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テディ=ベア  作者: iliilii
▶10
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山田聖来は本当は愛されたい

 よくよく話を聞いてみれば、私は最初からテディの仕掛けた罠にまんまと嵌まっていたらしい。


 わざわざ人目につくクマさんの姿で足繁く通ってそのまま棲みつく。いわゆる縄張りアピール。

 ど派手な王家の馬車で夜会に参加する。これ、最初だけは放蕩王子を捕まえるためのものだったらしい。その後はわざと。王家公認アピール。

 公の場で私を抱える。公の場で私に跪く。これがなんと溺愛アピール。断じて溺愛ではない。ただの運搬作業だ。

 公の場で愛称を呼ぶ。まさかの婚約者アピール。知っていたら絶対に人前では呼ばなかった。

 中央夜会の全てに同じ相手と出席して最初の一曲を踊る。これにて婚約成立。

 青を纏って公の場に出て、その青が徐々に色濃くなる。結婚了承アピール。了承した覚えはない。

 そして、最後の真っ青なドレスで結婚確定。しつこいけど了承した覚えはない。

 兄=王太子を、母=王妃を、父=王を、弟=王子を、あえて公の場で紹介し、公の場で愛称を呼ぶ許可が下りる。これで家族公認、つまるところ王家公認。というわけで、アピール完了。お疲れさん。ってそんなわけあるか。


 間違いなくテディは私の知らないところで話に聞いた以上のことをやっているはずだ。

「全部テディの仕組んだ罠だったと」

「罠じゃねぇ。下準備だ」

 家令と侍女は、まんまと騙される私を哀れんでいたらしい。とはいえ、常識を知らない私を訝しみながらも、テディに協力もしていたらしく、おかげで私はなにひとつ疑うことなく、公然とテディの相手を務めていた。

 ちなみに全てここでは常識。知らぬ私がアホだった。

 彼らにしてみれば、跡継ぎのいない領主の死を直前になって放蕩王子に知らされ、領地存続の危機を盾に丸め込まれ、その挙げ句手先にされ、まんまと私を暫定領主の座に就けたにもかかわらず、何も知らない私は当然のように従業員たちの待遇を改善しちゃうから、罪悪感に押し潰されそうだったらしい。だますように無理矢理社長にした人がだまされたことを知らないまま自分をだました従業員のお給料を上げちゃったら……うん、さすがに申し訳なくて平伏したくなるかも。

「テディさ、いつから私を丸め込もうと思ってたの?」

「最初から」

 ……このやろう。しれっと言いやがった。

「だったら売るなよ!」

「売った後で気付いたんだよ」

 ああ言えばこう言う。

「先に気付けよ! ってか何に気付いた? いつ気付いた?」

「お前、売った直後に俺に笑いかけただろう? そんときだよ。あんな顔されて反応しないのは不能だけだ」

 さらっとおかしな発言すんな! ってかどんな顔したっけ、あのときの私。

「どんな顔だったの?」

 頭の中で悪口言いまくっていた記憶しかない。

「いいか、よく聞け。ああいう顔は俺以外にするな」

 むすっとしながら言われても知らんわ。だからどんな顔だ。

「まあいい。婚姻の儀が済んだら領地に引っ越すぞ」

「そうなの?」

「ここにいると甘い蜜を舐めようとする馬鹿共が押し寄せて、アホなお前はあっという間に舐め尽くされるのが目に見えている」

 人のことをアホって言う人がアホなんです。あれ? 甘い蜜って、汁じゃないの? 吸うじゃなくて舐める? クマさんだからか?

「じゃあ、引っ越す」

 家令と侍女が示し合わせたように、すでに引っ越しの手筈が万事滞りなく整っていることを知らせてきた。君たちの主は私じゃなかったのか。一生付いていきますって言ってたのはどの口だ。

「ねぇ。婚姻の儀って?」

「国を挙げての儀式だ。俺一応王子なんでな」

 うわっ最悪。ロイヤルウエディングは観覧するものであって参加するものでは断じてない。

 ん? ちょっと待って。バツイチってロイヤルファミリーになれるの? ここでは無理じゃない? 

