151話 味覚で確信を得た
完成した料理は宙を浮きながら
運ばれていく。
「本当にすごい光景だな。
まるで映画の1シーンだ!」
不思議な光景を見ながら、西洋甲冑の
先導のもと案内されたのは食堂だ。
「蝋燭の灯りだけでもこんなに
明るくなるんだな。
シャンデリアが大きいからか?」
天井には大きなシャンデリアがあり、
屋敷の持ち主の財力を見てとれる。
大人数が食事を共に出来る長いテーブルに
花瓶に活けられた朝露草が飾られていた。
綺麗に掃除されているが、長年使われて
いなかったのだろう、ひんやりとした
空気が肌を刺す。
西洋甲冑は入り口から1番離れた、
景色の良い席に郁人を案内し、椅子を引く。
「ありがとうございます」
郁人は椅子の前に進み、姿勢を正して
腰を降ろした。
「あっ……」
前を見ると、向かい側にぼんやりとした
人影が座っている事に気付いた。
輪郭がはっきりしておらず、風が吹けば
消えてしまいそうだ。
〔……うぅ。
あいつがあの方なのかしら?〕
起きたライコが呟いた。
(起きたのか、おはよう)
〔あまりの怖さで気を失っちゃたみたい。
あんたが無事でよかったわ〕
(大丈夫。
あの方はチイト達みたいなものだから、
おそらく危害は加えない)
〔あんた見当がついたの?!〕
気絶していた間に一気に進んでいた事実に
ライコは声を上げた。
(でも、期待に応えられなかったが
引っ掛かるんだよな……)
郁人が思案してるとユーにつつかれた。
見ればカレーが前に置かれていた。
きちんとユーと卵のもあり、ユーと卵は
今か今かと食べるのが待ち遠しそうだ。
「食べようか」
テーブルに置かれたナプキンを膝に敷き、
郁人は手を合わせる。
「いただきます」
郁人の言葉を合図に食器がこする音が
室内に響く。
前の人影は黙々と食べている。
気に入ったのかスプーンの進むスピードは
早い。
(陽炎みたいだけど実体はあるのか?)
不思議そうに見ながら、
郁人もカレーを口に含む。
(味見してわかっていたけど、
やっぱりスプーンが止まらないな。
久々のカレーを食べるのが幽霊屋敷なのは
予想外だけど、本当に美味しく出来た)
郁人はうまく出来たと満足しながら
カレーを頬張る。
(帰ったら、母さんやチイト、
ジークス達にも作ろう。美味しいって
喜んで貰えるといいな)
〔このカレー、スパイシーで良いわ!
体が芯から温かくなって、ご飯と相性抜群!
絶対に喜ばれるから女将さん達にも
作ったほうがいいわ!〕
(わかった。必ず作る)
ライコにも太鼓判を押され、
自信を持って作れる。
ユーと卵もカレーをもりもりと
食べている。
喜びオーラ全開で、美味しいと見て取れた。
(……そうだ!)
郁人はスプーンを進めるなか、
確信を持つために少し仕掛ける事にした。
「あの、辛いものがお好きでしたら
これとかかけてみませんか?」
突然声をかけられ戸惑いを見せる人影に
ある物を見せた。
〔……それってヘルファイアじゃない!!
どこで見つけたのよ!? その劇物!!〕
ライコが見て悲鳴をあげた。
“ヘルファイア”は1滴口に含めば
地獄の業火に見舞われるという
売り文句がついた激辛好きの為に
産み出された超激辛ソースである。
だが、激辛好きにもこれは辛すぎる
と言われ、好んで使うものは滅多に
いない代物だ。
ゆえに、罰ゲームなどで使われる事が
多いソースでもある。
(ここの調味料はどんなものか
知りたくてさ。お金を貯めて買って
みたんだ)
味を知らないと作るときに
困るからと郁人は説明した。
(それで世界1辛いって聞いたから
味が気になって味見したけど……
しばらく味覚がなくなったよ)
食べたときを思い出しただけで
郁人は舌がヒリヒリしてしまう。
ジークスやフェランドラも興味本意で
試してみて、水をがぶ飲みしていた。
(名前の通りの辛さだよ。このソースは)
郁人はもう使わないと決めたのだが、
折角買ったのを捨ててしまうのは
勿体ない上、いつか使う機会があるかも
と持っていたのだ。
〔あんたそんなえげつないものを
渡したら不興を買って危ないわよっ!!〕
(大丈夫だ)
〔でもっ!!〕
ライコがあわてふためく中、ヘルファイアは
宙を浮き人影の手に渡る。
人影は初めて目にするヘルファイアに
こてんと首を傾げる。
「カレーに1滴垂らして混ぜて
みてください。味が変わりますから」
郁人の言葉に人影はヘルファイアの
蓋を開け、言われた通り1滴垂らして
混ぜて、口に入れた。
瞬間、人影の肩が跳ね上げ固まった。
〔ほらっ!
あまりの辛さに固まっちゃったわよ!
怒られ……る……わ……〕
ライコの言葉は途切れた。
なぜなら、人影がヘルファイアをカレーに
どんどんかけては混ぜ、凄まじいスピードで
食べているからだ。
〔ちょ?! あれを食べてるわよ?!
