122話 “勇者“の意味
体操が終わり、疲れ果てた郁人は
地面に座りこむ。
「もう限界……」
ユーも疲れて郁人の膝に倒れている。
「……ラジオ体操なめてた」
〔第4はもう体操選手ぐらいしか
出来ないわよ〕
アレは無理
とライコは断言する。
〔立ったままブリッジしたり、
倒立して開脚したり、
片足立ちしてその上げてる足を
後ろにして、背中も反って足を
胸につけるって……
出来る訳ないでしょ!!〕
体操の内容を振り返りながら
ライコは声をあげた。
郁人は肩で息をしながら
感想を述べる。
(フェランドラに教えてもらって
前より柔らかくなったけど……
まだまだだな)
〔あのキラキラが平然と
出来てるのがあり得ないから!
体柔らかすぎるわよ!
あたしもやってみたけど、
足がつりそうになったのよ!!〕
あいつに骨は無いの?!
とライコは震えた声で語る。
(ライコもやってたんだ)
〔女神だって美容は気にするの!
美の女神じゃないから常に美が
保たれる訳じゃないし!〕
美は乙女の永久課題なの!
と宣言した。
「意外と根性あるな、あんた。
気力だけで第4まで頑張るとは」
座り込みぜえぜえと息をする郁人に
ナランキュラスが投げ渡す。
「そう言ってもらえると嬉し……っぐ?!」
「顔でキャッチだとっ!?
大丈夫か?!」
綺麗な顔面キャッチに
ナランキュラスは焦った。
郁人は問題ないと口を開く。
「大丈夫。いつもの事だから。
水ありがとう」
投げ渡されたのは竹筒の水筒。
顔面キャッチした郁人は
ありがたく飲む。
「ふう……。
ほら、ユーも」
疲れた体にひんやりとした
水が染み渡る。
ユーにも飲ませると嬉しそうに
尻尾を振った。
「生き返る……!」
「……第4からは見て諦める奴が
大半だったが。
出来なくても挑戦する気持ちは
大切だ」
ナランキュラスは郁人の隣に
座ると水をぐいっと飲む。
「この体操は血行促進、
体の歪み矯正、なにより、
体力作りに役立つ。
作戦中に倒れられては困るからな。
作戦が始まるまで毎朝やるぞ」
「……了解、師匠」
〔スケジュールが更に
ハードになったわね〕
郁人は肩を落とす。
「これで汗を拭け。
息が整ったら風呂に入るぞ。
朝食時に汗臭いのはごめんだ」
「たしかに嫌だな。
タオルもありがとう」
ナランキュラスからタオルを
受け取り、ユーと一緒に汗を拭く。
「……息が整うまでの間、この証や
勇者について話してやる」
あんたのやる気が無かったら
話すつもりは無かったが
と呟く。
ナランキュラスは勇者の言葉を
口にした途端、顔をわずかに
歪める姿から嫌悪している事が
わかる。
「勇者が嫌なのか?
好印象なイメージなんだけど」
郁人は首をかしげた。
(勇者は正義の味方だったりするしな。
こっちでも悪い噂とか聞かないけど)
不思議そうな郁人に
ナランキュラスは息を吐く。
「大体はそうだろ。
悪印象を与える情報は全て
握り潰されているからな。
もうついでだ。
俺の生い立ちから話した方が
早い」
ナランキュラスは頭をかき、
口を開いた。
「俺は最初から勇者ではない。
田舎で家族と暮らしていたが、
10才の時に突然背中に紋様が
現れた途端、国に拉致された。
そして、勇者だと言われたんだ」
「拉致……!?」
物騒な単語が飛び出し、
郁人は息を呑んだ。
「あぁ。
拐われた俺が言うのもアレだが
見事な手際だったぞ」
手慣れたものだったと
ナランキュラスは語る。
「先程も言ったがこの紋様、
証は最初から俺にあるもの
じゃない。
証は教会に保管されているものだ。
そして、勇者にふさわしい者が
現れるとその者へ飛んでいくそうだ」
「飛んでいく……」
ナランキュラスの背中にある
剣に似た紋様、証を郁人は見た。
〔その証はいわゆる魔力の塊。
私達神々がそのように設定した
代物よ。
証は勇者の素質がある者が
現れたら飛んでいく設定が
されてるから〕
(神々が設定って……
ライコは師匠が勇者だと
知らなかったよな?)
