106話 神々の生き血
神々の生き血の登場に観衆は
さらに盛り上がる。
「おおおおおおお!!!!」
「ここまで飲んだのは……
あいつが初めてじゃないか?!」
「能面みたいに無表情なくせに
結構やるじゃないか!!」
「グロリオサ!
そんな細い奴に負けるんじゃないぞ!!」
「お兄さん頑張って!!」
「俺らも負けてらんねーな!
俺らにも酒を頼む!!勝負と行こう!!」
「いいぞ!乗ってやる!!」
観衆側でもいつの間にか対決が
始まっている。
大盛り上がりだ。
〔物騒な名前がついたお酒ね……。
甘い匂いで隠してるつもり
なんでしょうけどこれ……〕
訝しげにライコは呟く。
〔か・な・りアルコール度数が
高いわよ。
今までとは大違いね。
……あんた大丈夫なの?〕
(うん。大丈夫だよ)
〔……なんかはしゃいでないあんた?
目が輝いてるんだけど。
場の雰囲気に呑まれたの?〕
(そうかもな)
心配するライコに伝えると、
郁人は注がれた猪口を受けとる。
「この酒"神々の生き血"は
これまでとは段違いの濃い酒精に
なります。
ですので、先程の杯より小さめの
猪口にさせていただきます」
「わかりました。
……このボトル初めて見ました。
とても珍しいお酒なんですか?」
オパールの輝きを放ち、
独創的なラベルが特徴的な
まるで美術品のようなボトルを
見ながら郁人は尋ねた。
スタッフは質問に答える。
「はい。
この神々の生き血の職人は
全てにこだわりを抱いている方
なんです。
味や度数に納得がいかなければ
すぐに捨ててしまう程」
納得いくまで何百回でも造り直し
続けるそうです
とスタッフは告げる。
「ボトルやラベルも自身で手掛ける程の
こだわりをお持ちです。
ですから、滅多に出回りません」
「成る程……。
たしかに、ボトル等にもこだわりが
感じられますね」
全てに職人のこだわりが詰まっている
ボトルを郁人はじっと見た。
「しかも、自身の酒を出す店にも
職人のこだわりがありまして……。
うちにはボトルの良さがわかる支配人、
そして呑めるグロリオサがいるからと
定期的な仕入れを許可されております」
「成る程。
だからどこにも見なかったんだ……」
郁人は納得しながらスタッフから
猪口を受け取っていると
グロリオサが声をかける。
「今更だが大丈夫か姫男?
ここでお前が倒れたら、
あいつらが暴れると俺の勘が
そう告げている」
チイト達をチラリと見たあと、
伺うグロリオサに郁人は頷く。
「大丈夫だ。
俺は倒れないから。
正直に言うと飲んだときのほうが
調子がいい気がするんだ」
肩を回して体が軽いと
実感する。
「いつも冷たい体が温かくて
動き安い。
おまけに気分も良くてさ」
「ほう。それなら問題ないな」
豪快に笑い、グロリオサは猪口を
差し出す。
「乾杯しようじゃないか。
ここまで来たのはお前が
初めてなんでな」
「わかった」
郁人も頷き、猪口を差し出す。
「乾杯!」
「乾杯!」
器のぶつかる音が響き、
両者一気に飲み干す。
「ぐっ……!!」
グロリオサは神々の生き血に
思わずうめく。
神々の生き血、熱い液体は
蜂蜜のようにとろけて
口内を包み込むと甘さが広がる。
しかし、喉に滑り込めば甘さに
隠れていた酒精が姿を現す。
酒精は火の塊の姿をしており、
喉を焼き付かせ、胃に染み込んでも尚
その姿は健在だ。
(この熱さ……!!
火の棒を突っ込まれたような感覚!!
けれど、この甘さが病み付きになる!)
久しぶりの感覚に驚きながらも、
常人なら1口で倒れる神々の生き血を
グロリオサは飲み干した。
「……くぅ!
久々だがこれはガツンと来やがる!!」
「すいません!
おかわりをお願いします!」
肌が赤くなったグロリオサが
焼かれた喉を押さえる中、
郁人は真っ直ぐ手を上げて
おかわりを要求した。
「…………………もうですか?」
「はい!
いただいてもいいですか?」
目を輝かせながら言う姿にスタッフは
思わず固まるが、すぐに意識を戻し
郁人の猪口に注いだ。
「ありがとうございます!」
郁人は感謝を告げるとまた勢いよく
飲み干した。
「~~~っ!!
