113話 慣れる為に
部屋で郁人は畳にぐったりと
倒れこんでいる。
「………何が起きたんだ」
〔驚いたわね、ホントに〕
「こんな事になるなんて……」
経緯を郁人は思い出す。
ーーーーーーーーーー
箏の授業を終えて、次の授業に
向かっていると
「ばあっ!」
「うわあっ?!」
突然レイヴンが逆さまで現れた。
郁人は驚いて尻餅をつく。
〔なんで天井にぶら下が……ってない!?
足の力だけでしがみついてるわ!?〕
足の指どうなってるの?!
とライコは声をあげた。
「すいませんぬし様!
しかし、いいリアクション!」
レイヴンはカラッと笑いながら
廊下に音もなく降りると郁人に
手を差しのべる。
「まさか尻餅をつかれるとは
俺様も予想外」
「いきなり天井から現れたら
誰だって驚くから」
びっくりしたよと言いながら
郁人はレイヴンの手をとる。
「それは失敬」
レイヴンは郁人を起こしながら
話す。
「実はぬし様にやりたい事が
ありましたのでここに来たので
ございます」
「やりたい事?」
首を傾げる郁人にレイヴンは
悪戯を思い付いた笑みを浮かべた。
「ぬし様は少し慣れといたほうが
よろしいと思いますので……
そいっと!!」
「なに!?」
突如、郁人の頭に何かがかかった。
「え?
なんか重いような??」
いきなりの事に頭が回らない。
ただ、髪に濡れた感触があり
そのせいか頭が重く感じる。
〔ちょっ?!
大丈……夫……って、あんた髪!?〕
「髪……?」
指摘され、自身の髪に触れて
事態に気付いた。
「髪が伸びてる?!」
肩にかかるかからないかまでの
長さだった髪が、今では床に
つきそうな程に伸びているのだ。
「よし!これで完了!!
あとは……
おーい!3人娘ちょいと頼むわ!!」
「はーい!」
「かしこまりー!」
「了解でーす!」
手前の部屋から郁人の腰ぐらいの
高さ程の顔が同じ少女達が櫛や
着物を持って現れた。
「「「さあさあこちらへ~」」」
「いったい何を?!
どこに行くんだ!?」
〔なになに?!なんなのよ!!〕
郁人が尋ねる前、3人娘に腕を捕まれ、
連れ去られてしまったのだ。
ーーーーーーーーーー
そして冒頭に至る。
「本当にあっという間だったな……」
事態についていけない間、
今いる部屋に連れ去られ、
あれよあれよと服装から
なにまで全てを変えられて
しまったのだ。
「……マジで変わったな、俺」
いまだに倒れながら郁人は
壁に立て掛けられた鏡を
見てため息を吐く。
今の郁人は長くなった髪は
艶やかに結われ、豪華な着物を
着せられ立派な花魁姿。
化粧もバッチリ施され、胸まで
きっちり詰められている始末。
誰が見ても女性と間違えるくらい
完璧な女装だ。
完璧な女装を無理矢理されてしまった
郁人は現在体力、いや精神の疲れが
半端ない。
「一気にされたから脳が全く
追い付かない……」
〔訳もわからない間に
されてたものね。
あの3人娘はした後
すぐに去っていったから
まさに嵐が過ぎた感じだわ〕
なんとか死守したヘッドホンから
ライコの声が聞こえる。
〔それにしても……
3人娘の技術すごいわね。
あんたがもともと男らしく無い
とはいえ、現場を見ていたあたしで
さえも勘違いするくらい女性に
見えるもの〕
(さらっと聞き捨てならない事を
言ったな………)
ライコの本音に郁人は
涙がでてきた。
「………倒れてても仕方ないな」
郁人は髪や着物の重みに
グラッとふらつきながらも
なんとか立ち上がり、
鏡をもう1度見る。
鏡に映るのはスクリーンで見た
自身の女性バージョン。
しかも花魁姿だ。
(ここまで再現しなくても………)
はぁと郁人は重いため息を吐いた。
「ぬし様ー!
