170話 その笑顔は異名通りだった
ポンドにSOSを出し、返事がすぐにあった。
<わかりました。少々お待ちを>
返事が来た途端、目の前に壁が現れた。
いや、違う。
「マスター! ご無事ですかな?」
ポンドが目の前に現れたのだ。
「ポンドっ!?」
〔契約してるにしても来るの
早すぎない?!〕
あまりの早さに郁人は目をぱちくりさせ、
ライコは声をあげた。
「……助かりました」
デルフィはぽかんとしたが、
ポンドを見て安心したのか息を吐いた。
「早さに驚いているのですかな?
そこはユー殿がすぐに駆けつけれるよう
手引きしてくださいましたので……」
おかげで早く駆けつけれました
とポンドは笑う。
郁人の肩でユーは自慢げに胸を張った。
「さて……」
ポンドはベアスターを見る。
ベアスターは突然のことに理解が
追いついていない。
「貴方は?! どうやってここに?!」
「貴方様は……清廉騎士殿ですな?
なぜこのように壁を張ってマスターを
閉じ込めたのですかな?」
ポンドは郁人達を庇うように立ち、
ベアスターを見据える。
「心安らぐ店で追い詰めるような
振る舞いは感心しませんな!」
言葉と同時に懐に隠していた短剣を
頭上に振り抜いた。
瞬間、パリンッという音とともに
何かが壊れた感覚がした。
「壁を斬って壊すなんてっ!?」
ベアスターが目を丸くする。
「……何をしているんだい?
ベアスター」
コツコツと靴の音とともに
ベニバラが近づいてくる。
「こ……この声は……?!」
ベニバラの声にピタリとベアスターは
固まる。
ギギギとぜんまい仕掛けの人形のように
ベニバラのほうにベアスターは振り向く。
「……お、お久しぶりでございます。
おばあさま……」
「あぁ。とても久しぶりだね、ベアスター」
ベニバラは微笑んでいるが
瞳は全く笑っていない。
「家になかなか帰らない事は
もう大人だから仕方ないと
あたしは考えていた。
健やかに真っ直ぐ過ごしているだろう
と思っていたのだがねえ……」
ベニバラはあからさまに息を吐く。
「孫が魔道具で逃げられないようにし、
相手を怯えるまで追い詰めていたとは……
あたしは悲しいよ」
「孫っ?!」
〔えっ?! この人の孫なの?!〕
ライコは声を上げた。
郁人も口をポカンと開ける。
「うちの孫がすまなかったね」
ベニバラはベアスターの腕を力強く、
骨がきしむほど掴みながら
郁人とデルフィに頭を下げる。
「きちんと謝りたい。
上で待っていてくれるかい?」
「わかりましたが、気高き薔薇の君は?」
「あたしは久しぶりに孫ときっちり
話すとするよ」
獲物を狩る獅子の気迫を身に纏い、
ベニバラはベアスターを逃さない。
「部屋でケーキを食べていてほしい。
心を落ち着かせるには甘いものが
1番だからね」
ベニバラの指輪が光ると2人の姿は消えた。
(消えた?!)
