Root.>> 【2】
さて、ここで少しばかり説明をしておきましょう。
いえ、私たちが楽しみにしているゲーム、《Another Root Online》のことです。
「おい、卯の花ー、話聞いてるのかー?」
「あ、はい!」
……むう。少し邪魔が入ってしまいました。
いえ、邪魔と言っては先生に対して失礼でしょうか?
……失礼ですね。
反省します。
私は、後悔はせずとも、反省の出来る女ですから。
え? 後悔することは大切なことだ?
いえいえ、私は自分の行動の結果に責任を持つようにしています。
ですから、己の取った行動に対して、後悔する、ということだけはしたくないのです。
……格好良く言いましたが、実の所、私はいつも後悔ばかりしていますよー。
それでも、責任は付いて回りますからね。
だからこそ、その次に活かせるようにと反省はするのです。
今は経済の授業中です。
カルテルーとか、コングロマリットーとか、シンジゲートーとかを、丁度勉強しているところです。
……まぁ、後で教科書を読んでおけば大丈夫でしょう。
さて、説明に戻りましょう。
◇◇◇
私たちがサービスの開始を心待ちにしているゲーム。
その名も──《Another Root Online》
従来のVRゲームと比較しても、Another Root Online は、より一層洗練された技術の元に成り立っている。
視覚は疎か、味覚や嗅覚、聴覚……。
果ては、触覚に至るまでが精密に再現されており、その完成度は、最早、プレイヤーに現実との違和感を与えないとまで言われている。
VR技術の、ある意味での一つの到達点。
……らしいです。はい。
私は体験したことないので分かりませんが、βテストに当選した若菜ちゃんがそう言うのですから、きっと、間違いはないのでしょう。
続いて、ゲームシステムの説明に移りたく思います。
夜の寝る前なんかの時間や、学校の休み時間なんかにネットを周遊した限りでは、Another Root Online には「レベル制」なるものがないそうです。
いえ、少し誤解がありますね。
そのゲームに於ける、プレイヤーの分身体とも呼べる存在──アバターに関しては、レベルというものが存在しないそうなんです。
つまり、幾らモンスターを倒して、幾らアイテムを生産したところで、プレイヤーが強くなることはありません。
……というのは嘘で。
まぁ、もし本当にそんなゲームがあったとしたら、そのゲームは、既に破綻していると言わざるを得ませんね。
勿論、そんなことは有り得ない訳で。
Another Root Online には、アバターそのものにレベルというものが存在しない代わりに、プレイヤーの所有している「スキル」に対してレベルという概念が存在します。
「レベル」と、わざわざ呼び名を変えている訳ですから、勿論、所謂「熟練度」とは、その含む所の意味は、当然ながら異なってきます。
「スキル」は、その「スキル」の「レベル」が一定の値に達した際に、進化することがあるらしいのです。
進化することで、より上位、若しくは、より特化した能力になるということですね。
また、各プレイヤーのステータスはそのプレイヤーの取得しているスキルと、そのレベルに応じて決定されます。
例えば、「剣術Lv.1」というスキルがあったとすると、それぞれSTRとAGIに+10、といった感じでしょうか。
勿論、今のは適当ですよ?
加えて、ゲーム内の行動如何によっては、取得出来るスキルにも違いが出てくるそうです。
全くの同一人物で無い限り、全く同じスキル構成になるということは有り得ません。
こういった所で、プレイヤーそれぞれの、ゲームスタイルの区別化を計っているのでしょうね。
ここで耳寄りな情報です。
情報提供者は、私の自慢の妹若菜ちゃん。
初期の内は、プレイヤーが一度に装備することのできるスキルの数は、最大で十個まで。
スキル装備枠の最大数は、ゲーム内に於いて、様々なイベントをこなすことで増えていくみたいです。
良いこと聞きました。
もしスキルの最大数を増やす機会に恵まれたら、その時はガンガン狙って行きたいですね!
以上で、《Another Root Online》の基本的な説明は終わりです。
「それじゃー、今日はここまでとするー」
あ、丁度良く、授業も終わったみたいです。
「起立ー、礼」
『ありがとうございました』
チャイムが鳴ると同時に挨拶を終え、ささっと机の上を片付けます。
これが今日の最後の授業ですし、このまま帰り支度も済ませてしまいましょう。
あーっ♪ やっと終わりましたーっ♪
両の腕を揃えて真上に伸ばし、長い間座っていて凝った身体を軽くほぐす。
思っていた以上に身体は凝っていたのか、コキ、と小気味の良い音が鳴りました。
あぁ、家に帰ったら何をしましょう。
明日の正式サービス開始に向けて、まだ作っていなかったアバターの作成を進めましょうか…。
いえいえ、まずは、若菜ちゃんと協力して、お夕飯の準備を進めなくては……
「明日の授業は、今やってる章のテストするからなー。覚悟しとけよ、お前らー」
「先生ぇー、明日は休みですー」
「あぁ、そうか…………明日は、俺が待ちに待った、オープン初日だったか……」
先生、心内の呟きが、心の外に漏れてしまっていますよ。
え、というか、「明日」という単語に加えて、「オープン初日」というキーワード。
まさか、先生も Another Root Online をやるんですか……?
……いえいえ、それこそ本当に、まさかです。
きっと、ただの偶然です、そうに違いありません。
まぁ、どのみちゲーム内で出会うことはありませんね。
Another Root Online の初期生産数は少ないですし、例え本当に先生がゲームをやっていたとしても、現実そのままの容姿でプレイしているとは思えません。
結論。
ゲーム内で、先生乃至知り合いに出会うことは、無い。
以上。
「あー、それじゃー、週明けの月曜日はテストだかんなー。休みだからって、遊んでばっかいないで、ちゃんと勉強の方もしろよー。お前らの点数が悪いと、その分、俺の仕事が増えるんだからなー。頼むぞー」
先生、一言多いです。
「だからって、机に向かって勉強ばっかしてないで、お前らも時間見つけてはちゃんと遊ぶんだぞー」
はーい。
先生の、こういう所が、私は好きです。
ちなみに、社会科学の授業を担当してはいますが、全ての科目に等しく精通するエキスパートでもあります。
そして私たちの担任の先生。
「じゃー、以上だー… ほら、お前らさっさと帰れ帰れー」
ふと窓の外を見てみると、雨が止み、割れた雲の隙間からは蒼い空が覗いていました。
いくつかある空の割れ目から、陽光が斜めに降り注いでいて綺麗です。
さて、若菜ちゃんと悠希くんと合流して、私も早く帰りましょう。
「先生、本日はありがとうございました。さようなら」
「おぅ、ちゃんと授業は聞けよー」
あ、しっかりとバレてたみたいです。
ふふふふふっ…。先生には、敵いませんね。