173話 解散屋、完敗
郁人は黙々と縫っていく。
ユーは近くでじっと手元を見つめ、
デルフィは胸ポケットからこっそり、
ティーは緊張した面持ちでジュースを
飲みながら見つめている。
〔あんた裁縫できるのね!
ソーイングセットも持ってるなんて
驚いたわ!〕
(裁縫は得意だぞ。持ってるのは……)
「ねえ」
郁人が説明しようとしたとき
ペローネから声をかけられた。
が……
「あなたは……」
「お兄ちゃん!
ダーちゃんの治療は順調ですか!」
ティーが勢いよくペローネとの
会話を遮った。
「うん。順調だよ」
「よかった! お兄ちゃんの手は
魔法の手だね! ダーちゃんの手が綺麗に
治っていくもん!」
ティーはペローネが郁人に話しかけようと
する度に全て遮っているのだ。
〔この子、解散屋からあんたを
庇ってるみたいだわ〕
(タイミングがそんな感じだもんな。
あとでお礼言わないと。
彼女とあまり話したくなかったから)
〔それはどうして?〕
郁人はライコに説明する。
(俺、彼女の目が苦手でさ)
〔目?〕
(彼女の目、昔に見た事あるんだ。
人を騙して楽しむ……そういった類いの
悪意を感じる目をしてる。
だから、自然と警戒してしまうんだ)
〔……あんた警戒心あったのね〕
ライコは意外といった口調だ。
(ちゃんとあるよ。こういった類いには
敏感だと自負してる。
前に、この勘のおかげで助かった事も
あるからな)
〔そうなのね。
……あの視線に気づいてないから
本当に悪意だけなのね〕
最後の呟きを聞き取れなかったが、
縫い終えた郁人は、ティーに完璧に
治したぬいぐるみを渡す。
「はい。治りましたよ」
「わあー! お兄ちゃんありがとう!」
ティーは無邪気に笑い、ぬいぐるみに
頬ずりする。
「遅れたけど、ハンドクリームも塗ろっか」
「うん! ティーちゃんスベスベが良い!」
郁人はホルダーからハンドクリームを
取り出し、差し出されたティーの手の平に
出す。
「両手でまんべんなく塗るんだよ」
「ありがとう! このクリーム良い
匂いがする! ティーちゃん好き!」
「ありがとう。俺も気に入っているんだ」
ついでに自分の手に塗ると、
ユーが見つめていた。
「ユーも塗ろっか」
ユーは嬉しそうに飛び出ると、
手を出してきたので塗ってあげる。
「その方はお兄ちゃんの家族?」
ティーに尋ねられ、郁人は答える。
「うん、俺の家族だよ。ユーっていうんだ」
「ユー様! よろしくお願いします!」
ティーはユーに向かってお辞儀した。
ユーはティーの頭を撫でる。
〔なんで様付けなのかしら?〕
(なんでだろうな?
……そろそろ行くか)
郁人はティーがオレンジジュースを
飲みきったのを確認して、話しかける。
「じゃあ、ペラルさんだったかな?
一緒に探しに行こうか」
郁人は席を立ち、ティーに手を差し出す。
「うん!」
ティーは嬉しそうに手を取り、ユーは
郁人の肩に乗りながら会計に向かう。
<ママ! あとで俺も塗って塗って!>
胸ポケットに潜んでいるデルフィが
催促した。
(わかった。あとで塗ろっか)
<わーい! わーい!>
弾ませた声が頭に響く。
無邪気な声に和みながら会計を済ませ、
郁人達は店を出る。
「ちょっと待ってよー!」
ペローネが会計を済ませて慌てて
追いかけてきた。
「あの人、お兄ちゃんの友達?」
「いや、さっき会ったばかりだよ」
足を止めることなく、郁人は逃げるように
早足で歩く。
ティーはちらりと後ろから追いかけてくる
ペローネを見たあと忠告する。
「……あのお姉ちゃん、お兄ちゃんを
見る目が怖いの。
隠してるけどティーちゃんにはお見通し。
だから……気をつけてね」
「うん。気をつけるよ。
話しかけてきたときも遮ってくれて
ありがとうね」
「ティーちゃんは気遣えるレディだから!」
礼を言いながら、郁人はティーの頭を
撫でた。ティーは自慢気だ。
〔小さい子は感情に敏感というものね〕
「ねえ! あたしのエスコートを……」
「アホ毛くんじゃないか!」
ペローネが柔らかな髪を靡かせながら、
郁人の腕を取ろうとしたとき、
前から声がかかった。
「ゲライシャン! 久しぶり!」
気付いた郁人はゲライシャンに手を振る。
「久しぶり! じゃないよ!
