165話 親子限定メニュー
とある昼下がりの午後。
ソータウンにある、珈琲が自慢の喫茶店。
そこである2人が注目を浴びていた。
「カフェオレなら飲めそうです」
「よかったわね」
カフェオレを飲んで微笑む、
白髪に角が特徴的な褐色肌の
眼鏡をかけた美少年。
その前に座るは同じく白髪で
角を生やした、色白の美少女だ。
「とっても綺麗!」
「魔族よね?」
「姉弟……かしら?」
「あのメニュー頼んでたから親子だろ」
「親子揃って美人なんて、羨ましいわ」
「貴族みたいだし、お忍びかしら?」
ひそひとと喫茶店の客は話し、
窓側にその親子が座っているため
誘われるように入ってくる客までいる。
そんな注目を集める美少女は……
(なんでこんなに見られてるの?!
もしかして俺だってバレてる?!)
内心冷や汗を流しまくっている、
"郁人"だった。
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きっかけはデルフィのお願いだった。
「ママ! 俺ね、籠から出たら
行きたかったところがあるの!」
「行きたかったところ?」
首を傾げる郁人にデルフィは伝える。
「あのね! 近くに喫茶店あるでしょ?
コーヒーの香りがするお店!」
「あそこか。
俺もたまに行ったりするけど、
そこに行きたいのか?」
「うん!
そこに親子限定スイーツあったの!」
看板に書いてあった!
とデルフィはキラキラと目を輝かせる。
「でね! 見たときにママと行きたい
って思ったの!
ぷるぷるしてるの食べたい!
だから一緒に行こ!」
「一緒に行くのはいいよ。
でも、親子に見えるか問題だな」
尻尾を振りながら告げるデルフィに
郁人は考える。
(親子限定か……。
だとすると、デルフィは人型だな。
で、俺は……このままだと親子と
思われないだろうな)
〔見えたとしても、歳の離れた友達よね?
女将さんに頼む……のも駄目ね。
こいつはあんたと行きたいんだし〕
よくない火種を撒くことにもなるかも
とライコは自分の案を否定した。
「変装したらいいんじゃないかな?」
そこへチイトがやってきた。
「変装?」
「うん。親子に見えるようにね。
でも、パパは女装する必要があるよ」
「え?!」
チイトの言葉に郁人は思わず声をあげた。
「だって、その店の看板見たけど……」
チイトは説明しながら、空中に
スクリーンを浮かべる。
「そいつが食べたいのってこれじゃない?」
「うん! そのぷるぷるしてるの!」
デルフィはスクリーンを見て、はしゃいだ。
看板には親子限定メニューとあり、
父親と一緒ならチョコケーキ。
母親と一緒ならプリンアラモード。
と書いてあった。
「デルフィが食べたいのは
プリンアラモードか……」
〔これはたしかに、女装しないと
いけないわね〕
郁人が額に手を当てる中、
デルフィは話しかける。
「ママ……ダメだった?」
郁人の様子に気付いたデルフィは
尻尾を下げる。
「ごめんね……。
俺……迷惑かけちゃった……?」
「違うよ、デルフィ」
落ち込むデルフィに郁人は優しく抱える。
「迷惑じゃないからな。
デルフィは卵のときから
ずっと食べたかったんだろ?
俺と一緒に食べたいって思って
くれたんだろ?」
「……うん。ママと一緒に食べたら
ふわふわすると思ったから」
食べてる人達はふわふわした顔
してたからとデルフィは告げた。
「なら、一緒に食べよう。
一緒に食べたいって言ってくれて
嬉しかったし、俺もふわっとしたいから」
「ママ……!」
「その代わり、人の姿にならないと
食べれないからな。
途中で戻ったらダメだぞ。
俺はデルフィが嫌ってないこと
わかってるから、素直になれなくても
大丈夫だから」
「……うん! ママありがとう!」
デルフィは郁人に嬉しそうに抱きついた。
「じゃあ、パパとそいつも服を
考えないとね。
ユー、お前も持ってるだろ。見せろ」
いつの間にかいたユーは頷くと、
背中のチャックから様々な服を取り出した。
「パパにはどれがいいかな?
