105話 郁人VSグロリオサ
「パパ……大丈夫かな?」
チイトは階下にいる郁人の背中を
見下ろしながら呟いた。
「今まで飲んでる姿なんて
見たことないのに……」
ユーも心配そうに隣で伺っている。
「ポンド、君もあまり心配そうには
見えないが理由があるのか?」
ジークスは出された豪勢な料理を
食べているポンドに問い掛けた。
チイトとジークスは心配で喉も
通らないのだが、太鼓判を押した
ローダンとなぜかポンドは平気そうだ。
「マスターが平気そうでしたので。
不安でしたら瞳に出ますからな」
「そうだぜ。
あのチェリーくんは勝機があるから
平然としてんだしなあ。
それに……」
ローダンは頬張りながら話を続ける。
「俺があいつに負けたのは
"酒飲み勝負"でだからなあ。
あいつなら問題ねーよ」
「勝負したと聞いたことがあったが……
呑み比べだったのか?!」
「貴様が弱かっただけでは?」
ジークスは目を丸くし、
チイトが問いかける。
「俺がいつも踏み倒す時に
使う手段だが、勝負を吹っ掛けて
飲んで飲んで飲みまくって相手を
潰してんだよ」
超お手軽な手段とニヤリと笑う。
「だからか、ソータウンじゃ俺が
"酒豪"って有名なんだぜ。
その俺が初めて潰された相手は……
あそこにいるチェリーくんよ」
マジ見かけによらねーわと
笑うローダン。
その言葉に全員は目を丸くしながら
郁人を見つめた。
「……ま、驚くポイントは
それだけじゃないんだがなあ~」
郁人を見つめるチイト達を横目に、
普段はありつけない料理の数々を
ローダンは今のうちにと皿に
どんどん盛り付ける。
ーーーーーーーーーー
場の空気は当初、郁人がすぐに
潰れるだろうと予想し、
どちらが勝つか賭博していた者達の
票はグロリオサに集中していた。
じつは、酒飲み勝負は賭けの定番で、
常にグロリオサが勝利してきたからだ。
勝負のルールはアルコール度数が
低いものから飲んでいき、
5杯飲むごとに度数が高くなっていく。
そして、相手が潰れるまで飲むという
内容だ。
度数が高くなるとしか決められていない為、
出される酒の種類はランダム。
同種のものを飲み続ける訳ではないので
潰れやすくなっているのだ。
なので、全員がいつも通り序盤辺りで
郁人が潰れるだろうと考えていた。
ー しかし
「これは辛口だけど……
喉ごしもいいから飲みやすくて
好きだな」
序盤などとっくに過ぎ、何十回目とも
わからないくらいに飲み干している
郁人の姿がそこにあった。
しかも、顔色を一切変えず平然と飲み、
味の評価までしている。
「これはソーセージとかサラミが
合うかも」
酒に合うつまみを考え、
酔う素振りすらない郁人に
場は騒然となる。
「……番狂わせだっ!!」
「グロリオサじゃなく、あの細い子に
しとけば良かったかな……?」
「まだ勝負は決まった訳じゃない!!」
騒がしくなったことに気付いた郁人は
キョロキョロと見渡す。
「?
なんか騒がしくなったけど、
どうかしたのか?」
「お前が平然としてるから
驚いてんだよ」
不思議そうな郁人に
笑いながらグロリオサは
ぐいっと飲み干す。
「ところで、お前はどうして
賭けをしようとしたんだ?
そんなタイプには見えねーんだが」
グロリオサは気になって
問いかけた。
「情報が欲しくてさ。
チュベローズさんから持ち掛けられて
乗ったんだ」
「ほお……そいつは珍しい」
郁人の言葉にグロリオサは
目を丸くする。
「あの人、自ら持ち掛けるような事は
しないんだが。
ということは……
なあ、お前が負けたらどうなんだ?」
顎に手をかけ思案した後、郁人に尋ねた。
郁人は出された酒を飲んだあと、
素直に答える。
「チュベローズさんが
"俺を1晩自由に出来る"ことだ。
名指しされた理由はわからないけど……」
「ぶふぁっ!」
あまりの言葉にグロリオサは酒を
霧状に吹き出した。
「うわっ!?大丈夫か!?」
郁人は心配して声をかけた。
その間にスタッフはテーブルを
綺麗に拭き、グロリオサの杯に
噴き出されたものと同じ酒を注ぐ。
この店のスタッフは仕事が早い。
「悪い。思わず噴き出しちまった」
何度か咳き込みながらも落ち着いた
グロリオサはじっと郁人を見る。
「……なるほどな。
あの人が自分から持ち掛ける訳だ。
気付いてから見ると……たしかに……
あの人の好みだな、お前」
グロリオサは品定めしたあと頷く。
「あの人、どっちもイケるが
攻めるならお前みたいな奴って
聞いたわ。
名指しされたのも頷ける。
ちなみに、どんな目に合うか
理解してんのか?」
淡々と答える様子を不思議に思った
グロリオサは尋ねながらも、
渡された杯をあおる。
郁人も杯をあおりながら答える。
「うん。
着せ替え人形にされるんじゃないか?
