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112話 筝の授業




柔らかな日差しが郁人のいる

和室に差し込み、心地よい風が

吹いている。


~♪~~♪♪


風に乗って、心を落ち着かせる音色が

外へと響いていった。


音色につられ、木々は葉を動かし、

花々も体を揺らす。


「この音色は……!!」


歩いていた人々は石垣ごしから

聞こえる音色に足を止めて耳を

澄ます。


「フェイルート様の演奏だわ!」

「そうよ!

この演奏はきっとあの方だわ!

天は二物を与えないというけれど、

あの方は全てを持っていらっしゃる!」

「あの方の演奏している姿を一目でも

拝んでみたいものだ。

至高の美が奏でる姿を見られるなら

命くらい捧げるというのに……!!」


奏でる人物は、人々の予想通り。


郁人の前で(こと)を弾く、涼やかな

目元を伏せているフェイルートだ。


それぞれの指が生きているように

滑らかに動き、筝を奏でている。


〔あんたに教えるのは

蔦の女将さんだけだったけど、

忙しいから別の人が来るとは

聞いていたけどね〕

(まさかフェイルートが来るなんてな。

びっくりしたよ)


指定された和室に入った

郁人はフェイルートの姿を見て

驚いたことを思い出す。


〔色気野郎も蝶の夢とこの旅館の

経営で忙しいはずなのに〕


あんたの為に時間を割いたのが

すぐにわかったわとライコは呟く。


(本当にフェイルートも

忙しいのにな。

時間を割いてもらってありがたいよ)


郁人は感謝しながら、フェイルートの

演奏に聞き惚れる。


手本を見せてもらっているのだが、

あまりの心地好さに授業中と

いうことを忘れてしまいそうだ。


(それにしても……フェイルートが

弾けるのには驚いたな。

しかも、とても綺麗だしさ)

〔本当に綺麗な音色だわ。

これが筝なのね。

楽器も弾けるとか……羨ましいわ〕


ライコは感嘆の息を吐く。

郁人はそんなライコに尋ねる。


(苦手なのか?)

〔歌とかは良いんだけど、

楽器はどうしてもね……〕


あたしだって演奏したいと

ため息を吐く。


〔何回か挑戦したんだけど、

なぜかボロボロに壊れてしまうから

音楽神にお前は何か恨みでも

あるのかと言われたくらいよ〕

(ちなみにどの楽器を壊して

しまったんだ?)

〔ピアノやフルートとかね。

演奏してたらいきなりバキンッと

砕けたのよ〕

(……どうして砕けたのかが気になるな。

本当になんで?)


叩き割るといった意図的に

していないのになぜ砕けるのか

わからない。


(わざとライコが壊すとは

思えないし……)


ー「我が君」


すごく至近距離で声が聞こえた。


「授業中はこちらに集中して

いただきたいのですが」

「うわっ!?」


いつのまにか演奏が終わっており、

フェイルートの長い指が郁人の顎に

触れ、神々が嫉妬する美貌がすぐ側に

あった。


「ご……めん!フェイルート!」


郁人は思わず声がうわずってしまう。


「我が君には絵だけでなく、

音楽の才能があったのは事実。

ですが、あぐらをかけば失敗するかも

しれません。

ですので、きちんと練習をしませんと」

「才能って……」

〔えっ!?

あんた楽器弾けるの?!〕


フェイルートの言葉にライコは

声を上げた。


2人の言葉に頬をかき、郁人は答える。


「たしかに楽器はやったことあるけど

俺に才能なんて無いから」

「ご謙遜を。

我が君は歌は勿論、ピアノや三味線等も

出来たではありませんか」


あいつが聞き惚れるほどの才能を

お持ちだとフェイルートは話す。


「吹奏楽部や声楽部の顧問や部員に

何度も請われる程の才能がおありでした。

今やっていないのが勿体無い程です」

「勿体無い……か……」


頭を何度も下げてきた人達を郁人は

思い出す。


(俺をそこまで買ってくれたのは

嬉しかった。

けど……な……)


幼い頃に見た、あの化け物達が

頭をよぎる。


(あの中には、先生がいた……。

俺に音楽を教えてくれた先生が。

…………尊敬していた先生が)


音楽、特に教えてもらった歌になると

体が動かなくなってしまう。

声が少しも出なくなってしまう。


(もう過ぎたこと。

とうの昔の事だというのに……

なんでだろうな)


情けないと郁人は自嘲した。


「……我が君。

とんだ失言をしてしまい、

申し訳ございません」


気がつくとフェイルートが

頭を下げていた。


「フェイルートは悪くない!

悪いのは集中していなかった

俺なんだし、フェイルートは

悪いことなんて全くして

ないんだから!

頭を上げてほしい!!」


表情を曇らせ、頭を下げるフェイルートに

郁人は焦る。


「我が君」


フェイルートは顔を上げ、

郁人をじっと見つめる。


「ずっと心に抱えていては

忘れられるものも忘れられなく

なるというもの。

言葉に、声に乗せて、気持ちを

全て吐き出せば楽になります。

吐き出したくなるときがあれば、

いつでも私のところへ。

私は貴方様の力になりたいのです」

「………?!」


全てを見透かした瞳に息が

止まってしまう。


フェイルートの郁人を思いやる気持ちは

瞳を見れば手に取るようにわかる。


「………ありがとう、フェイルート」

「礼には及びませんとも。

我が君の息災が私の望みですから」


感謝で胸が温かくなった郁人は

フェイルートの頭を撫でる。


「本当に嬉しいよ」

「……………………」


頭を撫でられたフェイルートは

動きを止めた。


「あっ?!悪い!!