〔あの指輪、魔道具を使ったからよ。
調べたけど、あれかなり上級の、
迷宮産の魔道具だわ。
しかもかなり珍しい部類のね。
さすがというべきかしら〕
(なるほど……)
ベニバラの指輪について調べた
ライコは呟いた。
郁人も目をぱちくりさせる。
そんな郁人にポンドは声をかける。
「……しばらく待ちますかな?」
「そうするよ。
デルフィ、助けてくれてありがとう」
後ろでうつむくデルフィの頭を撫でる。
「……俺はなにもしてない。
ポンドが助けたんだからさ」
「いいや」
唇を噛むデルフィに郁人は首を横に振る。
「突然の事に固まってた俺を
庇ってくれたじゃないか。
デルフィが出てきてくれたから、
こうして事態が動いたんだ。
本当にありがとうな」
「…………」
デルフィは肩を震わすと元の姿に戻り、
郁人に抱きつく。
「うぐ!! 怖かったよー!!」
「デルフィ大丈夫だからな」
「あの……なにがあったのですかな?」
デルフィの泣きっぷりに何かあったのだと
理解したポンドは尋ねた。
「話すから、とりあえず上に行って
待ってよう。
デルフィ、しばらく部屋で食べてようか」
「……うん!!」
デルフィは声を弾ませた。
郁人達は部屋へと向かう。
「ポンド、助けてくれてありがとう。
ユーも協力してくれてありがとうな」
「マスターを助けるのは当然のこと
ですから」
「あのさ……」
「どうされました?」
「……なんでもない」
郁人は尋ねようとしたがやめた。
(誰かもう1人いた気がしたんだけど……。
ポンドが気づかないってことは
ないだろうしなあ……)
郁人は思い出す。
壁が壊れた瞬間、誰かと目があった
気がしたのだ。
(一瞬だったから姿は見えなかったけど、
でも……たしかに目があった)
どういうことだろ? と郁人は首を傾げる。
「マスター?」
「いや、どのケーキ食べようか
考えてただけだよ」
郁人達は部屋へ戻った。
ーーーーーーーーーー
甘い香りが部屋を満たすなか、
郁人はポンドにベアスターとの
経緯の説明を終えた。
「成る程……。
マスター以外にも別世界から、
しかも転生して来られた方ですか」
「うん。本当だと俺は思う。
普通に暮らしていて、異世界や転生、
転移とかの単語は出ないと思うし。
それに、男の娘って言葉はこっちに
無いからさ」
「私も初めて聞きましたので、
マスターの居られた世界特有の
呼称でしょうな」
ポンドは頷きながら、紅茶を嗜む。
「そのオトコノコ? とやらに、
マスターとデルフィ殿は勧誘されたと……。
マスターの似合いぶりは夜の国にて
実証済みですし、デルフィ殿も似合いそう
ですからな。なかなかの慧眼かと」
「俺は嬉しくないもん!!
怖かったんだから!」
デルフィは怒りながら、ロールケーキを
頬張る。
「この俺と同じ色の美味しい!
ママの作ったのも食べてみたい!」
「わかった。今度作ってみるよ」
「やったあ!
……あっ!! あいつ来た!!」
デルフィは体をビクリとさせ、
急いで郁人の胸ポケットに入る。
「デルフィ殿の察知能力は優秀ですな」
ポンドが振り返ると、扉は開いた。
「待たせて悪かったね」
「……相変わらず、おばあさまは怖いよ」
凛とした笑みを浮かべるベニバラとは
対照的に、ベアスターは顔を青ざめ、
瞳が潤んでいる。
「うちの孫が本当に申し訳なかった。
……おや? 白い少年の姿が見当たら
ないが……」
頭を下げたあと、辺りを見渡す
ベニバラにポンドが告げる。
「あの方は帰られました。
ベアスター殿のような方は初めて
でしたので……」
眉を八の字にするポンド。
ベアスターは更に青ざめる。
「私が紳士さを欠いたばかりに……!!
常に紳士であれと心がけていたと
言うのに……!!
あまりの原石に心を奪われて
しまったから……!!
私は……最低だわ……!!」
ベアスターは膝をつき、床を拳で殴る。
大切な物を失ったような落ち込みだ。
「原石とはなんだい?
イクトちゃんは知ってるかい?
いくら聞いても口を割って
くれないんだ……」
疑問符を浮かべながらベニバラが尋ねた。
(どう答えればいいんだろ?
ベアスターさんは転生とかのこと
話してないみたいだしな。
どう説明をすれば……)
郁人が頭をフル回転させるなか、
ポンドが代わりに答える。
「どうやら、スイーツ仲間が
欲しかったそうですよ。
このようなお店はベアスター殿の
ご兄弟には入り辛かったそうですので」
「成る程ねえ……」
説明にベニバラは頷く。
「この子は小さい頃から好きだった
からねえ。
この子は慣れてるが、あの子達には
気恥ずかしいだろうね」
同意しながら、ベアスターを見る。
「あんたは一緒に食べる仲間が
欲しかったのだね。
しかし、追い詰めて仲間を増やすのは
間違いだ。
行きたいなら、あたしが付き合うよ」
「私はもう大人ですので。
祖母同伴はちょっと……」
顔を少ししかめるベアスターに
ベニバラは頬を引っ張る。
「なぜそこは恥ずかしがるんだい?
