126話 主犯登場
郁人は息が苦しくなり、目を見開く。
(これは……ハンカチ?)
息が出来なくなった原因は、
口元に当てられたハンカチだ。
しかも、甘い臭いが鼻につく。
(息が苦しい……!!)
見ると後ろから伸びた手が
郁人の口を布で塞いでいる。
払い除けようとしたが、
びくともしない。
片手で口を塞ぎ、もう片方の
手で郁人の動きを封じているからだ。
動作から手慣れている事がわかる。
(こいつ仲間の1人か!?
それにしても、この布……
甘ったるい臭いだな……
吐き気を覚えるくらいだ……
どこかで嗅いだような……?)
記憶をたどっている郁人に
ライコは慌てた様子で声をかける。
〔大丈夫!?
意識を奪う薬品がハンカチに
染み込んでるみたいだけど!!〕
(大丈……
あっ! 思い出した!!
前に誘拐されかけたときに
嗅いだやつだ!)
あれだ!と思い出した郁人に
ライコは驚く。
〔そうなの?!
でも、あんた意識あるって
スゴって……なにそれ?!〕
<パパ……
それ知らないんだけど?
なにそれ? どういう事?>
とんでもない事実を述べた郁人に
地響きのような声でチイトは尋ねた。
(あっ、いや、その……
前にあっただけだから。
瞬きした瞬間に犯人達は
倒れてたし、すぐに捕まったから
大丈夫だぞ)
犯人達は誰かに音もなく倒されていた。
しかも通報済みだったのだ。
(誰かわからなかったから
お礼言えなかったんだよな)
<パパ……これからは、
きちんと報告すること。
わかった?
へ・ん・じ・は?>
(はい……)
有無を言わさぬ雰囲気に
郁人は頷くしか無かった。
「……気絶しないとは。
すごい精神力だ。
その精神力が仇になるが……」
犯人の1人が哀れみがこもった
呟きをする。
そのまま郁人は抵抗する間もなく
縄で両手足を拘束され、
人がいない路地裏に担がれて
連れてかれた。
堂々と誘拐しているのに、
人々は全く気にしない。
むしろ視界に映っていないと
表現したほうがいいだろう。
(なんで誰もこっちを見ないんだ?
<魔道具で見えないようにしてるんだよ。
だから誰も気に留めないんだ>
(成る程。計画的だな)
チイトの説明に納得していると
突然地面に投げられ、郁人は
そのまま倒れる。
「あら?意識があるのね?
あんたが初めてだわ。
無い間に色々してあげよう
と思ったのに……生意気だこと」
声がして見上げると多数の
破落戸がこちらを見ており、
中心には執事と護衛。
その2人の間に少女が立っていた。
(彼女がそうだな)
長い金髪に猫のような瞳等と
聞かされていた情報と合致する。
「ジョネヴィラ・サフラワー……」
「あたしを知ってるの?
そりゃそうね。
あたしはパンドラ1の貴族、
舞踏会の華だもの。
知ってて当たり前だわ」
胸を張るジョネヴィラは
郁人を見下す。
「でも……そんなあたしを
呼び捨てなんて何様のつもりよ!」
猫みたいな目を吊り上げると、
倒れる郁人の顔を蹴る。
「……は?」
だが、それは見えない壁で防がれた。
(ユーありがとう!)
ユーが結界を張り、郁人を守ったのだ。
(話しに聞いた通り、
すぐに手をあげるタイプだな)
郁人は聞いた通りだと
実感しながら体を起こす。
結界を知らないジョネヴィラは
激昂する。
「なによこれ……!?
この女がそんなに大切な訳?
ふざけんじゃないわよっ!!」
顔や首を赤くし、激しく興奮した
目付きで、言葉にならない声を
上げながら、結界を何度も扇子で叩き、
蹴り始めた。
般若のようなジョネヴィラを
正面から見る郁人は顔を青ざめる。
(こわっ……!!
なに言ってるかわからないけど
ここまで激怒するなんて……!!)
〔今の間に色々聞いたら?
