悪役令嬢と婚約破棄について、男の視点から考察してみた。
悪役令嬢ものについての簡単な考察。
最初に男がなぜ悪役令嬢モノを読んでいるんだ、と女性読者様と作者様からツッコミを入れられそうですが、そこは言論の自由及び思想の自由ということでお許しくださると幸いです。
そしてもうひとつ。この文章は全体として、悪役令嬢ものに対しての自分の意見、分析、気になる点について述べているものです。決して中傷・侮蔑といったものではないことを明記しておきます。
さて、私は男性向けのいわゆるテンプレ「異世界・チート・ハーレム」というものも好きですし、もちろん非テンプレのものも読みます。雑食ですから、女性向けの作品も度々拝見します。
女性の方が書く小説というのも、男の私にとっては表現の勉強であったり、男だと思いつかないような世界観を味わえたりして面白いので、ついつい手が伸びるというか、なんというか。
男性向け小説の云々というのは主題とは異なりますので少し横に置いておくとして、「なろう」で、女性向けの小説として悪役令嬢モノといえる小説が流行るようになったのはここ最近のことであると考えられます。
ではその以前は?
作品名はもちろん出しませんが、悪役令嬢モノが流行る前には異世界トリップものが流行っていたということが伺えます。今ももちろんあるのでしょうが、「悪役令嬢」というキーワードから考えると昔の異世界トリップとは異なるのでしょう。私が作者の方々の活動報告を見させていただく際には「異世界トリップ」という言葉が使われている報告をほとんど見ておりません。
どんな小説なんだよ、という声も聞こえそうですので、概要だけ簡単にまとめておきたいと思います。
例①
「農家出身の主人公が農業をやっているときに熱中症で倒れてしまった! 気がつくと主人公を見つめるイケメンに気がついた。ここは異世界の○○王国というところらしい。行き場がないと泣く主人公にイケメン(王子)は農園の世話をすることを条件に城においてくれることに。農園の世話をするなかで王国の宰相や騎士団長も現れて……どうなる、主人公!?」
例②
「女子高生が部活帰りにマンホールに落ちたと思ったら巨大な図書館にいた。なんでも黒髪というのは魔術の才能の塊のようなもので、魔術使いとして王国中を回って人々を助けることになってしまった。護衛役の騎士だけではなく、様々なイケメンが主人公に近づいてくる……どうなる、主人公!」
わかる人には「あれ、もしかしてあの小説じゃないか」という方もいらっしゃると思いますが、口には出さぬようお願い致します。
大体イケメンが出てくるのは男性向けにおける美少女と同じような扱い=理想の異性ということだと考えていいでしょうから、こまごまとしたことは述べません。
悪役令嬢モノの前は大体このような感じの小説が多かったように記憶しています。
さて、「じゃあなぜそんな例まであげて説明したの?」という疑問が出てくると思います。
この二つの例の中には一般的に考えられる悪役令嬢というものが出てきます。もちろん「悪役」で「令嬢」ですから、よい家柄の高貴な女性(令嬢、姫君)が登場した時点で嫌な態度を取ってきたり、主人公の作った農作物を荒らしたり、主人公が使う魔法を馬鹿にしたりしているというわけです。
つまり、この時点では「悪役令嬢」という字から見て取れる行動を取っていたということができます。また、主人公とは「敵対⇒友情」という関係に代わっていったり、「敵対⇒好敵手」という関係へと変化していったりした、という点が大きな特徴でありました。したがって、一昔前の作品では一般的な意味での「悪役令嬢」と小説が進んでいく中での「関係性の変化」というものと主軸の恋愛描写とで進んでいたといえるでしょう。
ここでひとつ重要なのは、感情の変化であります。「ネガティヴ⇒ポジティヴ」という形で感情が変わっていきます。結果的に、友人になったとか、認め合う対象になったとかというのがそれにあたります。
そしてもうひとつ。男性陣がどのような立場か、ということです。王子やら騎士団長やら宮廷トップの魔術師やらというのは今も昔も変わってはいませんが、大きく違うものがあります。主人公に対してアプローチをかけてくる男性には、婚約者がいないという点です。
とりあえず、このようなところでしょうか。
さて、これからは最近のいわゆる悪役令嬢モノというものについて。
一般的な意味とは異なる「悪役令嬢」が出現し始めたのは、書籍化したような作品からではないでしょうか。本人は悪女でもなんでもないけれど、顔つきと家柄がそれを髣髴とさせる、というような。
この時点では、一時期はやった勘違い物のような作品が多く、「本人がした行動が悪役令嬢的であると勘違いされるけれども、それで救われた人もいる」というのが主題で、悪役令嬢は本来のヒーローとは別のヒーローと決着を迎えることが多かったのだと考えられます。もちろん、よい意味で。
ここから、一般的な意味から、漢字が示す意味からだんだんと「悪役令嬢」というものがずれていったのだと私は思います。こういった「外面は悪役令嬢、中身は普通の貴族女性」を全面に押し出していく作品群から、意味がずれていったということです。もちろん、「ことば」というものが意味を変化させていくものである、ということを前提に考えれば、おかしくはありません。「表記としての意味ではなく、そこに込められた意味が異なっている」ということなのです。
そして、意味が変化してきていた「悪役令嬢」という役者に、「婚約破棄」という舞台が加わることで、決定的なものが生まれます。
「悪役令嬢」は「婚約破棄」され、そこから物語がはじまる──。という、おなじみの展開へと発展していくのです。
これにも、いくつかのパターンがあります。
①「悪役令嬢」が本当に字義通りの存在であり、「婚約破棄」されてから改心してすばらしい女性貴族となるパターン
