172話 解散屋は動けない
郁人は声のする方へ視線をやると、
窓から見える路地にうさぎのぬいぐるみを
抱えた、地面に届きそうなほどの長い
緑髪をもつ幼い少女が泣いていた。
「離して! いや!!」
「おとなしく来い!」
腕を掴む男は見るからに怪しい。
ー なのに、誰も少女を助けようとしない。
(なんで誰も助けないんだ?!
あの状況は明らかにおかしいだろ!)
戸惑いながら、郁人は席を立つ。
「すいません! マスター!
少し出ますが、すぐに戻りますから!」
「あっ! 待っ……」
ペローネは突然立ち上がった郁人を
引き留めようとしたが、それに構わず
郁人は走る。
〔いきなりどうしたのよ?〕
(ちょっとな!)
不思議そうなライコに応えながら
郁人は少女のもとにたどり着く。
「すいません!」
声をかけた瞬間、パリンと割れた音がしたが
郁人は気にせず話を続ける。
「妹になにか用ですか?」
「…………は?」
腕を掴んだ男は郁人に目を丸くする。
少女も口をポカンと開けていたが、
意図を察した。
「お兄ちゃん!
この人が連れ去ろうとするの!
ティーちゃんが離してって言っても、
嫌って言ってもグッと掴んで痛いの!」
「おいおい!」
「誘拐しようとしてたのか?!」
少女の言葉を聞いた周囲の人々は男を睨む。
「離してもらえますか?」
「……クソっ!!」
男は舌打ちをし、路地裏に逃げる。
「逃げたぞ!」
「追いかけろ!!」
「誰か憲兵呼んできて!!」
数人が男を追いかけ、急いで憲兵を
呼ぶ者もいた。
「大丈夫?」
郁人はしゃがみながらハンカチを取り出し、
少女の涙を拭う。
少女は素直に甘受しながら、感謝を告げる。
「お兄ちゃん助けてくれてありがとう!」
「どういたしまして。
こちらこそ察してくれて助かったよ。
他人と思われたら誤魔化されそうだから」
〔成る程。だから妹って言ったのね〕
ライコは納得した。
「ティーちゃんは察することが
出来るレディだもん!」
うさぎのぬいぐるみを抱え、
得意気に胸を張る。
腕には掴まれた痕があって痛々しい。
「……憲兵さんのところに行く前に
腕を冷やそうか。
俺、あの喫茶店で飲んでたから
着いてきて貰ってもいいかな?」
「いいよ!」
郁人が差し出した手を少女は握り
一緒に向かう。
<その子、ママがポンドと契約してて
よかったね!>
(どういうことだ?)
首を傾げる郁人にデルフィが答える。
<だって、誘拐しようとした奴は
見えない魔道具使ってたもん!
でも、ママはポンドと契約してたから
見えたんだよ!>
(なんで俺は見えたんだ?)
<だって、あれ生きてる人には
見えないようになるやつだもん。
ママはポンドと仲良しだから
影響受けてるんだよ>
運が良かったね、その子!
とデルフィが話した。
〔その白いのが言ってることは本当よ〕
デルフィの発言をライコが太鼓判を押した。
〔死霊系は認識遮断系の影響を
受けにくいの。
よほどの魔道具じゃない限り、
認識遮断は受けないわ。
調べたけど、さっきの男は
認識遮断の魔道具を使ってたわ。
足元に魔道具の破片が散らばってたもの〕
(そうだったのか?!)
なんで割れたかはわからないけど
とライコは告げた。
郁人は口をポカンと開ける。
〔それに、契約してる魔物と絆が
強固なほど影響されることがあるって
読んだことあるわ〕
なんでこいつが知ってるの?
とライコは不思議そうだ。
(デルフィはなんで……)
「お兄ちゃんの手スベスベだね!
