143話 宿泊事情
何かが微かに揺れる音がする。
〔……きて!
大変……から! ……きな……い!〕
大層慌てている声もする。
郁人はまだ夢の中に意識が半分ありながらも
頑張って目蓋を開けた。
「なにしてるの?!」
目に飛び込んだのは枕元の籠に入った
妖精の籠、もとい卵をぺちぺちと
何度も叩いているユーの姿だ。
〔こいつ! さっきから叩いてるのよ!〕
「こら! ユー!
叩いたらダメだろ!」
ユーが卵を叩く光景で完全に
目を覚ました郁人がユーを止める。
「大丈夫か?」
郁人は卵を抱えて、傷がついてないか
確認した。
〔傷はついてないわね。良かったわ〕
「なんで叩いたりしたのか
聞いてくるから待ってて」
郁人は卵を撫でて、籠に入れた。
そして、郁人はユーに尋ねる。
「どうして叩いたりしたんだ?」
ユーを両手で持ち、目をじっと見ると
少し不安そうに揺れた。
(……もしかして)
「新しい子が増えたから不安だったのか?」
問いにユーは目をパチクリさせ、
ゆっくりと微かに頷いた。
「ユー」
郁人はユーを優しく抱き締め、
安心させるようにゆっくり撫でる。
「新しい子が増えたとしても、
ユーへの愛情が減ったりはしない。
ずっと変わらず愛情を注ぐし、
嫌がられるかもしれないくらいに
可愛がるから。
……不安にさせてごめんな」
謝罪の言葉に、ユーは郁人にすり寄り
喉を鳴らした。
〔……あんたの考え合ってたみたいね。
自分がないがしろにされるんじゃないか
不安だったんだわ。
第2子に親を取られた気分になる
第1子みたいな感じかしら?〕
(成る程。当てはまるな)
しばらく撫でているとユーが抜け出し
卵に近づき頭を下げた。
そして、尻尾で撫でる。
「謝ってるのかな?
きちんとごめんなさい出来て
偉いぞ、ユー。
卵もごめんな。
俺が不安にさせたのが原因だから」
郁人も謝り、卵を撫でる。
すると、卵がくるりと動いた。
〔ちょっ?! 勝手に動いたわよ!!〕
「なんでだ!?
えっと……!説明書……!!」
郁人は急いでフェイルートから
受け取った説明書をめくる。
「どうしてなんだ……!?」
「気にしてないって言ってるんじゃ
ないかな?」
〔きゃあっ!?〕
どこからともなくチイトが現れ、
説明書を覗きこんでいた。
突然の登場に、郁人より先にライコが
声を上げた。
「チイト! いつのまに!?」
「おはよう、パパ。
ノックしたんだけど気付いてなかったし、
慌てた声が聞こえたから勝手に
入っちゃった。ごめんね」
「いや、こっちこそ気付いてなかったから。
で、気にしてないって言ってるのか?」
「うん。妖精の籠って色や動きで
感情が分かるんだ。
怒ってたら赤くなるし、今は白いから
怒ってないことがわかる。
パパの言葉に動いたってことは
そうじゃないかな?
ほら、俺の言葉に頷いてるように
見えない?」
チイトに言われて見ると、
たしかに頷いてるように思える。
「そっか。チイトは物知りだな」
「1回聞いたことがあるからね。
覚えてたんだ」
郁人に頭を撫でられ、チイトは
嬉しそうにベットに腰掛け、甘受する。
「ん?」
卵が入っている籠を見て口を開いた。
「パパ、この妖精の籠の下に
敷いてるのってカラドリオスの羽?」
「うん。卵になにか不調があっても
大丈夫なように敷いてるんだ。
もし、病気になっても羽が治して
くれるから安心だしな」
健康が1番だと、身を持って知っている
郁人は断言した。
「それに、フワモフでピッタリだろ?
寝る前にブラッシングしてて、
その時に落ちたのを念のために
貯めてたんだ」
「たしかにフワモフだもんね。
卵の下に敷くならちょうどいいかも」
〔他では羽1枚を高額で売ってるから
そいつらからしたら卒倒ものね〕
贅沢な使い方だわ
とライコは呟く。
「そういえば、なにか用があったのか?」
チイトが訪ねてきた理由を問いかけた。
「うん。
あのね、俺の部屋作っていいか聞こう
と思って」
郁人に抱きつきながら話を続ける。
「この宿、ドライアドが居るように
なってから自由に内装とか部屋を
増やせるんだ。
前までパパの影で寝たりしてたんだけど
やっぱり部屋が欲しくなっちゃって。
だから、良いかなって……」
「チイトは影で寝てたのか?!」
郁人は目をぱちくりさせた。
(てっきり、ジークスと同じく部屋を
借りてるんだと思ってた……!!)
ジークスは郁人と知り合ってから、
忙しくなる時以外は同室を借り
続けている。
実力Sランクと言われているジークスが
いる為、泥棒などの防犯対策にもなり、
本来借り続ける行為は良くないのだが
特別に許可されているのだ。
ライラックはメリットがある為、
無料と言ったのだが、ジークスは断り、
きちんと払っている。
〔その防犯対策が勝手にあんたの部屋に
忍び込んで血を飲ませてたとか
絶叫ものでしょうね〕
(誰だって予想つかないなあ、それは)
「パパ、宿が忙しい時はどうしてたの?
対策になるとはいえ、借りっぱなしとか
迷惑じゃない?」
思考を読み取ったチイトが尋ねた。
「大変な時、ジークスが気遣ってくれて
借りないんだ。
けど、忙しい時は他でも借りれないから
俺の部屋に泊まってもらってたな」
郁人は質問に答えた。
(こっちを気遣ってくれたのに、
そのジークスが宿無しになるのは嫌だし。
親友と泊まり会出来て楽しかったな)
一緒に夜更けまで喋ったりして楽しかった
と思い出す。
「パパ! あいつも部屋作ろう!
