102話 支配人“チュベローズ“
若色の店内はどこか薄暗いが、
高級感溢れるものであった。
壁画や装飾が施された高い天井には
シャンデリアがあり、 その光は
ゆらゆら揺れて艶かしい。
「ようこそ“若色“へ。
支配人のもとへ案内させていただきます」
眼鏡が似合うドレススーツをピシッと着た
スタッフに案内され、広い通路を郁人達は
進んでいく。
(高級ホテルと言われてもおかしくない
内装だな)
〔怪しい店とは到底思えないわね〕
館内いや店内をキョロキョロと
見渡しながら曲線を描く階段を
あがっていくとふと気になった。
「………ん?」
〔なんか……
ジロジロ見られている気がするわね。
こう、品定めされてるような……〕
どこからか視線を感じたのだ。
郁人でも気付く、首筋がゾワゾワする
視線だ。
ライコも気付いたのか呟いた。
視線の先を辿ろうとしても
見つからない。
「ローダン。
あのさ、なんか視線を感じるんだけど
こんな店なのか?」
「そうだな。
この店は監視?警備?されているから
理由はそれだろ。
ほれ、あっち見てみな」
ローダンが指差す先には蝙蝠がいた。
よく見るとあちこちに蝙蝠がおり、
こちらをじっと見ている。
「蝙蝠だ!」
「よく見ますと至るところにいますな」
辺りを見渡すと、想像以上に蝙蝠が
潜んでいることに気付く。
ポンドも思わず声をあげた。
「チュベローズさんは魔族の
“吸血鬼“らしいからな。
蝙蝠を使い魔とし、あらゆる情報を
仕入れていると聞いたことがあるぜ」
〔使い魔の数が多い程、同時に使役するのは
大変な作業なのに……。
ここの支配人、ただ者じゃない
わね………!!〕
支配人、チュベローズの技量に
ライコは舌を巻く。
「では、知らされていた
と言っていたのは……」
「こいつらからだろうなあ」
「皆様着きました」
両開きの豪華な扉の前でスタッフが
立ち止まる。
「どうぞ、こちらです。
ー 支配人、お客様をお連れしました」
スタッフが扉をノックすると、
部屋の中から声がかかる。
「いいよ。入って」
「失礼します」
許可を得てスタッフが扉を開く。
「コンニチハ」
燭台の明かりが妖しくゆらめく部屋に
革張りのソファに座るチュベローズがいた。
「俺の部屋にようこそ。どうぞ座って
君、彼らにお茶を」
「かしこまりました。
皆様はこちらでお待ちください」
「わかりました」
手招きされた郁人達は部屋に入り、
用意されていた柔らかな革の椅子に
座る。
「……支配人。
今日はあの者が側に居る筈ですが」
「あぁ、彼ね」
テキパキと紅茶を用意し、配膳しながら
尋ねたスタッフにチュベローズは
薄い唇を楽しげに開く。
「彼なら前から狙っていた垂涎モノが
珍しく近くに来たようだからね。
すぐにでもイキたそうだったから、
それを捕りに行かせたよ。
俺もお目にかかりたいからさ」
捕まえれるといいよね
と笑うチュベローズにスタッフは息を吐く。
「……わかりました。
次からは誰かこちらに寄越してからに
してください」
「わかったよ。次から気を付けるさ。
それにしても……」
郁人達をチュベローズは見つめる。
「こんな目の保養になる男達を
一気に招き入れるのは興奮するね。
このままシテしまうのも悪くない」
そう言い、唇をなめる姿は獲物を見つけた
捕食者のよう。
「おっと、自己紹介を忘れていた。
俺は“チュベローズ“。
ローちゃんも言ってたけど、
種族は魔族で吸血鬼。
この楽園の主、支配人でもある。
よろしくね。
ポンディ、ジーくん、仔猫ちゃん、
チイくん」
右から順に1人1人と目を合わせて
名前を呼んだ。
「私達の情報は筒抜け……なのですかな?」
「そりゃ勿論。
君達は今、この国で最も注目を
浴びているからね」
知らないなんてとんでもない
とチュベローズは笑う。
「悪漢を完膚無く叩きのめし少女を助けた
色男のポンディ。
モーションかけられても仔猫ちゃん以外に
興味無し、料理勉強中のジーくん。
"歩く災厄"の異名を持ち、刃のように
鋭い美しさにファン殺到のチーくん。
そんな3人に守られてる姫君、
フェイくんのフェロモンに屈しない
仔猫ちゃん。
あっ!
胸ポケットにユーくんもいるよね?」
へらへらと軽薄に喋りながら
郁人の胸元を指差した。
名指しされたユーは胸ポケットから
肩に移動し、警戒している。
「そう警戒するなよ。
別に捕って食おうなんてしないさ。
君は、ね」
チュベローズの瞳が郁人を捉え、
なぜか郁人の背筋がゾッとする。
(なんで見られてるだけなのに
背筋が……!?
俺何かしたかな……?)
