117話 グラデの経緯
「お疲れ様。
大変だったわね」
聞き覚えのある声がして郁人が
目を開けると、ティータイム中の
ライコがいた。
「あれ……ここは……?」
辺りを見渡し、確認すれば郁人は
用意された席に座っていた。
ユーもテーブルでクッキーを
食べながら紅茶を嗜んでいる。
「ユーもいたのか。
目の前にライコがいるって事は………
ここは……夢か。
いつのまにか眠っていたんだな……」
「あれだけハードな1日を
過ごしたんだもの。
疲れて寝落ちするわよ」
「……そうか」
郁人は1日を振り返る。
完璧に犯人を騙すため、蝶の夢で
働く者なら出来て当然という、
礼儀作法から習い事まで詰め込まれた
超ハードスケジュールであった。
(タカオさん達は全て習得してるんだと
思うと本当にスゴいよ)
郁人は改めてタカオ達のスゴさを
実感する。
(血の滲むくらい頑張った
というのも納得だ。
全て習得しても尚、勉強するって……
尊敬するな)
高みを目指し続ける姿勢に
郁人は尊敬の念を抱く。
「日頃からレッスン漬けの貴族すら
顔を真っ青にするくらいの
ハードだったんだから。
貧弱なあんたが倒れるのは
当然ね」
見ているあたしでもわかるぐらいに
ハードだったわよとライコは告げた。
「そう思うと、犯人の令嬢は
なんでここで働きたいと思ったんだろ?
令嬢なら別に働かなくても
問題無いはずなのに……」
貴族という単語で、
ふと郁人に疑問がわいた。
「あたしもわからないわ。
蝶の夢について調べたけど、
スタッフは貴族、下手すれば
王族並の知識や礼儀、習い事も
会得してるみたいだから、
そこで勉強したいというなら
わかるんだけど……」
それなら納得できるんだけど
とライコは紙の束を取り出す。
「令嬢についても調べたけど、
そんなタイプじゃないわ。
まずそんなタイプだったら
こんな凄惨な犯行に出ないで、
認めてもらえるように
自分を磨くと思うのよね」
「たしかに……」
さらりと語られる蝶の夢の
レベルの高さに郁人は息を
呑みながら、ライコに同意した。
「別の理由でもあるのかしら?
……っと、この話は一旦置いといて!
さあ!あたしにグラデの話を
聞かせてちょうだい!」
「グラデ?」
「レイヴンって奴のことよ!
あいつはなんで悪に堕ちたのかしら?」
髪がグラデーションがかってるからか
とあだ名に納得しながら、
郁人は口を開く。
「わかった。
長くなるけどいいか?」
「望むところよ」
ライコは郁人の問いに
自慢げな笑みを浮かべた。
郁人は咳払いをして
準備をしてから話し出す。
「まず、獣人が経営する商店の
長男として産まれたのが
レイヴンなんだ。
レイヴンは頭がかなりきれるけど、
極度のめんどくさがりでさ。
店に関するアイデアを
弟や家族に言うだけ言って
自分は部屋でずっとゴロゴロしてた」
「……今とだいぶ違うじゃない」
「俺もそう思う」
今のレイヴンとの違いに
驚くよなと告げながら続ける。
「レイヴンは店どころか
外にすら出なかった。
だから、周囲には出来ない息子と
囁かれていた。
けれど、そのレイヴンの
おかげで、店は商売繁盛。
店は段々大きくなっていき
順風満帆だった」
「"だった"が怖いわね」
ライコは紅茶を嗜みながら、
目で続きを促す。
その目に応え、再び口を開く。
「その順風満帆さを国1番の
大店が許さなかった。
差別思考があったから獣人に
自分の店が負ける可能性がある事実に
腹が立つとでっち上げの悪評を
金を使って流し始めたんだ」
負けるなんてプライドが許さない
大店はとんでもない事をしたんだ
と、郁人は話す。
「そのせいで、レイヴンの家族の
店の評判は一気に地に堕ちた。
デタラメだといくら家族が訴えても
耳を貸す者はいない。
常連客や親しかった者達も皆が
嘘の情報を鵜呑みにし、家族に
罵詈雑言を浴びせ、店に石を投げたり
酷い有り様だ。
おまけに騎士なども買収され、
家族は犯罪者として
捕まってしまったんだ。
ー レイヴン以外は」
「なんでグラデ以外はって……
そっか!