「バツイチなのに王子と結婚していいの?」

「ああ、言ってなかったな。ジムが提出したのは縁組みの届けだ。お前はあれの養女だ」

「は?」

「俺が裏で手を回しておいた」

「は?」

「だから、お前が襲われそうになったら助けに入れるよう、ジムもビディも側にいただろう?」

 エロ爺が変態だったからじゃなかったのか!


 エロ爺は、ケチすぎてなかなか結婚相手が見付からなかったらしい。

 そもそもエロ爺のケチは有名で、普通の親ならそんな家に大事な娘を嫁がそうとは思えないほどだったらしく、普通ではない親も有り得ないほどの支度金の少なさに大事な金づるである娘を嫁がす気など起こるわけもなく、おまけに、エロ爺は自分のことを棚に上げて、見た目の美しさと初婚かつ未通にしつこくこだわったため、どこを探したって見付かるわけもなく……。

 それでも諦めずに結婚相手を探していたものの、貴族の中にはついぞ見付からず、仕方なく領民から探そうとするも、ビディを始め、年頃の娘たちは誰もが開通済みだと言い張り、成人と同時に婚約、直ぐさま結婚して難を逃れていたらしい。領民の結婚適齢期がやたらと早いのはそのせいだったらしい。

 常に貞操の危機と隣り合わせだったビディを家令と庭師と料理人の三人が全力で守っていたそうだ。よくやった。

 平民から侯爵夫人への華麗なる転身という野望すら打ち砕くほどのケチっぷりだったらしく、いつまでもこだわりが捨てきれなかったエロ爺は、いい歳になっても結婚できず、焦るあまりついに人攫いという犯罪に手を染めようとしたところで、テディの思惑通り支度金より安い犯罪奴隷の私を買ったらしい。

 あの爺、私を十歳ほどだと思っていたそうだ。いやらしい顔で「この年なら未通だろう」というおぞましすぎる呟きをビディが聞いていたらしい。推定十歳女児を手籠めにしようとする爺! いくら未通にこだわるからって、それはない。犯罪だ。


 うわぁ、思い出したら鳥肌立った! 背筋がぞわずわする。思わず自分を抱きしめて両手で鳥肌の立った腕をさする。

「どうした?」

「おぞましいこと思い出した」

 テディがちょっとだけ申し訳なさそうに眉を下げた。もっと申し訳なさそうな顔をしてもいいと思う。

「ついでにお前の名前も訂正しておいたぞ」

「へ? そんなことできるの?」

「おう。俺を誰だと思ってる」

「クマ五郎」

 ほっぺたを抓られた。痛いから。さっきのしょんぼり眉はどこ行った!

「私、身ぐるみ剥がされてポイされる?」

「は? 身ぐるみは剥ぐが、捨てはしねぇよ。公爵の俺が侯爵領や財産を欲しがると思うか?」

「クマ五郎食い意地張ってるし」

 両手の拳で頭ぐりぐりされた。だから痛いってば。

「ずっと一緒にいてやるって言っただろ。俺を信じろ」

「でも身ぐるみは剥ぐんでしょ」

「そりゃ剥ぐだろう」

 テディがエロい顔で笑った。そっちか! 白昼堂々とエロいこと言うな! 破廉恥な! あっ、破廉恥も死語か。どうもここにいると死語がぽろぽろ出る。色々恥ずかしすぎる。

「お前、そういう顔も俺の前以外でするなよ」

 どういう顔だよ。テディの言っていることはまるでわからん。ちゃんと顔が映る鏡が欲しい! 切実に!