イクトちゃんは親子で買い物したり
してるとライラックから聞いたよ。
話を聞いてあたしもと思った
おばあちゃんの思いを汲みな」
「ひょういわれまひても」
ベアスターは両頬を引っ張られて
何も言えない。
(ポンド。説明ありがとう)
<マスターが言い淀むということは
異世界のことを気高き薔薇の君に
清廉騎士殿はお伝えしてないと
判断しただけですからな>
ポンドは輝く笑みを見せた。
<ママー そろそろ行こうー>
デルフィは早く帰りたいと告げた。
(そうだな)
郁人は同意すると、2人に口を開く。
「では、俺達はこれで」
「待って!!」
帰ろうとした郁人達をベアスターが
引き留める。
「貴方やあの子を怖がらせてしまって
本当にごめんなさい!!
そんな私がこんな事を言うのは
虫が良すぎるのはわかってますが、
貴方達と友達としてこれから
仲良くなりたいのです!!
だから……どうか……
友達になって……くれません……か?」
どんどん言葉をすぼめながら
頭を下げたベアスターは告げた。
「………いいですよ」
郁人の言葉にベアスターはハッとして
頭を上げる。
「ケーキを奢ってもらいましたし、
なにより、スイーツの話をしてるとき
楽しかったですから。
あと、話を聞くぐらいなら構いませんよ。
でも、押し付けはやめてくださいね」
「イクトくんっ……!!」
ベアスターは瞳を潤ませる。
〔いいの? オトコノコ? の
話聞いちゃって?〕
(ずっと溜め込んでたから
爆発したみたいだしさ)
郁人は理由を述べると、ベアスターに
向けて人差し指を立てる。
「その代わり、またあの子に会っても
押し掛けたりしないで下さい」
「わかりましたわ! 絶対にしません!!
貴方の許可が得られない限り
絶対に近づかないことを誓いますわ!」
真っ直ぐ見つめるベアスターは宣言した。
(これでデルフィの安全は確保出来たな。
人の姿なら大丈夫って、メランが
コンタットで教えてくれたし)
メランがあとから教えてくれていたのだ。
(街を歩いても、デルフィが
ベアスターさんに押し掛けられることは
なくなったな)
<ママいいの? 怖くない?>
俺は嬉しいけど……
と心配そうにデルフィが尋ねた。
(大丈夫だよ。さっきの勢いは
今まで話せなかったのが爆発した
だけみたいだしさ。
適度に話せば問題ないと思うから)
だから大丈夫とデルフィに伝えた。
<ママありがとう!
でも、怖くなったら言ってね!
ママに怖い思いさせてまで外に
出たくないもん!>
(わかった。俺のこと気遣ってくれて
ありがとうな)
郁人がデルフィに伝えていると
ベアスターが声をかける。
「貴方やあの子を怯えさせてしまって
本当にごめんなさい。
改めて、私はベアスター。
よろしくお願いしますわ、イクトくん」
ベアスターは清廉な笑みを浮かべた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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壁が壊れた瞬間、オムライスはたしかに
郁人と目が合った。
あのまま、あの場にいて経緯を説明すれば
良かったはずだ。
なのに……
「なぜ俺は顔を合わせられない
と感じたんだ……?」
目が合った瞬間、
ー"あいつに合わす顔がない"
ー"守れなかったこの俺が"
と猛烈に感じ、とっさに姿を消して
しまった。
「ハロウィンのときは思わず出たが、
なにか違いがあるのか……?」
あれは助けがなかったから、とっさに
出てしまったのか?
と自分の行動に頭をひねっていた。