なんで家を買わないのか気になるけど!!」
チイトが宣言した。
「おい! ドライアドいるか?
話がある!」
ドライアドは蔦を伸ばし、存在を
アピールする。
その蔦に、チイトはある紙を渡した。
「俺の部屋はパパの下の階に作れ!
あのジジイのもついでだ!」
紙を受け取ると、蔦は壁の中へと
消えていった。
「本当はパパの横が良かったんだが、
五月蝿いのがいるし、あいつらも
便乗しかねないからな……」
チイトはぼそりと悔しそうに呟き、
郁人を見る。
「パパ!
もうあいつ泊めなくていいからね!
というか、俺も泊まりたい!!」
頬を膨らませ抗議するチイトに、
郁人は頷く。
「じゃあ、今日泊まるか?」
「……うんっ!!」
郁人の言葉に目を輝かせる。
「俺だけだからね! 他の奴はダメ!
パパ独占したい!!」
「わかった。今日は2人でお泊まり会だ」
「やった! やった!!」
チイトは無邪気に笑い、郁人に頬ずりする。
「パパはいつもあれに呼ばれて
泊まったり、勝手に部屋にあれが
いたりしてたから初じゃないし、
ここでの初お泊まりはジジイに
取られたけど……
俺が2番、あいつらの中では1番だ!!」
喜びを噛み締める姿を郁人は
微笑ましいと見つめる。
ふと、固い靴音が耳に入った。
音はどんどん近づいてき、足音の主は
扉を勢いよく開ける。
「イクト!
いきなりドライアドが現れ、
俺の部屋が出来たと来たんだが!!」
足音の主はジークスであった。
「ノックもせずに入るとは、
礼儀がなってないな」
幸せの時間を邪魔された
と眉をひそめながらチイトは吐き捨てる。
「それはすまなかっ……
なぜ君がここにいる?!」
ジークスは今更気付いたのか、
チイトに警戒しだした。
〔こいつ、あんたしか目に入って
なかったのね〕
呆れた口調でライコがこぼす。
「チイトは部屋を増設していいか
聞きにきたんだ。
あれ?
俺の独断で決めて良かったのか……?
母さんに確認とったほうが絶対に
良いよな? ん?」
慌てる郁人の肩をドライアドが叩き、
紙を手渡す。
紙にはすでに許可をとっていると
綺麗な字で書いてあった。
「ありがとう!」
〔このドライアド優秀ね!
文字を書けるのもスゴいわ!〕
ドライアドの報連相が出来る事と
文字を書ける事実にライコは息を呑む。
「部屋を増設?
……あぁ、ドライアドが居れば可能か。
だが、なぜ俺の部屋を作る事に
なったんだ?」
ジークスは目を丸くしたものの納得し
顎に手をやる。
「貴様が部屋を借り続け、パパの部屋に
泊まるなどの狼藉を働くからだ。
部屋は下に作っている。
これで貴様がパパの部屋に泊まる
口実は無くなった」
(すごい自慢気だけど、なんでだろ?)
鼻で笑い勝ち誇るチイト。
それを郁人は不思議に思った。
「……たしかに無くなったな」
チイトの言葉に、肩を落とすジークス。
「君の部屋に泊まる事はとても
楽しかったんだが……もう無理か」
「いや、泊まりたかったら
言ってくれれば大丈夫だぞ」
落ち込む姿に首を傾げる郁人に
ジークスが顔を上げる。
「いいのか?!」
「うん。泊まりたい時に言ってくれたら」
「そうか……そうか……!!」
顔を一気に明るくするジークスに、
チイトは不満げだ。
ライコも注意を促す。
「パパ優しすぎるよ。
不法侵入して血を飲ませた不審者にさ。
少しは疑おうよ」
〔そこはあたしも同感ね。
自分の血肉以外に効果があると知ったら、
こっそり飲ませたりしそうだもの。
一応釘刺しときなさい〕
(……わかった)
2人に言われ、郁人はジークスに注意する。
「えっと、また無許可で血を
飲ませたりとかするなよ。
血肉以外の良いものを見つけても、
勝手にはダメだからな」
「…………気をつけよう」
「目をそらしたよ、こいつ。
効果あるもの見つけたら、勝手にやる気だ」
「ちなみに、俺の血を全身に浴びせるのは
駄目か?
効果があると文献に……」
「前も言ったが、そんなスプラッタな
光景絶対に嫌だからな!」
尋ねるジークスに断固拒否を訴えた。
チイトはその内容にあからさまに
不快な表情を浮かべる。
「もうこいつ出禁にした方がいいよ。
この世から」
〔遠回しに死ねと言ってるわね〕
「そうか。
ならば、私は返り討ちにしよう」
「ちょ! 喧嘩するな!
チイトはマントで迎撃しようとしない!
ジークスも大剣に手をかけるな!
したら泊まり禁止にするからな!」
「それはダメ!」
「くっ……!
……了解した。だから禁止はやめてくれ」
禁止の言葉に、両者は顔を青ざめ、
すぐに戦闘態勢を解除する。
〔それでやめるのもどうかと思うけど……〕
ライコの呆れた口調が耳に届く。
「パパ! やめたから禁止はやめて!」
「君の部屋で語り合うのは
とても落ち着くんだ!
密かな楽しみでもあるんだ!
だから私から奪わないでくれ!」
郁人を安心させようと2人は動く。
それをユーと卵はじっと見ていた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
面白いと思っていただけましたら
ブックマーク、もしくは評価
よろしくお願いいたします!
???:遠くから観察中
羽をどこかで見たことがある気がして
目をこすった