《5》
「……ご迷惑をおかけしました…」
現在の私は、粛々とした面持ちで一真さんの後ろをついて歩いています。
迷子になっていた私を、一真さんがお迎えに来てくれたのです。
「菖蒲、次からは、分からないことがあったら気にせず連絡してくれていいからさ……迷子は、迷子だけは止めてくれ…」
「……はい。でも、別に私が方向音痴ってわけじゃないんですよ? 馴れない環境に戸惑ったというだけのことで…」
本当です。現実では迷子になったことなんて、一度もなかった……はず。
……もしあったとしても、数える程しかなかったのは確かです!
「じゃあさ、菖蒲」
「はい?」
「いつまで俺の服掴んでるの?」
……。
…………。
………………。
「こ、これは…ちがっ…!」
「あー、はいはい。ごめんなー菖蒲ー。そんなに慌てちゃってー。俺が悪かった。だから、暫くの間は服掴んだままで良いからなー」
無意識に一真さんの服の裾を掴んでいたことを指摘され、思わず彼の背中を叩く。
……一真さんの方はというと、痛痒にも感じていないようですけれど。
これではまるで、私が小さい子供のようではありませんか。
「菖蒲は方向音痴なんかじゃないんだよなー? 俺が悪かったよなー、ごめんなー」
「お願いですから、その子供扱い、止めてくれませんか!?」
……そんなに私を弄んで、一真さんは楽しいんですか?
「おう、メッチャ楽しい」
「あれ? 今私声に出てました?」
「うん。普通に」
「……え!? …どうしましょう、無意識の内に声に出していたなんて…。 って、そうじゃなくて! 私で遊ばないでください!」
「ヤダよー。菖蒲を弄れる機会なんてそう何度も無いんだから」
「一真さぁ~ん!!」
一真さんとそんなやり取りをしつつ、ゲーム開始時に、一番最初に訪れる中央広場へと戻って来ました。
この広場には、四方に巨大な水晶柱が建てられており、遠くからでもその姿を確認することができます。
……あれ? どうして私は広場に戻ってくることが出来なかったんでしょう。……本当に不思議でなりません。
巨大な水晶柱には魔方陣が刻まれており、時折その溝を魔力光と思われる光が駆け抜けていくのが見られます。
「ここ、綺麗だよな。俺もβの時に初めて見て、感動したの覚えてる」
「ええ、本当に…」
この中央広場は半径150m程に渡り広がっています。四方を巨大な水晶柱に囲まれ見守られるこの場所は、新たにこの世界へと訪れたプレイヤーを祝福するには相応しく。いったいこの場所ではこの先、何人ものプレイヤーがこの世界へと迎えられることになるのでしょう。
「あ、いたいた! お姉ちゃ~ん!」
あら? 若菜ちゃんの声が…。
広場が大きいこともあってあまり人が密集していないため、此方に走りよってくる人影はすぐに見つける事ができました。加えて若菜ちゃんは美人さんですからね、尚更です。
「ごめんなさい、若菜ちゃん。迷惑をかけてしまいましたね」
走ってきた勢いのままダイブしてきた若菜ちゃんを優しく抱き止めて、謝る。
「んーん! それはもう良いよお姉ちゃん! お姉ちゃんも、無事見つかったことだし!」
「でも、怒っていたじゃないですか。もう良いんですか?」
「うん。怒ってたって言っても、お姉ちゃんと遊ぶ時間が短くなっちゃうってのが理由だったんだしね! お姉ちゃんが見つかった今、そんなこと気にしてても仕方がないよ!」
「そうですか…」
なんだか二人には迷惑をかけてしまいましたね。
「そんなことよりも。漸く三人が揃ったんだから、早速フィールドに出て遊ぼうぜ!」
「そだね! 一真さんもこう言ってることだし、早く行こ! お姉ちゃん!」