冷静になられて知らぬ存ぜぬ
されても困るもの〕
郁人とは対照に、ライコは冷静に
提案した。
(ライコは驚いたりしないんだな)
〔自分の思い通りにならないから
ギャーギャーわめき散らしてるだけだもの。
怖くもなんともないわ。
ほら、今の間に聞いちゃいなさい〕
(わかった……)
冷静な者がいる事により
落ち着いた郁人は尋ねる。
「蝶の夢の誘拐殺人事件は
貴女が犯人なの?」
「そうよ。あたしが首謀者。
金を使ってあんたみたいな
身の程知らずを消してあげてるの」
「御嬢様!?
言っていいのですか!!」
蹴るのをやめ、胸を張り素直に
自白したジョネヴィラに執事が
顔を青ざめた。
「別にいいわよ。
ー だって、この女も消すんだから」
ジョネヴィラはそう言うと、
口を歪め狂気的な笑みを浮かべる。
「しかし……?!」
「ふぅ~ん……
あたしに口答えするんだ?
このあ・た・しに!」
目を吊り上げ、執事へ体を向ける
ジョネヴィラに執事は顔を更に青ざめ、
ただ黙る。
力関係がありありと伝わる光景に
あえて空気を読まずに郁人は尋ねる。
「身の程知らずって……
どういう事かしら?
私にはわからないわ」
「……わからないですって?」
郁人の言葉にジョネヴィラは
虚ろな目を向けた。
「あんた風情が!蝶の夢!
あの方のそばにいることが
身の程知らずなのよ!
なんであたしじゃなく、
あんたなんかが頼まれてるのよ!
しかも、なんでお墨付きを貰ってる訳!!
そこはあたしがいるべきなのに!」
結界を再び蹴りだしたが、
ピタリと動きを止めた。
「そうだ。
良いもの見せてあげる。
あたしがどれだけふさわしいのか!」
ジョネヴィラ笑みを浮かべ、
ネックレスを握る。
「きゃあっ!」
するとジョネヴィラは激しい光に
包まれ、あまりの眩しさに郁人は
目をつむる。
「しっかり見なさい!!
このあたしの美しさを!!」
光が落ち着き、ジョネヴィラの
言葉に目を開ける。
「………わあ」
ジョネヴィラは着物を着ていた。
どうやらネックレスは魔道具で、
こういった使用法らしい。
肩をあらわにし、谷間なども大胆に
アピールした着こなしで、
着物は金の刺繍で大輪の華と
鳥が描かれ、とても高価なものだと
1目でわかる。
胸を張り、その場で下駄を転がしながら
自慢気に見せびらかしアピールした。
ー しかし
「それ、逆ですよ」
「は?」
口を開けるジョネヴィラに、
郁人は指摘する。
「右側の襟を先に合わせてから、
左側の襟です。
その着方だと死人ですよ?」
言われて顔を赤くしながら
ジョネヴィラは反論する。
「……うっ、うるさいわね!
わざとよ! わざと!!」
「わざと死人にですか?
その……物好きなんですね」
「…………っ!?」
「それに下駄を転がす事は
大変はしたない事とされています。
蝶の夢で働きたいのに、
下調べすらしてないのですか?」
告げた郁人にジョネヴィラは見下す。
「あそこは美しければ入れる場所でしょ?
あたしほどの高貴さと美貌なら余裕なの!
あそこの底辺どもとは違うのよ!
すぐにでもトップになれるわ!!
あんたみたいに勉強しなくて
い・い・の・よ!」
「……なめてんのか、こいつ」
腰に手を当て、高笑いするジョネヴィラに、
郁人は思わず素で喋ってしまった。
(あそこは勉強して当たり前。
だから俺も必死で頑張った。
トップのタカオさんでも、常に高みを
目指してあらゆる知識を吸収し、
今でも努力しているんだぞ……!!
舐めすぎだろ、こいつ……!!)
