8話 薬もちゃんと買った
話を聞き終えたフェランドラは
腕を組みながら頷く。
「成る程な……。
もやしがいないとパーティー自体が
成立しねーのか。
……まあ、なんだ。
うん……頑張れよ」
そして、郁人の肩を軽く叩いた。
しばらく質問責めに合い、
郁人が答えていくと
2人の視線は同情めいたものに
変わっていった。
ローダンは哀れみの目を向けたまま、
フェランドラから報酬を貰い、
去り際に郁人に投げ渡した。
『チェリーよ。
絶対苦労するだろうがあ……。
死んだら、花ぐれーは添えてやる。
あと、これやるよ……
これで薬でも買いなあ』
投げ渡されたのはお金であった。
ーあの"ローダン"から、
薬代をもらってしまったのだ。
貰ったとき、郁人は自分の立場を
理解した。
(俺……
かなり同情を受ける立場だったんだな……)
突きつけられた事実に、
郁人はしばし茫然とする。
〔そりゃそうよ。
英雄候補がいるとはいえ、
あの猫被り、1晩で国を滅ぼす奴と
一緒に旅だもの。
おまけに、いつ2人が喧嘩……
戦闘するかもしれない状況に
なるかわからない……。
それがあんたにしか止めれないん
だから尚更大変よ〕
ライコのため息が聞こえる。
郁人はそう思っていなかったのだが、
言われて初めて、大変な立場なのだと、
責任重大なのだと自覚する。
しかも、自身の行動によってチイトが
暴れる引き金を引くことになるかも
しれないのだから。
(改めて考えたら……
心なしか胃が重くなった気がするな……)
郁人は知らぬうちに腹部をおさえた。
そんな郁人に、ライコは告げる。
〔あんた1人に背負わす気は
ないから安心なさい。
言ったでしょ?
あたしもサポートするって〕
(……ありがとう、ライコ)
ライコの言葉に心が軽くなり、
礼を告げた。
〔別にあんたに礼を言われる事は
ないわ。当たり前のことだもの〕
「おーい!
なにぼさっと突っ立ってんだもやし!
とっととこっち来いよ!!」
フェランドラに声をかけられ、
ハッとする。
見るとカウンター前に集まっていた。
郁人は急いで駆け寄る。
「ごめん、フェランドラ!
少し考えてた」
「考えたってなにも始まらねーだろ!
ほら、身分証明書作るぞ!!」
フェランドラはカウンター下から、
キューブ型の水晶を取り出した。
「水晶?」
見慣れぬものに郁人は
集中してじっと見つめる。
「この水晶は?」
「これは魔道具の"万能クリスタルくん"!
名前は安直だが、ギルドの仕事に
欠かせない代物なんだぜ!
これに手を当てれば簡単に
身分証明書ができるしな!
ほれ、手を当てろよ」
フェランドラは水晶を郁人の前に
押し出す。
郁人は手を当てる前に気になる事を
尋ねる。
「前に聞いたけど……
身分証明書を発行するには
料金がかかるんじゃなかったっけ?」
「いや。簡単なものはかからねーよ。
A級からなら金はかかるぜ。
お偉いさんに会う可能性が高いからよ。
もっと精度も高くなって、
細かな身分証明書になるな。
タダなんだから気にすんなよ!」
フェランドラが郁人の手を掴み、
水晶に当てさせた。
「光った?!」
すると、水晶が光だし空中に映し出す。
【名前:イクト 年齢:23才 性別:男】
名前欄の下には郁人の顔が
映し出されていた。
そして、水晶に当てていた手の甲に
マークが浮かび上がり空中のものと
同時に消えていく。
「さっきのは……?!」
「お前の情報だ。
さっきの手の甲のマークが
身分証明書にもなるし、
このギルド、ジャルダン所属という
証にもなる。
それにしても……
お前、本当に23なんだな」
郁人の顔を見つめ、
フェランドラは不思議そうに眺める。
「てっきり、俺と同いの18か、
下ぐらいと思ってたんだが……
本当に若いな、お前」
「俺も初めて会ったときは
16くらいと思った程だ」
フェランドラの意見に
ジークスも首を縦に振る。
「そうかな?」
2人の反応に郁人は困惑する。
「そこまで童顔じゃないぞ」
郁人はここに来てから何十回も言われており
ライラックに年齢を聞かれたとき、
素直に答えると疑わしそうに
じっと見つめられた記憶がある。
2人の視線から逃れるように
チイトに話しかける。
「ほら、次はチイトだぞ」
「わかった」
チイトは水晶に手を当てた。
【名前:チイト 年齢:15 性別:男】
再び水晶が光り、手の甲のマークは
浮かび消えていく。
「これで完了だね。
やったあ!パパとお揃いだ!!」
「それ……
このギルドにいる人達にも言えるからな」
無邪気に微笑むチイトの発言に、
頬をかいていると
フェランドラとジークスの様子が
おかしいことに気づいた。
2人はチイトの情報が浮かんだ場所から
目を離さない。
「どうかしたのか?」
「………こんなえげつない奴が
15なんて信じられるかっ?!
大人び過ぎだろ!!」
「魔道具に何か不備があるのでは!?」
〔こいつが15だなんて……
本当にあり得ないわよ?!〕
フェランドラは目を見開き大声をあげ、
ジークスは水晶を疑わしそうに見つめて
隅々を調べはじめる。
ライコも信じられないと、声を上げた。
(15才でチイト並みの実力なら
疑いたくもなるか……
って………あれ?)
