150話 幽霊屋敷でクッキング
壁にはフライパンやフライ返し、
泡立て器などの調理道具が掛けられている。
天井には換気の役割を果たす、
細長い板を枠組みに隙間を開けて
平行に敷いたルーバーがあり、
細長い紐で開閉する仕組みだ。
壁には炉があり、その熱で調理するのだと
置いてある鍋から推測出来た。
この1室は屋敷の厨房なのだ。
「……ここで作るのも手がかり
なんだろうな?
多分……」
その厨房で郁人は首を捻りながら、
鶏肉を焼いていた。
ーーーーーーーーーー
西洋甲冑の案内のもと、郁人はあの方に
関するヒントを得ていった。
ー あの方は郁人に嫌われる事を
何より恐れている事。
ー あの方は郁人に謝罪の気持ちを
抱いている事。
ー あの方は期待に応えられなかった
自身に絶望している事。
ー あの方は郁人が望むなら
なんだってやる事。
ー あの方は郁人以外眼中にない事。
ー あの方は郁人に会いたがっている事。
ー あの方は甘いものや辛いものが
好きな事。
等々、ほとんどが郁人に関する事で
あった。
そして今は新しく得た
”あの方は郁人の手料理を食べて
みたかった”
という情報をもとに作っている最中だ。
(ここに案内されたとき驚いたもんな。
ここだけ綺麗に掃除されてたから。
今でも使われていてもおかしくない
くらいに綺麗だし)
入ったときの感想を思い出しながら
ちらりと用意された食材を見る。
(ここにある食材も全て新鮮だ。
どこに保存してたんだろ?
ここにはないけど、別の場所に
冷蔵庫とかあるのか?
いや、まずどうやって食材を
調達したんだろ?)
郁人は疑問符を浮かべながら
鍋に入れた玉ねぎが透き通るまで
炒めて、にんにくと生姜を入れて
また炒め始める。
食材もいろいろと揃っており、
火も勝手についたり、必要なものが
いつのまにか手元にあったりした。
(このお屋敷で働いてた人なのか
手伝いの手際がいいんだよな。
もともと料理していた人なんだろうな。
さっきの水もそうだし)
先程も米を洗うために水が必要だと
取りに行こうとすれば汲まれた
水が用意されていたりしたのだ。
(ここのキッチンは一昔前のもので
慣れてないから助かった)
オール電化に慣れた現代っ子の郁人が
困らないように屋敷が手伝ってくれている。
「ありがとうございます」
郁人は手伝ってくれているモノ達に
心から感謝を告げた。
あの方の為に郁人が作るのは
"カレー"と"バニラアイス"だ。
あの方好みのものを作ろうとした
結果である。
(屋敷にあったスパイスが
種類豊富だから作れるんだけど。
保存状態も良くてびっくりしたな。
ラベルも貼られてたからどの瓶に
なにが入ってるかもわかりやすかったし)
その豊富なスパイスの中から郁人は
クミンシード、ターメリック、
コリアンダー、レッドペッパー、
カルダモンといったスパイスで
作ったルーのベースを元に普段より
辛めのカレーを作っているのだ。
(携帯でレシピが見れて助かった。
レイヴン本当にありがとう!
おかげで記憶を頼りに作らずに済んだ!)
携帯を作ったレイヴンに郁人は改めて
感謝しながら、鍋に湯剥きして荒く
刻んだトマト、スパイス類、牛乳、
焼いていた鶏肉も入れた。
「ユー、焦げないようにお鍋を
かき混ぜてもらってもいいかな?」
郁人の言葉にユーは頷くと、
お玉を持って混ぜ始めた。
手伝いが楽しいのか尻尾を
ゆらゆらと揺らしている。
「ありがとう、ユー。
土鍋のご飯は様子見ながら出来るのを
待つだけだし……。
よし! アイスに行くか!」
用意されていた卵を割り、
砂糖の代用としてあった朝露草の蜜を
加え、泡立つまで混ぜていく。
(ハンドミキサーがあればもっと
楽なんだけどな。
こればかりは仕方ない)
ハンドミキサーが無いので
手動で混ぜていくしかない。
(ちょっと疲れそうだな。
……それにしても、朝露草の蜜を使う機会が
こんな早くにあるとはな。
……あと)
郁人は蜜を少し指に取り、口に含む。
「こんなに濃厚とは思わなかったな」
朝露草の蜜はとろりと舌に絡みつく程に
甘さが凝縮されている。
量を間違えれば味覚が甘さの暴力で
死んでしまうだろう。
これで砂糖よりカロリーが低いのも驚きだ。
「少しで十分だな、これは」
頷いていると、ユーの視線に気付いた。
蜜をなめてみたいと目で訴えている。
「わかった」
郁人は指先程の量の蜜をスプーンで掬うと、
ユーの口許へ運ぶ。
「少ないと思うだろ?