あいつは表に立たなかったから
ノーマークだった訳ね」
あっと声をあげるライコに
郁人は頷く。
「レイヴンの悪評もあったからな。
レイヴンはこうなる可能性も
視野に入れていたがめんどくさがって
後回しにしていたんだ。
もし怠けてなかったから、
こんな状況にはならなかった。
レイヴンは自身をそう責めて責めた後、
家族を助けるべく動き出す。
ー レイヴンの復讐が始まる」
紅茶を飲み、郁人は語り出す。
「まず自分の情報が割れていない事を
利用した。
獣人である事も隠して復讐相手の店で
働き始めたんだ。
ー 復讐相手に近づく為に。
レイヴンは見た目も良いし、
なにより頭が回った。
たちまち、評判はうなぎ登り。
大店のトップ、復讐相手と顔を合わせ、
そして信頼を勝ち取った」
「一見獣人には見えないし、
あいつの今の働きようを
みたら納得ね」
そりゃ信頼するわ
とライコは頷く。
「プライベートでも交流を持つように
なってから、数年経ったとき大店の
ある情報が流れ出した。
ー 今まで隠していた数々の“不正“だ」
握り潰してきた不正の数々が
世に解き放たれたと郁人は話す。
「大店は必死に流した相手を
探したが見つからない。
まるで最初からいないのかと
思わせるほどだ。
が、その理由はレイヴンの
“スキル“なんだ」
「スキル?」
「レイヴンは居場所や家族を
奪われたことがきっかけで
スキルを得ていたんだ。
“情報操作“というスキルを」
「“情報操作“?
名前からしてえげつなそうね……」
「うん。えげつないよ」
うわあと綺麗な顔を歪めるライコ。
郁人は肯定しながら話す。
「このスキルは情報を全て握る
と言っても過言ではない。
今ある情報を全て獲得し、自由に閲覧、
操作することが出来るからだ。
膨大な情報の数々から知りたい情報を
絞りたければ、その相手を知らないと
いけないけど……。
でも、レイヴンが情報を流しても
相手に特定される事は絶対に無い。
このスキルを知っていたら、
レイヴンに疑惑を持つかもだけど」
説明を聞き、ライコは顔を青ざめる。
「………あんたが現代にいたら特に
厄介な能力持ちと言ってた理由が
わかるわ。
髪1本でもあれば情報を得られる上に
そんなスキルもあるなんて……?!」
「更に、俺が設定した世界では
SNSや新聞、ニュースといった情報を
得る機会なんて無いからな。
人伝なんかが全てだから真贋を
見極めるなんて至難の業だ」
今でも情報を見極めるのに
大変だから余計にだな
と、郁人は呟く。
「証拠が無いと言えば無いのだが、
情報を鵜呑みにする者は多く、
大店の慌てた様子からは
真実だと明らか。
国も動きだし、大店は逮捕、
無実なレイヴンの家族は釈放され、
皆に祝福された。
そして、見事レイヴンは家族と
再会を果たしたんだ」
家族を無事に救ってみせた
と、郁人は紅茶を飲んだ。
「……話を聞いてたら、あいつ
悪役要素が無いんだけど。
見事な復讐劇だし、人も死んでない。
悪者が捕まったのだから
大団円じゃない」
「レイヴンの復讐はまだ
終わってないんだ」
「え?」
疑問符を浮かべるライコに郁人は
首を横に振る。
「レイヴンの復讐相手は大店でも
あるんだが、1番許せなかったのは
情報を鵜呑みにした“国民“だったんだ。
今まで親交があったのに嘘の情報を
疑いもせず、罵詈雑言を浴びせた人達が。
無実だったと知るや、手のひらを
返したように謝り、祝福する人達が。
ー だから、レイヴンは次に出る」
目を丸くするライコに見つめられながら
郁人は口を開く。
「レイヴンは無事に出れたのだから
楽しんでこいと家族を旅行に出すと、
国全体に様々な悪評を流し始めた。
浮気や不倫から国家の信頼に
関係するものまで多種多様な情報を。
