小話 癇癪令嬢の行く末
「ん……」
ジョネヴィラは目を開ける。
「ここは……?」
しかし、なにも見えない。
目を閉じてるのと変わらない
闇がそこに広がっていた。
「……真っ暗で見えないわ」
唯一の違いはどこからか
差し込んでいる淡い光のみ。
「ちゃんとした明かりはないの?
明かりくらい言われなくても
つけなさいよ! あの役立たず共!」
飲み込まれそうな暗闇の中、
微かな光を頼りにジョネヴィラは
目を凝らしてみる。
だが、どこにいるかもわからない。
何があるかさえわからない。
「なんなのよ、全く……」
探るため体を動かそうとするが、
なぜか動かない。
必死に動かしても聞こえるのは
冷たい金属音。
動かす度に冷たい何かが触れる。
気になり手の方へ目を凝らす。
「……え?
なんで……?!」
手首に手錠が嵌められていた。
鎖が手錠と壁を繋げているのも
見える。
「なんでこのあたしが拘束されてる訳?!
無礼にもほどがあるわっ!
夢なら覚めなさいよ……!!」
夢だ、錯覚なのだと。
拒絶の言葉を吐きながら鎖を外そうと
試みる。
しかし、鎖はジョネヴィラを
壁へとしっかり繋げていた。
「どうしてよっ?!
どうしてこのあたしが……?!」
ー 「金切り声をあげんじゃねーよ。
耳が腐るだろ」
声と共に空間が少し明るくなる。
「なにっ……!?」
突然の明るさに驚いたが、目が慣れると
淡い光は彼女が喉から手が出るほど
欲しいモノを照らし出す。
「レイヴン……? レイヴンなのね!!」
ジョネヴィラは声を弾ませた。
「信じらんねー……」
その姿にレイヴンは頭を抱え、
チイトは人の悪い笑みを浮かべる。
「ほら、お前しか見てないだろ?
これが証拠だ」
「……マジかよ。
色香大兄……いつもよりフェロモンを
抑えてたりは……」
「してない。普段通りだ」
「よかったな。
貴様を好きな塵がいて」
「手前に押し付けても良いんだぜ?
これ?」
フェイルートが煙管を吹かせ、
チイトが鼻で笑っているが、
ジョネヴィラにはレイヴンしか
映らない、見えないのだ。
うんざりするレイヴンに、
ジョネヴィラは頬を紅潮させ、
鎖で繋がれた手を必死に伸ばす。
「レイヴン……! あたしのレイヴン!
あたしに会いに来てくれたのね!
良い心掛けだわ!
ご褒美に何が欲しいの?
特別にこのあたしが直々に
プレゼントしてあげちゃう!」
「……この女、頭イカれてるんじゃ
ないか?」
自身がどのような状況下に置かれているのか
ジョネヴィラは理解していない。
あまりに上からの言動に3人は
開いた口が塞がらない。
「はあ……」
レイヴンは面倒臭そうに頭をかく。
「なんで俺様が手前なんぞに
会いに来ねーといけねーんだ?
まず、会ったのは1回きりだろ。
なんでここまで自意識過剰になれんだ?」
謎の生物を見るようにジョネヴィラを
見るレイヴン。
しかし、視線の意図を介さず、
ジョネヴィラは瞳を輝かせる。
「1回だけだったけど、あたしには
わかったわ!
貴方はあたしにふさわしい!
あたしの隣に立つのに充分って!
あたしが結婚してあげる!
貴方はずっとあたしの隣で優しく笑って、
あたしをずっと守りなさい!
あたしをずっっと愛してればいいわ!」
頬を紅潮させながらジョネヴィラは
レイヴンに告げた。
「……貴様、いつのまに子守りと
護衛をするようになったんだ?」
「そんなものに成った覚えは
さらさらねーよ」
チイトは尋ね、レイヴンは顔を歪めた。
レイヴンの気持ちなど気にも留めず
ジョネヴィラは自分の世界に浸り続ける。
「でも、レイヴン!
あれはいただけないわ!
あんなのにお墨付きの着物や
髪飾りをあげるなんて絶対ダメ!
今すぐ呼んできて!!