どうでって……マジ綺麗!!
流石3人娘!ボーナスあげねえと!」
レイヴンは勢いよく襖を開けた。
郁人の姿を視認すると、頬を紅潮させ、
声を弾ませる。
「ぬし様ぬし様!!
なんと麗しいお姿!!
目の保養にごさいまするな!!」
郁人の脇に手をいれ
そのまま軽々と抱えあげ、
くるくる回りながら満面の
笑みを浮かべる。
「おや?
ぬし様、物凄くお疲れな様子。
どうされました?」
「いきなり髪を伸ばされて、
その上、着飾られたんだからな。
なんでいきなりしたんだ?」
説明してほしいと
郁人はレイヴンをじっと見る。
「そう気を立てないでくだされ。
これもぬし様の為にございますれば」
半目で見つめられながら、
レイヴンは説明する。
「ぬし様は本番ではさながら、
あのタカオのように振る舞わ
なければなりません。
当日いきなり着ては重みやらで
不恰好になるやも……」
「たしかに……」
レイヴンの話に郁人は
そうかもと頷く。
「ですから、今のうちに慣れて
もらおうとした次第であります」
「成る程。
……タカオさんのようにか」
〔評判を聞く限りあの花魁は
凄まじいものね。
本当にハードル高過ぎるわよ〕
改めて、ハードルの高さを
実感し、顔を蒼白くさせて
うつむく。
「そう青くならないでくだせえ。
全力でバックアップしますから。
……犯人、捕まえましょうや」
“犯人“という言葉に郁人は
ハッと顔をあげる。
(そうだ!!犯人を捕まえるんだ!!
愚痴ったり、落ち込んでる場合じゃ
ないだろ!)
悲惨な現場でタカオと交わした
約束を思い出す。
「よしっ!!」
郁人は自身の両頬を叩き、
顔を上げる。
「俺やるから!!
この格好にも慣れて、タカオさんを
越えるとまではいかないが、
一生懸命頑張るっ!!」
意気込み、拳を握る郁人を見て、
レイヴンは歯を見せて笑う。
「そうこなくては!
俺様は誠心誠意バックアップ
させていただき、ぬし様を
見事ここで働いてもおかしくない、
最上級の花魁に導きましょうぞ!」
レイヴンは郁人を降ろすと
抱き締めた。
「まずは、この格好に慣れるのは
勿論!
ご自身で着替えてもらわなくては
なりません!
化粧もですし、肌の手入れや髪も
しなくては!」
「…………マジ?」
「マジですよ?」
当然だとレイヴンはニンマリ笑う。
(これを全て自分でしないと
いけないのかっ!?
着物だけならまだしも、
化粧や髪、肌の手入れも………!?
稽古とかもあるのに、
そこに追加されるのかっ!?)
大丈夫だろうか
と郁人は肩を落とす。
そんな郁人をにライコは声をかける。
〔安心しなさい!
化粧とかは勿論、肌や髪の手入れは
女神の基本!
あたしがサポートしてあげるわ!〕
声は自信に満ち溢れ、今の郁人には
救いの手そのものだ。
(ありがとう!本当に助かる!!)
〔任せなさい!!
このあたしが今よりも更に綺麗にして
みせるんだから!〕
ライコの胸を張る姿が容易に浮かぶ。
郁人も気が楽になった。
(ライコの綺麗さは見ての通りだし、
これ程頼れる人……じゃなくて
神はいないからな)
「おや?
ぬし様の調子が少しお戻りに……」
レイヴンは抱き締めていた郁人の
肩を掴んでじっと顔を覗きこむ。
「先程まで顔色は青く、
弱々しく震える子うさぎが一変、
凛々しい子うさぎに」
「それ……
あまり変わってない気が……」
「凛々しくはなられてますよ?」
震えてはおりませんので
とレイヴンは告げる。
「ぬし様はか弱く脆いですから。
うさぎが適任かと。
それか子リスにしましょうか?