ティーちゃんもスベスベなりたい!」
デルフィに尋ねようとしたとき、
少女が笑顔で話しかけた。
「えっと、じゃあ、着いたら
ハンドクリーム塗ろうか。
俺の手がそうなのはハンドクリームの
おかげだから」
「やったあ!」
少女は目を輝かせ、頬を紅潮させる。
(……大丈夫そうだな、良かった)
怖がっていないか心配だったが、
杞憂に終わったようだ。
「急に飛び出してすいません」
郁人は少女を連れ、喫茶店に入った。
マスターに声をかけ、郁人は席に戻る。
「相席で前に人がいるから、横に座ろうか」
「もともとそのつもりだもん!」
少女は花開くように笑いながら、
郁人が引いた椅子に座る。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
座ったのを確認して椅子を押し、
自分も座った。
「荷物を見ていてくださって
ありがとうございます。
? どうかしましたか?」
前に座るペローネの様子がおかしい。
顔に汗をかきながら、辺りをキョロキョロ
見渡していた。
が、声をかけられハッとする。
「い……いえ、なんでもありません」
肩をビクッとさせながら、ペローネは
問題ないと言い張る。
挙動不審さを気にしながら、郁人は
ホルダーから丸いクリスタルを取り出す。
「冷やすから腕見せて」
「キラキラだ!」
〔それ……誰から?〕
声を震わせながらライコは尋ねた。
(冬将軍から貰ったんだ。
チイトが使い方を教えてくれた。
凍らせたいと思ったら凍らせれるし、
冷やしたいと思ったら冷やせるし
すごい便利なんだよ)
〔冬将軍って、まさかね……〕
ライコはあり得ないと漏らす。
(どうかしたのか?)
郁人が尋ねても返事はない。
気になっていると、少女が嬉しそうに
微笑む。
「冷たくて気持ちいい!」
「痕が残らないようにこれも塗っておこう」
もう1つ、ホルダーからガラスに
伝統的な切り子が施された香水瓶の
ようなものを取り出した。
蓋を取り、患部に1吹きする。
「切られてる模様が綺麗だね!」
「ありがとう。
これは家族がくれたんだ。
結構効く薬だから、痕も消えると思うよ」
1吹きされた部分はどんどん
跡が消えていく。
(チイトがくれたこの薬、
効果テキメンだからな)
〔……そりゃテキメンよ。
エリクサーが入ってるし、その容器には
効果を高める術式が刻まれてるんだから〕
心中で郁人はチイトに感謝する。
郁人にライコの呟きは聞こえなかった。
「お兄ちゃんありがとう!
お兄ちゃんは見た通り、きらきらしてて
優しいね!」
少女は天使の微笑みを浮かべた。
「……そ……れ」
ペローネは息を呑み、体を震わせながら
瓶を見つめていた。
「どうかしましたか?」
「あ……いえ、なんでもありません」
「? 俺は郁人と言います。
君の名前は? 親御さんはどこに?」
ペローネの様子に違和感を抱きながら、
隣に座る少女に尋ねた。
「ティーちゃんだよ!
お母さんとお父さんはお家!
今日ね、おばちゃんが教えてくれた
場所に行こってペラルと来たの!
でもでも、途中ではぐれて
あのおじさんに捕ま……あっ!!」
ティーはぬいぐるみの腕が取れかけて
いる事に気付き、声を上げると、
瞳が潤んでいく。
「ダーちゃんが……手が……」
「あの……」
「それなら治せるよ」
ペローネがなにか言おうとしたが、
郁人はソーイングセットを取り出した。
「お兄ちゃんはお医者さんなの?」
「その子なら治せるお医者さんかな?」
涙ぐみながら見つめるティーに郁人は
出来るだけ顔を動かし、微笑む。
ティーは瞳をじっと見つめた後、
ゆっくり笑った。
「センセー!
ダーちゃんを治してください」
「任せて。待ってる間になにか飲む?」
「うん! ティーちゃんジュースが良い!
オレンジジュース!」
「了解。
すいません、オレンジジュース
お願いします!」
注文をすると、郁人はぬいぐるみをもらい
修復作業に入った。
前に座るペローネが下唇を噛んでいたことを
郁人は知らない。
「……………」
ティーだけがそれを横目で見ていた。
ーーーーーーーーーー
解散屋の女、ペローネはぬいぐるみを
直す郁人を見ながら内心不満で
たらたらだった。
(あたしを見ないでどこかに
行くなんてあり得ないんですけど!
しかも、あたしをほったらかしとか……
こいつ目がないの?)
自分に興味すら持たない郁人の態度に
眉をしかめてしまう。
(ハッ! いけないわいけないわ!)
