147話 朝露草
郁人は思わず呟いてしまう。
「……これでいいのか?」
〔不満そうよね、いかにも〕
ギルドと関所で手続きを終え、
朝露草の生えているエリアに向かう道中、
郁人はついチラリと見てしまう。
呟いた要因は隣の光景だ。
ライコが言うように、いかにも
不満気なユーと抱っこ紐でその背中に
くくられた卵だ。
卵はユーの不満がありありと伝わり
ガタガタと震えている。
「……大丈夫かな?」
「置いてったら面倒そうだもん。
だから仕方ないよ、パパ」
ユー達を見つめる郁人に
チイトは話しかけた。
「今はこれが最善だよ。
こいつのそばが安全だしさ。
卵に危険が迫ったら結界で
守ってもらえるからね。
……パパの胸ポケットでもいいけど、
あれが面倒だからな」
「? なにか言っ……」
「ほら! 行こ行こ!!
暗くなる前に達成しないと!
朝露草は暗くなるとしおれて
鮮度が落ちちゃうからさ!」
最後の呟きは聞こえなかったが、
郁人はチイトに手をつながれ、
歩みを早める。
ユーも諦めたのか、ため息を吐いた。
「朝露草の生えているエリアが
見えてきましたな」
仕事モードに入った鎧姿のポンドが
地図を片手に口を開く。
「パパ! 甘い香りがするよ!」
「本当だ! どこからだろ?」
チイトと郁人は香りがして駆けた。
「イクト! こけたら危ないぞ!」
「チイト殿がマスターに合わせて
走ってますので大丈夫かと。
ユー殿も向かいましょう」
慌てて駆け寄るジークスにポンドは
苦笑しながら後を追う。
ユーも卵を落とさないようにしながら
追いかけた。
エリアが近づくほどに甘い香りが
鼻腔をくすぐる。
立ち止まって香りに近づいてるか確認する。
「こっちからするな。蜂蜜に近い香りだ」
「この香りがエリアが近い証でもある。
あの噂が無ければ、魔物も出ない
穏やかで良い場所なんだが」
「たしかに。
ピクニックとかにピッタリだ」
ジークスの言葉に郁人は頷き、
辺りを見渡す。
雲1つ無い澄みきった空に、
たっぷり降り注ぐ日光に照らされた
草花が気持ち良さそうにゆらゆら
揺れている。
ここで昼寝をすれば心地よいだろう。
(ここでお弁当食べたりして
ゆったり出来そうなのにな)
〔あんないわくつきの場が近くに
なければね)
静養地にも最適なのに
とライコは呟いた。
郁人は朝露草について確認する。
「朝露草ってイラストで見たけど
綺麗な青色の花びらが特徴なんだよな?」
「そうだ。
朝露草は空色の花弁で、中央に透明な蜜を
貯めているのが特徴だ」
「蜜って美味しいのか?」
郁人の問いにジークスは頷く。
「あぁ。あまり出回ってないので
俺も食べたことはないんだが、
どうやら砂糖の代用に出来るそうだ。
見た目は透明だが、糖度は蜂蜜並だと
聞いたことがある」
〔調べたけど、砂糖よりヘルシーで、
少量でもかなりの甘味があるらしいわ〕
「……自分用にも採っていいかな?」
蜂蜜並の言葉に郁人は朝露草の蜜を
食べてみたくなった。
(どれだけ甘いのか気になる。
それに、料理とかにも使えるか
試してみたいな)
スイーツとかにも使ってみたいと
郁人は考えたのだ。
「勿論!
パパが欲しいだけ採っていいんだよ!」
「依頼内容に自分用に採るなとは
書いてないから問題ない」
「違反してないので大丈夫ですな」
郁人の言葉に大丈夫と微笑む3人。
〔そうね。採ったものを全て渡すように
書かれてないから問題ないわ。
蜜使って作るならあたしにも
食べさせなさいよね。
あたしも食べてみたいわ〕
(わかってるよ。
もとからそのつもりだから)
仲間外れにしないから
とライコに伝える。
肩に乗ったユーや卵は、食べたいオーラ
全開で郁人を見つめる。
「勿論。お前達の分も作るからな」
ユーはその言葉に、上機嫌に郁人の
頬にすり寄り、卵は嬉しそうに揺れた。
「依頼の分と料理に使う分と
いっぱい採らないとな」
「パパ!
あそこが朝露草のエリアだよ!」
郁人が意気込んでいると
チイトが見つけて声をあげた。
指差す先には、依頼書に描かれた絵と
同じ花が辺り1面に咲いている。
「群生地なだけあって
そこら中に生えてるね」
「綺麗な花畑だな。
それにしても、これが朝露草か」
郁人は駆け寄ると、朝露草を
じっくり見ようとしゃがみこむ。
「意外と茎が細いな」
見た目は露草に似ており、違う部分が
あるとすれば中央の蜜だろう。
その蜜の大きさは様々で、1番大きいので
成人男性の手のひらサイズのものがある。
「この中央のが蜜なんだよな?」
「そうだよ、パパ。
このままなめたりしても問題ないよ」
2人は朝露草に駆け寄り、
しゃがんで観察する。
「茎は爪楊枝くらいに細いのに、
なんで倒れないんだ?
