バレンタイン
皆様"ハッピーバレンタイン"です!
これは郁人がチイトに会う前の頃……
『突然で申し訳ないのだが、
俺の部屋に来てくれないか?
頼みたいことがあるんだ』
昼過ぎ、ジークスに呼ばれた郁人は
部屋の扉を開けて目をぱちくり
させていた。
「甘っ?!香りがすごい!!」
部屋の中はチョコの甘い香りが充満し、
プレゼントが大量にある。
「これって全部チョコか?!」
「イクト……これだけの量は私にも
食べきれないんだ……
助けてくれないか……」
貰えるのはありがたいが、
流石に量が多すぎてな……
と苦笑するジークス。
「これは1人じゃ無理だな。
俺も協力するよ」
郁人は贈り物の山を見上げた。
ーーーーーーーーーー
本日は"バレンタインデー"。
とある料理好きの錬金術師が4年前から
始めたイベント。
今では誰もが知っている特別なイベント。
日頃の感謝をこめて大切な人へチョコを
渡すイベント。
告白にもピッタリなイベントとなり、
想い人へとチョコを渡すイベントとして
周知されている。
郁人は自分には無縁なイベントなため、
あまり気にしていなかったが……
(まさかこんな形で関わることに
なるとはな……)
郁人は歪ながらも気持ちが込められた
ブラウニーを頬張った。
「イクトすまない……
手伝ってもらって……」
「いや、気にしなくていいよ。
いろんなものが食べれて楽しいから」
郁人は現在、ジークスと一緒にチョコを
食べている。
なぜなら、ジークスが大量にチョコを
貰ったからだ。
しかも、どれもが本命と思える
気合の入れようである。
そんなチョコをジークスは1人では
食べきれないと郁人にSOSを出したのだ。
「依頼をこなして帰ってきたら
突然いろんな女性から貰ったんだ。
見知らぬ者からは受け取れないと
断ろうとしたのだが……
あまりの気迫に圧されてしまってな」
なぜいきなり渡されたのか?
とジークスは首を傾げた。
「あれ?
ジークスはバレンタイン
知らなかったのか?」
「バレンタイン……
あぁ!今日だったのか!」
ジークスはそうだった!と
目をぱちくりさせた。
「ジークスはすごいモテるんだな。
これだけの量をもらうなんてさ」
「貰えるのはありがたいんだが、
気持ちには応えることは出来ない。
それに、やはり貰うのなら本命から
貰いたい」
「本命以外からモテたくないと……
モテる人はやっぱり違うなあ」
俺は貰えるだけでも嬉しいけどな
と郁人はチョコを頬張る。
(ホント俺には無縁なイベント
だからなあ……。
そういえば、渡してほしいとか
言われて、よく受け渡し役に
なってたような……)
郁人はそんなことを思い出していると
声をかけられる。
「イ……イクトはその……誰かに
渡したりしたのか?」
ジークスはなにやら緊張した様子だ。
郁人はキョトンとしながら答える。
「俺は世話チョコしか渡してないぞ。
本命がまずいないからな。
だから、俺は母さんと先生達に
オーナー達、フェランドラやカラン。
ゲライシャンにも渡したぞ。
いつもお世話になってるからさ」
「…………君らしいな」
ジークスはホッとしながら呟いた。
(なんだろ?なにか思ってたのか?)
少し疑問に思ったものの郁人は
気の所為と判断した。
(それにしても……
これだけ貰ってたらいらないか)
郁人はジークスにも世話チョコを
作っていたが、チョコの山を見て
渡すのをやめていた。
が……
「イクト、フェランドラ達にも
あげたようだが……私のものは
ないだろうか?」
「あるけど、これだけあったら……」
「欲しい。
君からのチョコは絶対に欲しい」
「……わかった。
もとから渡すつもりだったからな」
ジークスの真剣な瞳に負けた郁人は
手渡した。
「ありがとう。大切にいただくとも」
ジークスはとても柔らかな眼差しで
受け取る。
頬も緩めてとても嬉しそうだ。
(なんだろ……こんな嬉しそうな顔、
前にも見たような……)
郁人はふと思い出す。
『お前のチョコのほうが美味いからな。
また作れ』
『あれだけ貰っといてまだ食べるのかよ』
『俺が欲しいのはお前のだけだ』
『あれだけ綺麗な子に貰っといて
俺から欲しがるなんて変わってるな』
『そうさせたのはお前だ。
責任はとってもらう』
『責任ってなんだよ?!』
『俺のあれやこれやを歪めた責任だ。
その責任の一端としてチョコは必ず貰う。
貰えなかったら俺から渡すが』
ー 「イクト、どうかしたのか?」
ジークスがきょとんとした顔で
郁人を見ていた。
どうやら何度も声をかけていたらしい。
「いきなり黙り込んでどうしたんだ?