その結果、国内は疑心暗鬼に陥った」
何を信頼すればいいのか
わからなくなるまで陥れたのだ
と郁人は話す。
「身内同士で争い始め、遂には
殺しにまで発展し、内乱まで
起きるようになる。
そして、レイヴンは他国に情報を売り
内乱でパニックになっていた国は
襲撃に対応できず壊滅した。
レイヴンは無事、悪評に踊らされた
国民に復讐を果たし、家族と別の国で
商売を再開しましたとさ」
「…………………見事に自分の手を染めずに
やりきったのね」
全てを聞き終えたライコは
肩を強ばらせる。
「情報を握られるのは本当に厄介よ。
この世界では情報媒体が少ないんだから
尚更ね。
間蝶を飛ばしてる間に、
汗水垂らすことなく情報を
得られるんだもの。
しかも、あいつはシャワーとか
日常に役立つ魔道具を作成してから、
色々な方面で顔が利くみたいだし
更に厄介ね」
「シャワー作ったのは
レイヴンだったのか?!」
意外な事実に郁人は目を丸くする。
「そうよ。
調べたけど、あのシャワーなり、
キッチンの改良とか、オーブンに
洗濯機、水洗式トイレの開発とか
そういった日常に役立つ魔道具は
あいつが作成したらしいわ」
スゴいわよあいつ
と、調べた結果に目を流しながら
ライコは呟く。
「大店や貴族からその才能を買われても
“俺様の働きは全てあの方の為。
あの方に喜ばれそうだからしただけ。
俺様を働せれるのはあの方だけだ“
と言って全て断ったそうよ」
「……あの方って」
「あんたでしょうね。間違いなく」
あんた以外ありえないわ
とライコは断言した。
「開発される前は井戸から
水を汲んで家まで運んだり、
トイレもここまで綺麗じゃなかった。
キッチンだったり、オーブン、
洗濯機も全て、あんたの為ね。
あんたがこの世界に来るとは
限らないのに……
本当にスゴいわ」
「だな」
郁人はレイヴンの働きを知った。
(今まで俺がいた世界とあまり
生活環境が変わらなかったのは……
レイヴンのおかげだったんだな。
開発されてなかったら、今の俺が
普通に過ごせていたか
わからないなあ……)
レイヴンに心の底から感謝の気持ちを
伝えると郁人は決めた。
「……でも、気になるわね」
「どうかしたのか?」
首を傾げ動作を止めるライコに尋ねた。
尋ねられたライコは腕を組み、
首を傾げながら問いかける。
「だって、あんたからあいつらの
経緯を聞いてる限り、恨まれても
おかしくないものだってあるじゃない。
なんで、あそこまであんたを
慕っているのか気になるわ」
「…………たしかに……な」
郁人は頷く。
(俺が設定した通りの人生を
歩んでいるなら、少しぐらい
恨み言をこぼしてもおかしくない……
なんでなんだ?)
チイトやヴィーメランス、レイヴン、
フェイルートの態度からは郁人に対する
不満が全く見えない。
無いようにすら感じられる。
(あの姿が演技なんだとしたら……
悲しいな。
直接聞いてみようかな?
不満が爆発する前に聞いた方が良い。
……心構えはしておかないと)
不満や怒りなど全て受け止めよう
と決めた。
ユーが郁人の心情を察知したのか、
側にすり寄る。
「ありがとうユー」
「そいつ、招待してないのに
勝手にここに来たのよ。
夢魔の能力だとしても……
きゃあ?!」
「うわあ!?」
突然、視界が歪みだした。
違う色の絵の具をかき混ぜたように、
ぐにゃりぐにゃりと歪む、歪む。
「これって、もしかして……?!」
「ライコ!」
異常事態に片手でユーを抱きしめ、
彼女を守ろうともう片方の手を
伸ばす。
しかし、その手は空を切り、
真っ白に染まった。
ここまで読んでいただき
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