風でも吹いたらポッキリ折れそうだ」
「それは朝露草全体に蜜が
あるからだよ。
一見、蜜があるのは中央だけに
見えるけど、実は朝露草全体に
蜜が詰まってるんだ」
郁人の疑問にチイトは答えていく。
「中に入りきらなかったのが
あの中央に集まっているだけ。
重さは中央の蜜より茎のほうが
断然重いよ。
だから倒れたりしないんだ」
「そうなのか!!」
〔こいつ、ホント色々知ってるわよね。
あたしが説明するより先に言うし〕
チイトの幅広い知識にライコは唸る。
「持ってみたらよりわかるよ。ほら」
チイトは朝露草をポキリと手折ると、
郁人に渡す。
「持つ時は両手がいいかな。
片手だと危ないから」
「わかった……うわっ?!」
注意に従い、両手で受け取ると
郁人は思わず声を上げた。
(なんだこれ?!
見た目と全然違う!?)
想像以上の重さに、両手が
持っていかれそうになる。
「ね? 見た目と違うでしょ。
この重さが理由で市場になかなか
出回らないんだ。
採集だけならまだしも運ぶのにも
重労働になるからね」
郁人の腕がぷるぷると震えているのに
チイトは気付くと朝露草を片手で
軽々と回収した。
「片手で……?!
チイトは力持ちだな!」
「えへへ。
こう見えても鍛えてるからね」
チイトは頬を緩ませ、朝露草を
空間に仕舞う。
2人、郁人に近づいたジークスは
そのまま口を開く。
「朝露草は平均10㎏。
君の細腕では抜き取れず
落としたりして怪我をしてしまう
可能性がある」
採集で怪我をした者もいるんだ
とジークスは心配そうに郁人を見る。
「君が怪我をするのはいただけない。
もし抜くのが無理だと判断したら
教えて欲しい。俺が代わりに抜こう」
「俺が抜く。貴様の助けなど必要ない。
むしろ邪魔だ」
鋭い目付きでジークスを睨むチイトを
郁人は宥める。
「助けは多いに越したことは無いぞ。
ジークスもありがとう。
無理はしない程度で抜くよ」
「君の助けになるなら喜んでやるさ」
「さあ、早く抜きましょうか。
マスターの料理も食べたいですからな。
この青空の下で、仕事終わりに食べるのは
格別でしょう」
弁当の内容が気になりますからな
とポンドは張り切る。
「パパの分は俺が抜く。
貴様らは依頼分をやれ」
「分担か。いいだろう。
依頼分が終わればすぐ郁人の分に移ろう」
「依頼が本命ですからな、ジークス殿」
ジークスのついでに依頼の対応に
ポンドが苦笑した。
「じゃあ、始めよっか。
小さ過ぎるのは抜かない方向で。
また採りに来るかもしれないしさ」
「了解した」
「そうだね。
美味しかったらまた食べたくなるもん」
「そうしましょうか」
同意した3人は早速とりかかる。
「……………」
「状態が良いものとなると……
これだな」
「この重さは鍛練に良さそうですな」
チイトは勿論、ジークスやポンドも
軽々と抜いていく。
「よし! 俺も頑張るか!!」
袖をまくり、郁人は自身でも
抜けそうなものを探す。
「ユーすごいな! 俺も頑張らないと!」
ユーも手伝い、尻尾の蛇で咥えて
抜いていっている。
「………これならいけるかな?」
その姿を見て郁人も負けじと頑張るが、
思うようにいかない。
(流石平均10㎏……!!
1つ抜くのに時間がかかりそうだ……!!)
長期戦を覚悟した郁人の視界に
何かが入った。
「……? なんだろ?」
郁人は首を傾げる。
〔どうかしたの?〕
(いや、何かが……)
辺りを見回してもチイト達以外の
人影はなく、動物達もいない。
「気のせいか……?」
郁人は朝露草採集に戻ろうとした、
そのとき……
「――――――――――」
言葉にならない声が耳に入る。
言葉は聞き取れないのだが、
伝えたい感情がしっかり届く
とても不思議な声だ。
(………呼ばれてる……のか?)
そう感じ取った郁人は、声がする方へ
吸い寄せられるように、1歩1歩、
着実に足を進める。
郁人の意思はそこにはない。
勝手に足が前へと進む。
朝露草のあるエリアから少し離れた
木々が生い茂るエリアに踏み込んだ。
頭が動く前に、体が引き寄せられる。
前へ前へ、奥へ奥へ、深く深く、
歩みを止める事は無く、ただ進む。
自身の体なのに、頭と切り離されたように
足は動く。動く。動く。動く。動く。
足は進む。進む。進む。進む。進む。
確実に、森の深くへとどんどん
郁人は踏み込んでいく。
その歩みはある前でピタリと止まる。
ここが目的地だと言わんばかりに。
「ここは……?!」
ある前とは、屋敷の前だ。
風格のある、蔦が絡まった西洋建築。
ところどころ外壁にヒビが入っており、
窓も割れ、ボロボロなカーテンがのぞく、
歴史が感じられる遺物、屋敷が存在した。
ー「お願いします」
ー「どうか」
ー「あの方を見つけてあげて」
救いを求める声が郁人の耳もとで
聞こえた気がした。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
続きが気になると思っていただけましたら
ブックマーク、評価
よろしくお願いいたします!
オムライス:後をつけようとしたが
指名依頼が入り、断ろうとしたら
同じく指名依頼を受けた者に
無理矢理連行された。