100話 地下の淑女
助けられたローダンはヨダレまみれに
なった体をタオルで拭い、一息つく。
「ふいーマジで助かった。
ありがとよ。
あのままだったら完全に飲み込まれて
骨の髄までドロドロコースだったわ」
危なかったわーとゲラゲラ笑うローダンに、
ライコは声をひきつらせる。
〔物騒な内容をサラッと言ってるんだけど
こいつ!?〕
「……まあ、うん。無事ならいいけどさ。
なんでここに?」
首を傾げる郁人にローダンは答える。
「あれだよ、あれ。
"地下にお住まいの彼女達の世話"。
フェイルートさんに言われてただろ」
「あれか!という事は……」
郁人は周囲の大きな花々を見渡す。
花々は先程、人を呑み込んでいたとは
思えないくらいに綺麗だ。
「そう。こいつらが"彼女達"だ
いって!?」
ローダンは後ろを指差し、その指を
大きな花々の1輪が蔦で叩いた。
「加減しろよバカ花……!!
イエ、ナンデモアリマセン。
大キナクチヲ開カナイデクレマセン?」
抗議しようとしたが、花々のトゲまみれの
大きな口を見て郁人を盾にして謝る。
「ちょっ!人を盾にするなよ!」
「俺様の弟分だろ?別にいいだろ?」
「なった覚えはないんだけど?!」
「さて、俺がこのデカイ花に
怯えるのには訳があってな。
ちょ、地味に痛いからやめろ!」
盾にしているローダンの脇腹を執拗に
尻尾でつつく、いや、殴るユーを
片手で払いながら話す。
「やめる気ねえな、こいつ……。
で、このデカい花は魔物の1種
なんだわ。
太陽光が苦手なんだが、
今この部屋を照らしてる魔道具の
明かりは平気なんだとさ。
そして、こいつらはなんでも
パクリと食っちまうんだよ。
な・ん・で・も・な」
「なんでもって…………
まさか……?!」
郁人は脳裏に先程の呑み込まれていた
ローダンの姿と言葉が思い浮かび、
顔を蒼白させる。
「大正解!」
その姿を後ろから見て、
ニヤリとローダンは笑う。
「あぁ。
チェリーくんの察しの通りよ。
人も丸のみする恐ろしい魔物だ。
だから、この地下にいるんだよ。
客が食われないようにな」
「いえ、彼女達は無差別に
襲いませんよ。
地下にいらっしゃるのは、
太陽光から逃れる為ですな」
怖い話をするように語るローダンを
ポンドが否定した。
「彼女達は高嶺の君の先生です。
読み書きから礼儀作法等の
あらゆる知識を持ち合わせた
淑女達でもあります」
教養に優れた先生でもありますな
とポンドは話す。
「ですので、そのような乱暴は
致しませんとも。
あまりにも目に余る無礼な輩には
つい噛みついてしまうそうですが」
ポンドは花を深窓の令嬢のように
扱いながら説明した。
「なぜわかるんだ?」
「高嶺の君と部屋に向かわれる際、
彼女達のお話をお聞かせいただいたのです」
ジークスの問いにポンドは答えた。
〔そういえばこいつ、あの太夫と
一緒に歩いてたわね〕
(その時に聞いたんだろうな)
話していた2人の姿を思い出していると
ローダンがポンドに尋ねる。
「高嶺の君ぃ?誰だそりゃ?」
「タカオ殿のことですよ」
検討もつかないでいたローダンだったが、
タカオという名前を聞き、目を見開いた。
「タ………タ………タカオって、
外見は勿論、知識も必要な
蝶の夢でのトップじゃねーか!!」
飛び上がりそうな、いや実際に
ローダンは驚きのあまり飛び上がる。
「どれだけ金を積もうが相手が
王族でも気に入らなければ
一生会うことすら不可能な
超ウルトラ太夫なんだぞ!!
なんでお前らが会ってるんだよ!?
俺だってチラッとしか
見たことねーのによお!!」
羨ましいんだよ!!と叫びながら
郁人の肩をつかんで揺さぶる。
「フェイルート達が……協力するように
言ってくれてた……みたいだから!!
揺さぶるのストップ……!!
頭が揺れ気持ちが……悪……!!」
〔視界がぐわんぐわん揺れて
気持ち悪くなってきた……!!
コラッ!!揺さぶるのやめなさい!!〕
激しく揺さぶられ、吐き気を覚えてきた
郁人達だったが……
「ぎゃああああああああ!!」
ローダンが頭から花に噛みつかれた為
揺さぶりは終わった。
「どうやら、マスターはフェイルート殿の
大切な人と彼女達に認識されている
ようですな」
「不愉快だが、パパにあいつの香が
染み付いてるからだろ」
「そうだったのか。
道理でイクトから彼の香が香るわけだ」
成る程と頷く3人を見ながら
郁人は呼び掛ける。
「仲良く話しているのは嬉しいけど、
今はローダンを助けるの
手伝ってくれない!!
