128話 成功の宴
満月が桜を妖しくも美しく照らす中、
フェイルート達が経営する旅館の
一角はとても賑わっていた。
「今日はとことん呑むわよ~!」
「ほどほどにしなさいよ!
料理もいっぱいあるんだから!」
「いやあ、捕まってよかったよ!」
「ピリピリしてたもんなあ」
「捕まった記念に食べまくろう!」
なぜなら、フェイルートとレイヴンによる
作戦の成功を祝う宴が開かれているから
である。
長いテーブルには鯛の活け造り等の
宴会にふさわしい料理があり、
参加者は郁人達と蝶の夢の従業員達だ。
従業員達がいるため、宴はより華やかで、
郁人達も浴衣姿でくつろぎモードだ。
〔すごい賑やかだわ。
従業員達がいるのは2人があの事件で
気を張っていた人達に対する配慮
らしいけど、あんた以外に気を遣う
なんて意外だったわ〕
びっくりだわ
とライコは声をあげた。
(フェイルートやレイヴンはここの
経営者なんだし気を遣うと思うぞ。
今も仕事がまだ残ってるからと
別の場で2人がしてるし。
チイトは手伝いに駆り出されているけど……
あっ、この刺し身美味いな!)
ライコと話しながら、郁人は
刺身に舌鼓みを打つ。
まだ生きていると錯覚してしまいそうな程
新鮮で、舌を上品な脂が広がり頬を
緩ませる。
(ワサビ醤油をつけなくても良いぐらいだ)
郁人の姿を見たユーも、
嬉しそうに刺身を食べた。
「成功おめでとう」
ナランキュラスが郁人の側に
やってきて、そのまま隣に座る。
「挨拶回りの際、俺は捕縛側だった為
見てはいないが、あんたの見習いの
姿や行動はとても素晴らしかった
と聞いている。
教えた甲斐があったという訳だ。
それに……見ろ!!
この神から賜りし代物を……!!」
ナランキュラスは声高らかに
ある物を見せる。
「成功した褒美として、なんと!!
フェイルート様からオーダーメイドの
シャンプーやリンスなどの
ケアセットを頂いたのだ!!
美の代名詞であるフェイルート様から!
直々にだ!!」
勢いよく立ち上がり、褒美を自慢気に
見せた。
喜びでいつもより輝いている。
「師匠おめでとう!」
ナランキュラスは郁人の拍手を
浴びながら宣言する。
「ゆえに、俺はこの代物に
恥じぬようにせねばならん!!
美しさと鍛練、精神を磨き、
お2方のお力になれるよう
精進していくぞ!」
宣言すると郁人を指差す。
「イクト!
あんたも俺の弟子だからな!
これからもケアを怠るなよ!
いいな!!」
「……了解!」
告げるナランキュラスに郁人は
勢いに押され頷く。
(……またあの格好をするかも
しれないもんな。
もう終わりだと思ってたんだが……)
ケアの大変さが骨身に染みている
郁人は肩を落とす。
「ん?」
すると、ユーが頬をつついた後、
頬すりをしながら喉を鳴らす。
「どうやら今のあんたの肌質を
気に入っているようだぞ、
その従魔は」
「そうなのか?」
ナランキュラスに指摘され、
郁人が尋ねるとユーは頷いた。
「その従魔の為にも肌質を保つか、
それ以上にすることだな」
「……頑張ろ」
ユーが頬にすり寄る姿に
郁人はケアを怠らない事を誓った。
「では、俺はそろそろ離れるか。
あんたの仲間がこっちを見ているからな」
「こっち?」
ナランキュラスの視線の先には
従業員に囲まれ、眉を八の字にした
ジークスがこっちを見ていた。
「貴方様があの“孤高“……?!」
「孤高様に会えるなんて光栄だわ!」
「あの冒険の話は本当なの?」
「ぜひ聞いてみたい!」
従業員はあの“孤高“がいる事に
色めき立ち、黄色い声を浴びせて
いるようだ。
〔すごい人気ね。
“孤高“がいる事に驚いてるみたい〕
「俺はあの従業員達に自慢しに行くか……。
……作戦成功おめでとう。
そして…………ありがとう」
最後は小声で呟くと、
ナランキュラスは郁人の肩を
軽く叩き、声を張り上げる。
「おい!
俺はなんと美の代名詞である、
フェイルート様から直々に
褒美を頂いたぞ!」
高々に見せながら従業員達に
近付くナランキュラス。
「ウソっ?! 本当に!!」
「あのオーダーメイド?!」
「羨ましい……!!」
従業員達は一気に囲みだした。
〔礼ぐらいはっきり言えばいいのに。
いつもの調子はどうしたのよ?〕
ライコが不思議そうにし、
ジークスは今のうちと郁人の
隣に座る。
「……まさか囲まれるとは」
「お疲れ様。
孤高に会えて嬉しかったんだろな」
「その異名を知っていたのか!?」
郁人の言葉に目を丸くする
ジークス。
「前の呑み比べの時に聞いたんだ。
孤高って呼ばれてたんだな」
「あの時にか……。
パーティを組まないでいたら
いつのまにかな」
「なんで今まで組まなかったんだ?」
「……巻き込みたくなかったからだ」
ジークスは坦々と語る。
「俺は墜ちてからどうすれば
いいかわからなかった。
もう生きていても仕方ない。
せめて戦って散りたいと、わざと
危険な依頼を引き受けていたからな。
それに、他人を巻き込みたくなかったんだ」
「……ジークス」
リナリアから聞いていた、
まるで人形のようだったジークス。
ジークスの言葉を聞いて
郁人の脳裏に人形のような
ジークスが浮かんだ。
「……君は本当に優しいな。
そう辛い顔をしないでくれ」
ジークスは郁人の頭を撫でる。
「今の俺は君と共に生きたい、
共に過ごしていきたいと思っている。
だから、私は君とパーティも組んで
いるんだ。
君がそんな表情を浮かべる必要はない。
これからも無いから、安心してくれ」
「……じゃあ、もっとそう思える
ようにしないとな!
