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107話 勝敗は……




郁人の独壇場を上から見ていた

ポンドはグロリオサに同情する。


「あの若者……満身創痍(まんしんそうい)ですな。

もう意地で飲んでいるのでしょう」

「あの"神々の生き血"を水のように

飲む奴に勝てる訳ねーのよ」


ローダンは盛りまくった皿を

片手に持ちながらニシシと

悪戯な笑みを浮かべた。


「マスターは貴方との勝負の際に

あの酒を飲まれたのですかな?」

「そうだぜ。

俺との勝負中によ、ダチの1人が

チェリーに早く潰れろと勝手に

あの酒を飲ませやがった」


ローダンは眉間にシワを寄せる。


「あん時は焦ったが、あいつ1本を

余裕で空けた上に、おかわりを

要求してきたからな。

あいつに負けて欲しかった奴等は

顔面真っ青。

一緒に飲むように誘われると、

ぴーぴー泣きながら逃げ出しやがった」


良いものを見せて貰ったと笑う姿に

ポンドは質問する。


「なぜ勝負をすることになったのです?

マスターに借金は作ってないようですが」

「あ~、理由か。

ダチが気味悪くなったからだあ」


ローダンは理由を語りだす。


「前まで女将さんを狙ってなかった癖に

あいつが現れた途端、手のひらをクルリと

返しやがってな」


綺麗に180℃回転しやがったと

ローダンは手をクルクルさせる。


「それだけならそこまで思わねーよ。

けど、ヤクでもやってんのかと思うぐれえ

チェリーが嫌い憎いぶちのめしたい

としか言わなくなっちまった。

しかも、ガチで暴力沙汰起こしやがった。

マジでイカれやがったぜ」


ありゃマジでヤバイかったぜ

とローダンは呟く。


「何かしやがったかとチェリーを

調べてみたが見事に真っ白けっけ。

マジなピュアホワイト。

あまりに一方的にも程があるからよお。

俺がダチ全員を代表して勝負をする事で

やめさせようと思ってな」


納得いかなかった連中は続けちまったが

と頭をかいた。


「……失礼ですが、意外に思いました。

貴方もマスターの母君狙っているのかと」

「狙ってるっちゃ、狙ってるぜ。

1晩くらいやらせてくれねーかとよ。

でもよ、あのチェリーくんはどうみても

女じゃなく母親としか見てねーだろ?」


近くから見ても遠くから見ても

あの雰囲気はガチ親子と

ローダンは断言した。


「そんなチェリーをいじめるなんざ

ナンセンスだあ。

してる暇あんならキレイなねーちゃんと

楽しみてーしな!」


料理を頬張りながら意見を述べ、

階下を眺める。


「おっ!チェリーくん余裕で

1本開けるな!

あの鬼もそろそろ潰れるんじゃね?

よし!チェリー!

そのままぶっ潰しちまえ!」


ヒャハハと笑いながら拳を突き上げ、

ふと後方に気付く。


「……で、後ろの2人は酒か場の空気に

酔ってんのか?」

「……どちらかと言えば、場でしょうな」


2人の視線の先には


「パパが……あんな楽しそうに……

前みたいに笑ってる!!」

「彼は……あのように笑えるのだな。

表情筋が動けばあんな風に……!!

あの笑みを記録したい……!!

あの空間を切り取りたい……!!

一体どうすれば!!」


瞳を潤ませるチイトと、

頭を抱えるジークスがいた。

2人は通常よりもテンションが

遥かに高い。


「あれは絶対に記録したほうが良い

素晴らしい笑顔だ!!

女将さんは勿論、あの医師にも

見せたほうが良いものだが……!!」


するとジークスの隣から聞いた事がない

音が聞こえる。


音のする方を見れば、ユーが口から

1枚の紙を吐き出していた。


「なに……を……?!」


ジークスは目を疑った。


その紙にはなんと、記録したい郁人の

笑顔がそこにあったからだ。


郁人がいた世界では写真という代物、

ユーは満足げに背中のチャックにしまう。


「ユー!それを私にくれないか!!」

「それをよこせ!」


ジークスとチイトの言葉にユーは嫌だと、

手をバツにしたあと料理にまっしぐら。


「逃げるな!」


チイトがその反応を見て捕まえようと動くが

ユーは紙一重でかわす。


「私も欲しいんだ!!」


ジークスも参戦するが、ユーは途中で

料理を食べたりと余裕な様子。


「あの生物も凄いが……

いろいろと重い2人に好かれてるな、

チェリーくん」

「あれもまた、マスターの人柄ゆえ

でしょうな」


ローダンは光景を見て郁人に同情し、

ポンドも頷く。



ー「うおおおおおおおおおおおお!!」



突如、階下から店が揺れ動くほどの

歓声が響き渡った。


「何があった!?」

「パパになにかあったのか?!」


あまりの歓声に動きを止めた2人と1匹は

バルコニーに駆け寄る。


熱狂的な歓声を浴びているのは、

勿論、あの2人だ。


「これは……」

「そろそろ決着つきそうだ」


ローダンは肘をつき、いつの間にか

頼んでいた酒をあおる。


「決着なんて、あいつが出た時点で

決まってたもんだからなあ。

相手が悪かったな、鬼ちゃんよお」


ローダンはニヤリとあくどい笑みを浮かべ

また酒を飲み干した。



ーーーーーーーーーー



ー 視界がまわる、世界がまわる。

座っているはずなのに、

フワフワと宙に漂っているようだ。


ー 体が熱い。

自身の体から湯気が出ていても

おかしくはないくらいだ。

血は沸騰し、体内は火の玉を

飲み込んだようにどろどろに

爛れてしまいそうになる。


ー 心臓が鼓動を刻み過ぎている。

あまりの速さに呼吸が追い付かず、

耳元にあるかと錯覚させるほどだ。


(まさか……この俺がここまで

追い詰められるとはよお)


