パンドラのある一夜
月が雲に隠れ闇を深くした頃、
パンドラ内にそれは突然現れた。
ー それは胴回り程の太さの蔦だ。
蔦は働いていた者や自宅にいた者、
店で談笑していた者達等を容赦なく
次々に捕らえると、パンドラ城の
玉座の間へと連れていき、床に捨てる。
蔦で手足を拘束するのも忘れず、
例え相手が市民だろうと貴族だろうと
王族だろうとお構い無しだ。
「な……なんだいきなり?!」
「ここは……城内か!?」
「この蔦は……ホネストアイヴィっ?!」
「城内って事は王様が……?」
「儂ではない! 儂もこのように
拘束されている!」
「王様?! では一体誰が……!?」
ー 「はいはーい!
打ち上げられた魚の皆様御注目ー!」
ー 「こちらを向いて貰えるかな?」
混乱する中、鶴の1声で場が静まる。
「誰……だ……」
「この声は……!?」
声のする方向を見れば、玉座に2人。
頭にバンダナを巻いた褐色の美丈夫と
市女笠に透けた垂布をつけた絶世の
美男がいた。
全員に見覚えがある。
「レイヴン様!?」
「フェイルート様ああああああああ!!」
驚きの声と黄色い声に辺りは包まれた。
「レイヴン……」
フェイルートは不愉快さに顔を歪め、
市女笠に触れながらレイヴンを見る。
「これで抑えれるんじゃなかったのか?
俺もかなり抑えてるんだぞ」
「フェロモンは抑えれても
その輝かんばかりの美貌は無理!」
断言して笑うレイヴンを横目で睨みつつ、
フェイルートは打ち捨てられた者達に
問いかける。
「貴様らをここに集めたのは
夜の国に危害を加えたからだ」
「俺様達に喧嘩売る度胸があったとは
驚きだねえ」
「なっ……!?
私達はそのような行為をした覚えはない!」
声をあげたのはパンドラの王子だ。
その顔は青ざめ、あり得ないと叫ぶ。
「手前にはなくても、
そいつらにはあるんだよなあ。
ー なあ? 王様、宰相さんよ」
「なっ……?!
父上、宰相?! ほんと……う……に……」
王子は2人を見ると、顔は青を通り越して
おり、今にも死にそうだ。
「ちなみに、この蔦は先程名前を
当てた者がいたが、その通りだ。
この子は“ホネストアイヴィ“。
自白剤にも使われている子達だ。
嘘をつこうとすれば、今の2人の
ようになる」
フェイルートは蠱惑な笑みを浮かべ、
すり寄る蔦を優しく撫でる。
「うつく……し……い……!!」
「ほわあああああああ!!!」
フェロモンを抑えていても、美の神すら
裸足で逃げ出す美貌に見た者達は奇声を
あげながら次々と倒れていく。
「ありゃま~見事な死屍累々。
起きてるの全然少ねーじゃん。
……まあ、この後を考えれば良いかね?」
レイヴンは見渡しながらポツリと呟く。
「でよお、手前ら」
そして、王と宰相を見やる。
「自分らが動かなけりゃバレねーと
思ったか?
詰めが甘過ぎ。マジ甘ちゃん。
だからどんどん国力落ちてんだぜ?」
「……い、言いがかりにも程がある!
証拠でもあるのか!」
「そうだ! 証拠が! うぐっ!」
図星を突かれた王がわめく。
宰相も同意し騒ぎ立てるが、
嘘をついた為、蔦が絡み付き黙らせる。
「はいはい、じゃあご希望の証拠を
お見せしましょうかね?」
「君達。あれを」
フェイルートが蔦に話しかけると、
蔦はある者を連れてきた。
「……?!」
「ジョネヴィラ?!」
全員が息を呑み、ジョネヴィラの父親は
悲鳴をあげた。
ジョネヴィラは蔦に巻かれている以外は
異常は無いのだが、その瞳が何よりも
おかしかった。
誰もが知るジョネヴィラは、瞳が
自信に満ち溢れていた。
ー しかし、今はどうだ。
自信は鳴りを潜め、ただ暗く。
瞳は奈落の底を覗いていると思えるほどに
深く、暗い。汚泥のように濁っている。
「ジョネヴィラ! ジョネヴィラ!!」
「……………………」
父親が懸命に話しかけても微動だにしない。
生気の欠片もない。
「コレ、自分が仕出かした事のおぞましさに
気づいてパリンと砕けちまったんだよ。
罪悪感に潰れたともいうか?
