138話 建物を揺らす告白
郁人とライラックは1日中これまでの事や
旅の最中の出来事を語り合い、郁人が
絵に描いて説明したり、途中でジークスや
ポンドも参戦し、話に華を咲かせた。
「これって……!?」
そして1晩明けた後、ある手紙が届く。
送り主はとんでもない人物からであった。
「……あの人、こんな事するようには
思えなかったんだけど」
「あの子達、何をしたのかしら?」
〔本当に本人が書いたの?
別の人に任せたんじゃないかしら?
これ? 本当に本人なの??〕
郁人達が驚くのも当然。
それはあの男、この国の"王子"から
である。
しかも、手紙の内容は昨日の横柄かつ
尊大な態度とはうって代わり、
謙虚で真摯な内容の“謝罪文“であった。
覗き込んでいたジークスは1部を
読み上げる。
「彼らに許可を貰い、この手紙を送った
……と記してあるな」
「もう2度とこのような過ちはしない
と謝罪から始まり、母君に対しての
目に余る態度や言動についての謝罪も
書いてありますな」
「……本当に本人が書いたの?」
手紙の送り主が昨日の人物なのか
疑える文面に全員が首を傾げる。
「それ、あいつからで間違いないよ」
「そうですよ! ぬし様!」
チイトとレイヴンが扉から入ってきた。
「ただいま、パパ!」
「ぬし様! ただいま戻りました!」
「おかえり、2人共。
そういうけどさ、これ……
いくらなんでも変わりすぎじゃない?」
郁人は手紙を2人に見せる。
「そりゃ、これぐらい変わってない
と困りますって!」
「俺達が頑張って教えた甲斐無いよ!」
レイヴンは笑い、チイトが唇を尖らせた。
郁人は首を傾げる。
「教えた?」
「あいつ、自分がどれくらいの影響力が
ある立ち位置なのかわかってなかった
からね。
今までの行動でどれだけ弊害が起きたか
俺達が教えてあけだんだよ!!」
「いやあ~初めてだったんで
上手くいくかわからなかったが、
成功してよかったわ!!」
褒めて褒めて! と郁人に迫る2人。
郁人は2人の頭を優しく撫でる。
「スゴいなチイト、レイヴン。
もう別人かと思うくらいだった」
「はい! それは頑張りましたので!」
「引き渡した時にも言われたよ」
頬を緩ませながら、胸を張って郁人に
報告する2人。
「それに、あいつ王子のままだから」
「頑張ったのに、日の目見ないとか
嫌ですので」
「そっか」
無邪気に報告する姿は子供のようで
郁人は心が温まる。
〔……あたしは薄ら寒いものを感じるわ。
あの表情からして、英雄もなにか
感じてるみたいだし〕
(それって……?)
「さあ! みんな集まったみたいだし、
朝ご飯にしましょ!
イクトちゃんと一緒に作ったから
食べてほしいわ!」
ライコの言葉の意味を尋ねる前に、
ライラックが声をかけた。
「そうなの?」
チイトは郁人に尋ねる。
「パパも一緒に作ったの?」
「うん。クラムチャウダーとオムレツ。
それと、前に作ったパンもあるぞ」
「ぬし様の手料理っ……!
是非食べなければ!!」
レイヴンは瞳をキラキラと輝かせ、
喜びのオーラ全開だ。
「色香大兄にも言わねーと!!
俺様達だけで食べたら絶対に五月蝿い!
あっ! ぬし様の母様!」
レイヴンはくるりとライラックを
振り返って見る。
「俺様はレイヴンと申します。
紹介が遅れてしまい、すいません。
食事一緒によろしいでしょうか?
あとでもう1人来ますのでその分も……」
「勿論よ」
「ありがとうございます!」
返事を聞き、ガッツポーズを決める
レイヴン。
そんなレイヴンにジークスが
驚きながら話しかける。
「あの医師も来るのか?!」
「あいよ、ジークスの旦那。
ぬし様のかかりつけ医と話をしたい
との事で」
「……あの、大丈夫なのでしょうか?
その……」
「フェロモンの事かい? ポンドの旦那?」
心配そうなポンドにレイヴンは
カラッと笑う。
「色香大兄自身も抑えてるし、
専用の魔道具作ったから問題無しよ!
