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短編

私の名前はケサランパサラン! あなたを全力で肯定します!

作者: wkn


 関東近郊地方都市。あるアパートの一室で、深夜に突然、元気な声が響いた。


「私の名前はケサランパサラン! あなたを全力で肯定します!」


 白い毛玉がふわっと宣言した。

 寝転がっていた彩香はちらりと毛玉を見る。


「……は?」


 問い返せば、毛玉はまたふるふる震えた。


「肯定します!」

「…………は?」

「こ、こうてい……」


 ふわっと広がっていた羽のような猫っ毛が途端にしゅるしゅる元気をなくし、声が小さくなった。彩香は少し可哀想になって溜め息を吐いた。


「……うん、わかった。悪かったよ。はいはい、じゃあ肯定して」

「うっ……、う、う、じゃ、こ、肯定します……」


 涙声で、毛玉がなんとか声を絞り出す。

 声帯も口もないのに一体どこから声を出しているのか甚だ疑問だったが、まあ実際聞こえているのだから仕方がない。

 彩香は寝転がったまま、手近にあった携帯に手を伸ばした。

 画面をタップしながら、なおざりに答える。


「はい、よろしくー」

「こ、こっち見てよ!」

「見てる見てる」

「スマホ見てんじゃん!」

「いやケサランパサランって何だったかなと思って」


 白い羽でできたような丸い毛玉は自らを『ケサランパサラン』だと名乗る。彩香は未だにそれが何なのか、いまいち把握しきれていなかった。

 この喋るふわふわした毛玉はある日、彩香の元に訪れた。

 真っ暗な気分で、鬱々としていたところに突然『肯定します!』と宣言して。

 それから、毎夜、こうして彩香を肯定し続けてくれている。

 ――肯定、ってなんだ? といささか困惑するが。


「うわーん」

「えぇ? 泣くの? そこで?」


 若干面倒になって、彩香が嫌そうな顔になった。


「えぐっ、せ、せっかく、ヒック……! こ、肯定、し、しようと……っ! 彩香のバカ!」

「バカとはなんだ。メンタル弱々なんだぞ。ああ、明日から仕事いきたくない」

「あっ……」

「ケッパンのせいだー」

「け、けっぱんってナニ!? ヘンな略し方しないで!?」


 ビクッと震えて、毛玉が情けない声を上げる。


「ああ、ンパのせいだー。やる気なくなったー」

「だからヘンな略し方しないで、ったら!」

「うー、もうやめようかな、仕事ー。仕事やめたら給料出ないよなー。給料出なきゃンパサンの白粉代なくなるなー」


 ネットで調べてみたところ、ケサランパサランの餌は白粉だそうだ。白粉が具体的には何で、どこで売っているものかよくわからないので、とりあえず明るめの色のフェイスパウダーを振りかけている。毛玉はそれを『白粉』や『ごはん』と呼び、嬉しそうにしているので、それでいいらしい。


「ご、ご、ごはん……。つかほんとやめて。ンパさんって何人よ?」

「マツケンのー、ごはん、買えないなー」

「ああもう、略でさえない名前!?」

「サンバのー」

「そっち!? やめて! 各所に謝らないといけなくなるからやめて!? そして、古い!」

「昭和生まれをー舐めんなよー」

「あっ、イタい! お姉さん、イタいよ!? 自虐イタいよ!? 若者に『そんなことないですよー、若いじゃないですないですかあ』って言わせて、内心うぜえな毎回毎回って思われるヤツだよ!?」


 思わず本音が出てしまった毛玉の言葉に、想像以上に削られる。


「……ひど。ほんと、もう立ち直れない」

「あっ……! うそうそ、ごめん、うそじゃないけど、うそだから!」

「いっこ、うそじゃないってのまじってる」


 恨みがましそうに睨めば、毛玉が慌てたようにふるふる震えた。


「あっ……! えっと、だいじょうぶ! うざいって思われてても、表面上は仲良くしてもらえてるから!」

「……どうなの、それ」

「とにかく、大丈夫! 私があなたを肯定してるから! 全力で!」

「ケサラン……」

「えっと、えっと、毎日仕事行ってて偉いね!」

「でも今日、失敗した」

「満員電車乗って、帰って来れて偉いね!」

「……うっかり反対側に流されて降りれなくて一駅行き過ぎた」

「でも遅刻しないで行けて偉いね!」

「係長に、つい言わなくていいこと言っちゃった」


 そこで毛玉はピクリと動きを止めた。恐る恐る、という感じで尋ねてくる。


「……な、なに言ったの? 大丈夫?」

「そこは、『大丈夫だよ! きっと気にしてないよ! キラッ!』って言うとこでしょー」

「キラッ、って効果音? 自分で言う、それ?」

「ああもう、嫌なことあって眠れない……」


 彩香がごろり、と毛玉に背を向けた。毛玉が焦って次の言葉を続けた。


「大丈夫! 嫌なことなんて私がけちょんけちょんにしてやるから! ほらっ! 眠くな~る、眠くな~る、明日も仕事に行きたくな~る」


 まるで催眠術のように節をつけて毛玉が言い、ふわふわふわっと白粉が舞った。


「……行きたくない……もう、しにたい」

「ええ!? ねえ、何言ったの、ほんと!?」


 顔だけ振り返って、じっとり据わった目の彩香が毛玉に低い声で呟いた。


「……こうていして」

「うっ……!」

「ねえ、こうていして」


 毛玉は心なしか後ずさる。


「なんの、ホラー? これ!?」

「こうていしてよ~」


 彩香がぬぅっと手を伸ばせば、するっと後退して、そのままピュッと飛んだ。

 彩香の手の届かない頭上で、困惑したようにくるくる回る。


「うぅっ……! 偉い! とにかく生きてるだけであなたは偉い! もう、息してるだけで偉いよ!」

「うう……、ケサラン~」


 とうとうちょっと絆された彩香が泣きついた。毛玉がそっとその頭に近づいた。


「よしよし」


 撫でるように頭の上で左右にふるふるする。

 すると、彩香がふわっと手を振った。


「あ、頭はやめて。白粉つくから」

「意外と冷静だな、おい」



 こうして今夜も更けていく。

大丈夫、明日も頑張って!

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