132話 洞窟内の実況
突如聞こえた悲鳴に郁人は肩を
ビクッと揺らす。
「うぇっ?!」
〔え?! なに?!〕
ライコも思わず声をあげた。
《野太い声が聞こえたが……
もしかして、色香大兄なんかした?》
先頭にいたレイヴンが振り返り、
フェイルートを見る。
《わざわざ迎えに行くのも面倒だろ?
この方が早い。
チイト、聞いたが奥に抜け道があるようだ。
先回りして捕獲を頼みたい。
生きた状態でだ》
《精神面は保障しないが?》
《構わない。息の根があればこちらで
どうとでもするさ》
《そうか、良いだろう。
息の根は残しとく》
チイトは口角を少し上げた後、
闇に溶けていった。
《さて、彼らがこちらに誘導してくれて
いるからな。
そろそろ見える筈だ》
《色香大兄が動かなくてもあいつらが
してくれるもんな。楽なもんだ》
羨ましいとレイヴンはこぼす。
《ほら、見えたぞ。
レイヴンは動きを止めろ。
くれぐれも言っておくが、
決して彼らを傷つけるなよ》
《わかってますよ、それくらい》
フェイルートが扇子を取り出し、
先を示す。
レイヴンは態勢に入った。
奥からは悲鳴と共に地面を蹴る音、
風を切る音が近づいてくる。
〔何か来るわね〕
「この音は……羽音か?」
ジークスが耳を立て予想していると
映像にその姿が見えてきた。
郁人を拐おうとした者と同じ身なりの
者達が息を切らせ、命からがら逃げてくる。
その背後に見えたのは、洞窟内を埋め尽くす
手の平サイズの“蜂“だ。
〔いやあああああああああああ!!〕
見た瞬間、ライコは悲鳴をあげる。
〔あの蜂……!!
“デッドリービー“じゃない!!
巣に近づく者はとことん追い詰め、
自身の毒で命を奪い取る超危険な魔物!!
従魔なんて出来ない筈よ!!〕
「彼らを従えれるのか!?
あの医師は?!」
知っていたジークスも声をあげた。
《従えてはないさ。
彼らは協力してくれてるだけだ》
《いや、あれもう従魔じゃなく眷属じゃね?
色香大兄にぞっこんだし》
《まだしていない。
良い働きをすれば褒美として眷属にとは
言われたが》
《成る程。
あの張り切りようはそれが理由か》
《それに、お前の眷属より数は少ないが?》
《たしかに色香大兄に比べると多いが、
俺様なりに厳選したつもりですよ?》
手足は多いに越した事は無い
とレイヴンは笑う。
郁人はその話を聞き、疑問が浮かぶ。
「? 従魔と眷属ってどう違うんだ?」
「“従魔“は従魔のスキルがあり、
契約書に基づき契約するもの。
“眷属“はスキルが無くても可能で、
契約者が血を与え、眷属になるものが
その血を飲んで成立するものですな」
ポンドが郁人に説明する。
「更に言えば、従魔は契約者が
亡くなれば契約は解消されますが、
眷属は契約者が亡くなれば自身も
亡くなります。
まさに一蓮托生ですな」
「……本当に一蓮托生だな」
ポンドの説明に郁人は息をむ。
「契約者は眷属が亡くなっても
影響は無い為、眷属側のデメリットが
大きいので眷属になろうとする者は
滅多におりません。
生涯で目にかかれるかどうかなのですが……
レイヴン殿とフェイルート殿には
たくさんいらっしゃるようですな」
私の常識が崩れそうだ
とポンドは乾いた笑いを浮かべる。
「? あれ?
俺はジークスの血を飲んでるけど
眷属になってないぞ?」
郁人の頭に再び疑問が浮かんだ。
首を傾げる郁人に今度はジークスが
説明する。
「眷属化は両者合意の上で
成り立つものだからだ。
私は君を眷属にする気は無いし、
君も無かったからな。
そもそも私が勝手に飲ませていたものだ。
成立なんてしないさ」
一方的に成立するものではない
と、ジークスは話す。
「……今に思えば、君に血を飲ませて
災厄が激昂していたのは、
これもあるかもしれないな」
「マスターを眷属にしようものなら
確実に容赦しないでしょうな」
「おい! 色々聞きたいんだが、
なぜ勝手に血を飲まされたんだ!?
なぜあんたは動じていない?!」
ジークスが血を飲ませていた事に
しばし硬直していたナランキュラスが
郁人の肩を掴む。
「えっと、ジークスが竜人で、
俺を丈夫にさせようとして飲ませたんだ。
それに、聞いた時はすごく動じていたから」
「……孤高が竜人か、成る程。
孤高があれだけ五月蝿かったのも、
あんたに対して過剰なのか合点がいった。
む?! 話してる間にもう捕まってる?!」
腕を組み、頷くナランキュラスは
画面を見て声をあげた。
「なんと!?」
画面を見ると、逃げていた者達が
全員地面に倒れ伏している。
《回収を頼むよ。
少し痛め付けていても構わない》
そして倒れた者達を洞窟付近に
咲いていた花々が巻き付いて嬉々と
捕まえていた。
「早っ!? いつのまに!?」
《ぬし様方が話している間にですよ?
話の邪魔するのも悪いのでささっと》
「音もなく全員を気絶させるとは……
見事としか言い様がございませんな」
「あぁ、本当に見事なものだ」
《いやぁ、褒めたって何も出ませんよ?
単に脛動脈に電流流して気絶させる
簡単な作業なんで》
〔簡単じゃないわよ!
