115話 ナランキュラス
振り向くと、よく通る声の持ち主がいた。
「失礼するぞ!」
光に反射し輝く金糸の髪。
目も覚める鮮やかなサファイアの瞳は
キラキラと自信に満ち溢れている。
どこかの国の王子ですと
紹介されてもおかしくない、
最上の輝きを持った、正統派な美男子だ。
腰にタオルを巻いており、
贅肉の無い均整の取れた肉体美を
惜しげなく晒している。
「あんたが蝶の夢1位、
あのタカオ太夫を目指す
イクトに違いないか?」
郁人を見つけると美男子は
真っ直ぐ歩みを進めた。
そして縁にしゃがみこむと
郁人を観察する。
「たしかに女装すればバレない
顔つきだ。
もとが女顔と言うべきか?」
郁人の両頬を片手で挟み、
呟く。
「病弱と聞いていたが……
そのわりに肌の調子は
良いな。うん、及第点。
しかし、肌のケアを日頃から
していればより良くなるのが
見てわかるぶん残念だ。落第点。
睫毛は長いな。
これなら、付け睫毛はいらないか。
唇は少し荒れている。
まともにケアしてないのが丸わかりだ。
髪は……おざなりに洗っているのが
よくわかる髪質だな。
毛先が痛んでいて、枝毛もある。
実に良くない、良くないな。
うん、落第点だ」
観察しながら感想を述べた。
「総合評価は不可!不合格!
だが!安心しろ!!
この俺があんたの美を向上させて
蝶の夢で働いてもおかしくない
満点花丸にしてやる!!」
「えっと………貴方は……
誰ですか?」
胸を張り高らかに宣言した、
美男子に郁人は激しく瞬きをする。
「貴様は誰だ?」
「ジークス殿、お知り合いですか?」
「いや、俺も知らない」
ジークス達も知らない人物らしく、
チイトとユーは警戒している。
「そうか、自己紹介を忘れていた。
失礼した。
あの御方達にあんたの事を
詳しく聞いていたばかりに
初対面の気がしなかった」
咳払いをし、立ち上がる。
「俺の名は“ナランキュラス“!
皆には“キュラス“と呼ばれている!
フェイルート様よりあんたの美を
更に高めるように命じられた者だ!
さあ!遠慮なく“師匠“と呼ぶがいい!!」
髪をかきあげ、アハハハ!と
高笑いをするナランキュラス。
「………えっと、よろしく………
お願いします、師匠」
ナランキュラスのインパクトに
押されながらも郁人は返事をした。
「パパ、こいつ五月蝿い」
「なんとも目立つ方ですな」
「声を張り上げているのか。
耳にガツンと来る」
チイトは耳を押さえ、ポンドは微笑み、
ジークスは苦笑する。
ユーは訝しげに見ていた。
ナランキュラスはチイト達を
見て声をかける。
「む!
あんた達がイクトのパーティー
メンバーだな!
あんた達もフェイルート様に
及びはしないが、大層な美の持ち主だ!!」
ナランキュラスはチイト達を見て
頷き、ポンドを見る。
「特に、同じ金糸の髪を持つあんた!
あんたがエスコート担当のポンドだな!
話は聞いているぞ!」
ナランキュラスはビシッと
ポンドを指差して。
「はい。私がポンドです。
はじめまして、ナランキュラス殿」
ポンドは綺麗な礼を見せたあと、
ナランキュラスに話しかける。
「私の外見を知っていると
いうことは、信頼して大丈夫
とのことでしょうな。
私の姿は本番以外は隠すように
言われていますから」
「あぁ!そうとも!!
あんたもついでに磨いておけ
と言われている!
もう、ついでだ!!
全員まとめて美の真髄を
教えてやろう!!」
ナランキュラスは芝居がかった仕草で
口の端を上げた。
ーーーーーーーーーー
「まずは髪の洗い方からだ!」
全員、勢いに押され指導を受ける
ことになった。
鏡の前に1列に座らされている。
「パパのお世話は俺がしたかった」
「今回は私の番だからな。
譲る気はさらさら無い」
郁人が動けない事を知るとジークスが
郁人の髪を洗うことになった。
チイトはその事実に
頬を膨らませている。
ナランキュラスはそんなチイトの
機嫌を気にせず、全員の後ろを
歩きながら語る。
ー「まず、髪を洗う前に櫛で
とかすことだ!
それにより、絡まった髪はほぐれ、
ホコリなどを落として湯の通り道を
つくれるからだ!
短いものは手櫛で構わない!」
ー「髪にシャンプーをつける前に
よく流すこと!
それで髪についた汚れは大半取れる!
面倒かもしれないが頭皮や髪の負担は
軽減される!丁寧に流すように!!」
ー「いきなり頭皮にシャンプーを
つけるな!
手の平で馴染ませ泡立ててからだ!
髪の負担が少なくなり、キューティクルを
保護できる!!」
ー「髪を洗う際、泡立てば良いと
思っている輩が多いが、それは違う!
髪だけを洗うのではなく、その地肌も
洗うのが基本中の基本!!
頭皮をマッサージするように!
指先ではなく、指の腹で洗うことだ!!」
ー「頭皮を洗い終えたら、
次は髪に行くぞ!
毛先にも泡を行き渡らせ、
優しく扱うように!
こすったりするのは厳禁だ!!
洗い流すのもしっかりやれ!
洗い残しは肌荒れのもとだからな!!」
ー「トリートメント前に1度
水気をきるぞ!
