97話 事件現場
観光向けエリアと違う、
夜の国と呼ばれるようになった
理由のエリアをタカオを先導で
歩いている。
京都のような古都を感じさせる趣は
観光向けエリアと変わりないが、
ところどころ違いがある。
赤い掛け行灯が軒先に吊られ
人の手が入るくらいの赤格子、
張見世が表通りから伺え、
中には置き行灯や鏡といった小物が
置いてあり、夜になれば遊女が
そこで客に声をかける姿が
目に浮かんだ。
「もう1軒いくぞー!」
「飲み過ぎてはいけませんよ。
旦那様」
「おい?!今肩にぶつかったろ!!」
「わざとじゃねーよ。
てめえが道幅取りすぎてんだよ」
「んだと!?」
「いらっしゃーい!
いかかでしょうかー?
あっつい熱燗に極上の肴を
ご用意しておりますよー!!」
「昼間から呑むのも乙なものですよ!
1杯いかがですー?」
昼間から酒を楽しむ者や
着飾った女性を侍らしている者など、
罵声や叫び声に客引きの声も
耳に入る。
今はまだ昼だが、夜になれば夜の国と
呼ばれるものが見られると推測された。
夜が本番な為、普段はもっと静かな
そのエリアは今、見物客に溢れている。
「おい……あの人って……!?!?」
「タカオ太夫じゃないか!!」
「いつ見てもお美しい……!!」
「あの着物……どこで買えるのかしら?
少しでもあの方の美しさに近づきたい……」
「あの太夫を見れるなんて……
今日は最高の1日になるな!」
艶やかな着物以上の美しさを周囲に
振り撒き、人々の視線を当然のように
纏いながらしゃなりしゃなりと歩く
"タカオ"が理由だ。
外着に着替えたようだが、先程とは
また違った美しさがある。
道行く人々は目を惹かれ、
見とれてしまう。
〔あの着物も綺麗だけど、太夫のほうに
目が自然と行ってしまうわ。
仕事時の姿も見てみたいわね〕
(俺も見たいな。
すごい綺麗なんだろうな)
ライコの意見に同意する。
(あの2人が並ぶと映画の
1シーンみたいだ)
〔絵になるわよね、あの2人〕
郁人はタカオとその隣を歩くジークスを
見て感想を述べた。
「このエリアは普段から賑やかなのか?
夜が本番だと聞いたのだが……」
「普段はこんな感じちゃうよ。
ジークスはん達が居るからやろね」
「貴女が原因な気もするが……」
ジークスとタカオが並ぶ姿は
まさに美男美女。
見とれて感嘆の息をもらす者が多い。
「おい?!あいつって……?!」
「ひっ!?"歩く災厄"?!」
「初めて見たけど……
カッコいい……!!」
「あの鋭い瞳が堪らない……!!」
(チイトを見ている人も多いな。
黄色い声のなかに怯えもあるけど)
〔見た目は良いものね、あの猫被り〕
チイトも"歩く災厄"の異名と、
研ぎ澄まされた美がある為、
感嘆と怯えの的になっている。
「おっ!ポンドさんじゃないか!」
「ポンドさん!
次はあたしをエスコートしてね!」
「ずるいわ!あたしだって!!」
(ポンドは警戒されてないし。
全身鎧ってインパクトある筈だけど)
〔話しかける割合が女性が多いわね。
流石というべきかしら?〕
ポンドは郁人が寝ていた3日間
街を散策していたからか全身黒鎧にも
関わらず気軽に声をかける者が
多く見られた。
「なんであいつが……」
「フェイルート様の色香に惑わないって
本当なのか?」
「タカオと居るなんて……」
(俺を見ている人は悪意が多いな……)
〔嫉妬心の塊ね、この視線は〕
郁人は、フェイルートの色気に
耐えた者としての畏怖の視線。
そしてフェイルートやレイヴン、
タカオの側にいる者への嫉妬、
いや憎悪の視線の的になっていた。
あまりに冷たくも熱い視線に
背筋がゾッとし、肌がピリピリする。
「パパに悪意を向けるとは……
いい度胸だ」
「ひっ?!」
が、チイトが睨みを利かせて
潰していった為に現在進行形で
軽減されている。
〔あの睨み、最早威圧に近いわ。
睨み1つで意識を飛ばしているもの〕
(今の俺にはすごくありがたいよ。
1人で歩いたらまた暴力の的に
なりそうだし)
頬をかきながら、郁人は息を吐く。
(痛みは無いが殴る蹴るの暴力を
振る舞われるのは……な……)
<パパ安心して。
振る舞われそうになる前に俺が
その手足をもぐから>
瞳孔を開き、指をパキパキと鳴らす姿から
本気だとわかる。
(ありがとうチイト。
でも、気絶させる方向でお願い。
血を見る系は無しで)
物騒な案に、苦笑しながら穏便な方を
提案した。
<それにしても……
歩くのに邪魔だな。
うるさいから潰していい?>
(たしかに歩くのも大変になってきたけど
それはやめよう)
チイトの言うようにどんどん見物客が
溢れて進むのも1苦労になっている。
ー しかし
「今はお休み。
客人を案内しとる途中なんよ。
だから……
ー 通してくれはる?」
タカオの1言でモーセの十戒のように
人だかりが割れていく。
(すごい……!?
