169話 清廉とはかけ離れていた
郁人がポンドにSOSを出す前のこと……
スタッフにスイーツがいっぱい乗った
トレイを郁人は渡し、ベアスターに
感謝する。
「ありがとうございました。
このお店のオススメや、仕組みを
教えてくださって」
「いえ。スタッフに渡して持ち帰り用に
してもらうのは、初めて来た方には
わかりませんから。
それに、家まで届けてもらえる事を
知らない方も多いですので」
ベアスターは綺麗な笑みを魅せる。
〔宅配サービスがあるなんて親切ね。
女心を理解してるわ。
いっぱい食べたいけど、周囲の目が
気になって諦めたりするもの〕
ライコはサービスに声を弾ませる。
「貴方は本当に甘いものが
お好きなんですね。
スイーツを見る目がキラキラして
おりましたから」
「とても美味しそうなものばかり
でしたから。
作るときの参考にもなりますので」
「料理も出来るのですね」
ベアスターは目をパチクリさせた。
「はい。作るの好きなので」
「私は料理が出来ませんから……
少し羨ましいです」
眉を八の字にしながら
ベアスターはため息を吐いた。
「お客様、お届け先はこちらで
間違いないでしょうか?」
スタッフが郁人に宛先を確認した。
郁人は目を通し、頷く。
「はい。こちらで大丈夫です」
「では、私はこれで失礼いたしますわ。
スイーツをぜひ味わってくださいね」
「教えていただき、
ありがとうございました!」
礼を告げられたベアスターは微笑み、
去っていった。
〔綺麗な人だったわね。
清廉って言葉がピッタリだわ〕
ライコは感想を呟いた。
<ママー! ケーキ!!>
デルフィは早く早くと急かす。
ユーも早く食べたいと郁人の頬をつついた。
(わかった。まずは支払ってからな)
郁人は財布を用意する。
「すいません。代金は……」
「代金は先程の方からいただいております。
では、失礼いたします」
スタッフは告げると、綺麗なお辞儀をして
去っていった。
「……え?」
〔あの人がいつの間に?!〕
ベアスターが支払っていた事実に
口をポカンと開けていたが、
慌ててベアスターが去った方向へ
郁人は走る。
「追いかけないと!」
ベアスターを追って走っていると、
彼女は階段の踊り場に居た。
「ベアスターさん!!」
郁人は腹から声を出して呼ぶと
ベアスターは気づいた。
足を止めて、郁人の方へと振り向く。
「あら? どうしました?
そんなに走ると転んでしまいますよ」
「ゲホッ……代金を……その……」
「息が整うのを待ちますから。
ゆっくりで構いません」
走ったので息切れをし、肩を上下に
動かす郁人。
ベアスターはその背中をさする。
「すいま……せん……」
郁人はゆっくり深呼吸をして
息を整えると、口を開く。
「ベアスターさん。
代金をいつの間に支払ったのですか?」
「あぁ。そのことでしたか」
あっけらかんとした様子で
ベアスターは話す。
「説明中に思い出しましたけど、
貴方はあの寵姫さんですわよね?
ですので、お近づきになれたら
と思いまして。
それに、私のオススメも
買ってましたから結構な代金に
なっちゃったでしょうから」
下心があってのことだから気にしなくていい
とベアスターは微笑む。
「それにしても、寵姫って聞いてましたから
てっきり女性かと……。
でも、祖母は男だって言うものですから
頭にはてなマークが浮かびましたわ」
気付いたときは驚きましたわ
とベアスターは話す。
「それに会ってみますと、
女の子の服を着てないですし、
男の娘って訳でも無いんですね?」
「男の娘って……
俺は普段から女装してる訳でも、
女の子っぽくも無いですから」
<何でオトコノコが女装に繋がるの?>
〔女の子っぽくとかは人それぞれ
じゃないかしら?〕
不思議そうなデルフィとライコ。
聞かれた理由を尋ねる前に郁人の
両肩に衝撃が走る。
ベアスターに肩を掴まれたからだ。
「……貴方、男の娘の意味が
正確に分かるんですね?
普通の方でしたらオトコノコという言葉は
女装と全く繋がらない単語ですのに」
ベアスターの言葉に郁人はハッとする。
(そうか……?!
普通はオトコノコってそう捉えるよな?!
男の娘とは繋がらない!!
じゃあ、なんでベアスターさんは……)
郁人は頭をぐるぐるさせるなか
ベアスターは話しかける。
「名前を聞き、もしやと思っておりました。
イクトって名前はこちらでは珍しい。
私は懐かしい響きだと感じましたが。
貴方は……“異世界転移“もしくは、
“異世界転生“ですか?」
異世界の言葉に郁人は思わず肩を揺らす。
「転移に反応が大きかったから、
転移でしょうか?」
「……もしかして、ベアスターさんは」
「私は転生。小さい頃に思い出した
記憶もちです。
疑惑の方はいましたが、こうして
打ち明けたのは初めてです。
こうやって前の世界の話を
出来る相手が居て感極まりますわ。
それに……!!」
ベアスターは目を見開き、力説する。
「貴方には素質があります!!
体つきも華奢、背も高過ぎではない!
肌もすべすべ、手足も細い!
顔つきも中性的で、綺麗系!
装飾で肩や腰を隠せば、全然いけますわ!!
貴方! 男の娘になりません?!
出資は全て私が受け持ちますから!!」
どうでしょうっ!!
と鼻息を荒くしながら迫るベアスター。
見開いた瞳は興奮で染まっていて
恐怖を感じるほど。
「えっと……その……」
急変ぶりに郁人は後ずさる。
しかし、ベアスターに壁際まで
追い詰められ逃げれない。
「私は前世から男の娘が大好きです……!
