10話 彼はクリアを目指す
ジャルダンの地下にある
“試しの迷宮“。
「いや、それは反則だろ!」
その迷宮前で郁人はフェランドラに
怒られていた。
〔あいつからのプレゼント……
とんでもないものだったわね……〕
理由はチイトからもらったプレゼント
にある。
プレゼントはチイトのマントを連想させる
黒のジャケットだったのだが、
本当にチイトのマントの1部から
作られたものであった。
郁人の意思とは関係なくジークスを
攻撃したり(ジークスは全て防いだ)、
スリをしようとした者を締め上げたり
(犯人をなんとか救出し、
カランに引き渡した)、
人混みで歩きづらいと郁人が思えば
空を飛んでみせたり
(ギルド前で回収された)
と、いろいろやらかしたのだ。
「試しの迷宮は実力を測るものだ。
自分で作った物ならまだしも、
人が作った物、規格外の装備で入ってみろ!
お前じゃなく、装備に実力を
合わせちまって死ぬぞ!!
しかも、初めての装備とか……
舐めてるにもほどがあるだろ!!」
「落ち着きたまえフェランドラ」
シックなベストに身を包み、
モノクルをつけた紳士が
興奮しているフェランドラの
肩を叩く。
「君が彼を心配しているのはわかる。
しかし、イクト君も知らなかったのだ。
そこまでにしておきたまえ」
「心配してねえよ!!
変なことを言うなクソオヤジ!!」
フェランドラは紳士、もとい自身の
父親の"ミアザ"と口論している。
「パパあれ……」
「やっぱり気になるか。
初めて会ったときびっくりしたからなあ」
フェランドラの父親"ミアザ"は
パンダの獣人なのだ。
獣人は、親が狼の獣人だとしても、
産まれてくる子も狼とは限らない。
親が、哺乳類か鳥類、爬虫類かで
産まれてくる子が分類される。
唯一の例外は竜であり、
竜からは竜しか産まれない。
なので、パンダのミアザから
狼のフェランドラが
産まれてきても、親が哺乳類なので
おかしくはないのだ。
ちなみに、フェランドラは獣耳と
尻尾があるだけで見た目は人間と
変わらない。
しかし、ミアザは獣に近い
外見の持ち主だ。
紳士な大きいパンダが話しているように
見える。
郁人は動物が好きなので、
初めて会った際に思わず
抱きついてしまい、驚かせてしまった。
「あの人はフェランドラのお父さん。
ジャルダンの長、ミアザさんだ。
優しくて物腰柔らかい、良い人だぞ。
初対面で俺が抱きついても
怒らなかったし」
「そうなんだ。
……ってパパ抱きついたの!?
危ないよ?!
パンダは熊で、しかも雑食なんだよ!
噛みつかれたりしたらどうするの!!」
チイトは郁人の言葉に、
勢いよく肩を掴んだ。
「いや、ミアザさんは
そんな事しないから。
それに、パンダが目の前にいて
夢かと思って……。
ふわふわで気持ち良かったなあ」
郁人は抱きついた時を思い出す。
(動物園に行っても絶対に触れないし
今思うとすごい貴重な体験だな)
フワフワな感触を思い出していると
チイトが呟く。
「………い……の?」
「どうかしたのか?」
チイトの様子がおかしい。
うつむき、呟いているチイトに
郁人は話しかけた。
チイトが顔を勢いよくあげる。
「パパはあんな毛むくじゃらがいいの!?
だから、俺と会ったとき
抱きついてくれなかったの!!
そんなのズルい!!ズル過ぎる!!」
癇癪を起こした子供のように
訴えだした。
マントも怪しげに蠢いている。
〔ちょっ?!マントの動きが危ないわよ!!
どうにかしなさい!!〕
マントの動きに、ライコが動揺しているのが
手に取るようにわかる。
「ズルいズルい!あいつだけズルい!!」
「…………チイト」
なんとか宥めようと頭をひねりだす。
考えた結果、郁人は抱きしめた。
「ほら、これでズルくないだろ?