 テディと私のロイヤルウェディングは、社交シーズン終了からわずか数日後にこれでもかってくらい盛大に行われた。一体いつから準備していたのか。色々問い詰めたい。

 最後の夜会で着た真っ青なドレスは、婚姻の儀で着るドレスだったらしく、最後の夜会に堂々とウエディングドレスを着て出席したようなものだ。あの話の長い仕立屋は当然のごとく王家御用達だったというオチまで付く。

 真っ青なドレスを着て最後の夜会に出席した時点で、私の逃げ道は頑丈な丸太で塞がれている。今更逃げようとは思わないけど、色々文句は言いたい。

 ただ、放蕩王子を更生させたとして、私の評判は悪くないらしい。王子の相手として家柄も十分だ。

 どうせテディが裏で糸を引いているに違いない。間違いなくうちの有能すぎる家令も一枚噛んでいる。

 婚姻の儀に参加するための送迎の馬車には、いつもの男の人が二人乗っていた。彼らはテディの秘書官みたいなものらしい。最初の夜会以降ちょくちょくうちに出入りするようになって、今ではすっかり顔なじみだ。きっとこの人たちも陰で暗躍したのだろう。主に公文書偽造などなどなどなど……。


 このよくわからない世界で、私はテディの妻として生きていく。

「でも、嫌じゃないだろう?」

 だからどうしてそんなに偉そうなんだ。たしかに嫌じゃないけど。

 これでもかってくらいよく晴れた空の下、二人揃って青を纏い、あの五重の丸太小屋の二階のウッドデッキで、国王に婚姻を誓い、集まったたくさんの国民に向けて婚姻の宣誓をして、晴れて夫婦となった。

 ちなみに婚姻届はとっくに提出されていた。サインした覚えはない。色々問い詰めたい。

 本来であれば三日三晩かかるところを強引に半日で終わらせたというロイヤルウェディングと披露宴らしき宴を終え、丸太城に泊まって行けと勧めるロイヤルファミリーの声を強引に振り切った馬車の中、まんまと私をロイヤルファミリーに引き込んだ主犯格のテディはすこぶるご機嫌だ。

 全てがぎゅっと凝縮された儀式だったせいか、無駄に盛大だった。

 街灯もない淡い月明かりの中、迷うことなく馬車は走る。ここの馬は夜目が利くのか? 夜目が利かないのは私だけ?

「お前は妙に素直で可愛いな」

「そういう事言うな」

「すぐ照れるし」

 よしよしと頭を撫でる手をぺしっと叩き落とす。

 最近のテディは柔らかく優しい顔で笑うようになった。それが自分だけに向けられていることがわかって、妙に嬉し恥ずかしい。

 結婚披露宴だというのに、私の存在をきれいさっぱり無視したお嬢さんたちがテディに群がる様は、見ていて面白くはないものの、ある意味面白かった。

 テディの冷ややかな目と言ったら。「臭ぇ」と小声で悪態を吐いて顔を歪めていた。たしかに付けすぎじゃないかと思うほど、色んな香水の甘ったるい匂いが混じり合って咽せそうだった。

 持たされていた扇でさりげなく漂う濃密な甘ったるさを仰ぎ飛ばしていたけど、飛ばしきれないほどの熟した匂いは、鼻の利くテディには拷問だっただろう。

 テディは面白いくらい他人に冷たい。特に自分の群がる綺麗なお嬢さんたちには冷たいを通り越して殺気さえ感じる。それでもめげないお嬢さんたちもかなりの強者だ。


 私にだけ優しい。私にだけ笑う。私にだけ触れる。

 それがちょっと、……本当はかなり嬉しい。

 そんなこと絶対に言わないけど。


 はぁぁぁ。なんか思いだしたらあのお嬢さんたちの蔑む視線に腹が立ってきた。絶対お腹の中で私の不細工さを罵っていた。実際「なんでこんな不細工が……」って聞こえてきたし。すまんね、不細工で。

 ここの人たちは顔が濃い。彫りが深く目元ぱっちり鼻高々な中東の人たちみたいな顔立ちだ。のっぺりとした日本人顔の私はさぞや不細工だろう。


 はぁぁぁ。癒やされたい。もふりたい。


 馬車が揺れ、バランスを崩しかけた体を、当たり前のようにテディシートは支えてくれる。

「最近クマ五郎が会ってくれない」

「他人が聞いたら浮気を疑われるようなことをぺろっと言うな。どっちも俺だ」

「もふさが足りない。せめて腕一本」

「そんな器用なことできるか。腕だけもふってたら不気味だろうが」

「いや。もふけりゃなんでもアリだよ」

「今日はもふらせんぞ」

「なぜだ! 記念すべき夫婦となった最初の晩は思う存分もふりたい」

「……お前、初夜が獣型でいいのか?」

 人前で初夜とか言うな!