それから髪全体に行き渡るように
粗めの櫛なり手櫛でとかしてつけるぞ!
そして最後のすすぎだ!
しっかりするんだ!!」
次々と指示を飛ばす姿はまさに
軍隊の鬼教官。
(キュラスさんまさに鬼教官だな……。
言葉に熱がこもってるし、
気合いが半端無い……)
郁人はやってもらっているので、
聞いて覚えるだけだが、
他の3人は実践し、甘かったら
注意されるので更に大変だ。
ジークスは丁寧に洗いながら
郁人に尋ねる。
「大丈夫か?
イクト、痛くはないか?
かゆいところとかあったら教えてほしい」
「大丈夫。
気持ちいいくらいだからさ」
「そうか。それなら良かった。
それにしても……
このシャンプーとやらは凄いな」
泡立つシャンプーに目を丸くしながら
ジークスは告げる。
「いい香りもし、綺麗にする効果も
あるとはな。泡立つのも面白い」
ジークスは興味深そうに呟いた。
この世界では、シャンプーや
トリートメントといったものは
存在しない。
石鹸の効果を持つ花の蜜で
全てを洗っているのだ。
郁人がこの世界に来た当初、
体や髪も全てを同じもので
洗うことに郁人は衝撃を受けた
覚えがある。
シャンプーやトリートメントなどを
揃っているのを見て感動とともに
懐かしく思えた。
(泡立ちもしないから、洗った気が
しなかったんだよなあ。
そう思うと、母さんやライコの
キューティクルはスゴいよな)
ライラックやライコの風に靡く
サラリとした髪を思い浮かべる。
(キュラスさんが言ってるような
ことを毎日してるのか……?
綺麗を保つのは大変なんだな)
郁人は美を保つ大変さを
垣間見た気がした。
「では、流すぞ。
目を閉じるんだ」
「わかった」
ジークスに言われた通りに
郁人は目を閉じた。
シャワーが当たる感覚がする。
「……孤高を小間使いのように
するとは。
さすがあの極度の人嫌いである
フェイルート様の認めている
だけあるな」
ナランキュラスは顎に手を当て
目を丸くした。
「いや、ジークスは……」
「あの医師は人嫌いなのか?
人混みに眉をしかめたりしていたが
そこまでには……」
郁人が否定する前に、
ジークスが尋ねた。
「フェイルート様は人間を
嫌っているぞ、かなりな」
ナランキュラスは説明する。
「その証拠に誰にも
触れようとしないし、
言伝てなども女将さんや
蝶々に任せているからな。
仕事中も触れる際、専用の手袋を
はめるなど徹底している。
レイヴンさんは家族みたいな
ものだからか気していないみたいだが……
例外があんただ、イクト」
ナランキュラスは郁人を指差す。
「あんたには積極的に触れようとし
自ら会いに行っている。
あの水面に映る月のように
冷たくも美しい瞳があたたかくなるからな。
それほどあんたは特別なんだろう。
ー だから、気を付けたほうがいい。
パンドラに」
真剣な声色で警告した。
本気なのだとすぐにわかった。
「パンドラとは隣にある国の
ことですかな?」
「あぁ。
この夜の国は完全に独立している
訳じゃない」
独立していると思っている者は
多いがとナランキュラスは語る。
「パンドラにとって、この国は
金の卵を産むニワトリそのもの。
レイヴンさんやフェイルート様の
素晴らしい技術や知識は
喉から手が出るほど欲しいものだ。
あの国は前から壊滅への道を
進んでいるからな」
「壊滅……?!」
とんでもない単語に、
郁人は思わず声に出してしまう。
「そうだ。
この夜の国がある森は
パンドラの“守り神“だった。
その守り神を廃棄所のごとく
扱った末路というべきか」
「そうだな。
この森は現在、夜の国の守り神と
化している。
守り神はフェイルート達に服従、
いや心酔しているようだからな。
守りがなくなった以上、
繁栄はもう無い」
チイトも肯定し、郁人は尋ねる。
「守り神ってどういうことだ?
初めて聞いたんだけど……」
「あのね、パパ。
守り神の正体は魔物の
“ドライアド“なんだよ。
昔、パンドラの王が使役していた
ドライアドが長生きした結果が
この森なんだ」
「ドライアド?」
聞き慣れない単語に
郁人は目をぱちくりさせる。
「ドライアドとは、木の精霊とも
呼ばれている者達だ。
妖精族の従兄弟みたいな存在らしい。
今からトリートメントに移るぞ」
首を傾げる郁人にジークスが
説明しながら、郁人の髪を
丁寧に扱う。
そして、ポンドが尋ねる。
「チイト殿。
長生きした結果とは……
どういう意味ですかな?」
「長生きした結果、その守り神、
ドライアドの子供だけで
森が作れるようになったからだ。
夜の国の森は全て最初、
初代ドライアドの子供達だ」
チイトはポンドの質問に答え、
郁人にもわかるように話す。
「代々、王が最初のドライアドと契約し、
守り神として国と共存していたが、
時が経つにつれ、王が国力を過信し、
傲慢になった結果が廃棄所扱いだ。
向こうでは“ゴミ溜めの森“と
呼ばれてるらしいな」
「…………ずっと守ってもらってたのに
酷い扱いだな」
あまりの扱いに郁人の喉が
ヒリヒリしてしまう。
ー 「守ってもらっていたのに
今ではゴミ溜め扱い。
誠に酷い扱いでございましょう?」
後方から聞き覚えのある声が
聞こえた。
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