しかも、頭を撫でるオプションつきだぞ」
「……うん!」
マントの動きが収まり、
チイトも抱きしめ返した。
チイトの機嫌が戻り、いや、先程より
上機嫌になったので、郁人はそっと
息を吐く。
「おーい!そこ!
話してもいいか!」
いつのまにか言い争いは終わっており、
フェランドラが話しかけた。
「チイト、話を聞くからそろそろ……」
「嫌だ。
このままがいい」
郁人が離れようとするがチイトが
許さない。
「話を聞くときはちゃんと人の目を
見ないと。だから……」
「……じゃあ」
「うわっ?!」
〔きゃあ?!〕
チイトが一瞬で目の前から姿を消し、
背後から抱きついた。
「何だ今の?!瞬間移動?!」
「違うよ。
影移動でパパの影、背後に移動しただけ。
これなら相手の顔も見えるから
いいでしょ?」
説明したチイトは得意気に笑う。
「けど……」
「私は気にしないから構わないよ。
彼が話を大人しく聞いてくれるだけでも
有難い。
それにしても……」
ミアザはチイトを見る。
「娘から聞いてはいたのだが……
本当にイクト君に心を開いているのだな。
これなら心配する必要もなさそうだ。
もし、なにかあってもジークス君も
傍にいる為問題ないだろう」
ミアザは納得した様子を見せ、
3人を見据える。
「では、今から3人には"試しの迷宮"に
挑戦してもらおう。
ジークス君は挑戦済みだが、
初のパーティーを組む為に
挑戦していただく。
ジークス君、いいかね?」
「あぁ」
ジークスはその問いに頷く。
了承を確認するとチイトを見る。
「チイト君。
君の実力は既にその異名で証明されている。
しかし、ギルドに入る以上挑戦して
いただこう」
「……フンッ」
チイトはそっぽ向くが、
その場から離れる気配はない。
ミアザはその姿を見て、話を続ける。
「沈黙は了承したと捉えよう。
イクト君もだが、その装備は
一旦お預けだ。
フェランドラも言った通り、
君の実力を計れないからね」
「わかりました」
「おい、質問がある」
郁人は脱ごうとしたが、
その前にチイトがミアザに問いかけた。
「ジャケットの攻撃性が高いため
迷宮に潜れないのだな?」
「あぁ。
イクト君の意思に関係なく攻撃するからだ。
ジャケットを武器と迷宮が認識し、
そちらに合わせてしまうだろう。
そうなると、彼の実力を測れなく
なってしまう」
「そういうことか……」
ミアザの意見を聞き、
チイトは空中に指で四角を描く。
その瞬間、郁人には見慣れた
四角いものが現れて声を上げる。
「それ、Yパッドだ!!」
「これならパパも操作できると思って。
これにジャケットの性能が表示されるから
チェックを外せばその機能は
使われなくなるんだ。
だから、この機能を外して……」
チイトは慣れた手つきで操作していく。
「ジャケットの防御力向上と自動修復
だけならいいのか?」
そして、パネルをミアザに見せつけた。
「あ……あぁ。
それだけなら構わない」
目の前の光景に呆然としながらも、
ミアザはなんとか答える。
「…………なんだよそれ?!」
〔なによあんた!?〕
フェランドラとライコが同時に
声を上げた。
「ちょっお前どうなってるんだよ?!
しかもその魔道具なんだ!?
今まで見たことないぞ!?」
〔あんたどこから出したのよそれ!?