君が突然、目の前で拐われたときは
焦ったんだぞ!」
説明を聞いて納得したけどさ
とゲライシャンは郁人に指さしながら
詰め寄る。
「心配かけてごめん。
あの人は友達だから大丈夫」
「君の周りイケメン多すぎない?!
流石寵姫!!」
「寵姫とか関係ないからな。
まず寵姫じゃない」
感嘆の息を漏らすゲライシャンに訂正した。
「……ところで、後ろにいる彼女は?
隣の子はどなた?」
「後ろは知らない人。
隣の子はティーちゃん。
保護者探し中なんだ」
「こんにちは! ティーちゃんです!
怪しいおじちゃんから助けてもらったの!」
ティーは勢いよく手を上げ、挨拶した。
「……アホ毛くんは相変わらず
色んな事に巻き込まれるなあ」
ゲライシャンは2人を見た後、
額に手を当て、首を横に振る。
「なら、君の家に行けばいいんじゃない?
あそこは今、ソータウンで1番有名で
行く人も多いから。
保護者の手がかりも得られるかも
しれないよ」
「有名だったのか?」
目を丸くする郁人にゲライシャンは頷く。
「そりゃそうだよ。君や女将さんの料理の
腕は本当に有名だしね。
しかも、あの"歩く災厄"が店を改装
したんだから話題になるに決まってるよ。
前から、数々の料理店が君達を
引き抜こうと狙ってるから尚更だ」
ゲライシャンはそう語ると、
郁人に耳打ちする。
「後ろの彼女から逃げるには
女将さんに会えばいい。
ただし、彼女の前でお母さんと
言ってはいけないよ」
「? わかった」
郁人は首をかしげるが、頷いた。
「じゃ、僕は買い物に戻るよ。
またね」
「うん。また」
「ばいばーい!」
ゲライシャンは手を振り去っていった。
ティーも振り返した。
「あの人は彼女さんですか?」
ペローネは今だと、もう片方の腕を取り
郁人に尋ねた。
去っていくゲライシャンをちらりと
見てどこか勝ち誇った顔をした。
「それともお友達?
あたしとも仲良くしてほしいな」
ペローネは華奢な体とはアンバランスな
柔らかく大きな胸を郁人に押し当てる。
しかし……
「彼女は友達です。
離れてもらってもいいですか?」
郁人は冷静に対処し、ペローネから
腕を離す。
「初対面であまりこういった事は
しないほうがいいですよ。
仲良くなりたいなら尚更です。
いきなり距離を詰められるのが
苦手な方だっていますから」
冷静に対処されたペローネは
目をぱちくりさせ、硬直している。
「ティーちゃん俺の家に行こっか。
そこなら情報聞けるかもしれないって
ゲライシャンが言ってたから」
「わかった!」
そんなペローネをよそに、
郁人はティーと家に向かう。
様子を見たライコは口を開く。
〔動揺しないのね、あんた。
彼女、あんたの落ち着きっぷりに
硬直してるわ〕
(触れられた瞬間、嫌な感じがしたから。
ゲライシャンを見下した感じもしたし、
それに、母さんに比べたらなあ)
〔それ1番比べたらいけないから!!
あの大きさは規格外なのよ……!!