まあ、俺様からしたらどちらも
等しく弱々しい獲物でありますが」
獲物を見つめるレイヴンの瞳は
捕食獣のように光る。
「………うさぎのままでお願いします」
大きさ的にうさぎの方が大きいし
せめてとレイヴンの瞳に
おののきながら郁人は呟いた。
(たしかに、レイヴンからしたら
俺は弱いんだろうな。
まあ、誰でも俺には強者なんだが……)
〔あら?
そいつもやっぱり強いの?〕
しょげてため息をつく郁人に
ライコは尋ねた。
(うん、強いよ。
近接戦闘が特に強いし、現代にいたら
特に厄介なスキル持ちでもある。
今思うとフェイルートと組んでるし、
かなり大変だな……)
〔こいつの話もまた聞かせて
ちょうだい。
どんな奴かあんたから聞きたいわ〕
(いいよ。また夢で話そう)
郁人はライコと約束した。
「では、まずは着方から
覚えましょうや」
「うわあっ?!」
ライコと約束しているとレイヴンは
郁人の着物をいきなり脱がし始めた。
「まずは脱いで、それから
覚えていきましょう。
こういったものは聞くよりも
やったほうが早いですし」
「そうだけど……!」
自分で脱いだほうが手順が
わかりやすい気がする
と言おうとした。
ー が
「おわっ?!」
「ぬし様っ?!」
裾を踏み、前に思いきり転けてしまう。
「ごめん!大丈夫かっ?!」
レイヴンを下敷きにしてしまい、
慌てて上半身を起こして謝罪した。
「大丈夫ですよ、ぬし様。
謝罪は不要でございますれば。
しかし……」
体を起こしたレイヴンは
じっと郁人を見つめる。
「ぬし様は想像以上に
別嬪になられましたな。
この俺様でも思わずクラリと。
事故とはいえ、別嬪さんに
押し倒されるとは……
役得と言えましょうか?」
「役得??」
なぜそうなるか分からない郁人は
上から退いた。
「良い眺めでしたのに残念。
あと、当たった感触で思いましたが、
ぬし様はもう少し胸を詰めたほうが
良いかと?」
「なんで?」
頭上にはてなマークを浮かべる
郁人にレイヴンは口を開く。
「ぬし様の女バージョンは
もう少しありましたので。
どうせなら、サイズや感触なども
本物に近いパッド的な物を
作りましょうかね?
その方がバレる可能性も
低くなりますし……」
「そこまで見たりしない
と思うんだが」
「いえいえ!
ぬし様を女装させるのですよ!!
手を抜くこと等、俺様のプライドが
許せません!!」
ぬし様に関して手抜きなど
あり得ない!!
とレイヴンは力強く告げた。
「でも、レイヴンの仕事が
増えるんじゃないか?
ほら、猫の手を借りたいって
言ってたじゃないか」
「ぬし様に関しての事なら大歓迎!
全く疲れません!!
むしろ世話もしたいぐらいで
ありますので!!」
レイヴンは自慢気に親指を立てる。
「声はあの女バージョンから
再現出来るように魔道具を
作ってあるし、胸も再現して
完璧に仕上げなくては!!」
レイヴンは瞳を輝かせ、スクリーンを
浮かび上がらせ計画を練っていく。
「……職人魂に火をつけてしまった」
職人モードに入ったレイヴンを見て
郁人は額に手を当てる。
(レイヴンはアイテム作成の
プロでもある。
怠惰なんだが、自身の興味あるもの
だったら、とことんこだわるんだった……)
〔あんたの事だからあいつは
ノリノリなんでしょうね〕
郁人は後悔したように項垂れる。
「どうせならいっそ体を
女にするのもアリか!!
色香大兄の協力があれば!!」
「それはやめてくれ。
頼むから……!!」
フェイルートのもとへ向かおうとする
レイヴンを郁人は必死で止めた。
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