前は和服だっからドレスかな?」
チイトはユーの持つ服とカタログを
見ながら考える。
その姿を見てライコは呟く。
〔……珍しいわね。
俺も行く! とか言わないなんて。
しかも、あんたが独占されるのに
協力するなんて……〕
<こいつが泣きじゃくってパパに
迷惑かけるよりはいいからな。
それに、パパのコーディネート出来るし>
前はフェイルート達がパパの女装の
コーディネートするの独占してたしな
とチイトは呟く。
〔……………あんた、まさかそれが
狙いだったんじゃ〕
「パパ! 女装だってバレたくないなら
きちんとしたほうがいいと思うんだ!」
チイトはニコニコとしながらカタログを
見せた。
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チイトのコーディネートのもと、
郁人は女装したのだ。
〔猫被りの角に見える顔の鎧と
同じ角に、髪を白に魔法で変える。
そして、赤い宝石の髪飾りに黒がベースの
ドレスって……猫被りの恋人です
って感じが強いわよ、それ〕
チョーカからライコの声が聞こえる。
声はチイトの独占欲が現れた
コーディネートに引き気味だ。
〔そこの白妖精も黒がベースの服で、
角まで黒くしてるもの。
なんとか親子には見えるけど、
見る人が見れば父親が疑われそうね〕
あの猫被りと思われそう
とライコは呟いた。
(父親を? チイトは15歳だから
年齢的にも疑われないだろ)
〔あいつは15歳に見えないから。
実力もその年より上に見えるもの〕
ライコが話していると、スタッフが
やってきた。
「お待たせしました。
プリンアラモードです。
どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
「美味しそうですね」
デルフィは目をキラキラと輝かせ、
前のめりになりそうだったが、
咳払いして落ち着かせていた。
「いただきましょう」
「そうね」
声をわざと高くしながら、郁人は頷いた。
「いただきます」
「……いただきます」
2人は手を合わせると、スプーンに手を
伸ばし、プリンアラモードをいただく。
「美味しいわ!」
郁人は声を弾ませた。
ミルクのコクと卵のまろやかな風味は
いくら食べても飽きがこないと確信する
味だ。
カラメルのほろ苦さも抜群に合う。
とろとろのプリンとはまた違った
良さのある、昔ながらのプリンだ。
生クリームと食べても相性がよく、
口の中に幸せが広がる。
「デルはどう? 美味しい?」
人型の際の呼び名はデルと行く前に
決めていたので、デルと呼んで尋ねた。
「良いんじゃないですか?」
人型のデルフィはやはり素直に郁人に
言えないようだが、食べる手は止まって
おらず、頬が赤くなっていることから
気に入っていることは丸わかりだ。
「この限定メニューのこと、
教えてくれてありがとう。
もし、デルが言ってくれなかったら
気づかなかったわ」
「……面倒だったんじゃないんですか?
俺のワガママを聞くなんて。
断ってもよかったんですよ」
外した眼鏡を拭きながら
デルフィは告げた。
「面倒じゃないわ。
親子って言ってくれて嬉しかったのよ。
それに、子供の初めてのワガママを
叶えたいもの。
断るなんてありえないわ」
聞いたとき、郁人には断るなんて
選択肢はなかった。
どうやって叶えてあげようかを
考えただけだ。
「またこんなメニューがあったら教えてね。
私も探すから、一緒に行きましょう」
「………考えてあげない事もないです」
頬を染めたデルフィは眼鏡をかけ直して
そっぽ向きながらも答えた。
そんなデルフィを見て郁人は微笑ましい
気持ちになりながら、プリンアラモードを
食べる。
「またこのプリンアラモードも
一緒に食べに行きましょう」
「……母さんがそんなに言うなら」
デルフィは照れ隠しにプリンアラモードに
ついているさくらんぼを口に放り込んだ。
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そんな微笑ましい光景を見つめる目が
あった。
「ふふ。あの子達、とても楽しそうだわ」
「本当だね。微笑ましいものだ」
休憩時間に来ていたライラックと
その友達だ。
髪を1つに結び、背筋がスラッとした老女は
年齢を感じさせない、毅然とした佇まいから
普通の人とは違う風格が明らかだ。
「女将さんと一緒にいるのって……」
「あの”ベニバラ”だよな!?