二人とも元気ですね。本当に今日という日を心待ちにしてきたんですものね。
「はい、行きましょうか」
他の人より少し遅れてしまいましたが、いざ、華々しく初戦闘と行きましょう。
◇ ◇ ◇
突然ですが、始まりの町(第一の町…?)の周辺地形の把握といきましょう。
始まりの町は周りを豊かな自然に囲まれており〝町〟と呼ばれてはいますが、その実一国の首都と比較しても、何ら劣る事は無いでしょう。
全体的に煉瓦造りの家が立ち並ぶその町並みは、周囲が自然に囲まれていることを考えると少し不自然な程には利便性が高そうです。
さすがはゲームです。
…これは少し夢がありませんでしたね…。
東には町を抱くように巨大な三日月湖。北に山脈、西には大平原。三日月湖を越えて、東から南にかけては緑豊かな森林が広がっています。
まあ、現状詳しいことは知らないので、時間をみては追々覚えていくこととしましょう。
◇ ◇ ◇
やって来たのは大平原。平原のモンスターは、他のエリアのモンスターと比べれば幾分戦いやすいそうです。
「平原には、どんなモンスターが出てくるんですか?」
「んー…、平原に出てくるモンスターは、多くがボア系やウルフ系かな」
「ボア系のはまっすぐ突っ込んでくるだけだし、平原にいるウルフは大体一匹だけなんだよ! だから、戦闘初心者のお姉ちゃんにも戦いやすいと思うよ!」
「それは、本当に戦いやすいのでしょうか……?」
二人とも、現実では運動神経バツグンですからね。私も苦手という訳ではありませんが、あまり動く事は無いかもしれません。
ですから、決して私のことを二人と比較してはいけないのです。
ブルルルゥウ!!
そうこうしている内に、青色の毛皮をしたボアが一匹、現れました。
「最初は俺が敵の突進を防ぐから、その隙に、二人は横から攻撃を仕掛けてみてくれ!」
なるほど…。ボア系は、まっすぐにしか突っ込んで来ないというのは本当なんですね。
「さあ、行くよ! お姉ちゃん! 初戦闘だよ!」
「そうですね。お姉ちゃんも一生懸命応援しますから、若菜ちゃんも頑張ってくださいね!」
お姉ちゃんは、若菜ちゃんの戦いぶりをここから見ていますから。
「違うよ!? お姉ちゃんも一緒に、武器持って攻撃しに行くんだよ!」
…………え? お姉ちゃん、そんなの、初耳です。
「………お姉ちゃん武器持ってませんよ?」
「………ええ!? なにしてるのお姉ちゃん!?」
そんな風に、姉妹仲良く押し問答をしていると、遂に一真さんが押さえ切ることができなくなったのか、猪さんが、勢い良くこちらへと突っ込んで来ました。
「二人とも、避けろっ!」
……キャー。
「くっ! 危ない! お姉ちゃん、避けて!」
「キャー!」
若菜ちゃんと二人、敵の突進を避けます。
「まだだよ、お姉ちゃん! もう一度避け…」
「キャー!」
「おね…」
「キャー!」
「お姉ちゃん、絶対に楽しんでるでしょ!」
キャー…………あら? もうバレてしまったんですか? 残念です。
猪さんの突進を避けながら、フィールドを縦横無尽に駆け回る。
「こらー! お姉ちゃん! 避けてばかりいないで、此方に来なさーい! お姉ちゃんがタゲ持ってるんだから、私たちが攻撃できないでしょー!」
でも、武器が無いのですから、お姉ちゃんには攻撃ができません。攻撃手段がないのですから、お姉ちゃんには避けるしか選択肢がないのです。避けてばかりいるのは、仕方がありませんよね?
決して、避けるのがなんだか楽しなってしまったとか、そういうことではないのです。
仕方なく避けているだけで、他意はありません。……仕方がなくですとも。ええ。
……ふふふっ。……キャー。