グロリオサは額に汗を流しながら、

無邪気に飲む郁人を見つめた。


この賭けは誰もがグロリオサが勝つと

認識し、グロリオサもそう自負していた。


ー しかし


『君に勝って欲しいから忠告しとくよ。

彼に気を付けたほうがいい。

なんとなくだが、そんな予感がするんだ』


賭けを仕掛けた張本人のチュベローズから

言われ、からかっているのだろうと

グロリオサは気にしなかった。


(今はそれを……かなり後悔するぜ)


「飲めば飲むほど良くなるのを感じる。

本当は酒じゃなくて薬なんじゃ……?」


飲み干した郁人は余裕しゃくしゃく。

頬を緩ませながら楽しんでいる。

今のグロリオサとは正反対だ。


グロリオサはかつて自分との呑み勝負に

負けた者の立場にいるのだ。


(あいつらも……こうやって

意地で飲んでいたんだろうな。

この天国がついているだけ俺は

かなりマシなんだろうがよ)


沸騰している自分を癒す、郁人から

貰ったシャーベットを味わう。


(マジで美味えな、これ。

スイーツとかそんなん食わなくて

良いものと思っていたが、訂正する。

これは食うべきシャーベットだ。

天からの救いだ。

シラフのときにも食ってみてえなあ……)


救いは甘味と酸味がほどよく交わり、

彼の体内を癒してくれる。


(これを食うには地獄を飲み干さねーと

いけねーとか……飴と鞭にも程があらあ)


「おかわりいるか?」

「もらう!!」


郁人の言葉に、天国の魅惑に負け、

地獄を飲み干す権利も受けてしまった。


「おいおい俺ぇ!!」


思わず頭を抱えてしまう。


「そこまで気に入ってもらえて

嬉しいよ」


そんなグロリオサの状況など露知らず、

鼻歌を歌いながら郁人はグロリオサの分を

多めによそう。


スタッフは悲しげな微笑みを向けながら、

猪口に注いだ。


観衆の叫び声がしただけで

頭が縄できりきりと絞められていき、

猪口を持つ手が震える。


(……この1杯飲めば、俺は間違いなく

意識を飛ばしてしまうだろう。

せめて……飛ばす前に天国を味わいたい

……耐えてくれよ、俺!!)


自身に渇を入れ、一気に飲み干した。


味はたしかに美味いのだが、

それ以上の痛みが襲いかかる。


「ぐっ……!!」


もう焼けないだろうと思っていた喉は

さらに焼け、血がさらに沸騰する。


地獄を体感し、救いを求めて天国を

一気に口に放り込む。


(~~~~~っ!!

意識を失う前に食べれて幸いだ!!

……だが、もうこれまで……だな……)


自身の限界を悟ったグロリオサは

笑みを浮かべる。


(まさか、俺がこんな貧弱な人間、

力を入れれば容易く折れてしまう

ような奴に負けるとは。

世の中わかったもんじゃねーな)


「……おい」

「?

どうした?おかわりか?」

「いや、違う」


よそおうとする郁人を制止する。


「ここまで追い詰められたのは

初めてだ。

そして、非常に楽しめた」


口角を上げ、郁人を見つめる。


「お前が俺に望むことはなんだ?」

「望み?」

「この賭けはあの人とお前の勝負だ。

俺はその代理で出たに過ぎない。

だが、俺とお前の勝負でもあった。


ー 敗者は勝者に従うさ」


ここまで完敗したのは初めてだ、

いっそ清々しいと笑う。


グロリオサの笑みに、なにか言おうとした

郁人だったが、口を閉じた。


「そうだな……」


そして、顎に手をやる素振りを見せると

顔を上げた。


「……じゃあ、また一緒に

飲んでくれないか?

賭けとか無しで、純粋に飲みたい。

とても楽しかったし、このお酒を

一緒に飲んでくれたのお前が

初めてなんだ」

「そうだろうよ。

その酒は酒豪の間じゃ"禁忌"と

呼ばれるぐらいだからな」

「禁忌って呼ばれてるのか……?!

じゃあ、さっきのは無しに……」

「いや、さっきの望みを

俺は受け入れよう」


禁忌と知って息を呑んだあと、

撤回しようとした郁人を遮る。


「その酒が美味いのは事実。

さっきも言ったが俺も楽しかったからな。

あっ!ツマミはこのシャーベットは

必ず頼む!!マジ気に入ったからよ!!」

「了解。

他にもいろいろ作るから

楽しみにしてくれよな。

グロリオサ」

「勿論だ。言質は取ったからな。

楽しみに……してる……ぜ……

イクト」


テーブルに倒れ伏す音と同時に

カツンと猪口が転がり落ちる音が

響いた。


「……勝者!イクト!!」


歓声が大波のように店内に(とどろ)いた。




ここまで読んでいただき

ありがとうございました!

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