動いてる相手の首筋、しかも複数人を
一気に気絶させるなんて普通は出来ないん
だから!!〕
「レイヴンスゴいな!」
ライコの話を聞き、凄さを改めて
実感した郁人は素直に感想を述べた。
《いやあ~! ぬし様に言われると
嬉しいものでございますなあ!!》
レイヴンは口を緩ませながら、
片手を頭の後ろにやる。
態度の違いが歴然だ。
《レイヴンばかり面白くないな……》
フェイルートが小声で呟いた。
すると、デッドリービー達は再び
洞窟の奥へ進む。
《うわあああああ!!》
どうやら隠れていた者がいたらしく、
フェイルートの元まで追いたてる。
追われた者は必死に足を動かし、
逃げるのに邪魔な2人に叫ぶ。
《邪魔だ……ど……け……》
《邪魔なのは君の方だ》
フェイルートの絶世の美貌に
目を奪われて息を呑む。
蠱惑な声に、耳を、心を震われる。
その間にフェイルートが煙管を吹かせば
煙はその者を包み、ぐらりと膝をつく。
《体が………動かな……》
《さあ、残党がいる場に案内して
くれるか?》
デッドリービーが襟を掴んで立ち上がらせ、
フェイルートが笑みを深め問いかけた。
《……わかりました。
貴方様の仰せのままに》
瞳をほうっと蕩けさせながら、
夢見心地でふらふらと奥へ歩きだした。
「凄いとしか言いようがないな」
無傷で捕らえ、誘導させるフェイルートの
手腕に全員が舌を巻く。
「その場から動く事なく、
相手を追い詰め誘導させるとは……」
「……何かしたのか?」
《いえ、何も。
煙で意識を混濁させただけですので。
精神干渉などそういった系統は全く。
単純にお願いしただけですよ》
《マジ美貌だけでやってのけるもんな、
色香大兄は》
「フェイルート様の美貌を間近で
ご覧になったのだ!
あの絶世を前にして膝まずくに
決まっている!
あのアジトを吐いた者もそうだった
からな!!」
ナランキュラスは胸を張り、
自分の事のように自慢した。
「そうだったな……。
自身の理解を超える美を前にすれば
人はあのようになるのだと痛感したよ」
「フェイルートもスゴいな!!」
ジークスの説明に郁人は素直に賞賛した。
《……我が君にお褒めいただくのは
少しくすぐったいですね》
フェイルートは柔らかい笑みを浮かべる。
《君達もありがとう。眷属の件は
これが済んだらさせていただくよ》
デッドリービーはその言葉にフェイルートの
周りをくるくると嬉しそうに周回した後、
一気に奥へ飛んでいく。
《ありゃ、あいつらだけで終わりそうだな。
てか、終わったわ。反則くんも抜け口に
いた奴等を制圧済みと報告もあるし》
レイヴンは翔んできた鳥を
肩に乗せて伝えた。
《俺達は救助を優先しよう。
この後もやる事があるからな》
「やる事?」
郁人はなにかあるのかと首を傾げる。
《はい。少し》
《ちょいと所用が出来ましたので、
ここらで実況は終わりですかね?》
もうちょい刺激があればなあ
とレイヴンはこぼす。
《人質さん救出して、残党の処理と
絵面が地味ですし、俺様達もバタバタ
動きますんで。
初実況であまり盛り上がりに欠けたのは
残念ですが、次にリベンジを》
「十分スゴかったぞ、実況。
みんな帰りに気をつけてな」
《ぬし様も飲み過ぎにご注意を!
……と言いたいがへっちゃらだもんな》
《我が君、何事も程よくが1番かと。
ナランキュラス、飲み過ぎないように
見張れ》
「かしこまりました!」
ナランキュラスはフェイルートの
命令を目を輝かせながら1礼した。
《では、俺様達は一旦仕事に
集中しますんで》
《これにて》
レイヴンは手を振り、モニターを切った。
「彼らは本当に凄まじいな」
「あのように遠方に居ても時間差がなく
伝達出来る事も驚きですな」
ジークスとポンドは画面があった場所を
見ながら呟いた。
「3人が居るから人質達も
早く救出出来たんだろうな」
郁人は自分の事のように嬉しく
なりながらお酒を取り出す。
「………あんた、それはまさかっ!!」
ナランキュラスは郁人が取り出した
酒を見て顔を青ざめる。
「それは“神々の生き血“じゃないか!?
こんなとこで飲むな!!
テロを引き起こすつもりか!!」
「そんな大げさだな。
あっ! ジークスにはキツいか……。
ジークスに香りがいかないように
出来ないかな?
ん? ユー?」
戦々恐々とするナランキュラスに
郁人は気づかず、悩んでいると
ユーが出来ると胸を張った。
「ユー出来るんだ! ありがとう!
じゃあ、早速……」
「やめろ!! 神々の生き血は
程よく飲めるものじゃない!!」
「返して! 俺のお酒!!」
ナランキュラスに取り上げられた
神々の生き血を取り返そうと
郁人は手を伸ばした。
〔あんた、こんなところで
飲んだら匂いで全員酔いどれになって
とんでもない事になるわよ!〕
ライコの言葉は取り返そうと
必死になっている郁人には届かなかった。
ーーーーーーーーーー
「……さて、ここからは閲覧注意は
確定だな」
実況を終えたレイヴンは頭をかきながら
洞窟の先を見据える。
「ここまで血の臭いが届くとは……
あいつ、息の根は残しているだろうな?」
奥から漂う鉄臭さにフェイルートは
絶世の美貌をしかめた。
「………とりあえず行きますか」
「そうだな。行くぞ」
2人はチイトがいる、血の臭いの
発生源へ向けて足を進めた。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました!
面白いと思っていただけましたら、
ブックマーク、評価
よろしければお願いいたします!




