120話 “魔王“
意識が飛びそうになり、
倒れそうになった郁人を
レイヴンが支える。
「おっと、ぬし様。気を確かに。
まあ、魔王なんて聞いたら
普通はびっくりしますよね?」
「なんで…魔王………!?
まさか?!その瞳が……!!」
フェイルートの発言内容を思い出し、
郁人は息を呑む。
「はい、その通りです」
郁人の言葉に頷いたフェイルートは
事情を話す。
「“魔王“というのは魔人の中で
1番強い者を言うものではなく、
魔を統べる種族を指すものだそうです。
この瞳の十字はその証だと
女将から聞きました」
「まさか……!?
こっちでそんな意味が
あるなんて……?!」
郁人はクラっと立ちくらみが
してしまう。
が、郁人は新たな懸念に気付き
声をあげる。
「魔王なんて大丈夫なのか!?
討伐対象になるんじゃっ……!!」
郁人が知る限り、魔王は勇者に
倒される存在。
やっていたゲームでは
ラスボスという絶対に
倒すべき存在だ。
(こっちでもそんな存在
だとしたらどうする!?
どうやってフェイルートを守る?!
隠れる……いや、フェイルートは
結構目立ってるし……!!
一体どうすれば……!!)
頭をフル回転させながら、
どうしようと目を回す郁人に
フェイルートは微笑みかける。
「我が君ご安心を。
こちらの世界では魔王、
ましてや魔族が討伐対象だったのは
とうに昔のことですから」
問題ないです
とフェイルートは告げる。
「今は魔族の国もありますし。
その国は既に別の魔王が
いますからね。
魔族は今ではどこでも自由に
暮らせるんで」
差別しているのはごく1部の
者達だけとレイヴンは笑った。
「ほら、私もですが、
魔族である若色のオーナー、
チュベローズも普通に
暮らしていますでしょ?」
「………たしかにそうだな。
良かった……!!」
フェイルートの言葉を聞き、
郁人の筋肉が緩む。
「この国でも色香大兄が
魔王であることは周知の事実ですよ?
むしろ全員が納得してました。
ー “こんな色香絶大で絶世の
美形がただの魔人である筈が無い“
と」
「そうなのか。
大変な目に遭ってなくて
安心した」
周囲にも気にされていない事に
郁人はホッと息を吐いた。
「ほかには、魔族の国を統べる
魔王が私に会いに来られたり、
私を倒しに勇者が来たりしましたが
問題なく終わりました」
「いろいろ起きてるじゃん?!」
フェイルートの言葉で
郁人の心臓が爆発しかけた。
「問題起きてるから!
大丈夫だったのか?!」
「問題ですか?
魔王は自分以外の魔王が
気になり来ただけですから」
慌てる郁人にフェイルートは
きょとんとしながら告げた。
「会いに来た魔王は色香大兄の
色香に腰砕けになったもんな!
魔王の側近が気を失ったりして
見てて面白かったもんよ!」
あの光景は今でも笑える!
とレイヴンは笑うのを
こらえながら話す。
「今じゃ金払いがすこぶる
良い常連様様!
国務で忙しいってのに
月に1度は必ず来ますんで。
宿泊は勿論、蝶の夢にも来て
部下と共に楽しんでますよ?」
店1番の上客さんよ!
とレイヴンはニヤリと笑う。
「ぬし様も会ってみます?
見た目も中身も全然魔王
らしくないんで。
威圧感も無いんで親しみやすい
と思いますよ?
ぬし様の話をしたら向こうさん
会いたがってましたし……」
「魔王さんは畏れおおいので
遠慮しときます。
……俺が気になるのは勇者のほう
なんだよな」
レイヴンの恐ろしい内容に
郁人は首を横に振りながら、
勇者について尋ねる。
「勇者の問題は大丈夫だったのか?!
どこか怪我とかしてないか!?
攻撃されたりしなかったか?!」
自身の服をぎゅっと掴みながら
心配そうに見つめる郁人に
フェイルートはあでやかに微笑む。
「大丈夫です。
怪我1つしておりませんから」
「勇者が色香大兄を見て
心酔したんで、戦いのたの字も
ありませんでしたもんで」
「心……酔…………??」
思いもよらない単語に郁人は
耳を疑った。
思わず尋ねてしまう。
「あの、心酔ってどういう事?」
「色香大兄の姿を見た瞬間、
勇者が膝まずいて色香大兄に
忠誠を誓ったんですよ。
その場面を再現いたしましょう」
コホンと咳払いをし、
郁人の前に片膝をついた
レイヴンは当時を再現する。
「“俺は夢を見ているのか……?!
このような至高の……!
天上の美がこの世に存在
しているとは……!?
その肌は真珠のように白く透き通り!
絹糸のような長い髪は月の光のように
優しくも艶やか……!
貴方様の瞳はこの世に存在する
宝石よりも、満天の星よりも
輝いている……!」
身を乗りだし、瞳を輝かせながら
レイヴンは当時の勇者になりきる。
「あぁ……!なんとうことだ!!
俺の持つ言葉では貴方様を
言い表せない!
名だたる吟遊詩人でさえも
貴方様の艶めく美しさを
表現出来ないだろう……!!
