16話 クリア後のひととき
大樹の木陰亭の1階にある、
いつもの特等席。
チイトと郁人、ジークスの3人は席につき
豪勢な料理がライラックの手により、
テーブルに並べられていた。
チイトが朝作ったのものも並んでいる為、
3人で食べきれるかわからない程だ。
「3人の迷宮クリアを祝って
カンパーイ!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「…かんぱい」
ライラックの弾んだ声とともに
グラスがぶつかる音が響く。
「いっぱい食べてね!
イクトちゃんは体と相談しながらよ。
残してもいいからね。
迷宮クリアした後、倒れちゃったのだから」
「ありがとう、母さん」
ライラックの言葉に頷く郁人。
確認したライラックは仕事に
戻って行った。
「意外と疲れてたんだな俺……」
〔疲れるのは当然よ。
クリアだけならまだしも、この2人が
激突したり、英雄候補の奇行や猫被りが
煽るのを止めたりしたのだから。
身体面や精神面でもかなり疲れるわ〕
ライコの言い分に、たしかにと郁人は
頷く。
あの後、フェランドラとミアザが
来たことにより事態になんとか
収拾がついた。
無意識に行ったスキルについて
知りたかったのだが、郁人が場の収束に
気を緩めたことにより糸が切れたように
倒れてしまったのだ。
その事により、発表は明日の午後と
なった。
ジークスから知ったことだが、
2人が戦った迷宮の出口を修復するため
でもあるらしい。
迷宮内は時間が経つと自動で修復するが
出口は迷宮の管轄外らしく、ギルド職員が
魔力を注いで修復するそうだ。
彼らに悪いことをしたと、
ジークスは眉を下げて教えてくれた。
「2人もごめんな。
心配かけたし、先生のところまで
運んでくれて」
「君が気にすることはないさ」
「そうだよパパ。
疲れたらすぐに言ってね。
それにしても、あの医者……
本当に大丈夫なの?
こっちをジロジロ見てきて
すごく気持ち悪かったんだけど」
「先生……イケメンに目がないからな」
チイトの辟易した口調に、
郁人は先生を思い浮かべた。
先生の名は"アマリリス"。
ソータウン、いや、この国"ソーダム"で
1番腕がたつ医師として有名だ。
見た目は頬の傷に鋭い眼光、
ただ者じゃない雰囲気。
到底、医師には見えない。
そんなアマリリスは
腕や外見ではなく、ある面でも有名だ。
それは、"大のイケメン好き"であること。
イケメンが来ると明らかに
テンションが違う。
鋭い眼光を輝かせ、黄色い声をあげながら
診察するという。
あまりの騒がしさに妻に締められているが
全く懲りないそうだ。
郁人も最初は、見た目とのギャップに
驚いたが、気さくで話しやすい人柄に、
今では往診のついでに一緒にご飯を
食べたりと仲良くさせていただいている。
〔悪く言えば、マフィア。
良く言えば、伊達男に見えたわね。
色々とギャップに驚いたわ。
白衣以外、医師要素皆無だし〕
ライコも感想を口にした。
「初めはギャップに驚くけど、
あの先生は良い人だぞ。
毎晩飲んでいる薬だって、先生が
必死になって探してくれたものだからな」
「そうなんだ。
人の顔をジロジロ見て、キャーキャー
五月蝿いからどうしようか、パパに
相談してからと思って……
何もしなくて良かった!」
「うん。
本当に何もしないでほしい。
相談する前はダメだからな」
「わかってるよパパ!
もうパパに怒られたくないからね!」
チイトの発言に冷や汗を流すも、
郁人の腕に抱きつき、約束を
守ったことに対して、褒めてほしい
子犬のようなチイトの頭を撫でる。
「パパは大丈夫なの?