騙されたと思ってさ」
量の少なさにユーは目を据わらせながら
舌で舐めとると、目を丸くした。
「な? これで十分だろ?」
ユーの姿を微笑ましく見守りながら
尋ね、ユーは何度も頷く。
「カレーもいい頃合いだな。
辛さを足そう」
郁人は一旦ボウルを置き、カレーに
レッドペッパーを更に加える。
(辛いのが好きならもうちょっと
足したほうが良さそうだからな。
これ以上は味見できなくなるから
足せないけど……)
ユーに引き続き混ぜてもらいつつ、
スプーンでカレーを掬って郁人は味見した。
「うん、いけるな」
辛さが舌をピリッと刺激するも
それが心地よく、次を欲してしまう
味わいだ。
ご飯と共に食べればスプーンが
止まることはないのは確定である。
「ユー」
ユーにも味見させると、尻尾を
はち切れんばかりに振りまくる。
「お前もほしいのか?
ちょっと待ってて」
卵も欲しそうだったので前に出すと
スプーンにあったカレーが消え、
卵が輝き出した。
「……美味しいってことかな?」
郁人は首を傾げながら、バニラを
混ぜる作業に戻る。
「……いつのまに」
それが泡立った状態で置いてあった。
「ありがとうございます。
とても助かりました」
郁人は礼を言いながら次の準備へ
うつる。
「ユー?」
ユーがカレーをヨダレを垂らしながら
見つめているのに気付いた。
郁人はそれをハンカチで拭う。
「食べたいのか?」
尋ねるとすごい勢いで頷く。
「どれだけ食べるかわからなかったから
多めに作ったけど……。
食べたらダメだと思うぞ」
また作るからと不満そうなユーに
伝えながら撫でる。
後ろから、カタリと音が聞こえた。
「なんだ?」
振り返るとそこには文字が
浮かび上がっていた。
内容は……
”一緒に食べても構わない。
あの方は貴方と食べるのを望む。
貴方が望むならその者達も許可する”
であった。
文面にユーは尻尾を振り、郁人を見つめる。
キラキラと期待に満ちた眼差しに
郁人は答えた。
「一緒に食べよっか」
ユーはその言葉に音符が飛ぶ勢いで
カレーを混ぜる。
上にいる卵も上機嫌だ。
(弁当はまたお腹が空いたときに
食べればいいか)
食べるなら出来立てが1番だと
郁人は頷いた。
(カレーは出来たし、片付けながら
やっていこう。
料理はきちんと片付けるまでが料理だし。
キッチンが汚いのは良くないからな。
人様のキッチンなら尚更だ)
「ユー、カレー混ぜてくれてありがとう。
次に生クリームの実を使うから
取り出してもらってもいいかな?」
郁人は使い終わったものを
集めながらユーにお願いする。
ユーは頷くと卵を少しずらして、
生クリームの実を取り出した。
「ありがとうユー。
じゃあ、泡立てるからここに
入れてほしいな」
郁人が言うとユーは別のボウルにいれた。
「どうしたんだ? 泡立て器を持って……」
そして、泡立て器で潰すと一気に
かき混ぜた。
「早っ?!」
なんと、生クリームが一瞬で泡立ったのだ。
郁人は口をポカンと開けていたが、
ユーの次の指示を待つ姿にハッとする。
「ありがとうユー! 本当に助かるよ!」
すごいなユー! と郁人は感謝しながら
そこへ泡立てた卵とバニラエッセンスと
ラム酒を少し入れた。
「次はこのゴムベラで泡を潰さないように
混ぜてもらってもいいかな?」
尋ねるとユーは胸(?)を張り、
任せて!と上機嫌のまま丁寧に
混ぜていく。
(生クリームの実をユーに預けていて
正解だったな。
一瞬で泡立てたのはびっくりしたけど。
……本当に瞬きの間だったな)
郁人は土鍋の様子を見たあと、
片付ける為、使った器材を
流し場に運び、桶にある水で洗おう
とした。
ー が
「あれ?」
置かれていた桶が空中に浮いている。
洗おうとしたものも全てだ。
「あの……洗いたいのでここに置いて
もらえないでしょうか?」
頼んでみたがずっと浮いたままで
動く様子もない。
「このままじゃ洗えないな……」
どうするか考えていると、1枚の紙が
どこからかヒラリと落ちてきた。
「なんだろ?」
その紙は郁人の手に落ちる。
「”あなたはあの方の見当をつけることに
専念するように”か。
……わかりました。片付けお願いします」
郁人が頭を下げると、器材が次々と
洗われていく。
まるでそこに透明人間がいるようだ。
(お皿が浮いてどんどん洗われてる。
ここが幽霊屋敷だと知らなかったら
魔法で洗ってるように見えるんだろうな)
その光景を見つめ、盛り付ける為の皿を
食器棚から取り出しながら郁人は考える。
(正直に言えば大体の見当はついている。
俺に対する思いがチイト達みたいだし、
間違いなく俺が描いたキャラクターだろう。
そう仮定すれば、あのイラストの髪色は
それぞれ説明がつく)
これまでに得たあの方に関する情報と
絵本のイラスト、内容を郁人は思い出した。
(見当が当たっていたらあの方に
関してわかったも同然だ。
けど……)
郁人は首を傾げながら腕を組んだ。
「期待に応えられなかったが
違うんだよな……」
郁人はポツリと呟いた。
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???改めオムライス:同僚が携帯を購入して
テンション爆上がりの中、執事となった
元同僚と遭遇。