……と言いたい所だが、あの輝く美貌は
無理だった!!」
「……黄色い声や発狂した声とかで
来たかどうか判断出来そうだな」
「そうだな。
外が騒がしくなったら近くに来てる
証だろう」
きっぱり言い切ったレイヴンに、
郁人は容易に想像出来た。
〔流石に発狂はしないんじゃないかしら?〕
(知ってるかライコ?
美しさだけで人は発狂出来るんだ。
前に見た)
郁人はたまたま見た光景を思い出した。
〔……とりあえず、大惨事になる前に
回収しなくちゃダメね〕
(うん。そうだな……)
郁人の遠い目に、ライコは悟った。
ーーーーーーーーーー
昨日の騒ぎから普段の日常に戻り、
客達も普段のように食事に来た者、
宿をとりに来た者、女将さんの顔を
見る為に来た者と賑わいを取り戻した。
「いやぁ~! 女将さんが無事で
本当に良かった!」
「憲兵呼びに行ってたら、災厄が暴れる
寸前って聞いたときはもう終わりかと」
「女将さんは勿論!
ここも無事で良かった!」
「女将さん! こっちに1杯!」
賑わう店内をいつもの1角で見渡し
郁人は呟く。
「やっぱり、俺も手伝ったほうが……」
「女将さんは郁人の食事を優先したいんだ」
「マスターはまだ食べておられません
からな」
ライラックだけ先に軽く食事を済ませ、
郁人は手伝おうとしたのだが、
やんわり止められ、皆と店の一角で
食事をとっている。
今も行こうとしたが、ジークスと
ポンドに止められた。
「ぬし様!
とても美味しゅうございます!」
「このクラムチャウダー、体が温まって
寒い時とかにも食べたい!」
食べながらレイヴンは頬を緩ませ、
チイトはふにゃりと微笑む。
ジークスはオムレツを食べ、
目を輝かせる。
「このオムレツも良いな!
中に野菜が入ってるからか、普段のものより
豪勢に感じる。ふわふわでたまらない」
「マスターと母君の料理は絶品ですな!」
「ありがとう」
皆の嬉しそうな顔に郁人の心が温まる。
「ユー、そんなにがっついたら
のどにつまるぞ」
いつの間にか帰ってきていたユーも
吸い込む勢いで食べている。
ユーは大丈夫と尻尾の先を
手に変えて親指を立てた。
〔あたしも食べてみたけど、
あんたと女将さん本当に上手よね!〕
ライコも声を弾ませた。
〔あたし、貝の風味とか少し苦手
だったんだけど……
牛乳のおかげでクリーミーだから
いっぱい食べられるわ!〕
(そう言ってもらえて嬉しいよ)
貝が苦手は初耳だが、ライコにも
美味しいと言ってもらえて更に
心が温まる。
(洋食が恋しくなって作ったが、
喜んでもらえて良かった)
郁人はオムレツをナイフで切り、
それを口に入れる。
(うん! 中も半熟で完璧!)
中は半熟トロトロでバターの風味と
野菜の甘さが見事に調和していた。
ユーも尻尾を揺らしながら
モグモグ食べている。
(チイトとヴィーメランス、妖精の方達が
用意してくれた調理器具のおかげで
焼きたてをキープ出来るし、感謝の
気持ちでいっぱいだ)
焼きたてが1番と、郁人は更に口に入れた。
ー 「おーい! 遊びに来たぜ!」
振り向けば、笑顔のグロリオサが
片手を上げずんずん近付いていた。
「グロリオサ!」
〔あっ! あのハイブリッドじゃない!〕
郁人もグロリオサに手を振り返す。
「よお! ここって聞いて寄ってみたんだ!
随分賑わってるじゃねーか!
うまそーな匂いもするしよ!」
「ん? 手前あの旦那の護衛じゃねーか!」
レイヴンはグロリオサに気付き、
手を止めた。
グロリオサもレイヴンに気付いて
声をあげる。
「おっ! レイヴンさんもいらっしゃる
とは驚いた!
おはようございます! レイヴンさん!
いや? 様の方がいいのか?
国のトップだしよ……」
グロリオサはレイヴンに軽く礼をし、
頭をかいて考え込む。
うーんと悩むグロリオサにレイヴンは
気にしないと笑う。
「別に普段通りで構わねーよ。
いきなり変えられても気色悪いだけだあ」
「ありがとうございます!
ついでに御一緒しても良いっすか?
