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夢見心地ステイルメイト  作者: にとーへん
6/6

2-1 恋愛賛歌 (1)

自宅に戻ったのは、午後11時を回った頃だった。

 家族のいる西園寺さんや青田は早めに帰ったが、ぼくにはぼくの帰宅を待つ家族はいない。

 玄関の鍵は開きっぱなしだ。今朝は西園寺さんのせいで鍵をかけ忘れたのだ。しかし、特に問題はない。例えどろぼうが入ってきたとしても、金目のものなんて何一つないからだ。

 玄関で靴を脱いでいると、見覚えのある靴が綺麗に揃えて置いてあるのを見つけた。上品な黒色の革靴で、ぼくの通う学校の推奨靴になっていたはずだ。

 汚れたスニーカーで登校するぼくとは違い、この靴の持ち主は真面目な人なのだろう。

 そんなことを悠長に考えていたが、しばらくして、これは呑気に構えていていいことではないことを悟った。

「不法侵入じゃねーか」

 一体、どこのどいつだ?

 靴のサイズから鑑みてその正体は女子らしいから、あまり警戒はしていなかったが、それでも額に一筋の汗が流れてきて、自分でも緊張していることが分かった。

 抜き足差し足で廊下を歩いていると、おもむろにリビングルームのドアが開いた。

 身体が緊張によって固まる。

「おかえり」

 ドア越しに、ひょこっと顔を出しのは夢さん。

「なんだ、お前か……」

 ぼくはホッと息をついて安堵する。

「ごはんできてる」

「おう、サンキュー。――て、おい」

 これがノリ突っ込みというやつなのだろうか。噂には聞いていたが、自分ではあまりやりたくなかった。

「勝手に家に上がるな。勝手にキッチン使うな。勝手にくつろぐな」

 彼女は制服を脱いで、リラックスした格好になっていた。しかし、その姿が大分薄着で、目のやり場に困る。薄着というか、下着である。

「なにか着なさい」

「服、これしかない」

 ぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てられた自身の制服をつまんで彼女は言った。

「あー、もう」

 ぼくは自室まで走っていき、比較的新品に近い綺麗なジャージを適当に見繕って彼女に渡した。一瞬、男もののぼくの服よりも、体も小さいことだし妹の服を渡した方がいいのではないかとも考えたが、なんだかそれはやってはいけないようなことに思えた。

 おそらく、そんなことをしたら、ぼくは妹と夢さんを重ねて見てしまう。――それは、嫌だった。

「これ、ぶかい」

 ジャージを着終えた夢さんは、むっと頬を膨らませた。

 ぼくと彼女では体格に差があるので、どうしてもこうなってしまう。袖からは手が見えないし、ウエストのゴムもゆるくてズボンがズルズルと下に落ちてきてしまため、それを支えるために腰に手を当てておかなければならなかった。