2人の様子に納得しながらも、
ある疑問が思い浮かんだ。
(ここに来て5年くらいは経つって
言ってたから20才になるはずじゃ……?)
郁人は妹に……
「ラスボス系なのに1番若いほうが
いい思うの!!」
と言われて、15才と設定したのは
郁人自身だ。しかし……
(年をとらないってありえるのか?)
郁人は顎に手を当てた。
<答えは簡単。
パパが数年後の姿とか
設定していなかったからだよ>
郁人の疑問に答えるように、
チイトの声が脳裏に響く。
<服装とか、自分で変えれるような
見た目は設定されていなくても
変えられるよ。
でも、年齢は設定された状態から
変えられないんだよね。
もし、歳をとれたとしても全員
パパに分かってもらう為に魔術とかで
若さを維持するんじゃないかな?>
分かりやすく説明する声は
柔らかいものだ。
(つまり、チイトも含めた7人は
ずっと歳をとらないってことか)
<そういうことだよ。
そう思うと、パパも俺達と似てるかもね!
だって、パパは魔術とか使ってないのに
若く見えるもん!>
(いや、俺はちゃんと歳をとってるからな)
はしゃぐチイトに郁人は訂正する。
(そういえば……)
魔術で見た目を維持できることを知り、
郁人は思い出した。
半年程前、女性客にいきなり肌を触られ、
どんな魔道具や魔術を使っているのか
鬼気迫る様子で詰め寄られた件である。
(このことを言ってたんだな、
あの人は)
突然の事に面をくらい、質問の意図を
理解できていなかったのだが……
今思うと若さのことだったのかと
理解する。
(実際なにも使ってないからなあ……。
日本人は実年齢より若く見られると
聞いたことあるがこの世界でも
当てはまることなんだな)
異世界でも当てはまるのだと
郁人は感じた。
「もう用事は済んだから
出発しようパパ!
あんなジジイは置いといて」
チイトは郁人の腕を掴み、
ギルドから出ようとする。
「ジジイって?」
「そこの魔道具を調べてる木偶の坊だよ」
魔道具を調べているジークスを指さす。
「いや、ジークスは俺と2つしか
変わらないから。全然ジジイじゃないぞ」
「じゃあ、おじいさん」
「言い方を柔らかくしただけだろ、それ」
「そこ勝手に帰ろうとするな!!」
ジークスと同行したくないのだろう、
チイトが連れていこうとしていると
フェランドラから制止の声がかかる。
「まだ終わってねーからな!!
お前らには、明日の正午に
"試しの迷宮"に行ってもらうぞ!」
「試しの迷宮?」
郁人は首を傾げる。
その様子を見てジークスが答えてくれた。
「試しの迷宮は、冒険者として
仕事をする前の、いわゆる、
テストのようなものだ」
どこまで出来るか判断する為のものだ
とジークスは説明する。
「俺達は旅が目的とはいえ、
このギルドに入ったからには、
しなくてはならないものらしい」
「成る程」
「特にもやし、お前は絶対受けとけ。
この迷宮はクリアしたら、
自分のスキルが判明するからな」
「スキル……!!」
郁人は目をぱちくりさせる。
(スキルとか考えたことなかったな。
わかるならそれにこした事はないか。
2人の足手まといのままは、
絶対に嫌だし。
サポート系とかだと有り難いし、
戦闘スキルなら万々歳だ)
考える郁人にフェランドラが告げる。
「あとこの迷宮をクリアできない
ようなら……旅に出るのはやめろ。
犬死にするだけだ。
だがまあ……
2人におんぶに抱っこするつもりなら
話は別だけどな」
フェランドラは皮肉気な笑みを浮かべた。
郁人の意思を尋ねているような
雰囲気がうかがえる。
それに、郁人は真剣に答える。
「する気は更々ない。
俺にできることなら何でもするし、
足手まといになるのはごめんだからな。
2人の足を引っ張らないように
努力する」
郁人は自分の意思を伝えると、
フェランドラは勝ち気な笑みを
魅せる。
「そうかそうか!!」
耳を嬉しげに動かし、
尻尾を揺らすと郁人の肩を叩いた。
「お前はそうでなくちゃな!
よし!!今日はこれで終了だ!!
明日の準備をしてきな!!」
フェランドラは笑いながら、
3人に軽く手を振り受付の奥へと
去っていった。
「なにあいつ?
パパを腰巾着とかと勘違いしてたの?」
「違うよチイト。
フェランドラなりに心配してくれたんだ。
まあ、でも俺が腰巾着になるつもりなら
全力で殴ったと思うよ。
フェランドラは何もしない奴が
嫌いだからさ」
「そうなの?
分かり辛いね、あいつ」
チイトはフェランドラが去った方向を
見据える。
「イクト、明日の準備をしに行こう。
装備を揃えないといけないからな」
ジークスは2人、主に郁人に話しかけた。
「わかった。
俺、そういうの分からないから
頼りにしていいか?」
「構わないさ。
君の頼りになるなら尚更だ」
「ありがとうジークス」
2人がしっかりアイコンタクトを
とっているとチイトが郁人の腕を
ガシッと抱える。
「パパ!
俺も頼りにしてね!頼りになるから!!」
「知ってるよ。チイトも頼りにしてる」
「うん!
ジジイより頼りにしてねパパ!」
3人はギルドを出て、主に郁人の装備が
中心になるが買い物へと向かっていった。