②「悪役令嬢」は別に悪い人間ではなく、様々な人間関係のもつれから「婚約破棄」されてしまうパターン。結果として、ほかの国に追放されたりしてからラブ・ロマンスが始まる。
③「悪役令嬢」が極普通の令嬢なのに「ヒロイン」に貶められ、「婚約破棄」されるパターン。最終的には俗に言う「ざまぁ」というものが多い。
本来はもっと細かく分けることもできるでしょうが、大きく3つに大別できるでしょう。
①番は本来の意味で使われていますが、②、③はまったく違う意味となっています。「悪役令嬢」というよりは「被害令嬢」という名前を提案したいところです。
そして、知らぬうちにセットになった「婚約破棄」。これはいったいどこから生まれたのか、それを探してみても正直よくわからない、というのが私の感想です。なろうに昔から存在していた、「ざまぁ」という概念と結びついて誕生したのではないかと推測します。すなわち、「悪役令嬢が悪行の末に婚約破棄される」という現象が反転し、「何もしていない令嬢が婚約破棄される」という風になっていった、というのは上で述べたとおりです。「婚約破棄」についてはまた後で考えたいと思います。
②、③に分類できる作品を読んでいての正直な感想は「全然悪役じゃない……」というところでしょうか。後もうひとつが、「男がポンコツすぎるやろ……」というものです。
「全然悪役じゃない……」というのは説明したので割愛して、もうひとつの部分、男連中の方を考えてみたいと思います。
何でポンコツなのかというと、自身の身分をわきまえていない、ということがひとつ。
このような作品の場合、たいてい出てくるのは王子、侯爵令嬢(悪役令嬢)、平民階級の娘というパターンが多いです。
大体が、政略結婚という形で侯爵令嬢と婚約を結んでいることが多いでしょうが、これを破棄するとどうなるでしょうか。
Ⅰ.破棄された侯爵令嬢家との関係が悪化する。
これはもちろんわかる方にはわかると思います。「何もしていないのに婚約破棄された」というのは発覚すれば王子側の決定的な汚点であり、貴族階級全体の信頼を失いかねません。また、令嬢側も「婚約破棄された令嬢」ということで結婚の申し出は二度と来ないでしょう。場合によっては令嬢の父親の侯爵が反乱を起こしかねません。
Ⅱ.侯爵令嬢家並びにその派閥を王室側に取り込めない。
閨閥政治が不可能になるということは、貴族階級が主体となって国を運営している場合致命的です。二度と政治がスムーズに進むことはないでしょう。国政の停滞が招く結果は歴史が証明しています。
Ⅲ. 貴族階級全体の信頼を失う。
これは、Ⅰにも書いたことですが、侯爵令嬢ではなく、平民を王子妃に選ぶということは、その時点で貴族階級を敵に回す可能性が非常に高くなるでしょう。王室と繋がることで強力な権威を手に入れる、その逆もしかりです。それができないというのは、貴族階級の反発を招くには充分でしょう。
Ⅳ.王子個人の信用
すくなくとも、現代日本的価値観がないような世界観において、家が決めた結婚を個人的恋愛感情で破ることになった場合、王子の信用(この場合、権威と言い換えてもいいかもしれません)は失墜します。「あの王子は平民の女風情と結婚するために侯爵令嬢を捨てた」などと陰口が一瞬で広まるでしょう。それもたくさんの貴族が集まるような場所で行った場合は特に。
どちらにせよ、王子やヒロインは説明責任を果たしていないし、「婚約破棄」になるような事態ならば、調査委員会でも存在してしかるべきです。調査した結果が誤解であれば、その時点で破局は避けられるのですから。
恋は盲目といいますが、余りに自身の立場に対しての自覚がなさ過ぎる王子が多すぎる、というのが結論であります。現代的価値観の国家であっても、それなりの対応は取られるのです。貴人の結婚というものに対しては。
とある作品では、こういった王子の変節を「魔法による催眠」として定義して書いたものがありました。こういった場合では、ヒロイン(この場合は悪役ということになりますね)との関係性にマイナスの意味で説得力がありますから、納得しやすいものです。
しかし、すくなくともそういったヒロイン(悪役)が謀略を行ったというような描写もない場合は、あまりにも王子が王子としての責任をなしていません。このような場合はスキャンダルまっしぐらです。王子ではなく色事師でしょう。
そしてもうひとつ。「婚約破棄」についてです。一方的に婚約を破棄する、という行動は恐らく現代においても非難されることでしょう。破棄される側に過失がない場合は重ねて。
そして、「王子」という立場ならなおさらである、ということにも言及しました。
現実世界において、「婚約、結婚を破棄する」ということについては、宗教レベルでの対立へと発展することになりました。イギリス国王、ヘンリ8世(在位1509-47)がおこなったのがそうです。彼は兄から妻を受け継いだのですが、やがて新しい女性に心惹かれ、結婚の破棄、すなわち離婚を求めるようになりますが、宗教的な保護と力関係から、イギリス国教会というものを作らざるを得なくなります。
彼はその後次々と妃をかえるのですが、その方法は処刑でした。不義密通、反乱の企てなどなど。婚約、結婚というのはそれだけの対価が必要であったのです。
現実を持ち出すな、といわれそうですが、実際の事例としてこのようなものがあることを知ってほしいと思います。
最後に簡単にまとめますと、「悪役令嬢」というものが本来の意味としては異なることになっているために違和感を抱かせる、ということと、本来の意味でのヒロインが悪役令嬢になっているためヒロインと、外側だけはそのまま、中身(または中の人)が反転していることが余計にそれに拍車をかけること。婚約者である王子が余りにポンコツであること、また「婚約破棄」という行動がもたらすその周囲と貴族社会への影響力が皆無であって、余計に違和感を抱かせること。
このようなことが、男である私に強烈な違和感を持たせるのだと思います。