体調でも悪いのか?」
「違うよ。
ちょっと前のことを思い出しただけだ」
「そうか。そういえば、イクト。
面白いものを見つけたんだ」
ジークスはテーブルの上にあるものを
乗せた。
「? ドロップ?」
それは瓶詰めされた色とりどりの
ドロップだった。
まるで1つ1つが宝石のようにキラキラ
している。
「飴に見えるがこれはチョコだそうだ。
味もランダムらしく、色でも
味はわからないらしい。
試しにイクトもどうだ?」
「いいのか?」
「あぁ。一緒に食べてくれるお礼だ」
「じゃあ、遠慮なく」
郁人は初めて見るチョコに目を
輝かせながら瓶から1ついただく。
「宝石みたいなチョコか。
どんな味だろ?いただきます」
チョコを口に放り込むと果物の酸味と
チョコの甘みが見事に調和していた。
「すっきりした酸味とチョコの甘さが
合って美味しい!」
「その味はスタンダードな味だそうだ。
これなんてどうだ?」
ジークスは瓶から1つ取り、
郁人の口へ近づける。
「口を開けてほしい」
「……わかった」
手づから食べさせたいと目で訴えられた
郁人は、ジークスが折れないことを
知っているので素直に口を開けた。
「〜〜〜〜〜!?!?」
口内を甘さの暴力に襲われた。
舌に触れた瞬間は柔らかな甘さで
包まれたが、あとから一気に
濃厚な甘さに襲われたのだ。
その甘さは重量級。
甘いより重いの言葉がふさわしい。
郁人はブラックコーヒーで甘さに
耐えようとしたが、甘さはまるで
一生離れないというように口内に
残り続ける。
「ブラックコーヒー飲んだのに……
まだ甘さが勝ってる」
「かなり甘かったのか?」
「うん……甘いの苦手だったら
ヤバかった」
ジークスが注いでくれたコーヒーを
がぶ飲みしながら郁人は感想を述べた。
「そうか……。
まだまだ甘くなりそうな気がするな」
ジークスは1つを口に放り込むと
感想を述べた。
「え!? これより上があるのか!?」
「あると思うぞ。
イクト、私のために1つ選んで
くれないか?」
「プレッシャーがすごいな……」
郁人はあの甘さの地獄をジークスには
味あわせないために瓶をじっと見ながら
ジークスのために選ぶ。
「じゃあ、これ……」
「ありがとう」
ジークスは郁人の腕を掴むと、自分に
引き寄せて郁人の手からチョコを食べた。
「ちょ?! 指ごと食べてる!!」
「……優しい甘さだな。
一口では物足りないと思うほどだ」
ジークスはもっとほしいと呟く。
「俺の指ごと食べるなよ」
「すまない。どんな味か気になってな」
ジークスは郁人の指をハンカチで
拭きながら謝罪した。
「他にもいろいろあるから一緒に食べよう」
「……今更だけど俺も食べていいのか?
女の子達がお前のために渡したのにさ」
「俺1人では食べきれないからな。
そのまま置いといて食べれなくなる
よりはずっといいだろう?」
「たしかにそうだな」
「お湯を沸かしてこよう。
コーヒーだけでは飽きるから紅茶も
用意してくる」
「ありがとうジークス」
ジークスはポットを持ち、キッチンへと
進んだ。
ーーーーーーーーーー
ジークスはお湯を沸かしながら
宝石のように輝くチョコが入った瓶に
付属されていた紙を見る。
紙にはこう表記されていた。
“ジュエリーハート
相手の好意に反応して味が変化する
不思議なチョコ。
相手を思いながら触れると、その相手への
好意がチョコに伝わる。
相手を想っていればいるほど甘くなる
チョコ。
基準はオレンジピール味。
それから更に甘くなればなるほど
想っている。
相手に触れさせて自分が食べれば
どのように思われているかわかるよ。
気になる相手に触れさせて食べてみよう!”
