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小話 初めて私が血肉を捧げた日

※グロテスク表現と思われるものがあります。

ご注意ください。




   ジークスは郁人を部屋に呼び、

   彼が来るのを待っていた。


   呼んだ理由は至ってシンプル。

   ジークスはずっと考えていたことを

   決行しようと決めていたからだ。


   (イクトに私の肉を食べてもらおう……!)


   あのときから考えていたことだ。


   ーーーーーーーーーー


   郁人はジークスに比べるとはるかに弱い。

   手足は細く、ジークスが握れば

   折れてしまいそうなほど。

   階段から落ちそうになった郁人を

   抱えて助けたときはあまりの軽さに

   目眩(めまい)を覚えた。


   郁人はジークスに比べると体もかなり弱い。

   怪我をしても治りが遅く、同じところを

   また怪我したのか疑ってしまった。


   そして、風邪が悪化して動けなくなった

   郁人を初めて見た際、ジークスは

   思い知ったのだ。


   ー “郁人がいなくなってしまうのは

   あっけないほど、簡単に訪れてしまう”

   ことを……。


   郁人が倒れている姿を見て

   自身の母の姿が重なった。


   『ジークス、私の愛しい宝物。

   お母さんは大丈夫だから。

   だから、笑ってちょうだい』

   『母上……!』


   どれだけ手を尽くしても弱っていき、

   もう2度と会えなくなった母の姿が……。


   重なった瞬間、ジークスは視界が

   暗くなったのを感じた。


   嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 絶対に嫌だ!

   やっと見つけた、私の宝物(しんゆう)

   一緒にいるだけで心があたたかくなる

   とても大切な宝物。

   私のそばからいなくならないでくれ。

   あのときのように衰弱していく

   大切な人の姿はもう見たくないんだ。

   お願いだから、どうか私から……

   私から彼を奪わないでくれ……!!


   あのとき、ジークスは自分の無力さを

   痛感した。


   呼吸が浅くなり、青白くなっていく

   彼を見ていただけで自分はなにも

   出来なかった。


   オキザリスが栄養食を飲ませて

   いなかったら今頃、彼はジークスの

   前からいなくなっていた。

   もう2度と話すことだってできなく

   なっていた。


   (もうあんな思いはしたくない。

   あの頃の私ではないのだから、

   なにか私に出来ることがあるはずだ)


   ジークスは考えた末、自分の種族の

   伝承を思い出した。


   "竜人の血肉を喰らえば不老不死になる"

   という伝承を。


   本当は尻尾を食べれば不老長寿に、

   血を飲めば丈夫になるのだが

   いつのまにか不老不死が

   付け足されていたあの伝承。


   (イクトは私の血がついても平気だった。

   つまり、イクトが私の血肉を食べても

   問題ない……!!)


   ジークスは瞳を輝かせる。


   すぐ尻尾に魔力を通して実体化させ、

   確認する。


   (尻尾なら斬ってもしばらくしたら

   戻るので供給面も大丈夫だ。

   血も彼が寝ている間に飲ませれば

   問題ない)


   安心だとジークスは微笑むが、

   肉に関して問題があることに気付く。


   (どうやって肉を食べてもらえば

   いいんだ……?!

   私は料理をしたことがない……!)


   食事に関しては郁人に会うまで

   気にも留めていなかった。

   腹を満たせれば味なんて二の次。

   空腹をしのげれば気にもしなかった。


   だが、郁人に食べてもらうとなれば

   気にしなくてはならない。


   (彼は料理好きだ。

   食に関してもこだわりがある。

   そんな彼に食べてもらうのだから、

   料理は必要事項だ)


   まずなにを作るか決めていき、

   練習していかなくては……

   とジークスは顎に手をやる。


   (ステーキが1番良いだろう。

   しかし、ステーキとなると肉が

   思いきり見えている。

   女将さんに勘付かれたら大変だろう)


   なんとなくだが、気をつけたほうが

   いいだろうと察したジークスは更に考える。


   (彼の口は小さいからな。

   食べやすいサイズがいいだろう。

   片手で食べれるような……)


   ジークスは考えながら、自分にも

   練習すれば出来そうなものを考えた。


   そして……


   (そうだ! あのときのものを作ろう!)