「よく似合ってるよ」

「適当なこと言わないで」

「悪いな。よさげな服はそれしかない」

「よさげな服がジャージ? ヒロロ、ファッションセンスが壊滅的」

「だから、悪かったって謝っただろ」

「服がないなら、明日、一緒に服を買いに行こ?」

「なんでだよ。さらっとデートの約束を取り付けるな。ぼくは忙しいんだ。てか、帰れ」

「私、家がない」

「ぬ……」

「帰る家がない」

「ぬぬ……」

 夢さんは赤い瞳をうるうるさせて、上目遣いでそんなことを言ってくる。捨てられた犬や猫を見つけた時、人はきっとこんな気持ちになるのだろう。

「分かったよ」

 僕は言う。

「この家に住めばいいよ。この家に憑りつけばいいよ。座敷童にでもなってしまえ」

 てか、お前。それじゃ、今までどこで暮らしてたんだよ。まさか、ネムのいるホテルか。あんな高そうなホテルで暮らしていたというのか。

「ヒロロ、酷い」

 夢さんは唇を尖らせた。



 翌日。

 学校に夢さんと一緒に登校すると、クラスメイト達が驚いたように目を瞬かせていた。

「不登校が登校してきたと思ったら、わずか三日で彼女を作ってやがる」

「芦川君、恐ろしい子」

 ひそひそとした、そんな話声が聞こえてくる。

 うるせえな。

 まるで羽虫の奏でる協奏曲だぜ。

 そんなことを思っていると、後ろの席から「ヨッ」と青田が話しかけてくる。

「よかったな。彼女ができて」

「ありがとヨ」

 青田といい加減な雑談に耽っていると、西園寺さんが足早にやって来た。

「え? 芦川、夢と付き合ったんだって? 告白はどっちからしたの? 夢とはもうキスとかしちゃったわけ?」

「この噂好きの野次馬女め」

 青田がやれやれと頭を抱えながらそんなことを言った。

「なによ! モテない男は黙りなさい」

「なんだと! それは俺のことか。もしかして、俺のことなのか!」

 しばらくすると、いつものことのように、腕をまくった西園寺さんが青田に殴りかかる。

 辺りを見やると、その様子をもの珍しそうにクラスメイト達が観察している。そういえば、こんなにも明るい西園寺さんの姿は、ぼくや青田の前だけで現れる。二か月ほど前、入学式の席で読書にふける西園寺さんを初めて見かけた時は、清楚なお嬢様というイメージを受けた。

 どうやら、彼女はクラスの中では猫をかぶっていたらしい。

 しかし、何があったのかは知らないが、突然それを止めたようだ。

 なんとなく振り返って、夢さんの座る席の方を見てみる。彼女は一人でもくもくと弁当を食べていた。

 朝早くからキッチンで音がするとは思っていたが、どうやら弁当を作っていたらしい。ていうか、学校についてすぐ弁当かよ。早弁というには、いささか早すぎる気がする。

 チャイムが鳴ると、みんな一斉に自分の席に戻る。

 優等生ばかりだなー。そんなことを思って椅子に凭れていると、見覚えのある背の高い男が教室に現れた。

「どうも、新しく赴任してきた、ネムといいます」

「どんな転校生だよ!」

 青田がぼくの後ろから叫んだ。

「転校生というか、転校先生!?」

「あー、そこの君。うるさいよ。退学にしちゃうよ」

「圧政だ!」

「昨晩、君たちの担任を務めていた坂口先生から辞職願が出た。どうやら、博士課程を出た坂口先生の元に突然N大学からお呼びがかかって、今後は准教授としての道を歩むのだそうだ。坂口先生の出世を祝って、はい、みんな拍手―」

 パチパチとまばらな拍手が起こる。

 無茶苦茶だ……。ぼくは頭を抱えた。

「そんなわけで、今後はぼくが坂口先生に代わって君たちの面倒を見たり見なかったりします。担当は坂口先生と同じ古典です」

 あ――、まさか。昨日のぼくのお願いを叶えに来たのか、この男は。

 本当に無茶苦茶だ……。ぼくは何故か、ものすごく悪いことをしてしまった時のような気分にさせられた。

 