ローズガーデンのギルド長!」
「S級の従魔使いか?!」
「握手求めてもいいかな?」
「今はプライベート中でしょ?
女将さんと親しげだし」
と周囲の客はS級冒険者の存在に
ソワソワしている。
その姿はまるで憧れのアイドルを
前にしたファンのようだ。
「流石S級ね。色めきたってるわ」
「そんなあたしを拳1つで倒した
アンタに言われるのはねえ」
「あら?」
「おや?」
談笑していた2人の目にあるものが止まる。
花を飛ばしてふわふわしている
郁人とデルフィに2人の男が
近づいていたのだ。
目は女装した郁人に向いており、
ナンパ目的なのは明らか。
「お客様、お席でしたらこちらが
空いておりますので」
気付いたスタッフが止めに入る。
「いやあ、あの美人な奥さんに
用があるんだ。
ちょっと話したいだけだからよ」
「そうそう。だから、通してくれ」
止めに入ったスタッフを押し退けて
行こうとする男達。
ー が、突然床に倒れた。
「お客様?!」
スタッフは慌てて声をかけるが意識はない。
「誰か運ぶのを手伝って!」
「わかった!」
慌てて別のスタッフを呼び、運んでいった。
その男2人の足元には砕けた氷が
落ちていることを気づかない。
その背中を見守りながらライラック達は
呟く。
「相変わらず速いわね」
「そういうアンタも鈍ってないようで
安心したよ」
ライラックとベニバラは微笑む。
「コイントスでよく遊んでたもの。
厄介な人が来たら今みたいにコイントスの
要領で相手の眉間めがけてコインをね。
久しぶりだったけど、当たって良かったわ」
「氷で代用したから証拠も残らない。
手元に氷があって良かったものだ」
男達を気絶させた2人はイタズラに成功した
子供のように笑い、また談笑に戻った。
ここまで読んでいただき、
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ライラック達のスゴ技を
遠くから見ていた者がいた。
「いやあ、母君もすごいですが、
あの方もなかなかですな」
「俺が出るまでもなかったな」
店が見える路地に魔法で姿を消した
ポンドとチイトがいたのだ。
「チイト殿とユー殿はどうして
ついていかれなかったのですかな?
わざわざこのように魔法で身を
隠さなくともよかったのでは?」
「パパがせっかく着飾ったからな。
この機会にあいつをあぶりだそうとな」
「あぶりだすとは……?」
きょとんとするポンドにチイトは
説明する。
「そこのジジイみたいになる奴に
心当たりがあるからだ。
ユーはジジイを止める係で連れてきた」
チイトの視線の先には倒れている
ジークスがいた。
ユーが見張っており、何かあったのは
確実だ。
じつは、ジークスは郁人の女装を
見た瞬間、どこからか指輪を取り出し、
突撃しようとしたのでユーが眠らせたのだ。
なので、ユーが見張っている。
「ジークス殿のように、マスターの
女装姿を見てこのようになる方が?!」
「あぁ。なんでここにいるのか
不思議で仕方がないが」
チイトはため息を吐いてパネルを
見ていると、壁から目が出てきた。
イービルアイだ。
イービルアイはチイトを見たあと
数回瞬きして消える。
「見つけたようだな」
チイトは別でスクリーンを浮かばせると、
そこには男女2人が映っていた。
男は紙を持って今にも突撃しそうで、
それを女が必死で止めている。
「この男性がそうですな。
……たしかに、ジークス殿と似たような
行動をとってますな。
あの女性は……ベアスター殿と思われます」
「知り合いか?」
「いえ。噂を耳に挟んだことがありましてな。
特徴から察するにその方かと」
「そうか。どうやら偶然見つけたそいつが
あれを止めに入ったそうだ。
…………この目で見るまでは信じたく
なかったが。本当に居るとは」
チイトは男を見て忌々しげに舌打ちした。
「ちなみに、あの紙はなんでしょうか?」
「あれは……婚姻届だな。
パパのサインがあればすぐ出せるぐらいに
準備万端だ」
「それは……また……
ジークス殿に引けを取りませんな」




