
覆われた端正な顔立ちが見えた。
「獣人、蛇だったの。
道理で気配遮断の魔道具を使ってる
あたしを見つけられる訳だわ。
蛇は温度で標的を探すものね。
イクト以外に用はない、このあたしを!」
ジニアは眉を寄せ、オムライスを睨む。
「あいつらが街を攻撃するって聞いたとき
憲兵やお邪魔虫をおびき寄せる機会と
思って来たけど……。
貴方が居るなんて誤算だったわ。
まあ、いいわ。こっちには人質がいるもの」
「ママっ!」
「デルフィ!!」
ジニアは扇子をデルフィに当てる。
魔道具が発動すれば、無事では
すまないだろう。
「イクト、こっちに来なさい。
その忌まわしいジャケットと肩に乗った
黒い子は置いてよ。
そしたら、この子は離してあげる」
「…………わかりました」
「お前っ?!」
〔あんた正気?!
あいつがきちんと離すかも
わからないのよ?!〕
頷いた郁人にオムライスは目をむき、
ライコは慌てる。
(気になることもあるし、なにより、
デルフィを助ける事が優先だ)
ですが……
と、郁人はジニアに話しかける。
「行くかわりに、デルフィを
離してください」
「いいわ。ちゃんと離すわ。
貴方以外いらないもの。
それに、あれから貴方の誠実さは
知ってるから」
誠実には誠実に返すわ
と、ジニアは舌なめずりをし、
狂気に染まった瞳を歪める。
「……………」
郁人は深呼吸をし、ジャケットを脱いだ。
「ユー、デルフィをお願い」
ユーはじっと郁人を見つめた後、
悲しげに喉を鳴らして頷く。
「巻き込んでしまってすいません」
そんなユーを撫でながら、
オムライスに声をかける。
「以前も助けてくださったんですね。
本当にありがとうございます。
そして……ユーとデルフィをお願いします」
「……お前」
引き留めようと手を伸ばすオムライスの
手にジャケットを渡し、ユーも任せた。
「同時にお願いします」
「えぇ。いいわよ」
ジニアが頷くのを確認し、郁人は
真っ直ぐ向かう。
自分の手の届く位置まで郁人が来ると、
ジニアはデルフィをオムライス目掛けて
投げ捨てた。
(よかった……!)
郁人は無事デルフィが解放されたことに
1息つくも、腕を掴まれ、扇子を首に
あてられる。
「ママ!」
泣き叫ぶデルフィは郁人のもとへ向かおうと
するが、ユーに尻尾で捕まっている。
ユーも今にも郁人のもとへと
駆けつけたそうだが耐えているのが
わかった。
「デルフィ、ユー」
郁人は安心させようと表情筋を動かし、
自身なりに微笑む。
ー 「俺は大丈夫だから」
「……?!」
その表情を見て、オムライスが
目を見開いた。
「さあ、行きましょう」
ジニアは懐から別の懐中時計型の
魔道具を取り出し、作動させた。
街から2人の姿は消えた。
ーーーーーーーーーー
オムライスはなぜか、ずっと誰かを
探していた。
誰を探しているのか、自分でもわからない。
姉に指摘されて気づいたのだから。
『お前はいつも探すように視線を
動かすが、ずっと誰を探している?』
自身は赤ん坊の頃から常に探すように
視線をさ迷わせていたと。
オムライスは無意識の行動に合点が
いったと同時に、何かを探すために
故郷を出ることを決意する。
そして冒険者、傭兵となり荒修行に
打ち込んだ。
ー もっと強くならねばならない。
あいつは人の為に動いて傷つくから。
ー もっと強くならねばならない。
あいつは自分を蔑ろにするから、
自分が守るんだ。
ー もっと強くならねばならない。
あのときのような状況を2度と
起こさないために。
自身の魂が強く訴えるのだ。
強くなれ、守るために強くなれと!!
がむしゃらに頑張る中、なんでここまで
やるのか、わからないと頭を捻り、
足を止めようとするが、その度に焦燥感に
襲われる。
ー 止めてもいいのか?
あいつが助けを呼んだときに
駆けつけれなくなる。
守れなくなってしまうぞ。
同時に、勝手に涙がこぼれていく。
あのときの思いはもうしたくない!
と魂が叫ぶ。
だから、彼はひたすら強くなるために
努力し続けた。
強い者がいれば勝負に挑んだりもした。
そして、”孤高”に挑むため、孤高の
行きつけの店の扉を開いた。
孤高はここの店員に執着し、常日頃から
店員の側にいると聞いたからだ。
「いらっしゃいませ」
ソータウン1の美貌と噂の店主に
声をかけられた。
「……!!」
噂には聞いていたが、それを上回る
美しさに、思わず息を呑んでしまう。
「イクトちゃん! 案内お願いね!」
「了解です!」
が、それ以上に惹かれる声が耳を刺激した。
不思議と懐かしさで胸がいっぱいになる。
「いらっしゃいませ。席へ案内します」
「お前……は……!!!」
目の前に声の持ち主が現れた。
ここでは見慣れない黒髪にアホ毛が
特徴的な、自身より少し小さい、
能面のように無表情な青年だ。
ー こいつだ!