ボコボコにして、破落戸に辱しめさせて、
ズタズタにして目も当てられない
姿に……!!」
ー 「誰にそれをするつもりだ。
自意識過剰女」
氷のように冷たく、刃物のように
鋭い視線がジョネヴィラに降り注ぐ。
「……あっ、ぅあ……」
呼吸が出来ない。瞬きも出来ない。
全てが凍りついたようだ。
全身が磔にされたように感じる。
それもそうだ。
なんせ3人からの殺気を1身に
浴びているのだから。
「………」
ジョネヴィラは意識が飛びそうに
なったが、腹部に鋭く重いものが
入り、激痛で意識が戻る。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「……一旦、解除するわ。
こいつ、只では済まさねー」
鋭く重いそれ、蹴りを入れたのは
レイヴンだ。
ジョネヴィラに氷の目を向けながら呟いた。
「それがいいな。
脳内を見たが、貴様の快活さに
惚れたらしいからな」
「夢から覚まさせてやれ」
チイトは肯定し、フェイルートも促した。
「さて……」
レイヴンは首を鳴らし、力を抜いた。
ブツンッ
どこからか糸が切れた気がした。
「……え?」
ジョネヴィラは目の前を疑った。
「……レイ……ヴン?」
先程まで快活だった姿は欠片もない。
気だるげで話しかけるのを
ためらってしまう程の、
全てを拒絶した空気を放ち、
瞳もただただ冷たい。
冷酷な光が瞳に宿った姿があるからだ。
「本当に……レイヴン……なの?」
姿形は喉から手が出るほど
欲しかったレイヴン。
のはずなのに、それ以外はまるで“別人“。
同一人物とは到底思えない。
「これが、本来の俺様だ」
声も快活さとは到底離れた、
冷たく気だるげなものである。
「見慣れたものに戻ったか。
最初会った時は誰かと思ったぐらいだ。
ステータスに付け加えていたのも
驚いたがな」
チイトはレイヴンのステータスを
確認する。
レイヴンのステータスは
【レイヴン(獣人:鳥族)20歳 快活】
と本来なら性格などステータスには
表示されないのだが、そこに無理矢理
付け加えていたのだ。
今はその表示が消え、チイト達の
よく知る姿に戻っている。
ステータスを弄るなど、神にしか
出来ないはずだが、レイヴンは自身の
スキルと脳にある様々な情報で可能に
したのだ。
「探すのも面倒だし、苦労したもんだ。
なんせ、森の中から特定の葉を
探すようなものだからよ。
俺様の脳は情報が常に更新されるのに、
探し方は手探りなんで余計に時間が
かかった。
ヒントがあればもっと早く
見つかるんだが……」
「面倒ならやめればいいと言っても
聞かなかったのはレイヴン。
君自身だ」
「だってよお、色香大兄。
全員積極的だろ?
このままの俺様だったら、
動く前にぬし様を盗られちまう。
それだけは……絶対に我慢ならねえ」
想像しただけだというのに、
レイヴンは歯を食い縛り目を吊り上げる。
郁人を盗られる事態は、
それほどまで許せないのだ。
「付け加えて心底良かったと
感じてる。
先に反則くんに見つけられてる上、
厄介なのがまとわりついてるからよ。
まあ、加えたせいで厄介事も
招いちまってるけど」
頭をかき、鋭い舌打ちをする。
冷たすぎる空気を纏うレイヴンに、
ジョネヴィラは再び声をかけよう
とした。
「~~!?」
しかし、声が出ない。
口が、舌が、喉が、いや、
全身が思うように動けない。
「これ以上、ぬし様を罵倒されたら
加減出来なくてうっかり壊しちまう
からな。
悲鳴以外はあげれねーようにしたんだよ」
「蹴ると同時に電流を流し、
時間差で発動する細工をしたのか。
よく壊さなかったな」
チイトは感心して呟く。
「だってさ、独立するのに必要だろ?
それに、あっけなく死なれたら
色々と晴らせねーじゃん?
ぬし様に対する悪行は勿論、
店の被害とかその他諸々」
「たしかに、不利益を被った分は
取り返したい。
見習いを探すのも手間だというのに、
警備も増やさねばならなかったからな」
フェイルートは思いだし、
ため息を吐く。
「だから、その分、いや……
倍は取り返さなくてはならない」
そして扇子を口許に当て、
フェイルートはジョネヴィラを
睨み付けた。
「俺も晴らしたい」
「今回は俺様達に譲ってくんな」
「俺達の国、それも店に不利益を
かけたんだ。
喧嘩を売られたも同然。
俺達がきっちり返さなくてはな」
レイヴンとフェイルートの瞳に
不穏な光が宿る。
あまりに不穏な光にジョネヴィラは
鼓動がはっきり聞こえ、歯が震える。
「なんだ? そんなに震えて?