「気になって買ってみたが、
本当だったな。
彼への想いが味となって伝わったか」
郁人を考えながら渡したチョコは
たしかに基準よりかなり甘くなって
いたようだ。
「……彼は吐き出さなかったな」
ジークスの想いがこもったチョコを
郁人は甘すぎると言いながらも、
コーヒーを飲んで食べてくれた。
胃に納めてくれた。
「竜人の特徴が味に出ていたか。
だが、まだまだ足りないくらいに
なりそうだ」
郁人は受け入れてくれるだろうか
と考えながら、ジークスはコーヒーを
準備した。
ーーーーーーーーーー
まだあるチョコは明日へ持ち越し、
郁人はジークスの部屋から帰ってきた。
「頑張って食べたけどまだあるからな。
ジークスのモテ具合は凄まじいよ」
チョコがまた増えないことを願いながら、
郁人は全身から甘い匂いがするので
着替えようとした。
が、その郁人の視界にあるものが
はいった。
「コーヒーとチョコだ。
しかもあのキラキラしたチョコ」
机にコーヒーとチョコが置いてあった。
丁寧に薔薇まで飾られている。
「真っ赤な薔薇だな。母さんかな?
でも、母さんからもう貰ってるしなあ。
ジークスとはさっきまでいたから
違うし……」
郁人は首を傾げながらチョコを
見つめる。
「誰からだろ? まあ、いいか」
郁人は警戒することなく椅子に
座ると、チョコを食べた。
「〜〜〜〜〜〜〜?!!?!」
また猛烈な甘さの地獄に郁人は襲われた。
急いでコーヒーを飲むが、前とは違って
甘さが舌から離れない。
ずっと離さないという執念すら
感じてしまうほどだ。
コーヒーを飲みきってもなお、
甘さはまだ感じる。
「これは執着じみたものを感じるなあ……」
追加でコーヒーを飲もうとお湯を湧かしに
郁人は向かった。
ー その背中を遠くから見つめる者がいる。
オムライスのあだ名が付いた者は
ため息を吐く。
「……誰からかわからないものを食べるな。
あいつは警戒心が本当にないな」
そして瓶詰めのチョコを見つめる。
「あいつを考えて食べてみたが
相当甘かったぞ、あのチョコ」
郁人が食べた様子を思いだして、
オムライスは口角をあげる。
「相当のお人好しだな、あれは」
オムライスはもう1度、郁人を思いながら
チョコを食べた。
「……甘さが増したな」
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました!
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とあるカフェのテラスにて……
星々を散りばめた金髪の初々しさの
残る少年はすらりとした足を組みながら
テーブルに肘をついて息を吐く。
「父様、食べてくれてるかな?」
「自分で購入していれば良いがな」
その前に座る、黒檀の角が額と左側頭部から
生えた、端正な顔立ちの左半分を仮面で隠す
少年は、どうだかと首をすくめ、
本をぱらりとめくる。
「なんの話だ?」
そこへ鍛えられた長身痩躯と品の良い
顔立ちを威圧感で相殺した狼の耳を
生やした青年が大きな手で3つの
コーヒーを持ってやってきた。
2人の前にコーヒーを置き、席に座ると
コーヒーを飲む。
「ありがとう」
「ご苦労。いや、なに。
此奴が心配しておったのでな」
「心配って……
あんたらの父親のことか?」
「そうだ。
我が敬愛なる親父殿のことだ」
「父様ってば重い奴らに好かれるからね。
シュガーハートで重さに気づいて逃げて
くれてたらと思って」
「………そんなに重い奴らに
好かれやすいのか?」
「我が兄弟にも厄介な者がいるからな。
竜人もいるが、あやつは敬愛している
ため問題ないが、他の者がなあ……」
「父様ってば激重ホイホイだから」
「あんたらの父親、その兄弟以外の竜人と
蛇の獣人に好かれたら大変そうだな」
あの2大重い種族に好かれたら
と呟いた狼の青年を2人はジトッと見る。
「……思ってても言わなかったのに」
「其方……言霊というものを知っておるか?
言葉に力がこもると言われるのだぞ?
もし、本当に親父殿がそうなったら
どうしてくれる?
親父殿の周囲がドロドロでヘビーな
状況になればどうしてくれる?
いや……親父殿なら状況に気づかぬか?
まあ、とりあえず其方の言うとおりに
なれば出てもらうぞ。
此奴のクッキングステージ」
「おい?!」
「やった!
その時は僕と一緒にフリフリエプロン
着て出ようね!」
「誰もやるなんて言ってないだろ」
「余が言ったのだ。それで道理が通る」
「〜〜〜〜〜はぁ」
こいつはそういう奴だ
と狼の青年は抗議を飲み込んだ。
「あっ、この大盛りパンケーキ
頼んできてよ」
「余は酒を所望する」
「あんたはさっき別の大盛り食っただろ。
まだ食べる気かよ。
で、ここはカフェだから酒はねえ。
まずあんたの見た目で貰えると思うな」