……そういえば、あんたの女バージョンも
かなりだったわね〕
あたしなんて……
と落胆する声が聞こえた。
道中、ペローネが何度かリベンジするが
ティーの助力もあって郁人はかわしていく。
(思い出した。こういうの前にもあったな。
妹の弱味を握ろうと俺に近づいてきた子
がいたんだ。
目が後ろの彼女に似てた。
怖かったから、今みたいに逃げてたな)
あの後どうしたっけと考えていたら
ユーにつつかれた。
「どうした?」
「お兄ちゃんのお家ここ?」
ティーにも声をかけられて
ハッとして見れば、大樹の木陰亭に
着いていた。
「そうだよ。ここが俺の家」
「あら、イクトちゃん!」
思いもよらぬ方向、後ろから聞き覚えのある
心地よい声が聞こえた。
振り向くと、荷物を抱えたライラックが
駆け寄っていた。
「おかえりなさい」
藍色の髪を靡かせ、ワンピースを
はためかせる姿は1枚の絵のよう。
優しさを滲ませる微笑みは心を温かくする。
「ふわあ……!」
「ひえ……?!」
手を繋いでいたティーは見惚れ、
瞳をキラキラさせた。
対照的にペローネは顔を青ざめる。
「ただいま。買い物に行ってたの?」
「調味料を切らしちゃったから
急いで買ってきたのよ」
なくなりそうなものも念の為ね
とライラックは微笑む。
「あら? その子達は?」
ライラックが小首を傾げ、
2人について尋ねた。
「…………負けたあああああ!!!
さっきの女には勝てるけど、
この人は無理いいいいい!!!」
ペローネは心底から叫ぶと、
泣きながら走り去っていった。
「どうしたのかしら?」
不思議そうに尋ねるライラックに
郁人は感謝する。
「ありがとう、母さん。
実は付きまとわれてて……」
「あら、そうだったの!
じゃあ、ジークスくん達が言ってたのは
彼女のことだったのね」
ライラックは納得する。
「最近、イクトちゃん達のパーティーを
解散させようとしている人達がいるって
聞いたのよ。
大半はジークスくんやチイトくんが
対処したみたい。
でも、なかなか諦めない子がいる
って聞いてたの……。
特徴がさっきの子と一致してるわ」
「母さんも知ってたんだ」
郁人の言葉にライラックは答える。
「ナデシコさんに聞いたのよ。
イクトちゃんのパーティーは
メンバー募集もしてないし、
入る隙がないから解散させたがる人が
多いらしいわ」
「解散させても入るかわからないのに?」
「その後のことは考えてないのでしょうね」
〔あんたがいるからパーティを
組めてるのにね〕
ライラックは苦笑し、ライコは呆れる。
ティーを見るとライラックはしゃがむ。
「こんにちは。貴方のお名前は?」
「こんにちは! ティーちゃんです!
お姉ちゃんはお兄ちゃんのお母さんなの?」
「えぇ。母のライラックよ。
ティーちゃん、よろしくね」
ライラックはティーの頭を撫でる。
ティーは照れながら、ふにゃりと笑う。
「お兄ちゃんのお母さんも綺麗なの!
キラキラで優しくて素敵な色してる!」
「色?」
〔なんのことかしら?〕
キョトンとする2人にティーは話しかける。
「パーティってことはお兄ちゃん
冒険者なの?
だったら、教えてほしいことがあるの!」
ティーはそれを口にした。
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オムライス:引き続き監視中
オムライスはペローネが郁人に
触れることをわざと見逃した。
ペローネの自信を砕くため、
そして、郁人がなびくはずがないと
わかりきっていたからだ。
「あいつがお前ごときになびく
はずがないだろ。
あの女将で目が肥えているなら
なおさらだ」
あの女将と過ごしてなくても
あいつはなびかないがな
とオムライスは口の端をあげた。
そして、性懲りなくペローネが
触れようとすれば今度は見逃さない。
手を伸ばそうとすれば、圧をかけて
自身が見張っていることを主張した。
気づいたペローネの動きは鈍くなる。
そして、子供もさり気なく助けており、
郁人に触れることすら許さなかった。
「あの子供……何者だ?」
少女にオムライスは首を傾げた。
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その者達はある計画を遂行しようとしていた。
そのために、魔道具を前から仕掛けて、
準備していたのだ。
その者達は仕掛けた魔道具を作動する。
ー瞬間、魔道具が光ると、光は円を描いて
周囲に広がっていき、一定の範囲で
光の壁となった。
「魔道具は作動したのか?」
「作動したがこんな感じではない!」
「どういう事だ?!」
「他の奴らと連絡がとれないぞ!」
「この壁に遮られて出られない!」
突然の事態に動揺する者達に
ある声が聞こえた。
「こんなあっさりかかるとはな」