カレーがもう真っ赤になってるのに
まだかけて食べてるっ?!〕
あり得ないと声を上げるライコを他所に、
郁人は確信した。
(あいつだな、絶対……)
郁人はヘルファイアがけのカレーを
食べ進める人影を見ながら、
自分のカレーを食べた。
ーーーーーーーーーー
デザートのバニラに舌鼓を打ちながら、
郁人は前の人影を見つめる。
(バニラも食べてくれてるな。
これもまた作ろうかな)
ラムレーズンとかチョコチップとか
入れるのもありだなと郁人は考えながら
バニラをいただく。
〔あの人影も綺麗に食べてるわね。
でもあいつ、バニラに朝露草の蜜を
かけて食べてるわよ〕
どんな食べ方してるのよ
とライコは告げる。
〔1滴でも砂糖の数十倍甘いのに、
蜂蜜かけるようにたっぷりかけて。
あいつ、超辛党で超甘党なの?
味覚大丈夫?
舌が機能してないんじゃないの?〕
ライコは人影の食べ方に引き気味だ。
ユーや卵も人影の食べ方に2度見した
くらいである。
(やっぱりな)
郁人はその食べ方でますます確信した。
(もう完璧あいつだな。
俺が知ってる中であの食べ方する奴は
1人しかいない)
人影は見守られながらバニラを食べ終え
手を合わせた後、ゆらりと煙のように
消えていく。
「ごちそうさまでした」
郁人も手を合わせた後、背後で待機している
西洋甲冑に尋ねる。
「この屋敷の中で1番狭くて、
日が当たらない場所はどこですか?」
郁人の問いに西洋甲冑はしばし固まると、
壁に文字が浮かび上がる。
「”見当はついたのか?”。
はい、見当はつきました。
だから案内してください。
ー あいつの元へ」
郁人の真っ直ぐ射抜く視線に
西洋甲冑は頷くと先導し始めた。
燭台に照らされる長い廊下を
郁人達は進んでいく。
〔ねえ、あの方って誰なのよ。
教えてほしいんだけど〕
(……実は、チイトと同時期に作ったキャラは
チイトを含めた7人じゃなくて、
“8人“だったんだ)
ライコに尋ねられた郁人は説明した。
(けど、あいつはヒロインと同じ属性で
期限に間に合わない可能性もあったから、
出すキャラを減らしたいって言われて
妹にOKを貰えなかった)
〔イラストの大きな手は妹さんの
手だったのね。
期待に応えられなかったは、
あんたが描いたのにOKを
貰えなかったから……〕
ライコは絵本の内容を思い出して、
納得した。
(……あいつは重く受け止めていたんだな。
自信作だし、魅力を上手く伝えられなかった
俺の責任なのに……)
郁人の胸がずしりと重くなる。
すると、西洋甲冑が廊下の突き当りにある
扉の前でピタリと止まると
先を指し示す。
「……ここからは俺だけでって
ことですか?」
尋ねると、西洋甲冑は頷き、
壁に文字が浮かび上がる。
「"あの方をよろしくお願いいたします"
か……。
はい、任せてください」
郁人が西洋甲冑に答えると
西洋甲冑は恭しく礼をして
壁に寄り、飾りのように動かなくなった。
〔……役割を果たしたからかしら?〕
「ここまで案内してくれて
ありがとうございました。
さあ、進もうか」
郁人は西洋甲冑に頭を下げ、
示された扉を開けた。
「地下に続いているみたいだ」
〔ホラーで定番的なものよね?
……なんで先が見えないのよ!!
危ないし怖いじゃない……!!〕
扉の先は階段が続いており、
先が全く見えない。
ユーに照らして貰ったが、光が闇に
吸い込まれそうに感じる程に暗い。
「よし、行くか」
〔あんた本当に動じないわね……。
足元に注意しなさいよ〕
(うん。わかったよ)
郁人は慎重に階段を降りていく。
ヒヤリと冷たい空気が郁人の肌を刺激し、
コツコツと降りていく足音だけしか
聞こえない。
〔……本当にいるのかしら?
気配も全然ないし〕
(大丈夫だ。あいつはここにいる)
不安なライコに郁人は告げる。
(あいつは対人恐怖症で、
視線を怖がるから人目が無く、
誰にも見つからないように
隠れる節があるんだ。
しかも、暗闇が好きだから
間違いなくいる)
〔どれだけ怖いのよ……〕
あたしはこの暗さのほうが怖いわ
と呟く。
「ん?」
〔あれは……?〕
誰も通さない意思の現れか、
重厚な鉄格子が見えた。
しかも、扉には最新式のキーワードを
打ち込むタイプのロックがかかっている。
「解除しないと進めないのか」
〔どれだけ人に会いたくないのよ?!〕
ライコが驚くなか、郁人は1枚の紙を
見つける。
「”あの方の生まれた日は?”ね」
郁人は迷うことなく、数字を打ち込む。
機械音が鳴ると、カチャリと音が空間を
響いた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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オムライス:執事は人探ししていた模様。
オムライスは心当たりはないため、
見かけたら連絡すると約束した。
執事は夜の国で携帯を買っていたらしく、
連絡先も交換した。