驚いてたよなと尋ねる
郁人にライコは答える。
〔自動で動くのよ、その証は。
だから、あたしの知らない間に
勝手に動くのよね……。
今思えば、書類を通してからが
良かったわ。
勝手に動かれたらあたしも認識
出来ないもの〕
(報連相をしない部下を持った
上司みたいだな)
〔今まさしくその気分だわ。
引き継ぎの際に聞いたときは
便利と思ったんだけど……〕
ライコはため息を吐いた。
「で、証がくっついた俺は
勇者と判断され、毎日鍛錬や
教育がされた。
親に会いたい、家族の元へ帰りたいと
訴えても聞き入れてもらえず、
ずっとな。
後でわかった事だが、俺の家族は
人質に取られていた。
ー 俺が勇者をやめると言った時の
対策としてな」
国の対応に郁人は顔を青ざめる。
「人質って……?!
なんでそんな!?」
「勇者にこだわるのは国の由来が
理由だろうな。
俺のいた国の名前は“ノアライト“。
あの死霊魔術使いを倒した
“勇者“の故郷。
その勇者がきっかけで
建国されたからな」
国名を聞いたライコと郁人は
声をあげる。
〔あーっ!?あの国ね!
治癒魔術を独占してる、
あのいけすかない国!〕
「治癒魔術を独占してるとこ!」
郁人が発言した瞬間、
勢いよくナランキュラスに
肩を掴まれた。
「どこで知った……?!
国家機密なんだぞ!?
……いや、あの方からか」
目を見開いたナランキュラスだが
1人納得し、肩を離す。
「それは言わない方が良い。
命を狙われる可能性がある」
「わかった……」
〔まさか国家機密だったなんて……〕
郁人とライコは情報の価値に
額から汗を流す。
(言わないように気を付けないと。
………あいつも居たらその国にいる
可能性があるのか?)
〔あいつ?〕
(チイト達以外にも描いてたんだよ。
主人公をサポートする光属性の
キャラをさ。
妹が光属性は主人公だけに
したいからって却下されたんだ。
俺は諦めてないけど)
郁人は説明したあと、
ナランキュラスに尋ねる。
「なんで治癒魔術を独占してるんだ?」
「魔族に戦争を仕掛ける為だ。
治癒魔術が使える者は多い方が
良いからな」
戦争という言葉に郁人は
目を丸くする。
「たしか、魔を嫌っているんだっけ?
それで戦争を?」
「あぁ。毛嫌いしてるぞ。
魔族が国を持っているだけで
目の敵にしている。
そして、魔族の王を倒すには
勇者が必要だからと、証の持ち主を
探していた程だ」
「……その言い方だと、勇者を
戦争の引き金にしているように
しか聞こえないな」
「その通りだ。
昔、勇者は人々を救う役割を
果たしていたが、今は違う。
あいつらは気に入らないからと
勇者を利用して滅ぼそうと
しているからな。
ー 勇者はもう戦争の“引き金“に
過ぎない」
ナランキュラスは両手を軽く
握りしめた。
〔今の平和な時代に勇者なんて
必要ないもの。
昔みたいに魔族が人間を攻めたり
しないから尚更ね〕
(勇者が戦争の引き金か……)
郁人の知る“勇者“はないのだと
痛感した。
「俺は勇者という戦争の引き金、
ただの道具にうんざりしていた。
いくら嫌がっても証は俺から
離れない。
隠そうとしたら服が弾け飛ぶ
始末だ」
鋭い舌打ちをするナランキュラス。
郁人は背中が隠れていない理由に
納得した。
「だから背中が出てるんだ。
もしかして、囮になれなかった
理由は……」
「そうだ!これが原因だ!
