小話 受付嬢の思うこと
小話は、郁人が主だって登場しないものになります。
今回は、彼女から見た郁人に関するものです。
冒険者ギルド、ジャルダンの1室。
フェランドラは机に向かっていた。
「あのもやしが旅か……」
フェランドラは夜1人、仕事をしながら
思いを馳せる。
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フェランドラが郁人と初めて会ったのは
彼がいじめられていた時だ。
フェランドラがギルドへ向かっていると
罵声と乾いた音が耳に入ったのだ。
「なんだ?」
音のする方へと向かうと、
ある景色が飛び込んできた。
数人の男が1人に詰め寄り、
腹に容赦なく蹴りを入れている。
太った大柄の男が主犯なのだろう、
聞くに絶えない罵声を浴びせていたのだ。
「1人相手に群がるとは……
見てて気持ち良いもんじゃねーな」
見て見ぬふりはできず、歩み寄る。
「おい、なにこそこそしていやがる。
うるせえんだよ。とっとと失せな」
「あぁ?テメエこそうるせえんだよ!!」
「そっちが失せろ!
ボコられ……って、お前?!」
「おい!
あいつフェランドラじゃねーか?!」
「くそ!行くぞ!」
フェランドラだとわかると、
威勢の良かった男達は顔をしかめて
去っていく。
彼女は普段、ギルドの受付をしているが、
冒険者でもある。
新進気鋭の期待のルーキーと名高く、
数人でかかっても 軽くいなせる実力も
ある。
そのため、男達は最初暴力で
黙らせようとしたのだが、
相手はフェランドラ、勝ち目はないと
去っていくが、悪態をつくのを
忘れなかった。
「………この獣風情が」
昔、獣人は差別の対象であったが、
今は差別される謂れもなく、
普通に暮らしている。
ーしかし、人は自分と違うものを恐れるもの
今でも、差別する輩もいるのが現実だ。
男達がそれを証明している。
フェランドラはその背中を睨み付け、
鋭い舌打ちをする。
「勝手に言ってろ、贅肉野郎。
おい、大丈夫か?」
「なんとか……かな。
見えないところ狙うとか
性質悪いよ……全く」
尋ねられた男は、何度か咳き込みながら
顔を上げる。
「あっ……お前!」
その顔を見て、フェランドラは
初めて郁人だと認識した。
あのライラックの息子となった人物で、
表情が無く、1部に気味悪がられている事。
ライラックを狙っている男達に
妬まれている事は父から聞いたことがあり
遠目でだが見た事があったのだ。
「お前、ライラックさんの息子か?」
「そうですけど……?
俺のことを知っているのですか?」
「あぁ、親父から聞いたことある」
「親父?」
「冒険者組合ジャルダンの長、
ミアザがオレの親父だ。
会ったことあるだろ?」
「あっ!あの人の娘さん!」
郁人は嬉しそうな声色で話すが、
表情は無のまま。
その姿に不気味さを覚えてしまう。
(こりゃ気味悪がられる訳だ。
しかも、その気味悪いのが
美人で有名なライラックさんと家族。
顔もまあ整っているほうだし、
妬まれるな、これは)
フェランドラは納得していると、
郁人が自己紹介をはじめた。
「初めまして、俺は郁人。
初対面で見苦しいのを見せて
すいません。
しかも、助けていただけて……
本当にありがとうございます」
「別に助けたつもりはない。
うるさかったから言っただけだ。
……お前はそのままでいいのか?」
郁人の様子を見て、あのような
罵倒や暴力がいつものことなのだと
感じたフェランドラは尋ねる。
「やられっぱなしでいいのか?
諦めてんなら、もうずっと家に
引きこもってろよ」
なにもしないでされるがまま、
現状を打破しようともがかない者が
嫌いな為に、つい口調を厳しくして
しまった。
フェランドラは少し自責の念に
かられる。
しかし、郁人は堪える様子を見せず、
フェランドラを真っ直ぐ見つめ、口を開く。
「それは嫌かな、何もしないでいるのは。
喧嘩は出来ないけど、やり返すこと
ぐらいはしますよ。こうやってな」
郁人は握りしめていた手を広げた。
「それは……ボタンか?」
「これは……」
「ぎゃああああああっ?!」
話の途中で悲鳴が聞こえた。
声から察するに、先程の主犯の男だろう。
「成功したかな?
今頃、道の真ん中で大慌てだろうな。
なんせ、ズボンがいきなりずり
落ちた訳だから」
悲鳴を聞いた郁人の反応は、
いたずらに成功した子どもだ。
「もしかして……そのボタン」
「察しの通り、あいつのズボンの
ボタンです。
今にもボタンがちぎれそうだったので。
なら、俺が引きちぎってもいいだろ?」
郁人の瞳は諦めていなかった。
現状をよしとせず、自身の力で
もがいて努力する者の瞳だ。
その瞳を見てフェランドラは笑いだす。
「アハハハッ!
なんだお前、ちゃんと表情に
でるじゃねーかよ!
おまけに結構やるじゃんっ!
お前あれだな!心の強さに体が
ついていけてないタイプ!!」
突然笑いだしたフェランドラ。
その事に面をくらう郁人に、
フェランドラは手を差し出す。
「諦め悪い奴は嫌いじゃねーぜ。
満身創痍だろお前?
なら、オレが送ってやるよ」
「ありがとうございます。
えっと……」
「オレはフェランドラ。
敬語は無しでいい。
それと、オレが受け身とか
そういうの教えてやるよ。
喧嘩に勝てなくても、受け身が
できたら怪我しにくくなるしな」
「本当にありがとう、フェランドラ。
ご教授頼みます」
郁人は差し出された手をとると、
フェランドラが掴んで立たせ、
そのまま肩を貸した。
「おう!
みっちり教えてやるぜ、イクト!」
2人は笑いながら大樹の木陰亭へ
向かった。
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あれからフェランドラは郁人に
スパルタで教えた結果、
怪我をする割合が減ったのだ。
「ジークスが来てから、
あいつも着いてくるように
なったんだったなあ」
依頼が無いときはジークスは番犬のごとく、
何かと郁人に着いてくるので、
今ではセットの印象がついている。
「先に目をつけたのはオレなのによ、
全く」
ジークスが郁人のそばにいるように
なってからいじめを受ける回数は
減ったのだから嬉しいことなのだが
……少し気に食わない。
「あぁー!!なんかもやもやする!!」
フェランドラは意味がわからず
頭をかきむしる。
すると、机から1枚書類が落ちた。
その書類はチイトに関するもので、
拾い上げ、注視する。
「あいつ……大丈夫なのか?」
チイトに関する情報は残虐性を
感じるものしか見つからず、
どこで生まれどう過ごしていたかの
情報は一切皆無。
ギルドへ来た際には威圧で周囲を黙らせ、
特に、郁人をいじめていた者達に
殺気を飛ばし、気を失わせていたのだ。
ー郁人に気づかれないように
「気に入られているのはわかるがな……
頑張れよ、もやし」
郁人にエールを送り、再び仕事に
打ち込んだ。