安心しろよ、手前1人じゃねーからさあ。
ほらよ」
レイヴンが指を鳴らすと、
淡く照らす光は更に強くなり、
部屋全体を照らした。
「~~~~~~~~!?」
声にならない悲鳴をあげるジョネヴィラ。
それもそうだ。
明かりが照らし出したのは……
「……た……すけ……て……」
「おれは……め……れい……
きいた……だけな……のに」
あの場にいた執事や破落戸達なのだから。
しかも様子は異常の1言に尽きるもの
である。
壁に鎖で繋がれているまでは
ジョネヴィラと同じだ。
しかし、目は虚ろで、体は痩せこけ
ミイラのよう。
更に体からたくさんの芽が生え、
血が凍る程の綺麗な花を咲かせていた。
「冬虫夏草をモデルにした種を彼らに
植えてみたが良い養分になった。
しかも、この花々から新たな試薬品が
出来、彼らは実験体にもなる。
使えなくなれば体は土に還る仕組み……
無駄が無いのは良い」
フェイルートはその光景を見て
満足げに、艶やかに微笑む。
「それに、こうして……」
破落戸の1人をフェイルートは
裾から取り出したメスで躊躇いなく切る。
「あぐあがああああああ!!」
「ひっ……!?」
血が飛び散るより早く、鉄の臭いが
ジョネヴィラの鼻を刺激した。
そして、出血と同時に、咲いていた
花の形や色が変わっていく。
「このように痛みを与えれば
種類を変える事が出来る。
素晴らしいだろ?」
「成る程。
1種類では使える範囲が狭いからな。
これならいくらでも使える」
「俺様も素晴らしいと思うぜ。
俺様も痛め付けていいのか?
気絶しない?」
「大丈夫だ。
意識は失わないように細工している。
好きなだけ痛め付けるといい。
但し……」
「わかってらあ。
花達は傷つけねーよ」
遊びに行く予定を決めるように
話す3人。
背後の光景がなければ、
見とれるようなものだが、
今は背筋を凍らせるものだ。
次は自分の番だと震える
ジョネヴィラにフェイルートは
語りかける。
「君に植えたりはしない。
君は必要な駒だからな。
ー だが」
フェイルートの背後から、
突如何かが出てきた。
「!?!?!?」
それは色とりどりの美しい
花であった。
が、目を見張るのは人の背丈を
軽く越える大きさだ。
本来大きさと美しさに目を
奪われるが、ジョネヴィラには
嫌な予感しかしない。
「彼女達はとても怒っている。
大切に育てて、目をかけていた子達を
“君“に滅茶苦茶にされたからね」
「特に、手前に最初にやられた
奴なんか彼女達の世話係の中でも
1番上手だったもんな」
フェイルートは2mを越える花々に
優しく語りかける。
「待たせてしまってすまなかったね。
君達の好きなようにするといい。
但し、死なせてはいけないよ、
あれは独立するのに必要なんだ。
それに、そう簡単に殺したら
苦しみを与え続けれないだろう?」
「俺様も加わるのは駄目か?」
「駄目だ。
俺達がしたらあっさり壊れるぞ」
「それもそうか」
ジョネヴィラは逃げたかった。
この場から早く遠くへ、遠くへ。
しかし、手首の冷たい感触が
それを許さない。
「逃がす訳がないだろ。
貴様だって逃さなかった筈だ。
数の暴力に訴えてな」
チイトが呆れたように呟き、
その言葉にハッとした。
たしかに、彼女もしたのだ。
逃げようとした被害者達を金で
雇った破落戸達、数の暴力で
散々潰してきた。
「さあ、思う存分するといい。
これ以外も好きにしても構わない」
「ついでに俺様からプレゼントだ。
受けとれよ?」
レイヴンは針をジョネヴィラの額に
投げつけた。
針はそのまま入っていく。
「っがあああああああああああああ!!!」
ジョネヴィラは喉が裂けそうなほど
叫ぶ。
「あれは記憶か?
記憶をデータにして保管していたのか」
「そうだぜ。
データはあいつにやられた被害者達のな。
しかも、惨劇中だあ」
「身をもって知るには調度いい。
さあ、行くぞ」
チイトが針を分析し、
レイヴンは口許を歪めて笑う。
フェイルートは用は済んだと
出口へ向かった。
ジョネヴィラが絶叫をあげる中、
フェイルート達は部屋から出た。
その部屋で何が起きたかを知るのは
花々だけである。
ーーーーーーーーーー
「ん?
……なにか聞こえるな」
階段を上がる中、フェイルートは
気づいた。
レイヴンはステータスを戻し、
いつもの調子で上を見上げる。
「おい、反則くん何かって……
いねえ?!」
レイヴンが振り向けば、
いる筈のチイトがいない。
「ぬし様に何かあったって事か?!」
2人は急いで階段を上がった。
ここまで読んでいただき
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