綺麗に人並みが割れた……!!)
〔太夫のカリスマ性が伺えたわね……!〕
割れていく様子に口を開ける郁人に
タカオは気にせず振り返る。
「もうすぐ着くさかい。
もう少しの辛抱や」
そして、咲き誇る牡丹のような笑みを
浮かべた。
ーーーーーーーーーー
人々の喧騒から外れ、いかにも怪しい
裏路地へと足を進める。
「怪しいの1言に尽きるな」
「観光向けエリアとはまた違いますな」
「あ!誰かいる!」
郁人の視線の先には
いかにも鍛えられた男達が道を
塞いでいた。
「タカオ様?!」
男達はタカオに気付くと、勢いよく
頭を下げる。
「お疲れ様です!!
どういったご用件でこちらに?」
「わらわは案内に。
この方々は御2方の大切な客人。
そして、解決に力を尽くしてくれる人や」
「そうでしたか。
わかりました!どうぞ皆様中へ!!」
郁人達にも勢いよく頭を下げると、
道を譲ってくれた。
「……あの、ここは?」
「最初はここで起きたのか」
郁人が尋ねると、チイトが呟いた。
その呟きをタカオは拾う。
「その通りどす。
チイトはんは察しが良えなあ。
この先で、最初の子が無惨な姿で
発見されたんよ。
血があまりに染み付いとるらしいから
まだ閉鎖中なんよ」
「この先で……人が…………」
郁人はその言葉を聞き、普通の裏路地が
地獄へ続く穴に思えて空気が、足取りが、
一気に重くなる。
ユーが心配して胸ポケットから出て来て
頬にすり寄る。
「ありがとう、ユー。少し落ち着いた」
「ここがその現場や」
少し歩いた先にソレは存在した。
赤黒く変色したものが周辺にこびりつき、
いまだに鉄、血の臭いが辺りに
充満している。
凄惨な事件が起きた現場と明らかだ。
「うっ……!?」
あまりの臭いの強さに郁人は
鼻を押さえる。
〔大丈夫……じゃないわね。
あんたのいた世界じゃこんな現場に
行く機会なんて無いだろうし、
行きたくもない場所よね〕
見てるあたしでもキツイものと呟く。
〔キツくなったらそいつらに言って
休ませてもらいなさい〕
(ありがとう、ライコ)
ライコの気遣いに感謝しつつ、
郁人は周囲を観察した。
「……こんな派手にやったのか」
「あまり人通りが無い場所やとはいえ、
イクトはんの言うように
随分派手にしたものや。
……想像以上やわ」
タカオは整った眉をしかめ、
口元を袖で隠す。
「……この空間はなんだ?」
「どうかしたのか……?」
ジークスはふと近付き、
その場にしゃがみこむ。
郁人も臭いに耐えながら近付き
覗きこんだ。
「四角く切り取られたみたいに……
血が無いな」
辺りは血を浴びた箇所が
見当たらないくらいなのだが、
その部分だけが四角く切り取られたように
汚れていないのだ。
「何かを置いてあったのでしょうな。
だからその部分だけ綺麗なのかと」
ポンドも覗きこみ推測する。
「最初の被害にあった奴はどんなだ?」
チイトがタカオに問いかけた。
「あの子もわらわが元居た場所から
捨てられた子でな。
よく泣いて五月蝿いから、のどを
声帯を斬られて話せんくなって。
荷物持ちやからと空間魔術の刻印を
無理やり植え付けられたせいで
体を動かすのもままならんかった」
説明するタカオの声は頼りなく
震えている。
「けど、御2方の尽力があって
話せて動けるようにもなって
嬉しくて号泣しとったわ。
それから御2方の力になるんや言うて
一生懸命頑張っとった。
真っ直ぐなかわいい子やったよ。
それが……」
目を伏せるタカオは今にも
消えてしまいそうな儚さがある。
「あの子はわらわには弟同然やった。
あの子も姉さんと慕ってくれて……
ほんまどうして……!」
「高嶺の君……」
声を震わせる姿にポンドが寄り添う。
〔弟のように可愛がってたのね……〕
(家族を殺されたようなものか……)
タカオの心情を察すれば胸が痛くなる。
「情けない姿を見せて堪忍な。
ポンドはんもおおきに」
「とんでもない。
貴女様に寄り添える栄誉を
いただけたのですから。
高嶺の君、また寄り添いたく
なりましたら私にその栄誉を……」
「ふふ……
ポンドはんは色男やねえ」
儚い笑みを浮かべながら、
落としていた肩をしゃんと戻す。
「今から見せるものは内密に頼みます。
騒がれたら面倒やさかいなあ」
タカオは右目につけている眼帯に
手をかける。
ほどかれる音が周囲に響き、
タカオの右目が露になる。
「その瞳……?!」
「もしや……!?!?」
その目を見た郁人達は目を見開く。
ー なぜなら、右目が、正確には黒目が
時計であったからだ。
「"我が目よ!
血塗れになった原因を見せたまえ!!"」
タカオが声を張り上げ唱えると、
瞳の針は勢いよく回り始めた。
ー 突如空間が歪み出す。
絵の具を混ぜるかのように、
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと。
いびつに歪み、歪み、歪み。
歪む、歪む、歪む、歪む。
歪みを繰り返し、そしてある光景が
目に入った。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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