俺、朝食べて無いんすよ」
「ぬし様、よろしいですか?」
グロリオサに尋ねられ、レイヴンは
郁人の判断を仰ぐ。
「いいよ。いっぱい作ったし」
「あら? イクトちゃんのお友達?
もしかして、昨日言ってた呑み比べを
した子かしら?」
様子を見に来たライラックが
グロリオサを見て尋ねた。
「うん。グロリオサって言うんだ。
お腹減ってるみたいで、だから……」
「わかったわ。
グロリオサくんの分も持ってくるわね。
だから、イクトちゃんはゆっくり
食べるのよ?
ちゃんと食べないと丈夫にならないん
だから」
「わかったよ、母さん」
ライラックは郁人の頭を撫でた後、
グロリオサを見る。
「はじめまして。
母のライラックと申します。
イクトちゃんとこれからも仲良くして
あげてね」
会釈した後、ライラックは食事を取りに
向かう。
「あら?」
ー が、出来なかった。
グロリオサがライラックの手を
掴んでいるからである。
「どうかしたのか?」
郁人が尋ねても返事はない。
「……………………………」
下を向きながら掴んでいるグロリオサは
よく見ると震えていた。
「おーい?」
〔いきなりどうしたのよ、こいつ?〕
その様子に郁人は心配になるが、
突如グロリオサが動く。
「ライラックさん……!!」
片膝をつき、顔を勢いよく上げる。
顔はりんごのように赤く、建物を揺らす程の
声を出す。
ー 「俺とお付き合いを前提に
結婚してください……!!!!!」
その声はびりびりと鼓膜を揺らした。
内容を理解した郁人はぽかんと口を
開ける。
「あらあら」
ライラックは眉を下げ、頬に手を当てた。
「おーおースゴいな。
空間まで揺れるくらいの大声量」
「大胆ですなあ」
「勇気がある」
レイヴンは笑い、ポンドとジークスは
感心していた。
チイトとユーは気にせず、黙々と
食べ進めている。
〔……順番逆じゃない、それ?〕
ライコは1人、グロリオサの言葉に
ツッコミを入れた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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???:大樹の木陰亭にて食事中。
大声量の告白に喉をつまらせ、
水をあおった
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ー「父上。
今まで申し訳ございませんでした」
1晩あけて帰って来た息子は
息子じゃなかった。
「私は……理解していませんでした。
自分の立場と、行動によって伴う影響を」
髪は白くなっていたが、他は変わらない。
しかし、中(心)がまるで違う。
「兄に対する劣等感で頭がいっぱいでした。
努力すればいいのに、しませんでした。
出来ないことを周りのせいにして、
当たり散らしていました。
…………私は本当に愚か者です」
自分の知らない息子は今までを振り返り、
拳を握る。
「これからは国を、父上を、兄上を
支えられる存在になれますように
精進していきます。
言葉だけではなく、行動で表していきます。
私は……言葉だけではすまない事を
しでかしてきたのですから」
これは誰だ。
これではまるで別人ではないか。
心変わりの言葉では片付けられない。
「………君は」
近くにいた第1王子、兄もあまりの
変化に顔を青ざめる。
「兄上。
私の継承権はそのままですが
玉座に着く気はございません。
兄上を支えられる者となるべく
これから勉強していきたいのです……。
……許していただけますか?」
「………勿論だよ。
兄弟でこれから頑張っていこう」
兄は声を震わせながら手を伸ばした。
弟はその手を握る。
「許していただき感謝します! 兄上!」
清廉な、無垢な笑顔に親子は悟る。
ーあぁ、息子/弟はもういないのだ。
昔はとてもやんちゃで、人懐っこかった
あの子は劣等感から変わっていった。
荒んでいったあの子をなんとかしようと
頑張ってきたが出来なかった。
王は息子に対して、兄は弟に対しての情から
厳しく出来なかった。
それは優しさではなかった。
その報いが返ってきたのだ。
「これからは国の為に尽くして参ります。
ご指導鞭撻の程よろしくお願いいたします」
清廉潔白の1言に尽きる態度。
その姿はまさに善人。
ーあぁ、もうあの子はこの世にいないのだ。
「どうされました父上?
兄上も顔を曇らせて……体調が優れないの
でしたらすぐに医者を!」
「……大丈夫だ。お前の兄も問題ない」
慌てる息子に王は大丈夫だと告げた。
ーもう、あの子に会えない。
これは私の責任、背負う十字架だ。
涙が頬をつたいそうになったが、
それをハンカチで拭った。