 放課後になると、ぼくと夢さんは揃って買い物に出かけた。

 正門を出るところで、青田とネムがにやにやとこちらを見つめてきたが、鬱陶しいので無視した。あいつらは小学生かよ、そんなことを思ったが、それが少し楽しかった。

「ネムの授業、割と普通だったね」

 ぼくは隣を歩く夢さんに言った。なんて話しかければいいのかよく分からなかったので、とりあえずネタになりそうな奴の話題を振った。

「あいつ、人に教えられるほど頭良かったんだ」

「あれでも大卒」

「マジか……」

 それは予想外とばかりに、ぼくは目を細める。

 悪魔って大学に行くんだ……。

「悪魔は長生き。だから、割と暇を持て余す。だから、大学に行く」

「暇だから大学に行くのか?」

「そう」

 変な奴……。

 そう思ったが、夢さんも同じ悪魔だし、口には出さなかった。

「どうせ、私たちのクラスに来たのもただの暇つぶし」

「そうなのか?」

「うん。そうに決まってる」

 夢さんはそれから、心配そうに眉を潜めてぼくの身体をじろじろと検分してくる。

「な、なにかな……?」

「怪我、もうほとんど治ってる」

「うん……」

 言われてみれば、そうだった。

 今朝も絆創膏すら貼らずに登校した。青田や西園寺さんは、そのぼくの驚異的な回復力に驚いていた。

「これもお前の能力なのか?」

「夢魔は回復力に自信あり。昨晩、ヒロロに悪戯したから、回復ばっちり」

「どういうことだ、それは……?」

 悪戯ってなんのことだ?

 された覚えが全くないのだが……。

 とはいえ、青あざも消えて夢さんの身体も完治しているみたいだったし、細かいことはまあいいかと思った。

 服屋に着くと、夢さんはぼーっとした表情で入っていく。ぼくが外で待っていると、少し怒ったような表情で戻って来た。

「ヒロロも来る」

「い、嫌だよ。女のものの服が置いてある店なんて、恥ずかしくて入ることはおろか見ることさえ憚られる」

「そんなんだからモテない」

「う、うるさいなあ」

「さっさと来る」

 服の裾を引っ張られながら、ぼくは店の自動ドアをくぐった。なんか、店員や客たちにじろじろと見られている気がする。怪しまれている気がする。訝しまれている気がする。

「つ、通報とかされないかな?」

「なに? 私が知らない間に、万引きでもしたの?」

「そんなことしてないけど、そのー、なんか下着泥棒に思われたりしないかなーと心配で」

「大丈夫。盗まなくても、お金ならザクザク」

 そう言って、彼女はカバンから財布を取り出す。それは黒色の牛革のもので、高級そうではあるが渋くて地味だった。

 財布を開けると、確かに一万円札がぎっしりと詰まっている。

「どうしたの、これ?」

「ネムから貰った」

「貰ったって……」

「悪魔を倒した報酬。ヒロロに分もある」

「お、マジで?」

「急に顔つきが変わった。なんて現金なヒロロ」

「いいから、金よこせ。プリーズ、マネー。ヘイ、ユー」

 両手を夢さんの前に出して、お金を受け取る準備をしていると、その掌に滑らかな手触りのものが置かれる。それは水色の水玉模様だった。

「て、なに置いとるんじゃ!」

 女性用下着コーナーで、大声を出す男。それが今のぼくだった。

「下着を置くな。俺の掌に下着を置くな」

「それが報酬」

「嘘つけ!」

 報酬というか、ただの嫌がらせだよ。

 いらねえよ、こんなもん。貰ってどうするんだよ。売るにしても、どこで売ればいいんだよ。下着泥棒と間違われて、それこそ逮捕されるわ。

「はい」

 夢さんはぼくの掌から下着を取り上げると、今度は代わりに五枚の一万円札を置いた。

「うー。まあ、こんなもんか」

 ぼくは言いながら、命を張っただけで五万円も貰えることに感謝した。

「これでなにか好きな下着買ってきていいよ」

 夢さんは、未だにそんなことを言ってくる。

「だから、いらないって。ぼくは男だって。そんなぼくに、女性用の服屋に何を買えっていうんだよ」

「え? 下着でしょ?」

「下着じゃねー!」

 きょとんと小首を傾げる夢さんに、ぼくは言い放った。

「お、お客様……?」

 気が付くと、背後には店員。その店員が恐る恐るといった調子で、困ったように立っていた。

「店内で大声を出さないでいただけませんか?」

「あ、申し訳ありません」

 ぼくは素直に謝った。そこに夢さんが横から口を挟む。

「ヒロロ、下着に興奮したからって大声出さないで」

「興奮したのは誰のせいだ? 下着じゃない、お前だ」

「え、私に興奮したって言った?」

「言ってない」

 店員は訝しみつつも「もう、大声出さないでくださいね」と、再びくぎを刺してから場を離れた。

 そんなことがあり、家に戻れたのは日が暮れたから。

驚いたことに、夢さんは服を買うのが初めて同然の状態で、ぼくが色々と助言を与える羽目になった。こんな経験、もう二度としたくない。そう思えるくらいには、男にとって過酷な買い物だった。今日一日だけで、