視線を浴びる郁人を庇うように
チイトとジークスが前に出る。
「パパ。
投げ飛ばされた人って言ってたけど……」
「どういう事なんだ?」
〔あたしも気になるんだけど……〕
3人に尋ねられ記憶を辿りながら
話していく。
「たしか、あれは……」
ーーーーーーーーーー
ー チュベローズと会ったのは
蒸し暑い夏が終わる頃。
(転ばされないように気を付けないと)
足下に気を配りながら配膳し、
次の品を受けとるために
ライラックのもとへ向かっていく。
「えっ?」
突然、背中に衝撃を感じた。
隣にいた客がわざと腕を伸ばして
突き飛ばしたからだ。
(これはマズいな……!)
体勢を整えようにも既に遅く、
顔面強打を覚悟する。
ー「おっと、大丈夫かい?」
声が聞こえたと同時に力強く腕を
掴まれそのまま引っ張られた。
背中や尻に軽い衝撃を感じると
耳元で囁かれる。
「随分乱暴なアプローチをかけられて
大変だったね。
怪我はないかい?」
「大丈夫……です!
ありがとうございます!」
ふぅと息が耳に当たり、
助けてくれた人物の膝に
座っているのだと気づいた。
「すいません?!」
慌てて立ち上がろうとしたが
肩に手を置かれ、止められる。
「足がもつれかけていたからね。
勢いよく立てば危ないかも?
しばらくじっとしてたほうがいいぜ」
振り向けばそこにはサングラスをかけ、
ドレススーツにファーストールを身につけた
美丈夫がいた。
この時、自己紹介をしていなかったから
知らなかったのだが、この者が
"チュベローズ"だ。
「そこの君、ダメじゃないか。
いくら気になってもこういった行為は
感心しないな」
「っ……?!」
突き飛ばした者は注意された事により
視線の的になり、顔を赤くしながら
金を机に置いて脱兎のごとく逃げていった。
「急いで出た割にはきちんと
金を置いていくんだ。
まっ、良いことなんだけどね」
料理をいただく場で走るのはいただけない
と笑うチュベローズに郁人は頭を下げる。
「本当にありがとうございました。
もう足も大丈……」
「いいよいいよ。
君の顔に傷がついたら大変だからね」
郁人の頬を軽く手の甲でなぞる。
「それより、君に聞きたい事があるんだ。
少しこのまま話がしたい」
「?
わかりました。聞きたい事とは?」
「前みたいな格好はしないのかい?」
「前……ですか?」
尋ねられた内容がわからず首を傾げる。
その姿を見て説明してくれる。
「ほら、あれだよあれ。
背中がパックリ空いたノースリーブの
セーター着ていただろ?」
郁人の背中に指をツツッと這わせながら
尋ねた。
「ズボンは一緒だし、てっきり
ここの制服なのかと思ってさ。
今は着てないのかい?」
「あれですか……。
あの服は少しトラブルがあってそれで
着ていたんですよ」
理解した郁人は頬をかきながら話した。
「トラブル?どんな内容だい?」
背中から腰に回された腕を不思議に
思いながら答える。
「じつはあれ、客が母さんに着て欲しくて
無理矢理渡してきた物の1つなんです」
あれは酷いものでしたと
郁人は説明する。
「あんな服を着せる訳にはいきません。
断っても営業妨害並みに送り続けて着ろと
催促するものですから、誰が着るかは
指定してなかったので、俺が着たんです。
着たんだから文句は無いだろう?
と思いまして」
母さんにセクハラは許さない
と胸を張る郁人に美丈夫は笑いだす。
「たしかに!
指定してないなら君が着ても
問題無いね!
君は見た目と違って度胸があるようだ!
送りつけた相手は目が飛び出るくらい
驚いただろうよ!」
「はい、それは驚いていました。
しかも罵詈雑言を言い、終いには
脅迫し出したので待機してもらっていた
憲兵に捕まえてもらいました」
即逮捕してもらいました
と、誇らしげに郁人は伝えた。
「待機……ね。
ということは、最初から捕まえる
前提だった訳だ」
「はい。
俺が着たら怒り、脅迫もしくは
暴力に訴えるだろうと予想してたので」
「成る程ね。
まあ、俺なら怒らないかな。
むしろ、大歓迎だ」
「?」
発言に首を傾げていると、
美丈夫は蜂蜜のように甘い視線で
郁人を捉える。
「注文……いいかな?
あと、宿もお願いしたい。
ここは宿舎も兼任した店なんだろ?」
「はい!宿泊もですね!
かしこまりました!
ご注文は?何泊されますか?」
視線と膝に座らされている現状に
違和感を抱きながら、聞く姿勢に入る。
美丈夫はその様子に微笑み、
サングラスを外す。
サングラスの下には満月のような瞳が
隠れていた。
獰猛さと上品さを併せ持った顔立ちに
色気が漂っている。
もう片方の手で郁人の顎をクイッとさせ
口を開いた。
ー 「君を“1晩“。
こちらの宿でいただきたい。
あの背中空いたセーターで。
勿論ズボンは無しだよ」
男の発言で店内が誰もいないと
錯覚させるほどに静まった。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました。
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ありがとうございます。