貴方様の美の女神さえも
裸足で逃げ出す程の美しさは
俺の人生で見たことが無い!」
大袈裟な身振りをするレイヴンは
まるで舞台に立つミュージカル
俳優のようだ。
「貴方様のあまりの美しさに
全てが醜く見えてしまう!!
貴方様の前ではあらゆる全ての
美が霞んでしまうほど……!!
まさしく貴方様は“美“そのもの!
貴方様こそ美の化身!
まさにこの世に舞い降りた
美の神なのでしょう!!
是非!是非とも!!
貴方様の美をこの哀れな男に
少しでもお授けください!!“
……と言ったんですよ?」
その当時を再現し終えた
レイヴンは達成感に満ちた
表情だ。
「…………なんか、その口調は
キュラス師匠みたいだな」
勇者の役者がかった口調が
あまりにナランキュラスに
似ていると感じ、声に出した。
「そりゃそうでしょうとも。
なんせあいつが“勇者“ですので」
「………マジ?」
「大マジでございますれば」
キョトンとするレイヴンに
郁人は固まる。
「もしや知らなかったのですか?
てっきり教えてもらっていたと
ばかり」
「………すごく初耳」
あまりの事実に口をポカンと
郁人は開けてしまう。
「あいつは“勇者“の称号を
嫌っている。
その称号を自ら名乗る訳が無いだろ」
「そういやそうでした」
フェイルートが呆れながら
煙管を吹かし、レイヴンは
うっかりうっかりと
笑いながら頭をかく。
「キュラス師匠が勇者なのか?!」
頭がこんがらがる郁人に2人は
優しく説明する。
「はい。
あいつは魔族を忌み嫌う国から
派遣された勇者なんです」
「色香大兄の噂を聞き
新たな魔王が誕生したので
排除せねばと派遣されたようですよ?
その勇者が色香大兄に骨抜きにされ
あちらさんは発狂した
と風の噂で聞きました」
とんだ笑い種でさぁ
とレイヴンは快活に笑う。
「そりゃ、自分が派遣した勇者が
倒して欲しい相手に心酔したら
発狂ものだろ」
心酔するなんて露にも考えて
なかっただろうしと郁人は
頬をかいた。
「そして勇者、ナランキュラスは
1回あちらに戻り勇者の証を返上し、
こちらに住み着き、現在は私の
手足として働いてます」
「勇者の称号を授かっただけあり
護衛や荒事も見事にこなして
おりますよ」
「そうだったのか……あっ!」
思い出した郁人は2人に尋ねた。
「もしかしてフェイルートに
会ったときに側に居た護衛って……」
「ナランキュラスですよ?
あいつ色香大兄守るとき
すげえですよ。
襲ってくる相手をちぎっては投げ、
ちぎっては投げてますんで」
「見た目からは荒事に向いてそうに
なかったから意外だな」
ナランキュラスの見た目が王子系、
しかも線が細いため荒事に
向いてないタイプに見えたが、
どうやら違うらしい。
(思い返せば、筋肉もあって
無駄な肉が無かったな…。
ん?あれ?)
郁人の頭に疑問の花が咲く。
「一旦国に戻ったんだよな?
こっちに来るのを国は止めたり
しなかったのか?
あと、証って?」
「俺様が聞いた話によれば、
そりゃ止められたそうですよ?
泣き落としやら賄賂にハニートラップ。
もうたくさん、色々とされたそうで」
うんざりとした表情で教えてくれた
とレイヴンは話す。
「そして最終的には裏切り者として
命を狙われたようですが……。
こっちで無事に暮らしているのを
見れば結果はおわかりでしょう?」
「証については本人から聞いた方が
良いでしょう。
私の予測では、そろそろ我が君を
起こしに来ると思いますから」
「そうなのか?」
尋ねた郁人にフェイルートは
頷く。
「はい。
我が君を磨き上げる以上、
“早起きは健康の基礎、
つまり美の基本だ!“
とあいつは息巻いて我が君のもとへ
来るでしょうから」
「そうか」
すると、どこからか足音が聞こえる。
足音からも自信がある事がわかる程。
「……噂をすればなんとやらだな。
作戦が終わるまでの間、
電気療法しにぬし様のもとへ
参ります」
笑顔で告げたレイヴンは
突然、真剣な表情になると
郁人の瞳を射抜く。
「ー ぬし様、俺様達はぬし様に対して
尊敬や愛情は持っても嫌悪や憎悪を
抱くことはありやしませんよ」
「そうですよ、我が君」
フェイルートは郁人の顎に指をかけ
真剣な声色で告げる
「もし、再び疑惑を持つようなら
ー たっぷりと、その御身に、心に
我らの想いを知ってもらいます」
声から、瞳から、彼らの本気が
伝わる。
「……わかった。
もう皆が俺に対してどう思ってるか
疑うなんてしない。
本当に……ごめん」
もう家族、我が子同然の者達を
疑うなんて事はしない。
郁人は固く誓う。
「ぬし様は約束を破る方では
ございませんからな」
「そのお言葉をいただけて
私共は満足です」
2人が笑うと視界が白くなった。
ー 「おい。起きろ!
早起きは基本中の基本だぞ!」
聞き覚えのある声がして
郁人は目蓋を開けた。
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