「お前の身体のサイズなんて知るか」

 という台詞を、少なくとも十回は発した。

「ふう……」

 リビングの椅子に座ってくつろいでいると、夢さんが「おつかれ」と熱いコーヒーを持ってきてくれる。

「あ、悪いな。ありがと」

 なんて言うと、彼女は買ったばかりの服を着て、早速見せびらかしてきた。ゆったりとした着こなしで、無表情のまま、くるっと一回転して見せる。

「どう?」

「今宵の満月よりも綺麗だよ」

「今夜は三日月」

「マジか……。絶対に満月だと思ったのになー……」

 ぼくがそう言うと、夢さんはぼくの制服姿をきょろきょろと不思議そうに見てくる。

「どうしたの?」

「そういえば、昨日制服破れてた」

「ああ、これか」

 ぼくは制服の裾くいくいと引っ張りながら言った。

「昨日、ネムが結界で直してくれたんだよ」

「ああ、そういうこと」

 夢さんはぼくの対面に腰を下ろす。椅子が高いというより、彼女の身長が低いので、足が微妙に床についていない。

「西園寺白雪が壊した橋もネムが直した。すごい」

「あ、そういえば。昨日、川に行った時も橋壊れてなかったな」

 不思議なことに、今の今まで全く気づいていなかった。西園寺さんや青田と知り合いになるきっかけにもなった、あれだけ派手な戦いが遠い昔のことのように思える。

 しかし、割と大きなあんな橋を直してしまうなんて、どれだけ強大な能力を持っているというのだろうか。

「でも、そのおかげで、今のネムは能力値が著しく減少。多分、私より弱くなってる」

「ダメじゃん……」

 ぼくは呆れた様に呟いた。

「直すのは壊すことより大変。修復は制作より大変」

「ふむ……」

 熱いコーヒーを喉に流し込んで、ぼくは一息ついた。

「寝る」

「コーヒー飲んだ直後に?」

「ああ」


 ぽつぽつと窓を叩く雨音が聞こえる。

 目を開けると、辺りはまだ暗かった。

 スマートフォンの電源を入れ、時間を確認すると午前二時。身体の違和感というか、妙な寒気のようなものを感じてぼくは目を覚ました。

「悪魔かな……」

 ここからそう遠くはない。

 多分、表の道を真っ直ぐに行ったところにある公園に、そいつはいる。

 このままじゃ寝れそうにないし、ぼくは起き上がってそこまで確認しに行くことにした。

 自室のドアを開けると、夢さんがバサバサと音を立ててレインコートを着ている最中だった。

「何してるの?」

 ぼくが問うと、彼女は真剣な面持ちで牽制した。

「ヒロロはここに待機。出てきちゃダメ」

 そう言うとすぐに、玄関を出て、水たまりを気にもせず走り去って行った。

 ゾクリ――。ゾクリ――。

 悪寒と共に、悪い予感まで襲ってきやがる。

 梅雨入りはもう少し先のはずなのに、長い間雨が降り続いたときのような空気の湿っぽさ。そして、この肌を刺すような寒さ。

 本当に今は六月か?

 身体がぶるぶると震える。これは寒さか? それとも、恐怖か?

 ぼくは少し考えてから、そのままのジャージ姿で靴を履いた。懐には、夢さんに貰ったナイフを忍ばせる。

 玄関に鍵もかけずに、表に飛び出した。気配は左方向から漂ってくる。夢さんも確かそっちに向かったはずだ。

 ゾクリ――。

 公園に向かって走っているこの時も、悪い予感が胸を震わせる。

 雨の匂いが、次第に血の匂いに代わる。

 空は黒く、墨で乱暴に塗りつぶしたかのよう。雨粒の色は、何色だっただろうか?