蝶の夢は肌の露出は鎖骨と首のみ。
それ以上の露出は有り得ない……!
あの御方の力になれる機会だったと
いうのに……!!」
ナランキュラスは拳を握り締め、
歯を食い縛った。
〔証は返上した筈よね?
なんでまだあるのかしら?〕
(たしかに……なんでだ?)
ライコの疑問に郁人は
顎に手をやる。
「この証さえ無ければ……!!」
「あのさ、国に返したんだよな?
なんでまだあるんだ?」
「……その事についても話そう。
とりあえず時系列順で行くぞ」
咳払いしたナランキュラスは
続ける。
「俺は日々憤りを感じながら
過ごしていた。
そしてある日、夜の国にいる魔王を
倒せと命令された。
これをきっかけに亡命出来ないか
考えた俺は、倒すのではなく
移住する目的でこちらに来た。
ー そしてあの御方に出会った」
ナランキュラスは当時を思いだし、
紅潮させ声を上ずらせる。
「フェイルート様に初めて
会った日は忘れられない!
“美“とはこの御方の為に
存在したのだと知ったからだ!
宝石の輝きも星々の煌めきも
この世全ての美しさも
あの方には敵わない!!」
ナランキュラスは立ち上がり、
両手を広げ、見た目にも
わかる程に震える。
「俺は日々鍛錬しながら、
自身の美を磨き続けていた。
ゆえに俺より美しき者はいないと
自負していたが、あの方を
知らなかっただけだった……!
あの方に拝謁した瞬間、
即膝まずいた!!
美を追求する者としてあの方に
膝まずくのは当然だからだ!!」
瞳を輝かせながら語る姿は
とても眩しい。
「そして、俺は仕えたいと伝えたが
レイヴンさんは言った。
“まず勇者の証を返してこい。
勇者のままでは面倒な事になる。
それに、このまま移住すれば家族が
殺される“と。
俺はそのとき初めて知ったんだ。
家族を人質にとられている事を」
言いながら手のひらに爪を
食い込ませる。
「レイヴンさんの情報は間違いないと
フェイルート様から聞いた俺は、
証を返せるとは知らなかった上に
人質の情報などで頭がこんがら
がっていた。
すると、レイヴンさんが俺に1枚の
紙を渡された。
“これを教会の上層部に見せれば
全て上手くいく“とな。
そして俺は帰ってすぐに教会の
上層部にその紙を渡した。
すると全員が顔を青どころか
白くなった」
あれは見ものだったと
ナランキュラスはニヤリと笑う。
「そして、家族を救い、忌々しい
証を取り除かれた俺は
国から脱出出来たという訳だ。
レイヴンさんもすごい御方だろう!」
「そうだな……」
胸を張りながら高らかに笑う
ナランキュラス。
対して郁人は視線を反らした。
(……絶対に弱みを握ってたな。
レイヴン、目をつけられる事も
知って事前に探していたな。
もしくは、スパイが先に来ていて
そいつから得たのかも)
〔髪とかないと個人情報は
調べられないんじゃないの?〕
尋ねるライコに郁人は答える。
(あった方が数多の情報から
探すのが楽になるだけで、
時間をかければ調べられない事は
ないんだ)
〔……とんだチートだわ〕
どれだけ厄介なのよ
とライコはため息を吐く。
「しばらく安寧の日々を
過ごしていたが、また証は俺についた!
