135話 木陰亭でひと悶着
朝の日差しが差し込む中、
郁人は荷物を整理し終わり、部屋を見渡す。
「よし! 荷物完了!
それにしても……結構長い間居たよな……」
〔そうね。ここに来てから記憶の事とか
事件とか色々あったもの〕
「また泊まれたらいいな」
〔ここはあんたの部屋だから。
次も間違いなくここよ〕
「……そうだった」
郁人は自身の忘れっぽさに呆れつつ
部屋を出る。
「女将さん。お世話になりました」
女将さん(蔦)が壁から出てきたので、
頭を下げた。
すると、女将さん(蔦)は優しく郁人の
頭を撫でると身なりを整えてくれた。
「ありがとうございます」
整えてくれた事に礼を言うと、
再び優しく郁人の頭を撫でて
壁に消えていった。
〔……なんか壁から生えてくるのに
慣れちゃったわね。
ドライアドってカテゴリー的には
妖精族だけど魔物に分類されてるから
少し怖かったのに〕
(……カテゴリー? 魔物に分類?)
首を傾げる郁人にライコは説明する。
〔ドライアドはまれに人型もいるから
カテゴリー的には妖精族なのよ。
でも、ほとんどが人型じゃないから
魔物に分類されているわ〕
(そうなのか)
新な情報に郁人は目をぱちくりさせた。
〔ほら、魔族って種族あるでしょ?
あぁやって分類されてるのは、
意思疎通が可能で人型だからよ。
人型じゃないから魔物って言うのも
おかしな気がするけどね。
ドライアドみたいに人型じゃなくても
意思疎通可能なのはいるし……〕
人型を基準にするのもおかしな気がするわ
とライコは言う。
〔ま! 基準が欲しかったから
そうなったのでしょうね!
細かく考えたらきりが無いもの!〕
(たしかに、考えたらきりが
無さそうだもんな)
考えたら頭がパンクしそうだと
郁人は感じた。
「パパ! おはよう!」
そこへ笑顔のチイトが飼い主のもとへ
走る子犬のように駆け寄ってきた。
「忘れものとかしてない?
ちゃんと持った?」
「大丈夫だ。チイトこそ大丈夫か?」
「大丈夫!
あまり荷物とか無かったから」
「そっか」
「おはよう」
「皆様おはようございます」
「ジークス、ポンド。おはよう」
ジークスとポンドも2人のもとへ
やって来る。
〔あの黒鎧、手荷物いっぱいね〕
(お世話になった人達に
挨拶してくるって言ってたからな。
そのときに貰ったんじゃないか?)
郁人はライコに説明した。
(俺も挨拶したかったんだけど、
荷物の整理とか俺の体調を気遣って
くれてな。
俺の分もしてくるからって……〕
〔あんたの体調が崩れたら大変だものね〕
(そこまで柔じゃないと思いたいけど
好意に甘えた)
それに荷物が多かったから
と郁人は告げた。
「下で皆様お待ちしておりますので
参りましょうか。
レイヴン殿がなにやら慌ててましたし」
「レイヴンが?」
何かあったのかと首を傾げつつ、
急いでポンドの案内の元、その場に
向かった。
「こちらです」
ポンドに案内され、向かった先は
旅館の玄関だ。
レイヴンとフェイルートは勿論、
タカオやナランキュラスもいた。
「我が君、おはようございます」
「ぬし様! おはようございます!
少しお耳に御入れしたい事が
ございまして!」
レイヴンが額に汗をかきながら
郁人の側に駆け寄る。
「入れたいことって?」
「ぬし様の家はたしか、
“大樹の木陰亭“でしたよね?」
「そうだけど?」
「あちゃぁ~……」
「……厄介なことになりましたね」
郁人が頷くと、レイヴンは額に手を当て
空を仰ぎ見た。
フェイルートも長い睫毛を伏せる。
郁人はそんな2人に尋ねた。
「なにかあったのか?」
「じつは鳥から聞いたのですが……
今、その木陰亭にソータウンの
王子が来てひと悶着起きてるそうで。
そこの店主が危ないかもと……」
「母さんがっ……!?」
「なぜそのような事態に!?」
「なぜ王族が?!」
〔ちょっ!? 何があったのよ!!〕
郁人は顔を蒼白させ、心が掻きむしられた。
タカオも表情を曇らせる。
「王子て……なんや厄介な感じやなあ……」
「早く帰らないと……!!
母さんが……!!」
焦る郁人にチイトが安心させるように
声をかける。
「パパ落ち着いて。
瞬間移動したらすぐ行けるから」
「……本当に?」
「本当だよ」
尋ねる郁人にチイトは優しく微笑みながら
頷く。
「俺はパパに嘘なんてつかないから。
今からでも行く?」
「頼む! チイト!