血が昇っていくのを郁人は感じた。
ジョネヴィラの高笑いが耳に嫌に残る。
(……こんな人に一生懸命、頑張ってきた
人達が殺されたのか。
店で働きたいのに、下調べもせず
勉強すらして全然してない……
舐めきったこんな奴に……!!)
郁人は悔しくて歯を食い縛った。
〔……これは酷いわね。
あたしも少しカチンと来たわ。
……イクト、今からあたしが言うこと
1字1句間違えずに言いなさい〕
(わかった)
ライコも言いたい事があるのが
言葉からでも伝わる。
郁人はそれを承諾した。
「〔あんた……
ホントに舐めてるわね。
下調べもろくにせず、自分を
磨かないで入れると思ったの?
そんな素材で?
自分を過大評価し過ぎだわ〕」
郁人はそのまま伝え、
侮蔑を込めて鼻で笑った。
雰囲気や口調もガラリと変わり
鼻で笑われた事実に呆然とする
ジョネヴィラ達。
そんな犯人達を置き去りに
ライコと郁人は口を開く。
「〔まず、着物はそんな着方しないわ。
従業員、全員きっちり着てるのに
何? その格好は? あんた目玉ついてる?
どっかに置いてきたのかしら?
ついでに脳も拾ってくれば?〕」
あり得ないわよ、それ
とライコは告げる。
郁人もライコの言葉に
同意しながら言葉を紡ぐ。
「〔まあ、下調べもろくにしないから、
そんな格好や言い分が出来る訳だし。
こっちは色を売りにしてないから
肌をそんなに出す必要ないの。
検討違いにも程があるわ。
あんたがそれを売りたいなら
よそで勝手にしなさいな〕」
「な……なんですって!?」
自身を明らかに貶す態度と言葉に
額に青筋を浮かべるジョネヴィラ。
今にも怒り狂いそうだが、郁人と
ライコは気にも留めず続ける。
「〔それに自分磨きしてる?
化粧で誤魔化してるけど、よく見たら
肌質悪いし、姿勢も片寄りがち。
爪だって噛んで、ボロボロじゃない。
肌も出し過ぎて、かなり下品。
香水も振りすぎて鼻が曲がりそう。
他にも指摘する部分は山程あるし
そんな見た目でやっていける程、
蝶の夢は甘くないわ〕」
「〔蝶の夢は見た目は勿論、
中身と礼儀に知識等があって
初めて店に立てるの。
あんたみたいな、自分磨きも
ろくにしないで、他人の足を
引っ張って蹴落とすような
あんたには到底無理な場所なの。
とっとと諦めなさいな〕」
「〔あと、自覚してないようだけど
有望な見習いを消してた行動は、
自分じゃ到底敵わない相手だと認めてる
って言ってるようなものだから〕」
矢継ぎ早に貶され、指摘された
ジョネヴィラは体を震わせ目を
吊り上げる。
「ひいっ……!!」
「まだ噴火前だったのか?」
執事は思わず逃げだし、
破落戸も顔をひきつらせる。
「〔あら? 反論も無いのかしら?
当然の事を言われちゃ反論の
仕様がなかったわね〕」
「う、うるさい!
あんただって化粧……
落とし……た……ら…」
ジョネヴィラは言葉を続けようと
したが口をそのまま閉ざす。
今、ジョネヴィラは初めてしっかり
少女(郁人)を見たからだ。
ジョネヴィラの目の前にいるのは
10人中10人が振り返る程の
清楚な美少女。
相手が素っぴんでも自分では
敵わないのは目に見えてしまった。
「〔あたしは化粧落としても
あんたみたいに豹変しないわよ。
なんだったらすぐにでも
落としてあげましょうか?
元から綺麗だし、肌質から
何まであんたより上だから
構わないわよ〕」
「………………っ?!」
自分より格上の少女に自信満々に
言われ言葉も出ない。
そんなジョネヴィラの様子に
ライコは止めを刺す。
「〔自分磨きもせず、相手を
蹴落とす事しかしないから
ー レイヴンに見向きもされないのよ〕」
ジョネヴィラの目が思いっきり
見開いた。
ここまで読んでいただき
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