即剥がしたかったが、
レイヴンさんとフェイルート様に
“調べたが、証は俺以外につく気は
更々無いようだ。また剥がしても
帰ってくる。たとえ皮膚を
剥がしても帰ってくるから
時間の無駄だ“と言われ
渋々諦めるしか無かった」
ナランキュラスはがっくり
肩を落とす。
「そのせいで面倒事に巻き込んで
しまったが、御2人からこのまま
いればいいと許可を貰い、
家族と共に暮らしてる」
ナランキュラスの目の奥が
輝きに包まれた。
「……御2人には返しきれない程の
恩がある。
忌まわしい勇者としての肩書きが
必要な時が来れば喜んでこの身を
捧げようと思えるくらいにな」
拳を握り締め、真面目な光が
目に宿る。
「実際、この肩書きが役立つ時もある。
……ん?」
どこからか聞き惚れる、
繊細な旋律が聞こえた。
「綺麗な音色だな」
〔ずっと聞いていたいわね〕
聞き惚れている郁人とライコ。
ナランキュラスは奏でている相手に
覚えがあった。
「タカオ太夫の琴だ。
という事は、朝食の時間が近いな。
早く風呂に行くぞ」
「了解!」
ナランキュラスは進んでいく。
追いかけようと、回復した郁人も
立ち上がる。
すると突然ナランキュラスが
ピタリと止まった。
「作戦時は音楽は勿論、
トラブルへの対応も見られる。
口調など誰かを参考にした方が
良い。
……俺もあんたがしている稽古を
した事がある。
3日目くらいに一気に疲れが
襲ってきた。
それを越えれば楽になる。
だから……頑張れ」
最後はナランキュラスらしからぬ
小さな声だった。
再び歩みを進める。
「……うん!」
郁人はその声を胸に、後を追いかけた。
ーーーーーーーーーー
「……あたし、ヤバイこと言っちゃった
みたいね」
郁人が風呂に入っている間
記憶を読み終えたライコは
息を吐く。
ライコの脳裏に郁人が2人に
疑問をぶつけた光景が浮かぶ。
予想では笑い飛ばすなり、
怒ったりするのかと思っていたが、
事実は異なる。
親に捨てられた子供のように、
全てに裏切られた者のような姿に
ライコは驚いた。
「あいつらにとって、疑われる事は
死刑宣告なのね。
嫌いとか言ったら自殺するわ、
絶対に」
フェイルートとレイヴンの絶望を
浮かべた瞳に確信する。
そして、郁人がどれだけ彼らの心、
人生を占めているのかもわかった。
ゆえに……
「疑いを持たせたきっかけは
あたし。
なら、あいつに変な事を吹き込んだ
って殺される可能性があるわ。
今思い出したけど、あの色気野郎……!!
分神を解体したえげつない奴
じゃない!!
綺麗な顔で記憶が吹っ飛んでた!!」
ベッドに腰掛け、勢いよく後ろに
倒れる。
ライコの頭には笑みを浮かべながら
分神を切り刻んでいくフェイルートの
姿が浮かんで恐怖から首を横に
勢いよく振る。
「あの顔は反則でしょ!
綺麗すぎて発狂するのも納得だわ!
あのグラデもスキルえげつないし、
なにより、あたしに辿り着く
可能性があるもの……!!」
肩を抱いて身を震えさせる。
レイヴンのスキルは髪が無ければ
大丈夫と慢心していた為に、
郁人から聞いた時は背筋に
冷たいものが走った。
だが、郁人はライコを守ろうと
言葉を濁したので可能性は低い。
「……あいつ、あたしを守るにしても、
下手したらやばかったのよ」
ライコを守るため、嘘をついた郁人。
2人は郁人の嘘に気づいていた。
しかし、気づいていないフリを
したに過ぎない。
「あんただったから、
あいつらは気付かないフリを
したのよ。
あんた、嘘をつくとき罪悪感
からか、目が悲しそうになるん
だから」
丸分かりなのよと呟く。
「あいつらはあんたが守る相手に
一瞬だけ、凄まじい憎悪を向けた。
矛先があたしに向かったから
大丈夫だったけど、もしその矛先が
あんただったら監禁されてたかも
しれないのに。
……自分の身を案じなさいよ、全く」
ベッドの上で姿勢を変える。
「……でも、守ってくれてありがとう。
郁人」
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