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167話 ベニバラ




   郁人達は2階にある、予約制の個室にいた。


   レースのテーブルクロスの上には、

   ふくよかな香りの紅茶とコーヒー、

   サンドイッチにスコーンや、

   限定ショートケーキといった

   アフタヌーンティーセットが彩る。


   足りなくなれば、いつでも隣のフロアにある

   ケーキなどを取りにいくことが出来るのだ。


   「ここのショートケーキは絶品だね。

   君達もそう思わないか?」


   老女はショートケーキを口にし、

   満足気に微笑む。


   (……どうして、こうなったんだ?)

   <不思議だね~>

   〔この女性、誰なの?〕


   郁人の頭上に疑問符が浮かぶ。


   『イクトちゃん。

   1度、君と話してみたかったんだ。

   こちらで一緒に食べないかい?』


   と、あれよあれよという間に

   ここに案内されたのだ。


   ユーはいち早く馴染んで、

   尻尾を振りながらケーキを食べている。


   <マスター、この気高き花と

   お知り合いなのですかな?>


   ポンドは郁人に尋ねた。


   (ううん、初対面だよ。

   ……少し聞いてみるか)


   郁人は訂正したあと、尋ねる。


   「助けていただいてありがとう

   ございました。

   でも、どうして俺の名前を?」


   尋ねられた老女はハッとする。


   「自己紹介がまだだったね。

   すまなかったよ。

   君の話はあの子からたくさん

   聞いてたからね。

   初対面とは思えなかった」


   紅茶を置き、胸に手を当てる。


   「改めて、あたしは"ベニバラ"だ。

   以後、よろしく頼むよ」

   「ベニバラさん……?!

   もしかして、あのS級の方ですか?!」


   フェランドラから聞いたことがある

   名前に郁人は目を丸くした。


   「私も聞いたことがありますな。

   多様な魔物を状況によって従え、

   数々の高難易度の迷宮をクリアされた

   パーティメンバーの1人。

   今はギルド長を勤める凄腕の御方と!」

   「君達のような有名人に知って

   貰えていたとは光栄だねえ」


   ポンドも思わず声をあげて、

   ベニバラはくすりと微笑む。


   「有名人?」

   「あの孤高や災厄がいるのもあるが、

   ここの王子から助けたのもあって、

   特にイクトちゃんは有名人に

   なっているんだ」

   〔今でも知名度は上がってるわね。

   王族に真っ向から挑んだから、

   話は絶えないわ〕


   今でもまだ話されてるようだし

   とライコは説明する。


   〔今回はあっちが10割悪かったから

   良かったけど、下手したら国家から

   指名手配もらってたかもしれないもの〕

   (あのときは母さんを助けたくて

   頭がいっぱいだったからな)


   それほどのことをしたのかと、

   郁人は振り返る。


   「ベニバラ殿はマスターのお話を

   たくさん聞いていたとおっしゃいましたが、

   誰から聞かれたのですかな?」


   ポンドが尋ねると、ベニバラは口を開く。


   「ライラックからだよ。

   あの子とは旧い友人なんだ」


   紅茶を(たしな)むと、嬉しそうに語りだす。


   「こっちも仕事があるからね。

   頻繁(ひんぱん)に会うことは無かったが、

   1年程前から、会うたびに息子の

   イクトちゃんについて嬉しそうに

   話すんだよ」


   見ているこちらが微笑ましくなる

   くらいにだ、とベニバラは微笑む。


   「今日はいつもより動けるようになった、

   お友達が出来た、料理を一緒に作った

   などといろいろ聞いていたんだ」

   「母さんから友達の話は聞いてましたが、

   まさかベニバラさんだったなんて……」


   まさかS級冒険者だったなんて

   と、郁人は目をパチクリさせる。


   「母君の友人関係に驚かされましたな」


   ポンドも口をポカンと開けた。


   <ママ! S級ってすごいの?>


   不思議そうにデルフィが尋ねた。

   郁人は疑問に答える。


   (S級はギルドや国からも認められて、

   初めてなれるんだ。

   たしか、100万人に1人がなれるか

   どうかって聞いたことあるな)  


