西の門には奴がいる〜ハシビロコウはつぶやいた〜(後編)
オイラの最近の楽しみは、週末ごとにやってくる人間を待ち受けることだ。
ここ何か月か、週末になるといつもやって来る人間が一人いる。
格好は周囲の人間とさほど変わらない。
ツバのついたサファリハット、襟のついたシャツにズボン、背中に灰汁色のデイバックといった出で立ちだ。
なのでオイラは「帽子さん」と呼んでいる。
何故その人間だと分かるかと問われれば、オイラにだって人間の顔見知りは出来る。
仲間ほどはハッキリ認識できずとも、大きさ、雰囲気、歩き方などから、判断する知性は持ち合わせている。
ちょうど今日がその「帽子さん」の来園日だ。
どうやらお出ましだ。
いつもの通り、オイラの居る放飼場の前に立つと、金属製の人止め柵に手をかけて、じっと観察し始めた。
五分、十分・・・・・・前から動かず、じーっとオイラを眺めている。
その距離十五メートル。
普通の人間は長くても数分くらいだ。
中には三脚にカメラを構えて、熱心に写真を撮っている者もいるが、そういうこともしない。
ニコニコしながらそこに居るだけなのだ。
オイラも負けじと視線を返す。
「帽子さん」から見たら、目玉と頭がほんの少し動いた程度であろうが。
にらみ合いは二十分に及んだ。
だが、今日のオイラは、ある事をたくらんでいた。
青灰色の両翼を『すっ』と広げる。
そして、力を込めて力強く羽ばたかせた。
オイラの大きな身体が、フワッと浮き上がる。
「おおーっ」
見物客から賞賛のどよめきが起きた。
足をそろえて体勢をととのえ、そのまま羽を動かし続け、一挙に相手との間、約十メートルの距離を詰めた。
「帽子さん」との距離二・五メートルの位置にある、茂みに舞い降りた。
相手の目がまん丸くなっていた。
やった。
オイラのたくらみは成功したらしい。
いや、そうではなかった。
始めこそ驚いていた「帽子さん」の口が開き、口角が上がる。
これは確か、笑顔というやつで、人間の喜びの表情だと聞く。
どうやらオイラは、相手を喜ばせてしまったようだ。
「帽子さん」はカメラを取り出して、写真をパシャパシャ撮っている。
企みは失敗だ。
いや、少なくとも暇つぶしにはなった。
今日のところは、それで良しとしよう。
これでまた来週末には、「帽子さん」はオイラに会いに来ることだろう。(了)