 公園に踏み込むと、悪寒が増す。

 ここには、4つの生命がいた。二人は血まみれで倒れ、一人は胸を刀で貫かれている。そして、もう一人は白いスーツを着た長身の男。

「夢!?」

 彼女は立ってはいたものの、雨と血でぐっしょりと身体を染めていた。身体を貫く刀が、彼女の命の危険を物語っている。

 ぼくが夢さんの元に駆け寄ると、彼女はそのまま眠るようにしてぐったりと倒れた。両腕に乗る彼女の体重が、体格の割に重く感じられた。

 ぼくは彼女の身体を支えたまま、目の前で直立する男を見やる。

「誰だ?」

「君の知り合いでないことは確かだろうね」

「悪魔か?」

「そう思ったから、ここまで来たんだろ?」

 そいつは雨に濡れるのを気にしないでいた。むしろ、全身を濡らすように、大きく腕を広げる。

 それから、黙ったままで、ぼくの元までゆっくりと歩いてくる。

「刀を返してもらおう」

「…………」 

 その場面を見たわけじゃないから分からないけれど、この状況から判断するに、夢さんに刀で刺したのは十中八九こいつだろう。

「これはお前の刀か?」

「そうだ」

「夢さんを刺したのはお前か?」

「そうだ」

「――そうか……」

 夢さんには悪いと思ったが、できるだけ丁寧に地面に寝かせた。口元に手をやると、息はまだあるらしく、呼吸による空気の出入りが確認できる。脈も比較的安定していた。

 今は夢魔の回復力とやらに期待しておこう。

「ぼくはお前を殺すよ」

 そう言うと、ぼくはナイフを取り出した。

 そして、カバーを抜く。

 ――しかし、何も起こらない。

「当然だろ? 不思議そうな顔をするな」

 男は四角のフレームの眼鏡を持ち上げて言った。

「憑いている悪魔が仮死状態なんだ。仮死状態の悪魔が、その能力を発揮できると思うか?」

 男は白髪を濡らしてにやりと笑った。

「君も酷いじゃないか。死にかけている女の子に、まだ無茶をさせようっていうのか?」

「誰が、夢をこんな状態にしたんだ? ア?」

 殺してやりたい。そんなことを思ってしまう。

 長く伸ばした自分の髪の毛が、額に張り付いて鬱陶しい。

「俺を殺したいだろ?」

 そいつは淡々と言った。

「殺したいのなら殺しに来い。――さあ、どうした?」

「…………」

「悪魔ではない君では、俺を殺せないだろう。それとも、悪魔を殺すために、悪魔の能力を借りてみるか? それとも、悪魔を殺すために、悪魔になってみるか?」

「…………」

 唇を血がにじむほど噛みしめながら黙っていると、その男は「ハア……」と嘆息をもらした。

「弱いな」

 男は言う。

「失望した。もう会うことはない」

「――もう二度と面見せるなよ」

 ぼくがようやくそう言った頃、すでに男の姿は雨の中に消えていた。ただ、ざあざあと、益々勢いを増した雨音だけが聞こえる。

 一応、救急車を呼んでおいた。

 誰だか分からないが、怪我人をほっておいては、夢さんに怒られてしまうような気がした。

「大丈夫か?」

 夢さんを背負いながら家に帰る道中、返事を期待せずにそんなことを言ってみた。

「――大丈夫」

 雨音よりも小さな声で、彼女は答える。

 その瞬間、心臓を強く縛られていたような感覚は消え失せ、ぼくは大いに安堵した。

「よかった……」

 ぼくが呟くと、彼女はおもむろに震え出した。

「なんで――」

「え?」

「なんで、あいつがここにいる」

 なんで、西園寺白雪に憑いた悪魔がここにいる。

「なんで、S級の悪魔がここにいる」


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