   フェランドラが言ってた

   と郁人は思い出す。


   (国から直接依頼されることもあるし、

   生涯安泰は確実の、とても栄誉ある

   ものなんだよ)

   <そうなんだ!>


   郁人の説明にデルフィは声をあげた。


   〔英雄はお願いされても

   全て断ってるけどね……。

   あと言っておくけど、ソロでB級も

   スゴイことなのよ〕


   あんたは知らないと思うから言っとくわ

   とライコは説明する。


   〔本来、迷宮に挑むにはパーティが

   必須なのよ。

   迷宮では何が起こるかわかったもの

   じゃないから。

   パーティを組んでクリアするのが

   当たり前。言われなくてもわかること

   みたいなものね〕


   パーティを組まないほうが珍しいわ

   とライコは話す。


   〔それをあの英雄はソロで

   迷宮をクリアしてるのよ。

   しかも、ソロでB級になるには

   かなりの実力者じゃないと無理だから。

   ソロで行けたとしても、Cが限界ね〕


   あの女好きもBだけど、それは

   パーティを組んでいたからだし

   とライコは呟く。


   〔だから、あの英雄がソロでB級なんて

   かなりすごいことなのよ〕

   (そうだったんだな……!)

   〔あんたの周囲には規格外しか

   いないから知らないと思ったわ……〕


   目をぱちくりさせる郁人に

   やっぱり知らなかったのね

   とライコはため息を吐いた。   


   <S級ってすごいんだね!

   なら、このおばちゃんすごいねー!>

   (デルフィ。おばちゃんじゃなくて、

   名前で呼ぼうな。

   この人をおばちゃん呼びは気が引けるから)


   無邪気なデルフィに郁人は訂正した。


   「まさか、あのような形で会えるとは

   思わなかったよ。

   怪我はしてないかい?」


   心配そうに伺うベニバラは郁人は

   口を開く。


   「大丈夫です。怪我1つないですから。

   あのときは本当にありがとうございました」

   「いや、気にすることはないよ。

   あの男は契約者を軽んじる癖が

   あってね……。

   同じ契約者として見逃せなかった

   だけだからね」


   ベニバラは透き通る笑みを魅せると、

   ポンドを見る。


   「でも、まさか……

   君が従魔とは思いもしなかった」

   「この姿ですからな。仕方ありますまい」


   マスターに感謝です

   とポンドは胸を張る。


   「人にしか見えない従魔だと

   ライラックから聞いていたが、

   まさかここまでとはねえ……」


   ベニバラは顎に手をやり、

   ポンドを観察する。


   「しかも、仕草なども人そのもの、

   強さも折り紙つきだ。

   契約した際は大変だったろう」

   「? 契約は大変なものなのですか?」


   首を傾げる郁人にベニバラは目を丸くする。


   「まさか……!?

   彼から契約を持ちかけたのかい?!」

   「私が勝手に契約をしましたので。

   マスターは正式な方法は知らないのです」

   「正式な方法?」


   頭に疑問符を浮かべる郁人に、

   ポンドは説明する。


   「本来、契約には魔物から条件を出され、

   それをクリアして初めて、契約の機会を

   得られるのです。

   クリアしても、自分の実力を

   引き出せる者ではなかったら、

   そこで終わりの場合もございます」

   「そうだったんだ。

   契約の条件はどんなものなんだ?」


   郁人の質問に、ベニバラが代わりに答える。


   「主に多いのは、自分より強いか

   どうかだね。

   あとは、自分の面倒を見れる財力、

   気力があるか、週に休みが

   何回あるかなどもあるよ」

   「……後半は人間みたいな考えですね」


   後半の現実的な話に口をポカンと開ける。


   「私達魔物も、好条件なものが

   いいですからな。

   嫌になれば、さっさと鞍替(くらが)えするものも

   おりますし」

   「そうなのか。

   ……ポンドは嫌になったりしてないか?」


   不安そうな郁人に、ポンドは快活に笑う。


   「まさか! 嫌になどとんでもない!