体があったまるなあ!!」
花を咲かすくらい上機嫌な姿に
周囲はただただ口を開ける。
ー それもそうだろう。
"神々の生き血"はたった1滴ですら
喉を焼き付くし簡単に意識を奪う代物。
数々の酒豪が挑んだが全てを
返り討ちにした世界1恐ろしい酒。
酒豪で有名なドワーフと鬼のハイブリッド
グロリオサだからこそ、この度数に
耐えられるのだ。
「本当に美味しい……!!」
それを見るからに細く脆そうな人間が
水のように飲んでるのだから
当然である。
少し口に含んで倒れるだろうと予想し、
賭けの勝利を確信していた者達は
口をあんぐり開けている。
「ウソだろ……」
正面から見ているグロリオサは
目を見開き、額から汗を流した。
「やっと本番なのか、お前……」
今まで飲み干してきた量、
スタッフが裏に置いてある
積み上げられてきた酒瓶の数々は、
郁人にとってはただの前座に
過ぎなかった。
「ふふふ」
グロリオサの呟きを拾えなかった
郁人は頬を紅潮させながら
はしゃぐ。
「たしかに喉元を過ぎるとき
少しキツいかもしれない。
けど、味はまさに神々という
名前がふさわしいお酒だ!!」
郁人は神々の生き血を掲げ、
瞳をキラキラと輝かせる。
「体もさらに温まってる!
しかも、自分でもわかるくらい
表情筋が動いてる!
酒は百薬の長とも言うが……
これの事だったんだな!!もう最高!!」
抑えきれない笑顔を見せる郁人。
今にもその場で跳び跳ねそうな程に
嬉しそうだ。
「マジかよ姫男……」
「……私達は夢でも見てるのか?!」
「あの神々の生き血を軽々と……!!」
「数々の酒豪を潰したアレを
飲んでも平気だなんて……!!」
うすら寒いものを感じるグロリオサと
観衆。
「前に飲んだときは名前も
知らなかったからさ。
また飲みたいなと思っていくら
探しても見つからなくて………」
飲んだ時に居た人に聞いたら
逃げられたからと郁人はうつむく。
「こういう場なら出るんじゃないかと
少し期待していたけど、名前も知れたし
まさかまた飲めるなんて……!!
本当に良かった……!!」
嬉し涙で瞳を潤ませる姿は
憧れの先輩に会えて歓喜する
後輩のようだ。
「あっ!そうだ!」
何かに気がつくとスタッフに尋ねる。
「すいません。
これに合うんじゃないかと作ってきてて
出してもいいですか?」
「え……えぇ。
仕込みは無いか確認のため私共も
1口貰いますが、それでよろしければ」
「全然構いません。
無駄にならなくて良かった……!!」
ホルダーから郁人は瓶を取り出す。
「こちらを」
気が利くスタッフは皿を持ってきて
郁人に差し出した。
「ありがとうございます」
皿を受けとると、瓶の中身を
シャーベットを取り出した。
よく冷やされていたのか、
冷気を放っている。
「どうぞ召し上がってください」
「では、失礼致します」
スタッフがスプーンで掬うと
口に含んだ。
あまりの冷たさに目を見開くが、
シャリシャリ音を立て爽やかな甘味と
酸味が口いっぱいに広がり、
スタッフは頬を緩ませる。
「これは……非常に美味ですね。
仕掛けも無いようですし、許可します」
「ありがとうございます」
郁人は注いでもらった神々の生き血を
ぐいっとあおった後、口に入れる。
「くぅ~!!やっぱり合う!!
このお酒、蜂蜜みたいに甘いから
リンゴとかそういう系が合いそうだ
と思ってシャーベットを作ったけど
正解だったな!!」
神々の生き血のお供にピッタリだと
郁人は満足げだ。
「………俺にも少し良いか?」
追いつくために2杯を一気に飲み、
喉や胃を焼けただれそうになっていたが、
スタッフと郁人が美味しく食べていたのが
気になり尋ねた。
「いいよ。
マッチしてさらに美味しく感じるから!」
「ありがとな。いただくぜ」
快諾した郁人から皿を受けとり、
グロリオサはシャーベットを
口に入れる。
「んっ?!」
口の中に広がる瑞々しい果汁が
神々の生き血と奇跡の共演を果たした。
冷たさは喉や胃に染み込み、
熱さを和らげ心地好さを感じる程だ。
「こりゃ美味いな!!マジで美味い!!
おかわり良いか?」
今のグロリオサにシャーベットは
天からの救いだ。
勢いよく皿を郁人に差し出し
要求した。
「いいよ。
結構作ってきたからさ。
さあ、これを肴に飲もうじゃないか!!」
「………そうだった」
光輝く目をしていたグロリオサは理解した。
いや、してしまい顔を青ざめる。
この天国を味わうなら、
神々の生き血を、地獄を
飲み干さなければならない。
ー 目の前の男は地獄への一本道に
付き合わせる気が満々なのだと……。
「こうやって一緒に飲める人が
いなかったから嬉しいよ。
前、初めて飲んだときは全員
逃げだして付き合ってくれなかった
からさ」
一緒に呑もうと朗らかに笑う姿は、
グロリオサには悪魔の笑みに見えた。
「………可哀想に」
「あの酒を飲み続けなければ
ならないなんて……!!」
「飲めば数日はアルコールでやられ
気持ち悪さにうなされるんだぞ……!」
「そりゃ逃げるに決まってる!」
「あの細い子は悪魔か……!!」
観衆達はグロリオサの立場を自身に
置き換えてしまい同情し、顔を青ざめ
ガチガチと歯を鳴らす。
「さあ、楽しもうぜ!」
この賭けは今までグロリオサの
独壇場だった。
「一緒に神々の生き血を味わおう!」
が、このとき主が代わった瞬間である。
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