賭け前に初めて会った時の服とか
色々用意してるからって言われたし。
背中に爪立てても良いって言われたのは
不思議だけど」
理解していない解答にグロリオサは
ガタリと椅子から落ちそうになる。
「……お前の頭がフワフワな
花畑なのは理解した。
絶対違うからな。
あの人がしたいのは……」
わからせたほうがいいなと
言いかけてピタリと動きを止める。
「……………………?!?!?!?!」
張り付けにされたように、目を見開いて
瞬きもしていない。
おびただしい量の汗かいている。
そんなグロリオサの姿に郁人は戸惑う。
「どうかしたのか? ん?」
よく見ると視線がある方向に
ずっと向いている事に気付き、
後ろを向く。
「あっ!チイト」
「パパー!!」
バルコニーから身を乗り出し、
無邪気に笑いながら手を振る
チイトがいた。
「頑張ってねー!」
「うん、頑張るよ。
でも、身を乗り出したら危ないぞ」
「はーい!」
身を乗り出すのをやめたチイトに
郁人は手を振り前を見る。
「……っは! 息が……やばかった……!!
殺気で……意……識がなく……なり……
かけるとか……マジかよ……?!」
グロリオサは机に頭を押しつけ、
荒い呼吸を繰り返しながら呟く。
「お前……なんで"歩く災厄"と
一緒にいるんだよ?!
しかも……あんな……笑顔で!!
……お前何者だ!?」
「家族だからな。
パーティーでもあるし」
肩で息をしながらも追求する
グロリオサに答えた。
内容にグロリオサは目を見開く。
「マジか?!
……あいつも人の子だったんだな。
……家族にしては過保護なもんだ。
そっち系は禁止みてえだし」
最後の呟きは聞こえなかったが、
グロリオサは納得したようだ。
「チイトに会うの初めてじゃない
みたいだけど、どこかで会ったのか?」
注がれた杯を飲み干しながら郁人は
尋ねる。
「会ったんじゃなく、迷宮であいつを
見かけたことがあってな。
少しでも近づいたら斬る!って感じで
魔物を殺しまくってたからよ。
あんな一方的な虐殺は忘れようにも
忘れられねーわ」
グロリオサもグイッとあおる。
そして動きがまたピタリと止まり、
話しかける、
「……ん? 待てよ
お前のパーティってまさか……」
郁人の後方、チイト達がいる場を
じっと見つめた後、目を見開いた。
「やっぱりあの"孤高"のジークスも
いるじゃねーか!?
ってことは、お前があの噂の奴か!!
フェイルートさんの色香に動じない
あのイクトか!!」
勢いよく指差し、机から身を乗り出す。
「孤高って?」
郁人はジークスとは繋がりが無い
単語に首を傾げる。
「知らねーのか!? マジで有名だぞ!!」
知らなかったのか?!
と、グロリオサは両眉をあげる。
「どんな危険な依頼でもたった"1人"で
達成する猛者!
高名な貴族や国の専属や、有名な
パーティから声をかけられても
全て断り、1人で全て出来ちまうから
"孤高"と言われてんだぜ!!」
「孤高……」
〔孤高って、誰ともつるまない
イメージなんだけど……〕
郁人は思わず振り返り、
チイト達がいる部屋を見る。
ジークスもバルコニーから見ており、
目が合うと柔和な笑みを浮かべながら
手を振ってきたので郁人は振り返した。
「あの孤高が見る影無しだと
あの人が言ってたが……
マジだったんだな」
ジークスの態度を見てグロリオサは
ポカンと口を開ける。
「と言うことは、歩く災厄と孤高に
取り合われ、2人を尻に敷いてる寵姫と
色香に動じない人物は同一だった訳か」
「ちょっと待て」
聞き捨てならない言葉に郁人は
制止をかけた。
「なんだそれ!?
初めて聞いたんだけど!!」
「うおっ?! いきなり大声出すなよ!!
お前……結構疎いんだな。
いや、あいつらが聞かせないように
してんのか……?
まあ、いい。この話も有名だぞ」
世間知らずにも程があるな
と、グロリオサは頭を掻きながら話す。
「なんせ、あの災厄と孤高がパーティを
組むことが驚天動地の極みだったからな。
そして、その2人がお前の注目を引こうとし
パーティを抜けようもんなら必死に止める。
そりゃ噂になるだろ?」
〔的を射ているわね〕
納得だわと告げるライコに
郁人は内心モヤモヤする。
「………俺の心境は極めて複雑だがな」
「おっ!
やっと顔を少し歪めたな。
姫さんのポーカーフェイスを崩せたのは
幸先良いねえ」
郁人はしているつもりは無かったのだが、
どうやらポーカーフェイスをしてると
思われていたようだ。
指摘しようとしたが、
無邪気に笑う姿にやめる。
「とりあえず姫はやめろ。本気で頼む」
「たしかに男で姫は嫌だろうからな。
わかったよ、姫男」
「やめる気さらさら無いだろ」
快活に笑うグロリオサをじと目で見ていると
ある香りが鼻に届いた。
とろりと全身を包み込むように、
触れた部分からとろけてしまいそうな
濃厚な甘い香り。
「この香り……!?」
「来やがったか。
まさか飲むことになるとはなあ……」
グロリオサは髪をなでる。
ティーワゴンのコマが地面を転がる音と
ともに、香りはさらに濃くなって行く。
ー それはテーブルの横で止まった。
猪口に注がれたそれは黄金の輝きを放ち、
香りの正体が判明する。
「さて、お初にお目にかかります。
酒飲み界隈では禁断とされる、酒豪潰し、
ドワーフ殺しと名高い"神々の生き血"の
登場です!!」
正体が明かされた途端、歓声が
地鳴りのように響き渡った。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました!
ブックマーケット、評価
いつもありがとうございます!