ついチイトの頭を撫でるノリで!」


その事に気づいた郁人は慌てて

手を離す。


「え?」


しかし、その手はフェイルートに

捕まった。


「……我が君の手は不思議ですね」


フェイルートは艶やかに微笑む。


「貴方様に触れていただいた

だけだというのに……。

こんなにも気持ちが満たされていく。

この世全てに感謝したくなるほどに」


郁人の手を頬に当て、うっとり目を

細めた。


その姿は郁人以外の者がいれば、

叫ぶか失神するほどに美しく、

艶やかだ。


「我が君にもこの気持ちが伝われば

よろしいのですが……。

私の言葉では伝えきれないでしょう。

ですので、行動でお伝えしたく」

「言葉で伝えたらいいから!!

言葉でお願いします!!」」


妖しく揺れる瞳で見つめられ

郁人の心臓はどきりと動く。


そんな郁人をよそに、フェイルートは

くすりと微笑むと郁人へどんどん

近づいていく。


「接近するのはやめてほしい!

お前が綺麗過ぎて心臓に悪い!!

あっ!ほら!!前に来たら箏が潰れ……

って、いつのまにか壁側まで

よけられてる……?!」

〔こいついつの間に?!

いや、女将さんがしたのね……!!〕


いつの間にか箏が女将の手により

壁際に寄せられ、郁人とフェイルートの

距離はますます近くなる。


「さあ、我が君……」

〔早く逃げなさい!!

不健全さが増す前に早く!!〕


ライコの慌てふためく声が耳に響く。


フェイルートのキラキラが増していき、

逃げようにも体が思うように動けない。


そのとき


「ぐっ?!」


何処からともなく現れたユーが

フェイルートの顔にビタリと張り付いた。


「……君、邪魔をしないでくれないか」


フェイルートはユーをベリっと

引き剥がす。


「前もだが、君は私の邪魔をするのが

趣味なのか?

だとすれば、えらくいい趣味なものだ」


フェイルートの嫌味や睨みを受けても

ユーはものともしない。


仕事をやり遂げたとユーはフェイルートの

手から逃れ、郁人の頭に止まる。


〔ナイスよ!よくやったわ!!〕


ライコはユーの働きを誉めた。


「それとも、あいつが派遣したか?

全く……」


フェイルートは両眉をあげ、

深く息を吸ってそのまま保つ。


ユーはそんなフェイルートの様子を

わざと無視し、尻尾で壁際の箏を

引っ張ってきた。


「あれ?

1張多いんだけど……」


ユーが引っ張ってきたのは郁人に1張、

フェイルートに1張、そしてもう1張と

1つ多い。


ユーは郁人の隣に1張置くと、

座ってじっと待っている。


「……………一緒にしたいのか?」


その様子を見て聞いてみると、

ユーはコクリと頷いた。


フェイルートは無理だと

首を軽く横に振る。


「出来ないと思います。

箏は親指、人差し指、中指と

3本の指に爪を()めて奏でるもの。

大きさも明らかに箏のほうが大きい。

奏でるには難しいかと……」

「たしかにな……」


箏とユーでは箏のほうが明らかに

5倍ほど大きい。

しかも、ユーには嵌めるための

指が無い。


「大きさは自在だから良いとして……

指がな……」


どうすればいいか郁人は顎に手をやり

考えていると、ユーは大きくなった。


そして、手をぐっと握りしめる。

力一杯しているのか、体は前屈みだ。

握りしめた後、一気に広げた。


「うそっ?!」

「……何でもありですね」

〔きゃあっ?!〕


3人が驚くのも無理はない。

ユーの手に3本の指が存在したからだ。

ユーは指に爪を嵌めると、

自慢気に見せる。


〔すごい……まるで生き物みたいに

動く指ね。

骨が無いように思えるわ。

ホントになんの生き物なのよ……〕


皆目検討がつかないと息を呑むライコ。


箏の前で今か今かとユーは授業が

始まるのを待っている。


「フェイルート、一緒に良いか?」

「構いませんよ。

……2人になる機会を別で作るか」


ボソリと呟くと、柔和な笑みを郁人に

向ける。


「では、再開しましょうか。

姿勢も崩れてますし、直すことから

いきましょう」


郁人は弾く姿勢に入り、ユーも

郁人の姿勢を見ながら正した。


「では、私が先程演奏したものを

弾いていただきたく」

「うん。わかった」


郁人は深呼吸をしたあと、譜面を

目でなぞり、指をなめらかに動かし

始めた。


ーーーーーーーーーー


「………やはりおかしいな」


演奏する郁人を見ながらフェイルートは

ポツリと呟く。


「どっちかが無断で施したか?」


集中していた郁人はその言葉を

拾うことはなかった。




ここまで読んでいただき、

ありがとうございました!

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