こいつはベタベタ触られてたけど」
〔すごいキャーキャー言いながら、
筋肉触ってたわよ〕
「ジークスは先生の好みに
ピッタリだから……」
アマリリスはどうやら、
特にガタイが良い美丈夫が好みらしく
筋肉を触りたいと言っていたのを
郁人は思い出した。
「ジークス、先生が苦手なのに
運んでくれてありがとう」
「君の体調が最優先だからな。
……奥方がいてくれて助かった」
思い出したのか、ジークスは
深く息を吐き出す。
「女将さんもだが、あの奥方も凄いな。
見た目とのギャップが激しい……
あのような細腕でよく先生を
抑えれるものだ」
〔医師を羽交い締めしてすごかったわ〕
「俺もそう思う」
ライラックもだが、アマリリスの嫁
"ストロメリア"も綺麗な見た目からは
想像できないほど力がある。
以前、アマリリスが騒ぎすぎたので
鳩尾に1発入れ、担いでいた場面に
郁人は遭遇したことがある為
尚更、痛感する。
「俺には、特に女将さんだな。
あの1発は痛かった……」
ジークスが遠い目をした。
「母さんに殴られたことがあるのか?」
「あぁ。
君に血を飲ませていたことが
バレたときにな」
苦笑しながら、ジークスは話していく。
「女将さんが防犯の為に見回りを
しているときに、君がいる屋根裏部屋に
別の気配を感じて慌てて入ってきたんだ。
そのときにバレてしまってな。
……あのとき、命はないと感じた程だ」
女将さんの様子を思い出したのか、
ジークスは顔を青ざめた。
「俺はそのときに、身の上や行動の
理由を説明した。
なんとか女将さんには気を収めてもらい、
いつか君に全て話せと言われたよ。
ー"こういったことは俺自身の口から
話すことであり、他人の私から話すこと
ではないから"とな」
まさか、酔っ払って話していたとは……
と肩を落とす。
「母さん知ってたんだな。
でも、なんで殴られたんだ?」
「君の了承を得ずに侵入し、
血肉を飲食させたことへの怒りらしい。
このままでは気が済まない。
腹に力を入れろと言われて1発な」
ジークスは経緯を話した。
「見事な1撃だったよ。
……意識を持っていかれかけたほどだ。
深窓の令嬢や姫君と言われても
不思議ではないのだが……
どこにそんな力があるのか?」
思い出し、腹をさすりながら笑う。
(威力を半減させる竜の鎧を持つジークスが
気絶しそうな1撃入れる母さんって……
一体何者なんだ?!)
〔本当に何者なの……?!
あの女将さん!!〕
郁人は思わずライラックを見つめる。
夜空を連想させる藍色の髪に、
花開くような笑みを浮かべながら料理を
運ぶ姿はまさに"大和撫子"で郁人には
想像できない。
(そういえば……
母さんのことあまり知らないかも……)
好みなどは知っているが、
昔、どのようなことをしていたのか、
家族はいたのかなどを知らないことに
気づいた。
「あら、どうかしたの?」
郁人の視線に気付いた
ライラックが駆け寄る。
「いや、俺……
母さんのことあまり知らないかも
と思って……」
郁人は頬を掻きながら説明した。
聞いたライラックは優しさを滲ませた
笑みを浮かべる。
「イクトちゃん、来た頃は生きるのに
必死だったから仕方ないわ。
一時期、寝たきりになったんだもの。
時間はいっぱいあるから、ゆっくり
お互いのことを知っていきましょ。
私もイクトちゃんのこと、
いっぱい知りたいから」
郁人の頭を優しく撫でると、
また戻っていった。
「私にも君の事を聞かせてほしい。
……君は私の事を色々と知っていると
いうのに不公平だと思う」
ジークスは料理をつまみながら、
拗ねたように言う。
「酔った勢いで一方的にべらべらと
喋ったくせに何が不公平だ。
烏滸がましいにもほどがある」
「別に俺は構わないから。
せっかく3人でご飯食べてるんだから
険悪な雰囲気は禁止」
チイトが悪態をつき、マントを蠢かすのを
郁人が制止する。
「パパと2人で食べたかったのに……。
あっ!これオススメだから食べてみて!」
頬を膨らませたチイトはある料理を目にし
郁人の皿に盛り付けた。
「これは……う巻き?」
〔美味しそうね!〕
盛り付けられたのは"う巻き"だった。
ふわふわの卵に包まれ、香ばしい香りが
食欲をそそる。
「そうだよ。
この国は陸地に囲まれてるから
刺身とかにしようと思ったけど
朝からはどうかなと思って。
だから、う巻きにしたんだ。
鰻はその……味が似た魚がいなかったから
別ので代用しちゃったけど……
でも、このフライ系はちゃんと魚だから!」
「ありがとうチイト」
慌てたように説明するチイトに笑いかけ、
う巻きを口に入れる。
卵の柔らかな甘さと、鰻(?)のほろりと
した食感、タレの甘さと香ばしさに
舌がとろける。
「……美味しい!
卵もふわふわで鰻を代用したやつも
本当に鰻としか思えない!」
キラキラと目を輝かせながら食べていく
郁人を見てチイトは口角を緩ませた。
「良かった……!
それ、滋養強壮に良いみたいで、
味も似てるから使ったけど……
その様子だと、もっと作ったほうが
よかったかな?
今から作ってくる!」
その場で飛び跳ねそうな勢いで
席を立つチイトのマントを、
郁人が掴む。
「今から作らなくていいよ。
一緒にご飯食べよう、チイト」
「……うん、そうだね!