   このように自由に過ごせますし、

   料理も格別ですからな!

   他にも、たくさん自慢すべきところは

   ありますし、私ほど恵まれた従魔は

   いないと胸を張って言えますな!」


   私は贅沢者ですな!

   とポンドは誇らしげに告げた。


   〔それは言えてるわね。

   こいつずっと束縛されてる訳でもないし、

   好きに実体化して、自由に過ごしてるもの。

   あの生物もだけど、こんなに自由な

   従魔なんてありきたりじゃないわ〕


   ライコは自信を持って告げた。


   「君達は信頼しあっているようだね。

   安心したよ」


   ベニバラは2人の様子を見て、

   胸を撫で下ろす。


   「契約を魔物側からした際、

   力関係が逆転する可能性もあるからね」

   「そうなんですか?!」


   思いもよらない言葉に、

   郁人は目をぱちくりさせた。


   「魔物の中には契約者を嫌悪している

   ものもおりますからな。

   自分からわざと契約して、相手を

   意のままに動かそうと考えるものも

   少なくはありません」


   ポンドは紅茶を飲むと、

   郁人に忠告する。


   「もうマスターは契約出来ませんが、

   持ちかけることは可能ですからな。

   もし、持ちかけられたら私や

   チイト殿達に報告を。

   悪意を持つ輩なら斬り伏せてみせましょう」


   安心して全てを任せてしまいそうな、

   頼れる笑顔をポンドは魅せた。


   「ありがとうポンド。頼りにしてる」


   ポンドの言葉と笑顔に、

   郁人の心は温かくなった。


   そんな郁人の手をつついたユーは

   自分もいるぞ! とアピールしている。

   

   「勿論、ユーのことも頼りにしてるよ」

   「ユー殿もいれば百人力ですな」

   「その子も従魔なのかい?」


   ベニバラは目を丸くした。


   「はい。名前はユーです」

   「ユーだね。

   この子は……初めて見る魔物だよ。

   君は契約方法を知らなかったから

   この子も持ちかけたのかな?」

   「はい。ユーからですね」 

   「この子は不思議だね……。

   あたしの従魔の1部が怯えているよ。

   どんな種族なんだい?」


   こんなことは滅多にないんだけど

   とベニバラはユーを見つめた。


   「ユーの種族とかはわからないですが

   とても頼りになる良い子なのは

   間違いないですよ」

   「まあ、それは見てわかるよ。

   イクトちゃんを慕っているのは

   一目瞭然だからね」


   ユーの郁人に対する姿勢を見て、

   ベニバラは断言した。   


   <ママー! 俺も食べたい!

   ケーキ! ケーキ!>


   デルフィがポケットから主張する。


   (わかった。

   じゃあ、今から取ってこよう。

   メニューを見たら、ここは持ち帰りも

   出来るみたいだから)

   <やった! やった!

   お家なら隠れなくていいもんね!>


   声を弾ませるデルフィをポケットに、

   郁人は席を立つ。


   「すいません。

   ケーキを選んできてもいいですか?」

   「構わないよ。

   その間、この色男さんをお借りするよ」


   笑いながらベニバラはポンドを見る。


   「マスター、指名されましたので……」

   「大丈夫。すぐそこだから」


   郁人は大丈夫と席を立った。





ここまで読んでいただき、

ありがとうございました!

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ーーーーーーーーーー


オムライス:郁人が話している相手が

ベニバラで目を見開く。


「あの女将がS級と友達なのか。

女将はいったい何者なんだ?

……まあ、あいつを守る人間が増えるに

越したことはねえか」


あの孤高みたいなのが増えるのは

御免だがな

と呟いた。



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