   ジークスは道具の準備に出た。


   ーーーーーーーーーー


   そして、ついにジークスは実行したのだ。


   「ジークス、遊びにきたぞ。

   俺に振る舞いたいって聞いたけど……」


   時間通りに郁人がジークスの部屋に

   やってきた。

   ジークスは笑顔で出迎える。


   「あぁ。君にどうしても振る舞いたくてな」

   「なにを振る舞いたいんだ?」

   「持ってくるから、こちらに座って

   待っててほしい」

   「わかった」


   ジークスは用意していた椅子に

   郁人を待機させた。

   そして、頑張って練習して出来た

   自信作をテーブルに置く。


   「じつは……これを君に食べてほしくてな」

   「カツサンドだ!」


   郁人は美味しそう! と目を輝かせる。


   ジークスが作ったのは”カツサンド”だ。


   「以前、料理の手伝いをしたときを

   覚えていてな。

   俺もなにか君に振る舞えたらと

   思い出しながら作ってみたんだ」

   「あのときか! 覚えてたんだな!」

   「あれが初めての料理だったからな。

   新鮮な気分だったよ」


   ジークスは以前、郁人の料理を

   手伝ったことがある。

   郁人がサンドイッチを食べたいと

   パンに挟む具材を作っていたのを

   ジークスも手伝ったのだ。


   「揚げ物もやってみて楽しかったからな。

   もう1度作るなら君にと決めていたんだ」

   「ありがとう、ジークス」


   郁人の嬉しそうな瞳を見て

   ジークスは心があたたかくなる。


   そして、緊張で口が乾いていくのを

   感じながら席につく。


   「何回か挑戦して出来た自信作だ。

   是非、食べてほしい」

   「わかった。本当にありがとうな」


   郁人がジークスの尻尾の肉を使った

   サンドイッチに手を伸ばす。


   (やはり緊張するな……。

   気に入ってもらえるといいんだが)


   何回か挑戦してやっと出来たカツサンド。

   成功したときは思わず、ガッツポーズを

   決めてしまったほどだ。


   (他の肉で作ったカツサンドを食べて

   味も確認したから問題ない。

   が、彼の好みに合うか……)


   郁人は前に座るジークスの緊張など

   知らず、カツサンドを口に入れた。


   「わあっ!」

  

   郁人は目をキラキラと輝かせる。


   「美味しい!

   ジークスとても美味しいよ!」

   「……良かった!

   美味しいと言ってもらえて安心した」


   ジークスはホッと胸を撫で下ろした。

   そんなジークスに郁人は尋ねる。

     

   「このお肉、初めて食べた気がする?

   こう肉厚ですごくジューシーだし。

   牛肉と豚肉の良いとこどりしたような……。

   これなんの肉なんだ?」

   「それは迷宮で斬ってきたものだからな。

   君が知らなくても無理はない」


   嘘はついていない。


   ジークスは自分の尻尾を斬るとき、

   宿屋で血の匂いがしてはよくないと

   迷宮で斬ってきたのだから。 


   (私の素性を明かしてないから、

   肉の正体(こと)を言えないのは申し訳ないな)


   自分の素性を言えば郁人に被害が

   及ぶ可能性があるため言ってない。


   郁人に隠し事をしている自分に

   喉の奥が痛む。


   罪悪感に襲われるジークスに気づかず

   郁人は声をあげる。


   「迷宮産なんだ?! このお肉!」


   迷宮のだったのか!

   と郁人は目をぱちくりさせた。


   「迷宮にも美味しいものがあるんだな!」

   「迷宮にも種類があるからな。

   その………………

   気に入ってもらえただろうか?」


   緊張しながら尋ねると郁人は答える。


   「うん! 美味しいから気に入ったよ!

   振る舞ってくれてありがとうな!」


   嬉しそうな郁人にジークスは頬がゆるむ。


   「君に気に入ってもらえて良かったよ。

   また振る舞ってもいいだろうか?

   この肉を」

   「いいのか!? このお肉美味しいのに?

   俺だけ食べちゃってさ……」


   ジークスも食べないのか?

   と郁人は首を傾げた。


   「いいんだ。私が君に食べてほしいからな」

   「そうか?

   なら、お言葉に甘えようかな」


   ジークスの言葉に郁人は瞳を輝かせると、

   カツサンドをまた頬張った。


   「本当に美味しい!」


   郁人は美味しいと全身でも伝えてくれる。


   (……これはクセになりそうだ)


   ジークスは郁人の食べる姿を見つめる。


   郁人が自分の肉を食べてくれている。


   とても美味しそうに、瞳を輝かせながら

   私の肉を頬張っている。


   私の肉は彼の1部となり、彼の体を

   構成していく……。

   そして、彼の健康を補助していく

   重要なものとなる。



   ー それはなんて……甘美なものか!



   「もっと食べるか?

   今からでも作るが……」

   「晩ごはんが入らなくなりそうだから

   遠慮しとくよ。

   また作ってくれると嬉しいな」

   「そうか。

   では、また振る舞わせてもらおう。

   君のために」


   ジークスは柔らかい瞳を向けながら

   ふと考える。


   (いつか私の素性を明かしたとき

   君は受け入れてくれるだろうか……)


   竜人であること、王族であったことなどを

   明かさない自分にチクリと胸がまた

   痛くなるのを感じた。





ここまで読んでいただき

ありがとうございました!


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感謝をこめて。


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