パパとのご飯だもんね!」
郁人に言われ、抑えきれない笑顔を
見せながらチイトは再び席についた。
パパと一緒、パパと一緒と小声で繰り返し
足を勢いよく振っている。
郁人と一緒の言葉が効いたみたいだ。
「このうまきとやらは美味だな。
初めて食べた」
「貴様っ!勝手に食うな!」
「落ち着いてチイト。
でも、何を代用したんだ?」
食べていくジークスを睨み付ける
チイトに尋ねた。
「えっとね、
"ヒュドラ"を代用したんだ」
「……?!」
「むぐっ?!」
とんでもない名前を聞き、
思わずむせる2人。
〔ヒュドラって……9つの首を持ち、
吐いた息1つで死に追いやる猛毒を持つ
超危険な魔物じゃないの?!
大丈夫なの!食べたら毒が……?!〕
ライコが思わず悲鳴を上げる。
「このヒュドラは毒抜きしているから
大丈夫だよ」
「毒抜きって……できるのか?
ヒュドラって全身猛毒なんだろ?」
「全身じゃなくて、血に毒があるんだよ。
だから血を全部抜いて熱消毒した後に、
また綺麗にすれば毒が完全に消えるんだ」
こんなふうに美味しく食べれるようになると
う巻きならぬヒュドラ巻きをチイトは
口に入れる。
〔血抜きって……
あれだけデカい怪物からどうやって
抜いたの?!
まさか……捨ててないでしょうね?!
ヒュドラの血は、少し触れただけで
毒耐性ない者は死んでしまう
猛毒なんだから!!〕
「ヒュドラは首を斬っても、その箇所から
新しい首が生えるとされる魔物だ。
どうやって倒したんだ?」
「たしかにどうやったんだ?」
ライコとジークスの発言を聞き、
郁人は首を傾げた。
「このマントで吸血した。
そしたら悶え苦しんで絶命したよ。
この方法が1番楽なんだよね。
俺に毒とか効かないから息を吐かれても
問題ないし、なにより汚れなくて
済むから」
無邪気に答えたチイトに、
ジークスは顔を青ざめる。
「生きながら血を全て吸われるとは……
魔物ながら同情せざる得ないな」
〔拷問だわ、それ。
さすが災厄ね……〕
「まだいっぱいあるから、また作るね!」
「ありがとう。
楽しみにしてる」
喜色満面なチイトの頭を撫でる。
〔ヒュドラを倒せるのは1握りしか
いないから、倒してくれるのは
構わないのだけど……
まさか……こうやって料理に
出されるなんて……〕
ライコは呆然と呟いた。
郁人に撫でられ、笑みを浮かべるチイトは
思い出したように口にする。
「今思うと、アレを使わなくて良かった。
血が触れただけでも蕁麻疹でるなんて、
肉なんて食べたら悲惨なことに
なりそうだし……」
「それはドラゴンのことか?」
腕を組ながら判断は正しかったと
頷くチイトに、ジークスが尋ねた。
(そういえば、竜とドラゴンって違うのか?
ワイバーンは知性を持たないから
ドラゴンではないって聞いたことは
あるけど……)
〔竜は生まれたときから知性と理性もあり、
人の姿を取っているもの。
ドラゴンは知性はあるけど理性はなく、
人の姿を取れないものを指すのよ〕
郁人の疑問にライコは答えた。
その答えにまた郁人は疑問が浮かぶ。
(じゃあ、ドラゴンが人の姿を取るように
なったらどうなるんだ?)
〔それは有り得ないわね。
ドラゴンは人間を見下してるからなろう
なんて考えないし、しかも魔力を相当使い、
弱体化する恐れもあるから
まさに骨折り損だもの。
竜からドラゴンだったら、可能性はあるわ〕
(そうなんだ)
郁人の疑問にライコが答えていく。
「ドラゴンの肉は竜人の血肉のような
不老長寿や丈夫にするなどの効果はない。
だから食べても問題ない」
「……これはドラゴンではないと思うがな」
「どういうこと?ワイバーンとか?」
「違うよパパ。
見せたほうが早いから、頭だけ見せるね」
そう言うと、チイトは空間を歪ませ
頭部を出した。
頭部は見るからに禍々しく、
額には紋章が見えた。
大きさから、全身はとてつもない
大きさだと推測される。
(生きてた頃に見てたら、圧倒されて
1歩も動けなかっただろうな)
ドラゴンの横顔を見つめながら、
腰を抜かしている自身の姿が容易に
浮かぶ。
「こいつ、何を言っているか
支離滅裂でわからなかったし、
襲ってきたから首を斬った。
ドラゴンにしては違和感あったけどね」
「俺にはドラゴンに見えるけど……」
〔これ……もしかして……〕
「……だ……」
声を上ずらせながら、ジークスは呟いた。
「ジークス?」
ー「これは……"ローズイヴァン"……!!
ドラケネス王国の……王だ……!!」
ジークスの言葉に耳を疑った。