ほれ、何したか話しな」
レイヴンに促され、ジョネヴィラは
口を開く。
「……あたしは自分のつまらないプライドや
欲の為、蝶の夢の人達を金で雇った
破落戸達に陵辱させ、様々な拷問を
させました。
それにあたしは笑っていました。
あたしは……あたしは……!!」
ジョネヴィラは独白し、声をつまらせ
涙をこぼす。
「事件の惨状は聞いていたがまさか
お前が……?!」
「なんて事を……?!」
全員があまりの内容に顔を蒼白させ、
特に父親は体も震わせる。
「私が放っておいたばかりに……!!
だが、資金はどこから……?!
管理は私がしているが、気になる点は!」
不審な点はどこにもと声を震わせた。
「手前も気になるその資金!
ほい! 資金源を吐きな!!」
「……資金は宰相様から貰いました。
王もあたしの行為を認めていると。
夜の国に泡を食わせる良い機会だと」
「違う! デタラメ……ぐあああ!!」
「そうだ! デタ……ひいいい!!」
反論しようとする2人の顔はもう
土気色になっている。
しかも、嘘をついた為に更に絡み付かれ
悲鳴をあげた。
「なぜ、そのような行為を?!
死にに行く事をしたのですか!!」
王子は2人の蛮行に思わず叫んだ。
彼は知っていた。
いや、感じていたからだ。
ー この2人の底知れぬ恐ろしさを
見た目は綺麗で手を伸ばしたくなるが
絶対に触れてはいけない存在だと。
だから、彼は敵に回さぬ為に内密に
事を進めようとしていた。
が、宰相とよりによって
父親の手で台無しにされたのだ。
「蒼白な王子さん!
手前の父親すごいなあ。
あんたが禁止にした人身売買にも
手をつけてるんだぜ?」
「裏の組織と手を組み、夜の国での
誘拐に協力するかわりに金を得ていた。
しかも、自分も買って地下の部屋で
玩具扱い。
奥方には見せられないものだ。
なんせ買っていたのは若い女性だからな。
証人もいる」
フェイルートが指を鳴らせば、
どこからか顔を面布で隠した者が現れた。
「はい。その通りです。
王は“奥方に飽きたから女が欲しい。
若ければ若いほうが良い“
と笑っていました」
「手前の国、一夫多妻は後継者問題で
荒れては困ると禁止してたのになあ?」
「そんな?! 父上……!!」
「貴方……!!」
「貴様! 裏切ったのか!!」
声を震わせる王子と妻である王妃を無視して
王は目を血走らせ激昂する。
そんな激昂した王を前に、裏切り者呼び
された者は涼しげに、抑揚もなく告げる。
「俺とお前は店主とその客だ。
それに持ちかけたのはお前だろ?
裏切りが身近にある俺に信を置くとは
お笑い草だな」
「~~~~~!!!」
男は鼻で笑い、笑われた王は顔を赤くする。
「君、もう帰っていいよ」
「はっ!!」
フェイルートの言葉に面布の者は
先程とうってかわり、恭しい態度を見せ、
言われた通りに去った。
「と、このように俺達に喧嘩を
売ったも同然だ。
ー 潰される覚悟はあるだろうな?」
獲物を見つめる瞳に、氷点下の声に、
全身を切り刻む殺気に、全員が歯を
カチカチと鳴らし、必死に訴える。
「そんなつもりは無い!
儂達は助けを求めるようにしようと……」
「手前らの助けなんざいらねーんだよ。
そんな考えをする時点で俺様達の事を
舐めてんだよ」
「自分達の立場をわきまえろ。
俺達はいつでもこの国を壊すくらい
片手間で出来る」
「特に、色香大兄ならなあ。
呼び掛ければ今みたいに簡単に
集めれるんだぜ?
