137話 女将さんの種族
騒動があったこと、チイトを恐れて街から
人々が逃げ出したことで閑散とした大樹の
木陰亭の1角にライラックと郁人は向かい
合って座っていた。
チイトは王が条件を受け入れたので
国を滅ぼさず、条件の内容である
気絶している王子を連れてレイヴンと
どこかへ去っていった。
店内でジークスとポンドは離れた席で
郁人達を見守っている。
ライラックが郁人と2人で話をしたい
とお願いしたからだ。
ライラックは郁人に謝る。
「イクトちゃん帰って来て早々、
巻き込んじゃってごめんなさいね」
「母さんのせいじゃないよ。
それに、あの人達に連れ去られる前に
帰って来れて良かったと思ってる」
〔そうよね。連れ去られた後だったら、
もっと大変な事になってた可能性大だもの〕
グラデと猫被りに感謝しないといけないわね
とライコは安堵の息を漏らし、同意する。
「本当に母さんが無事で良かった」
ライラックの怪我1つない姿に郁人は
胸を撫で下ろし、ほっと息を吐く。
「……………」
ライラックは郁人をじっと見つめた後、
ゆっくり深呼吸をし、口を開く。
「……イクトちゃん、私は貴方に言って
なかった事があるの。
いえ……あったと言う方が正しいわね。
あの人にバラされたようなものだから」
「……種族のこと?」
郁人の指摘に、ライラックはゆっくり
頷いた。
「えぇ、そうよ。
私は……人間じゃないの。
種族で言えば、魔族よりなのだけど……
私は色んな血が混ざっているから……」
ゆっくりとだが、少しずつ話す。
「私の母は魔族の1つである鬼人。
そして、父がハーフエルフなの」
「ハーフエルフ……」
ライラックは自身の家族の血について
語った。
聞き慣れない単語に目をぱちくり
させた郁人にライコは説明する。
〔ハーフエルフは、人間とエルフの間から
生まれた子供の事よ。
人間とエルフが結婚するなんて今はともかく
昔なら本当にスゴいことよ〕
驚きだわ、とライコは呟く。
「その、ハーフエルフってとても
珍しいんじゃ……」
「そうね。今は普通のことだけど、
私が子供の頃ならかなり珍しいわ」
周りに似たような人はいなかったから
とライラックは目を伏せる。
「だから、私は鬼・人間・エルフと
色んな血がごちゃ混ぜなのよ。
私の種族はなにか断定できないわ。
今はもう言う人はいないけど、昔は
まがい者や半端者だとよく笑われたわ」
ライラックの眉を下げて笑う姿は
とけていく雪のように儚い。
「母さん……」
その表情にこちらも悲しくなってくる。
見ていた郁人は胸が痛くなった。
〔ハーフエルフすら珍しいのに、
その父と鬼の母から産まれたのなら、
かなり珍しい事よ〕
宝くじで1等が当たるくらいに珍しいわ
と、ライコは話す。
〔……それくらいにとても珍しいから、
嘲笑の的になったのかもしれないわね。
昔は純血主義とかもあったから〕
ライコは悲しそうに言葉を洩らした。
ライラックは胸のあたりで肩を丸めながら
昔を話す。
「そんな世の中だからあたし達家族は
各地を転々として、素性を隠し冒険者として
稼いでひっそり暮らしていたの。
でも、親がいなくなった後は更に
大変だったわ」
昔を思い出しながら、ライラックは語る。
「半端者に渡す金は無いと依頼金を
渡されなかったりしたし、結婚を決めた
相手にも血を理由に破棄されたわ」
手足をぎゅっと体の中心に寄せ、
ライラックは唇を震わせる。
「だから……言うのが怖かったの。
私の血について話してしまったら
イクトちゃんも離れちゃうかもって……
もう……母さんと呼んでくれなくなるんじゃ
ないかもと思うと……考えただけで……
目の前が真っ暗になって……心が
痛くなって……私は……怖くて怖くて
仕方が無かった」
声を震わせ、下を見つめるライラック。
「……こんなの言い訳になるわね。
隠していて……言わなくて……
本当に……ごめんなさい!!」
「……母さん」
郁人はライラックの隣に移動し、
震える手に自身の手を重ねる。
「俺だって怖い気持ちはわかるよ。
嫌われちゃうかもしれないって……
そんな風に思われるのは……
すごく辛いし、怖いからさ……
だから謝らないで。
それに、俺にも謝ることがあるから」
「イクトちゃん……?」
謝るの言葉にライラックは顔を上げる。
「……チイトから聞いてると思うけど、
俺……異世界から来たんだ」
郁人は口が乾くのを感じながら話していく。
「変な事を言ってると思うかも
しれないけど……本当なんだ。
今まで隠していて、言わなくて
ごめんなさい……。
……気狂いとか、騙したと思われても
仕方ないよね」
「そんな事ないわっ!」
郁人の言葉に、ライラックは瞳を
真っ直ぐ見て訴える。
「どこから来たのかなんて関係ないわ!
イクトちゃんはイクトちゃん!
貴方が異世界から来た子だとしても
貴方は私の大切な家族!可愛い息子!