窓に映る苛立った自身を見てハッとすると
男達の視線を独占する笑みを浮かべる。
(眉をしかめてしまって、
あたしったらいけないわ!
美少女たるもの! 常に笑顔を
絶やさないのだから!)
目をギュッとつむり、気分を切り替えた
ペローネは考える。
(だいたい、なんで香りが効かないの!
好印象をもたせる効果があるのに……!)
郁人の様子を思い返してみると、
ペローネをかなり警戒してる。
(早く依頼を終わらせたかったから
使ったけど逆効果みたいだし……!)
しかも、香りは謎の風に飛ばされ、
魔道具のイヤリングはなぜか粉々になり、
従魔らしきものに睨まれる始末……。
(寵姫のほうが肌は綺麗だし、
身に付けてるのは1級品ばかりで
超腹立つ……!
前に孤高に近づいた際に買ってたもの
持ってるし……!)
あたしより貢がれてるじゃない!
とペローネは心中でテーブルを殴る。
(おまけに……!)
ペローネは背後に目を配った。
そこにはフードを深く被った男。
ペローネを睨み、少しでも動けば
殺気が飛んでくる。
(なんであたしが睨まれるわけ……?!)
ペローネは経緯を思い出す。
ーーーーーーーーーー
郁人がいきなり飛び出したあと、
ペローネは考えた。
(弱らせて優しくしたら警戒を解くかも!)
と、ポーチからある物を取り出す。
それは香水瓶のような魔道具だ。
(あたしの虜から貰った魔道具。
ものにかけたら、触れた相手は頭痛で
倒れてしまう代物。
少量なら問題にないし、今の間に
本に振っておこうかしら?)
見た目で気づかれることはないと、
この後の展開を考えつつ、魔道具を
近づける。
いや、しようとした。
ー 「おい」
ガシッとその腕を掴まれた。
「え……?」
見上げると、フードを深く被った男がいた。
顔があまり見えないが、低いながらも
よく通るクールさを感じる声は怒りに
満ち溢れていた。
今までそんな声で話しかけられた事が
なかったペローネはひゅっと喉から
息が漏れる。
「さっきから見ていればキナ臭いんだ、
お前の行動は。
それもただの香水瓶に見えるが、
魔道具だな。
あいつに危害を加える気か?」
「いえ……ち……がい……ます」
声を震わせながら否定するが、
掴む力は変わらない。
「あいつに手出ししてみろ……
容赦しないぞ」
フードから覗く肌には六角形の鱗が見える。
男は凄むと席に戻っていった。
持っていた魔道具はいつの間にか
没収されており、ペローネはただただ
呆然とする。
(あいつ……"蛇"じゃない!
獣人の蛇は人に執着すれば最期まで
ずっと執着し、危害を加える者は
消していくヤバイ奴!!
なんで執着されてるのよ寵姫は!)
ペローネは顔を青ざめながら少し
振り向くと、しっかり見張られている。
背中に視線が刺さり、視線が見えれば
ペローネの背中は剣山になっているだろう。
(あたしのやり方にそぐわないけど
無理矢理暗示でもかけて……ひっ!!)
悪巧みした瞬間、鋭い視線が突き刺さる。
視線の持ち主は、もちろんあの男だ。
(寵姫相手なら楽だと思ったのに
なんでこうなるのよ!!)
タイミング良く睨まれ、ペローネは
顔を更に青ざめた。
ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!
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ブックマーク、評価
よろしくお願いします!
オムライス:ペローネが怪しい行動を
しないように釘を刺して、監視中。
ちなみに、認識遮断の魔道具が割れたのは
郁人が貰ったものの1部が
作用して壊したからです。
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チイトはコンタットで連絡する。
「貴様らはあいつらが罠にかかれば
すぐに動け」
《かしこまりました》
《了解した》
《了解……です……》
《わかったよ》
《作戦通り動くぜ》
それぞれから返事があり、
チイトは通話をきる。
「……使うのは面倒だな。
個人でやれば騒がれるきっかけにも
なるから動かすしかないんだが……。
あの王属性はなんでこんな面倒事を
したがるんだ?」
チイトは創作キャラの1人を
思い浮かべた。