迷宮のアイテムでも無さそうだし……!?〕
「俺が作ったのだから初めて見るに
決まっている。
はい。了承とれたから脱がなくていいよ」
フェランドラとライコ(ヘッドホン)を
一瞥したあと、
郁人に微笑みかける。
「このパネルを自由に出せるように
しとくから安心してね。
ほら、利き手を出して」
「利き手?」
郁人は言われた通りに利き手、左手を
差し出すと、チイトはパネルを指輪に
変換した。
「指輪に変えたから、機能を
変更したくなったら、さっきの
俺みたいにしたらいいよ。
嵌めてあげるね」
「それなら、薬指ではなく
人差し指がいいだろう。
描く動作をするなら、その方が様になる」
チイトが嵌めようとしたが、
ジークスが遮り人差し指に
嵌めた。
「………虫除けだというのに。
本当に貴様は邪魔だ」
「君が独占したいだけでは?
それに、お互い様だろ」
「?
なにか言ったか?」
2人の小声は郁人の耳には届かなかった。
「なんでもない。
パパ、その指輪似合うよ」
「君はそのヘッドホンという物以外に、
装飾品をつけないからな。
俺からも何か用意しよう」
「別にいいのに」
「俺が送りたいだけだから
気にしなくてもいい。
迷宮をクリアしたら御祝いとして
送ろう」
チイトが不穏な目付きで睨んでいるが、
それを流し、ジークスは微笑む。
「ありがとうジークス。
チイトもありがとな」
郁人は察したのかチイトの
頭を撫でる。
すると不穏な目付きをやめ、
甘受しだした。
「もやし、迷宮クリアするまで使うなよ」
「わかってる」
「おい親父!早く話せよ!!」
「チイト君が規格外だということは
知ってはいたのだが……
まさか、魔道具まで作れるとは……?!」
「親父!」
「すまない…!!
話を続けよう」
頭を抑えたミアザだが、フェランドラに
呼ばれ、気を取り戻し話を続ける。
「迷宮には各々の実力を計るため
1人で挑戦していただく。
ジークス君とチイト君にはパーティーを
組めるか判断する為、条件をつけよう。
フェランドラ、あれを」
「おう!
もやしちょっとこっちに来い。
後ろのは剥がせ」
「わかった。
チイト……」
「……はーい」
チイトは渋々郁人から離れ、
郁人は首をかしげつつ、そばに寄る。
「そらよっ!」
「うわっ?!」
フェランドラがいきなりフラフープを
郁人の上から被せた。
すると、フラフープから目覚まし時計の
ようなけたたましい音が鳴る。
「よし、これで完了だ。
ほら取るからまたげ」
「これは?フラフープ?」
フェランドラの行動に、
郁人は目を丸くする。
「これはスキャフープだ。
これで準備万端だが……
お前、少しは警戒しろよ。
オレが何かするとか考えなかったのか?
見ろよ。
あいつなんか特にピリピリしてるってのに」
指差す先を見てみると、
チイトがフェランドラを睨み付けていた。
「お前もあいつの少しでも警戒心持っとけ」
「なんでだ?
フェランドラは俺に危害加えたり
しないのに?」
「……………たくっ!」
不思議そうに見る郁人に、
フェランドラは自身の頭を掻く。
「お前、少しは人を疑う気持ちを
持てよな。
世の中そんな甘くねーぞ。
お前みたいな甘ちゃんでお人好しには
特にな」
「わかってる。
でも、フェランドラは絶対しないから」
フェランドラの目を真っ直ぐ見つめる
郁人に思わず顔をそらした。
「あ~っ!!