ユーも手伝って……すごい爆笑してる?!」
3人が話している間にもローダンが
呑み込まれていき、ユーは指差し大口を
開けながら腹を抱えて笑っている。
助け船が来る気配がさらさら無いので
郁人は助けようと動く。
「あの……助けてくれて
ありがとうございます。
もう大丈夫ですからこの人を
離してくれませんか?」
意志疎通が可能だと判断し、郁人は丁寧に
そして優しく話しかける。
無礼な態度を取らなければ問題無いとも
判断したからだ。
花はしばらく郁人を見つめた後、
ローダンを吐き出した。
「ぐおえっ!?」
地面に頭から着地したローダンは頭を
押さえながらなんとか立ち上がる。
「大丈夫かローダン?」
ローダンの元へ行こうとした郁人だったが、
蔦で優しく絡まれた。
「え?なに……?!」
緊張で筋肉を強張らせる郁人の
頭を優しく撫でた後、胸ポケットに
鮮やかな黄色の花を差し入れる。
「これは……?」
どこかで見たような
と郁人は既視感を覚える。
〔それは"山吹"ね。
あんたの世界にもあった植物よ。
でも、この世界にあったかしら?
今思えば、桜もあったかしらね……??〕
「あの、ありがとうございます」
ライコが不思議に思っているなか、
貰った山吹に対しての礼を告げると
花はゆらゆらと揺れて郁人から離れる。
「あの気難しい花が自ら差し出すとか
初めて見たぜ!!」
滅多に見られる光景じゃねえぞ
とローダンは目を見開く。
「お前マジでフェイルートさんの
お気に入りなんだな!
てか、描いたんだから当然か?
どっちにしてもスゴイもん見させて
貰ったぜ!」
タオルで再び拭いたローダンはふざけて
郁人の肩を2、3度軽く叩く。
「え?知ってたのか?!」
「パパとよく顔を合わせてる連中には
知らせてたんだ。
そいつもよく顔を合わせてるみたい
だったからね」
ローダンの言葉に驚く郁人に
チイトが説明した。
「ま、最初知らされたときは驚いたが
納得したもんだ」
「納得って?」
なんの事かと頭に疑問符を浮かべる郁人に
ローダンは口を開く。
「チェリーくんよお。
最初遠巻きにされてた理由を
無表情だったからとか思ってた
みてえだが全然違えぞ」
郁人と肩を組み、手を横に振りながら
話を続ける。
「お前さ、色々と知らな過ぎるから
すげえ田舎出身かと思いきや、
鍬や剣を握ったことすらねー
綺麗過ぎる手をしてるし、日焼けも
全くしてねーしよ」
そこで田舎者じゃねえとわかったわ
と話す。
「しかも、文字は綺麗なうえに
スラスラ書けるわで……。
どっかの貴族や王族の隠し子じゃねーか
疑われてたからだよ」
「マジかっ?!」
ローダンの口から出た
予想外な理由に耳を疑う。
(俺ってそんな風に思われてたのか!?)
〔無表情ってだけであんなに
遠巻きにするなんて……って
疑問に思ってたけど、そいつの説明で
納得がいったわ〕
ライコは納得したと言いながら
訳を話す。
〔文字を書けるのは1流階級ならでは。
しかも綺麗に書けるなら尚更ね。
隠し子とかと関わると大変な事に
巻き込まれる可能性が大有りだから
遠巻きにするわけだわ〕
ライコは納得したように呟いた。
キョトンとしながら郁人は尋ねる。
(大変な事って?)
〔遺産相続で少しでも自分の取り分を
増やそうと、少しでも可能性のある
隠し子を抹殺しようとしたり、
跡継ぎ問題でも消される可能性が
あるわね〕
(全部殺されてるんだけど?!
怖っ?!そりゃ遠巻きにする訳だ)
説明に顔を青ざめながら自身が以前
置かれていた環境に納得した。
(そう思うと……母さんが身元引き受け人に
なってくれたのって……
すごい勇気がいることだよな。
すごいな母さん……!!)
ライラックに感謝と尊敬の念をますます
深める郁人にローダンは声をかける。
「そんなに間抜け面して驚くことか?
まあチェリーくん、お前はそんなことで
疑われてたんだよ」
関わっても大丈夫か様子見されてたんだ
と話す。
「で、カラン達が調べて問題ねーと
分かって全員ひと安心したもんだ。
女将さんとそこの過保護くんとかは
別に気にしてなかったがな」
過保護くんの言葉でローダンは
ジークスを見る。
「?
彼がどのような身元であろうと
彼であることに変わりない。
火の粉がこちらにかかれば彼に
降りかかる火の粉ごと払いのければ
良い話だからな」
ジークスは胸を張りながら答える姿に
ローダンはふざける。
「おー怖!
チェリーくん、こいつが払いのける
にしてもどんな手段をとるか
言ってねーのが恐ろしいもんだ。
その背中の大剣が振るわれるに
違いねーだろうけどな」
怖い怖いと大袈裟に自身の肩を抱いて
怯える仕草をしたあと尋ねる。
「で、お前らはどうしてここに来たんだ?
なんかあんだろ?
俺様に聞きたいことがよお。
ほれほれ。
このローダン様に聞かせてみせろよ」
「……実はな」
ニヤニヤと笑うローダンに
郁人は口を開いた。
ここまで読んでいただき、
ありがとうございました!
ブックマーク、評価
いつもありがとうございます!