日だまりのように朗らかで……
とっても優しい……!
私の自慢の子なんだから!」
「……俺も一緒だよ、母さん」
ライラックの言葉に胸がいっぱいに
なりながら、郁人は声を震わせ
自分の気持ちを伝える。
「どんな種族だろうと俺にとって
母さんは母さん。
避けられてた俺を助けてくれた、
温かく見守ってくれた。
こんな俺を家族と、大切だと言ってくれる。
とても優しくて、俺の自慢の……
大切な母親、母さんなんだよ」
泣きそうになりながら郁人も
ライラックの目をまっすぐ見る。
「……俺の事を大切だと、息子だと
言ってくれてありがとう。
ー 大好きだよ、母さん」
郁人の言葉に、ライラックは目を丸くし、
その瞳を潤ませる。
「……………!!!」
真珠のような涙をポロポロとこぼしながら
ライラックは郁人を抱き締めた。
「私もよ! イクトちゃん!
大好きな私の自慢の……
目にいれても痛くないくらい
とっても可愛い私の息子!」
郁人はその抱擁を甘受し、自らも腕を
伸ばしライラックを抱き締め返す。
「泣かないで、母さん」
「これは嬉し泣きよ。
だから泣かせてちょうだい。
……あのとき、私を守ってくれて
ありがとう」
ライラックは涙と共に言葉を
ポロポロとこぼしていく。
「“デミ“と言われて固まってしまった、
動けなくなってしまった私を……。
嫌われてしまうと怯えた私を……
救ってくれて本当にありがとう。
貴方の言葉で私は救われたわ」
ライラックは郁人を抱き締める腕に
力を込める。
「血を理由に結婚を破棄された私は、
もう家族は出来ないんだと諦めていたの。
でも、そんな私の前に貴方は現れた」
郁人の頭を優しく撫でる。
「貴方を見たとき、
“この子は私の家族、私の子供!“
と感じたわ。
その直感は正しかったのね。
私の家族に、息子になってくれて……
ありがとう」
その言葉に、郁人は視界を更に
にじませながら自分の思いを伝える。
「……俺もだよ。
俺が居た世界の親は幼い頃に
亡くなって、記憶が無いんだ。
じいちゃんやばあちゃんがいたけど、
やっぱり親が恋しかった。憧れてた」
お母さん達と手を繋いで帰る同級生が
羨ましかったと郁人は吐露する。
「そんな俺の母さんになってくれて、
小さい頃の俺の想いを叶えてくれて、
ありがとう。
貴女が母さんで本当に良かった。
俺は世界1の、とっても幸せな息子だよ」
「……それは私の台詞だわ!」
2人は温かい涙をこぼしながら、
自分達の幸せを噛み締めた。
ーーーーーーーーーー
ジークスとポンドは離れた席で
2人が涙を溢すその光景を眩しそうに
見つめる。
「血の繋がりは無くとも、あのような
仲睦まじい家族になれるのですな」
「そうだな。
それに、イクトが嬉しそうで私も嬉しい」
ジークスは柔らかな眼差しを郁人へ向ける。
「マスターの親戚には母君のような
清廉な方はいなかったでしょうからな」
「あぁ。女将さんのような優しい方が
イクトの母で本当に良かった」
郁人の親戚を思い浮かべながら2人は話す。
「私は郁人には幸せに包まれて
柔らかな日差しの中で過ごして
欲しいと思っているから尚更だ」
郁人が幸せなのが1番だと
ジークスは微笑む。
「……ところで、あっちは
どうなっているのでしょうな?」
ポンドがポツリと呟いた。
「チイト殿が出した条件は
“王子の身柄を差し出す“こと。
チイト殿の怒り具合を見て、マスターが
殺さないように訴えてましたが……
どうなることか」
それに……
とポンドは続ける。
「マスターに気付かれぬようにユー殿が
チイト殿の後をついていきました。
なにより、レイヴン殿もいますからな」
「……あの男は助からないだろうな。
イクトは殺さないでと言っていたが……
死んだ方がマシという可能性もある」
ジークスは出会った当初のチイトが
作り上げた磔の地獄絵図を思い出す。
「王はまだ聡明な方のようでしたし、
似ていればあのようにならなかった
でしょう……。
ジークス殿? どうされたましたか?」
ポンドはジークスがある1点を
じっと見つめている事に気づいた。
「いや、彼のぬいぐるみが少し変わって
いてな」
ジークスの視線の先、カウンターにある
郁人のぬいぐるみがエプロンをつけていた。
おまけに背中に羽が着いている。
「母君が頼んでいたそうですからな。
それでエプロン等が増えたのでしょう」
「……俺も頼んでみるか。
俺のぬいぐるみに郁人にプレゼントした
ホルダーを付けてほしい」
「……注文が殺到しそうですな」
ジークスの言葉に、郁人のぬいぐるみを
欲しがりそうな者や付属品を頼む者の
顔が容易に浮かび、ポンドは苦笑した。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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???:全力でソータウンへと向かい
着いたと思ったら人々が避難してきて
その波に押されてしまい、
なかなか辿り着けないでいる。