お前は自分の甘さに胃もたれにでも
なっちまえっ!!」
「いきなりなんで?!」
「彼女は嬉しいのになぜあのような態度を?」
「娘は素直ではないのだ。
その分、尻尾は正直なのだよ。
ほら、揺れているだろう?」
「たしかに」
「うるせえぞ!聞こえてるからな!!」
突然の罵倒に困惑する郁人。
フェランドラの様子を見て、
ジークスとミアザが事実を述べている。
それにフェランドラは指摘し、
咳払いをして気持ちを切り替える。
「スキャフープはこう使うんだよ」
フェランドラが足元に置き、
スイッチを押しながら水平に
持ち上げた。
すると
「なんだこれ?!」
目の前に郁人自身が現れたのだ。
「このスキャフープは、輪の中に
通したものをそっくりそのまま
再現できちまうものだ。
まあ、歩くことはできるが軽い衝撃が
加わると……こんな風に壊れちまうがな」
フェランドラが軽くデコピンすると
郁人(仮)はシャボン玉が割れたように
消えていった。
「自分が壊れるのを見るのは
嫌な感じだな……」
「外見はまんまお前だからな」
「ジークス君とチイト君には、
このスキャフープで作った
イクト君(仮)を守りながら
迷宮をクリアしてもらう」
ミアザはスキャフープで2体を作成し、
ジークスとチイトの前に歩かせた。
「軽い衝撃というが、手を掴んだりしても
問題はないのか?」
「それくらいなら問題はないとも」
「そうか」
ジークスはミアザに聞き、
恐る恐る郁人(仮)の手を掴んだ。
「イクトの姿をした君を、
必ず守り抜くと誓おう」
騎士のように誓うジークスを見て、
郁人は思わず苦笑する。
「そこまで張り切らなくても良いんじゃ……」
「いや、君の姿をした者が傷つくのは
見るに耐えない。
自分の実力不足でなら尚更だ」
「そうか……」
自身(仮)の手を掴み、外見も相まってだが、
まるで騎士のように傍らにいるジークス。
客観的に見ると少し気恥ずかしさを
覚えた。
(端から見ればこんな感じなのか。
絵面的に俺の立ち位置に女性が
いたら別なんだが……
すごく申し訳ない気がする)
気恥ずかしさと申し訳なさから逃れようと
郁人はチイトを見てみると、
本人じゃないためか少し高圧的な
態度で郁人(仮)に話しかけていた。
「パパの姿をしている以上
守り抜いてやろう。
パパ!絶対にこれ守ってみせるからね!」
チイトは郁人に気づくと微笑みかけ、
郁人(仮)の手を繋いでいた。
(並んで見てみると、チイトと
あまり背は変わらないから
余計に俺の平凡さが際立つな。
自画自賛になるが、チイトは
かなりのイケメンだしな……
ジークスと同様に申し訳ない気分になる)
更に気恥ずかしさと申し訳なさが増し、
郁人はフェランドラに提案する。
「フェランドラ。
あのさ、俺の姿じゃなくてもいい気が……
他のでも……」
「君の姿でなくては彼らの
やる気はなくなると思うが」
ミアザがフェランドラの代わりに
答える。
そして、2人に尋ねた。
「君達はイクト君の姿をしているほうが
守り甲斐があるのではないかね?」
「ああ。
イクトの姿のほうが守るのに力が入る。
先程も言ったが、君の傷つく姿は
見たくないんだ」
「俺も気に食わないけど、こいつと同意見。
パパの姿しているなら守るのに力が入るよ」
ジークスとチイトが真面目に答えた。
「ほらな、諦めろもやし。
こいつらはお前の姿じゃないと
無理なんだ」
「そうか……」
ミアザは咳払いをし、口を開く。
「では、今から試しの迷宮に
挑んでもらう!
最初はイクト君!!」
「はい!」
ミアザに呼ばれ、郁人は試しの迷宮の
入り口前に立つ。
「扉に手を当てればスタートになる。
君の迷宮クリア条件は
"無事に脱出すること"だ」
「はい。わかりました!」
「頑張れよもやし!!」
「パパ、気をつけてね!」
「無理をしてはいけないぞ」
フェランドラが肩を叩き、
チイトとジークスは心配そうに見ている。
「大丈夫。無茶はしないから」
2人を安心させようと、
優しい声を出した。
郁人は皆の視線を背中に浴びながら、
扉の前に進んだ。
(迷宮クリア、頑張るぞ!)
気合いを入れる為、両頬を軽く叩く。
「いってきます!」
そして、扉に手を当てた。
次の瞬間、郁人は眩い光に包まれた。