潰すなんてマジ楽勝だわ」
レイヴンの言葉に全員が更に体を震わせる。
だって、そうだ。
今自分達は蔦によって抵抗する間もなく
連行されてきたのだ。
命を奪うなんて簡単だ。
ー 彼らが指示すれば、一瞬で
この世の住人ではなくなるのだ。
「……どうすれば我らは、
国は助かるのでしょうか?」
王子は希望があると信じ尋ねた。
すると、2人は笑みを浮かべながら
口を開く。
「簡単なこった。
夜の国を独立させ、1つの国として
認める事だ」
「ほら、簡単だろ?」
「っ……!!」
2人は簡単に言うが、それは自ら
金の卵を産む鳥を手放すも同然だ。
国力が低下している今、
パンドラとしてはどうしても
手放したくはない。
手放したくなかったからこそ、
王達は自ら問題を作り、夜の国を
困らせ、恩を売り、ゆくゆくは
パンドラに取り込むつもりだったのだから。
しかも、パンドラは国の半分が森。
その森が夜の国なのだ。
国土の半分が一気になくなる事にもなる。
本来なら決して首を縦に振らない条件だ。
しかし、彼らは飲まざるを得ない。
「……わかった。
私の名において貴方達、夜の国の独立を
受け入れよう。いや、飲ませてほしい」
「なにを勝手に…!!」
「勝手なのは王! いや、父上!
貴方の方だ!!
貴方達の勝手な行動でこのような
事態を招いてしまった!
この国を、国民を危険に晒したんだぞ!
血を流さずに済むのはこの方法しか無い!
これしか無いんだ!!」
「そうだぜ。正直に言えば全員今すぐに
でも殺したくて仕方ないんだからな」
「あの方を危機に晒した責任は
命をもって償うが道理。
だが、あの方はそれを望みはしない。
だから、まだ穏便に出ている」
「あの方の心の広さに感謝するんだな。
さて、王子様よお。
これに署名してくんね?
口だけで認めるほど信頼してる訳じゃ
ねーから」
「……わかりました」
彼らを従わせている存在がいる事に
王子は呼吸が苦しくなりながら、
蔦が持ってきた書類にサインした。
「よし! これで完了だ!」
「君の英断でこの国は救われた。
連帯責任として数名潰して
おきたかったが……」
「実験材料は手に入れてんだし、
それで我慢してくれ、色香大兄」
「……連帯責任とはどういう事でしょう?
王族である私達はともかく、
民草達は関係が……」
「それが大有りなんだよなあ」
王子の質問にレイヴンはニンマリと
口を歪めた。
「手前の父親、相当ヤバイぜ。
だって、手前の母親と宰相、そこの娘と
父親以外のここに集めた全員が王の血を
引いてんだからよお」
「嘘だと思うなら魔道具で調べて
みるといい」
「そんじゃ! 俺様達はここらで!」
レイヴンとフェイルートは
花吹雪と共に消えていった。
蔦も消えており、あるのは爆弾発言に
固まる者達のみ。
「……今すぐ魔道具を用意!
そして地下室も調べるんだ!」
「しかし、あそこは王の……」
「この者はもう王ではない!
国を危機に陥れた犯罪者だ!
そこの宰相も捕らえろ!」
最初に動いたのは王子だ。
城内の異常に駆けつけた者達へ
指示を飛ばし、事態の収束へと向かう。
結果、地下室には目も当てられない姿で
見つかった娘達がいた。
そして、玉座の間に集められた者達が
全て王の血を引いている、
つまり、隠し子だと判明したのだ。
王は権力を使って無理矢理襲い、
子が出来れば捨てていた事もわかった。
後日、王は廃位させられその後を
地下牢で過ごすこととなる。
そしてパンドラは夜の国の独立を認め、
国土の半分を手放した事は他国に伝えれた。
王子がこれからも相当苦労するのは
言うまでもない。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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