俺がずっとずっと捜していたのは……!!
初めて会ったというのに、懐かしさが
溢れてしまう。
涙がこぼれそうになってしまう。
探していたのはこの青年だと
魂が訴えている。
「? どうかされましたか?」
立ち止まる自分を心配そうに見る瞳も、
声も全てが懐かしく感じてしまう。
「……いや、なんでもない。
お前、名前は……?」
震えそうになる声を抑えつつ、
なんとか尋ねた。
青年はそれに答える。
「俺は郁人と申します。
どうぞこちらへ」
「イクト……」
ここでは聞き慣れない名前に
胸がいっぱいになるのを感じながら
案内してもらった。
それから、オムライスは仕事の無い日は
イクトの顔を見に行くようになった。
料理も美味しいので、働いた後に
食べるのが好きになった。
懐かしく思うイクトと話そうにも
孤高がべったり居るので話せず、
それに歯がゆい思いもしながら
イクトが拉致されそうになっていたのを
助けたり、陰から見守りながら
日々が過ぎた。
ー そして、今日が来た。
子供に気づかれていたのに驚きながら、
懐かしい思いが溢れる料理に舌鼓をうち、
これをきっかけに話せるようになるのでは
と考えていた矢先だ。
「……嫌な予感がするな」
異変に気付き、奇襲をかけるも阻害され、
人質交換となった。
捕まっている白い生き物はイクトの
家族のようだ。
イクトは交換に応じ、犯人のもとへむかう。
白い生き物は青年を求めて泣き叫ぶ。
泣き声にイクトは振り返り、微笑む。
ー「『俺は大丈夫だから』」
「………?!」
脳裏にある映像が流れ込む。
どこか懐かしい帰り道にイクト、
いや、もっと幼い彼が怪しい者達に
誘拐されそうになっていた。
『お前が桃山社長の息子の篝だな』
『そうです。ついていきますから
友達は逃してくれませんか?
友達は熱があるんです』
体調が悪かった自分を守るため、
幼い彼は自分を庇った。
『いいだろう。
用があるのはお前だけだからな』
『ありがとうございます』
『待て……!』
『熱あるんだから無理するなよ。
早退してもよかったのに意地はってさ。
……俺は大丈夫だから』
イクトは笑った。
心配させないように、相手を気づかい、
優しく微笑む。
ー 俺を守るために、自らを犠牲にする
というのに。
「『や……め……ろ……!!』」
幼い頃の姿と今のイクトが重なる。
ー俺は”また”お前を助けれないのか……!!
「郁人おおおおおおおおおおお!!」
オムライス、もとい"篝"は全てを
思い出した。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
面白いと思っていただけましたら
ブックマーク、評価
よろしくお願いします!
オムライス改め、篝は直感だけで
探していたのが郁人だとわかり、
会ったときから見守ってました。
魂が郁人を覚えていたからです。
郁人の人柄も魂が覚えていたのも
ありますし、見守っているうちに
知っていきました。
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チイトは郁人が街から消えたことが
わかると、転移で店に戻った。
そして、郁人の気配が残る場へ
駆けつける。
「俺は……なんで……
もうあいつが……されないように……
なのに……なんで……!!」
「ママ……!!ママああああ!!」
そこにはオムライス、いや篝が
地面を殴っており、横には郁人の
ジャケットにしがみつき
泣きじゃくるデルフィがいる。
ユーはチイトに気づくと近づき、
じっと見つめた。
チイトに状況を伝えているのだ。
チイトは理解する。
「状況は理解した。
……計算はしていたが、このパターンに
なったか」
チイトは郁人が誘拐される可能性も
あることも考えた上で、この状況に
ならないように動いていたのだ。
しかし、そうなってしまった。
(あの白いの、思いのほか店を
気に入っていたのか。
パパ以外あまり気にしてない
と考えていたんだが……)
デルフィの行動は予想外だった。
(こいつは店を守ろうと飛び出したのか?
言っておけばよかったか……)
パパに言いそうだからデルフィに
伝えていなかった事が裏目に出た
とチイトは舌打ちする。
「パパはホルダーと指輪を
持ってるんだな」
チイトはユーに確認すると、
ユーは頷いた。
「その2つがあるなら、最悪のケースには
ならないが……」
そこは安心したが、郁人が誘拐されたという
事実は変わらない。
「パパを早く助けないと。
……あいつらにも言わないと
あとで面倒だな」
チイトはメラン達に伝えに行った。
冷静に努めているチイトだが、
その目は怒りと憎しみで燃えていた。