俺に出来ることはあるか?」
意気込む郁人ジークスは苦笑する。
「いや、君と居れるだけで充分だ。
そう頑張らなくても大丈夫だ」
「でも、どうせなら楽しく
過ごしたいだろ?
だから、楽しんでもらえるように……」
「もう楽しんでいるのだが……
これ以上は欲張りになるぞ」
「欲張りでいいんじゃないか?
ジークスあまり欲しがらないからさ。
もっと欲しがっていいと思う」
郁人はジークスとの日々を振り返り
感想を告げた。
(いつも俺を気にかけてくれるし、
買い物行っても俺へのプレゼント
とか言ってくれるんだよなあ……。
買ってもらった代金払うって
言っても聞かないし……)
〔それ、貢がれてない?〕
(ローダンにも言われた)
指摘されたと頬をかきながら
郁人は告げる。
(それに行きたい場所とか
いくら聞いても前に俺が
気になってた場所だもんな。
竜人は友達を大切にするとは
聞いたけど、もっと自分の欲しい
ものとか、そういう主張をして
欲しいんだよな……)
どうすべきかと考える
郁人にジークスは声をかける。
「……そうか。
では、1つだけいいか?」
ジークスが顎に手をあて、
しばらくして口を開く。
「もっと自身を大切にして欲しい。
ドラケネスの時や呑み比べ、
囮の時も思ったが、君は自分を
軽くみている部分がある」
前から思っていたがと
ジークスは呟く。
「下手したらとんでもない事に
なっていた可能性があるにも関わらずだ。
だから、君は自分を大切にしてくれ」
「?
ジークスの欲しいものとか
聞きたいんだけど……。
それにもう大切にしてるぞ」
なぜ俺の話と首を傾げる郁人に、
ジークスは息を吐く。
「……私が君の分まで、大切に
するしかないな。
うん。君は私がずっと大切にする」
郁人の頭を撫でながら頷く
ジークスに、郁人は?マークを
飛ばした。
〔……あんた、こいつの過保護が
益々加速する選択したわね。
これ以上となると仲を怪しまれるわよ。
今でもそんな噂があるのに……〕
(加速って?! あと噂ってなに!?)
尋ねようとした郁人に声がかかる。
「あら? もう髪切りはったん?
結ってみたかったんやけど、
残念やわあ」
いつの間にかタカオが来ていた。
優雅に座り、郁人の髪を見て
ため息を吐く。
「イクトはんの見習い姿、
拝ませてもろたけど、
とても綺麗やったわあ。
また依頼があったらしはるの?」
「はい。
また事件があった際は……」
「そうやねんな。
でも、事件無いときもしたほうが
ええよ。
そやないと怪しまれるし、
なにより有望な見習いが長う
顔を見せへんのはまずいわあ」
「そうなのか?」
ジークスに尋ねられタカオは頷く。
「そやねんよ。
見習い、しかもかなり有望な子は
皆からの注目の的や。
せやから、出んかったら色んな憶測が
飛んで不利益になる可能性もあるんよ。
せめて、月1は顔を出さんとね」
「……月1は絶対に顔を出すよ。
通院しないといけないから
必ず来るから」
郁人が答えるとタカオは
薔薇色の頬を緩ませる。
「よかったわあ。
そんときはわらわと茶会しましょ?
髪とか着物も見つくろわせて
もらうわあ」
どんな着物がええやろか?
とタカオは声を弾ませた。
(月1女装する事は確定か……
ケアを怠ってはいけない理由が
増えたな)
期待を裏切る訳にはいかない
と郁人は考えた。
タカオの嬉しそうな姿に
ジークスが声をかける。
「その……
俺も参加してもいいか?」
「勿論歓迎や。
目の保養、色男が増えるんやから」
おそるおそる聞いたジークスに、
タカオは艶やかに笑む。
「そなら、色男をもう1人増やさんとね。
噂によるとジークスはん、イクトはんの
女装姿がど真ん中で、作戦中も大変やった
聞いとるから」
「そうだったのか?」
タカオの言葉に、郁人は思わず
ジークスを見る。
「……その、まあ……うん」
目をそらし、歯切れの悪さが
いかに大変だったかを物語っている。
〔こいつ、本当にあんたの
女装姿がど真ん中なのね……〕
(……そうみたいだな。
いつか女装じゃなくて、本物の
ど真ん中の女性に会えたらいいな)
〔本当にね。
開けてはいけない扉を開放されたら
大変だもの。あんたが〕
(え! なんで俺!?)
郁人が驚いているなか、
タカオは立ち上がり、
声をかける。
「ポンドはんも誘ってくるわ。
あの人、鎧の中はあんな男前
やったなんてなあ」
驚いたわと笑いながら、向かう。
途中、くるりと郁人達に振り向いた。
「……イクトはん、ジークスはん。
ほんまおおきに。
やっと……あの子に良い土産話と
花を持っていけるわ」
目を潤ませ微笑み、頭を下げると
ポンドのもとへ進んだ。
「……成功して本当に良かった」
タカオの微笑み、宴に集まった
従業員達の姿を見て、郁人は改めて
感じた。
「そうだな。
この光景を見たら尚更だ」
ジークスも同意し、2人はしばらく
その光景を見つめていた。
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