初めて見た瞬間には頭に稲妻が落ちた程!!
こんなに可愛い生き物がこの世に
存在していたのかと……!!」
初めて知ったときの衝撃ときたら
と、ベアスターは頬を紅潮させる。
「しかも! 男の娘は男にしかできない、
究極の男らしい行為!
なのに、見た目はとても可愛らしい
というそのギャップ……!!
以前の私は、気が付けばネットで
男の娘イラストを漁り、同人誌を
買いまくっていましたわ!!
それでもまだ足りないと自分で
描いたりもしました!
自分がやってみたら気持ちが
わかるのでは? と挑戦もしました!!
しかし、前の私は筋肉がバキバキ。
身長は今と同じ190オーバー!
なにより……自分に興奮できるほど
狂ってはいませんでした!!」
ベアスターは拳を力強く握る。
「そして、前の私は男の娘に生涯を
捧げ一生を終え、今になります。
今の私も前と共通して可愛いものが
大好きです!!
前の記憶から男の娘を知り、
心を掴まれました……!!
そんな私の男の娘への愛は
前より更に燃え上がっている……!!
なのに! ここには男の娘がない……!!
私が広めようにも女であるゆえ、
男の娘にはなれませんし……
描こうにも兄弟に邪魔され、
依頼が次々と入ってテンテコマイ……
そんな私を救うためにも
なってくれませんか……!!」
「すいません!
他を当たってください……!!」
拒否しながら、郁人は助けを
呼ぼうとして気がつく。
(あれ……? 音が全然しない……?!)
店内の談笑する声や、金属が触れあう
音が全くない。
「音がしない事が気になりますか?
それは魔道具を使ってるからです」
ベアスターは手首のブレスレットを見せる。
「この魔道具は迷宮産。
自身がいる一定の範囲に円球の
膜を張って周囲と隔絶する。
姿は勿論、声も外には届かない。
貴方と2人きりって訳ですわ」
ベアスターは笑うが、先程の清廉さは
微塵もない。怪しさ満点だ。
「ひえっ……?!」
思わず郁人は固まってしまった。
ユーも先程の清廉さとはかけ離れた姿に
呆然としている。
〔変わりすぎじゃないの……!!!
早く逃げて!! まずは距離を……!!〕
ライコは悲鳴を飲み込み、
郁人に声をかけた。
声にハッとした郁人は動こうとしたが、
強く肩を掴まれて不可能だ。
ベアスターは郁人が首を縦に振るまで
放す気は無い。
(一体どうすれば……?!)
頭をフル回転させていると、
眩い閃光が目の前にあった。
「うわっ?!」
フラッシュをたかれたような光に
思わず郁人は目を瞑る。
「なんですの?!」
ベアスターも突然のことに、
驚いて郁人の肩を離す。
「この方が嫌がっているのが
わかりませんか?」
耳に響く、雲雀のような
男女どちらともとれる声がした。
「この壁取り払っていただきません?
早く帰って食べたいですので」
人型になったデルフィが居た。
2人の間に立ち、郁人を庇っている。
自分より大きいベアスターを睨む。
「貴方の趣味も他に当たってください。
この方を巻き込むな」
郁人をチラリと見た後、
再びベアスターを見た。
「……良い!!」
見られたベアスターはデルフィの肩を掴む。
「なんて逸材!! 素晴らし過ぎる……!!
神よ!! この出会いに感謝します!!」
「は?」
涙を流すベアスターにデルフィは戸惑う。
「何を言ってるんです?
意味がわからない……」
「その美少女ともとれる中性的な
顔立ちにどちらともとれる美声……!!
体も華奢! 成長途中の素晴らしさ!!
貴方、13歳くらいでしょ?
私が以前居た世界では少年の美に
ついての詩がありました!
その詩には……
"13歳の少年はもっと愛らしい"
とありましたが、私は今まさに
それを感じています……!!」
ベアスターは端正な顔立ちを
くしゃくしゃにしながら、
ひざまずいてデルフィを拝む。
「貴方は今でもとても素晴らしいのに
まだ成長を残しているなんて……!!
髪は星空を散りばめたように輝き、
新雪のような儚い白さ!
肌はエキゾチックな褐色肌!
こんなに近くにいても毛穴がない!
睫毛は猫のような大きな瞳を飾り、
ふくよかな頬はマシュマロのよう……!!」
ベアスターはデルフィの手を掴み、
懇願する。
「そんな貴方が男の娘になれば
最高の組み合わせでは……!!
ぜひ! 貴方も男の娘になって
いただきませんか!」
「なんです?! 離してください!!」
涙ぐみながら鼻息の荒いベアスターに
デルフィは顔をあおざめた。
「すいません!」
郁人はデルフィを守るため、前に出る。
「離してもらってもいいですか?
怖がってますので……」
「それは失礼しましたわ」
告げるとベアスターはあっさり離した。
「で、貴方達ユニット組む気は
ありませんこと?」
だが、男の娘から離れる気は
サラサラ無いようだ。
「貴方達が組んで、私がプロデュース!
この世界に萌え文化! 男の娘を……!!」
熱く力説するベアスター。
〔この世界はたしかに、オタク文化って
言うのかしら?
あまり見られないから、それで不満が
溜まってたのかしらね……〕
呆れた声でライコは述べた。
(……ひとまず、この状況を打破しよう。
ユーは関わりたくなさそうだし、
デルフィは怖がってるから)
郁人はポンドにSOSを出した。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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オムライス:いきなり郁人とベアスターが
消えたことに目を丸くする。
行ってみれば、壁があることに気づく。
「悪意はなかったが……!?
なんであいつを閉じ込めた?!」
混乱していたが、とりあえず壁を
壊しにかかる。