……折角見送りして貰ったのに、
急ぐ感じでごめんなさい」
郁人はレイヴン達に謝った。
「気にしないで下さいな」
「御母堂のピンチですから」
「そうやで、イクトはん。
早う行ってお母さん助けておいで」
「家族のピンチだ! すぐに行け!」
「……ありがとう! また来るから!!」
4人にもう1度頭を下げたあと、
郁人はチイトにお願いする。
「チイトお願い! 母さんのところへ!!」
「うん。俺にまかせて」
チイトは郁人の手を掴む。
「わっ!?」
〔きゃあっ!〕
浮遊感と共に意識が一瞬で持ってかれそうな
感覚がした。
瞬きした時には見慣れた景色が目の前に
あった。
「ソータウンだ!」
「これが“瞬間移動“ですか……」
「……君、俺達を置いていくつもり
だったな」
横には呆然とするポンドと、
チイトを訝しげに見るジークスがいた。
〔この2人、行く寸前にあんたの袖を
掴んでなんとか同行出来たみたいね。
瞬間の判断力がすごいわ……
って、あれ!!〕
ライコが2人の行動に感心していると、
ある光景が目に入った。
それはライラックが大勢の騎士に囲まれ、
中心にいる者と揉めている光景だ。
「パパ!? 危ないよ!!」
チイトが止めるより早く、
郁人はライラックの元へ走る。
「母さん!」
「イクトちゃん?!」
目を丸くするライラックの前に郁人は
遠巻きに見ていた人々を割って進み、
騎士達からライラックを庇う為、
間に入った。
「大丈夫?! 怪我してない?!」
「ん~? なんだお前は?
この私と女の間に踏みいるとは?」
郁人の行動に片眉を上げる男は
服装からしていかにも貴族であった。
様子から見るに、この中心にいた男が
王子だろう。
「母さん、どういった状況?」
「さっき突然来て、あたしとこの店を
いただくと言い出したのよ」
「この私が自ら出迎えたのだ。
むしろ有り難くその身と店を献上すべきだ」
当然だと胸を張る王子と頷く騎士達。
(……そんな言い分通じるのか?)
〔いいえ、通じないわ。
女将さんは商業ギルドに属してる。
商業ギルドも国家とは独立したもの。
だから、そう簡単にはいかないわ。
むしろ、権力を振りかざすあちらが
悪いと判断されるわ〕
無理よと断言するライコの意見を
聞いた郁人は告げる。
「母さんはギルドに属しています。
“はい、わかりました“と
いかないと思いますが?」
「ギルドに属していようが関係ない。
王族の私が欲すればそれを差し出す
義務がある」
発言内容からして、目の前にいる者が
ギルドなどに詳しく無いと理解する。
「義務など一切ありません。
このままでは貴方様の立場が悪くなります。
どうぞ、お引き取りください」
「……この私に向かってなんだその態度は!
さっさと渡せばいいんだ! この愚図が!」
「愚図で結構。
1人の女性相手に大勢引き連れて囲む
貴方様より余程マシでございますから」
「……っ!?」
毅然とした態度と物言いに、言われた内容に
顔を赤くした王子は体を震わせた。
そして、片手を上げる。
〔わわっ!?〕
すると、騎士達が郁人に一斉に剣先を
向けた。
<パパ、こいつら殺していい?>
いつの間にか郁人の影に潜んでいた
チイトが冷たい声で問う。
(ダメだ。あと攻撃もだぞ。
相手が攻撃してこない限り、こちらから
先に手を出したら不利になる可能性が
あるから)
こういう時こそ冷静にと
郁人は告げた。
そんな郁人に男は尋ねる。
「まず貴様はなんだ?
私に舐めた口を聞くとは余程
世間知らずの愚か者と見える」
「俺は母さんの息子だ」
剣先を向けられても尚、郁人は
毅然とした態度で立ち向かう。
「その女は未婚な筈だが……
まあ、いいだろう。今1度問うぞ。
その女と店を献上しろ」
「お断りします。
まず、献上とは物を指し示している
言葉。
母さんを物扱いしないでください!」
郁人の言葉に、男はわざと眉を上げて
首を傾げる。
「その女を物扱いするなど当然だろ?
ー その女は様々な種族の血が混ざった
不純物の“デミ“なのだからな」
男の言葉に空気がガラリと一変する。
「……あいつ言いやがった」
「………信じられない!」
「越えちゃいけないラインを
越えやがった……!」
剣先を向けていた騎士の数名が肩を揺らし、
集まっていた人々から張り積めた空気が
流れる。
〔……こいつ、禁句を言ったわね〕
郁人が尋ねる前に、ライコが呆れた
と続ける。
〔デミは人間以外の種族を意味する
差別用語。
今の共存社会では言ってはいけない
“禁句“よ。
デミは昔、人間至上主義者や純血主義者が
次々と多種族を殺戮した文句なのだから〕
「………母さんの種族が何だろうと
物扱いされて良いわけが無いだろっ!」
郁人はライラックが侮辱されたのだと
わかると血流が極限まで増加する。
「どんな種族だろうと関係ない!
母さんは俺の大切な家族!!
かけがえのない、たった1人の
大切な母親だ!!
そんな母さんを侮辱するのは誰だろうと
俺は絶対に許さない……!!」
手のひらに爪を食い込ませた郁人は
啖呵を切った。
「……王子である俺に逆らうか」
睨み付ける郁人に王子は口を歪め、
騎士の剣を取り上げる。
「では、邪魔な貴様を斬り捨ててから
いただくとしよう」
ー「そうさせると思うか?」
声と共に一陣の風が吹いた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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郁人が冷静に努めれていたのは妹が
モテて色々と巻き込まれていた経験を
体が覚えていたからです。
家族を侮辱されて冷静では
いられなくなりました。