「クマ五郎を穢すな」

「どっちも俺だと何度言えばわかるんだ、お前は」

「クマ五郎は安心するんだもん。テディだと恥ずかしいんだもん、色々!」

「ほう。俺だと恥ずかしいのか」

 なぜにやりと笑う? なぜ嬉しそうなんだ?

「お前それ、俺が大好きだって言ってるようなもんだぞ」

「ちがっ、そんなこと言ってないし!」

 そうかそうか、とにやにや笑うテディがむかつく。

「お前気付いてるか? 俺の前だと考えてることが全部顔に出てるぞ。わかりやすくて可愛いよな、お前は」

 うそ! 今世ではわかりにくいって言われていたのに。ビディを見れば無言でこくこくと二度頷いた。

「俺の前だけにしとけよ」

 どうしてそうも偉そうなのか。なんかちょっと嬉しいけど。




 よく晴れた気持ちのいい今日、うちの従業員たちの婚姻の儀式が行われている。

 元の世界とは世界そのものが違うのか、それともパラレルワールドみたいに次元が違うのか、何がどう違うのかはわからないけれど、空は青いし雲は白い。

 最近、空が青いな、とよく思う。これまで天気は気にかけても、空の青さを目に留めたことはなかったんだってことに気付いた。空の青さも、月の明るさも、星の瞬きも、朝日の揺らぎも、ここに来て初めて気付いた。


 用意しておいた真っ白な衣装に驚いたうちの優秀な従業員たちが、久しぶりに平伏そうとするのを制し、さっさと着替えさせる。うん、みんなよく似合ってる。

 ビディたちの真っ白なドレスは少しずつデザインが違う。ビディのたわわな胸が強調されつつも清楚なデザインは、私とテキパキアシスタントの渾身の作だ。ジムよ、新妻の胸をガン見し過ぎだ。

 集まった彼らの家族や領民たちの前で結婚を誓い、ようやく夫婦になれた三組は、順番に休暇を取ることが決まっている。

 ここでは新婚旅行というものがないらしく、ならば休暇は中央の屋敷で二人だけでゆっくり過ごせばいいと言ったら、すごく喜ばれた。ご祝儀も弾むつもりだ。


 集まってくれた領民たちにたくさんの食べ物とお酒を振るまい、彼らにジェンカを教えたら、教えたメロディとは微妙に違うおかしな節回しにアレンジされて、楽しそうにいくつのも列になって歌い踊っている。そのうち別のフォークダンスも教えよう。


 私たちが領地の館に引っ越すのと入れ替わり、中央の屋敷ではジムの両親が留守番兼、次男と三男に家令教育を行ってくれている。この館ではロブが執事となったため、その次男が庭師となるべく父親から、ビディの母親が見習い侍女たちの教育も行ってくれている。

 他にも、ビディのお父さんが校長先生、ロブやティムのお母さんたちが教師となって、本格的に学校運営を始めている。

 ビディの弟が優秀だと聞いて、中央の学舎に通わせることになった。ゆくゆくは医者になりたいらしく、医術を学びたいと聞いた時には諸手を挙げて喜んだ。他にもジムのお眼鏡に適った優秀な子供たちが数人、中央の屋敷から学舎に通うことになっている。


 税を引き下げ、生活に少しは余裕が出てきた領民たちの顔色も以前よりはマシになってきた。

 本当はもう少し下げたいところだが、周囲との兼ね合いもあってなかなか難しい。この領地だけ極端に税が低いと、他の領地から逃げ込む人が増えるらしく、領民の取り合いになるため、よろしくないらしい。

 領地を初めて視察したときの私の反応が、どうやらテディのお眼鏡に適ったらしい。それが結婚相手の決め手になったとか。納税者として当たり前の感覚が、ここでは当たり前ではない。民主主義社会でしか生きたことのない私には君主主義社会の当たり前がわからない。テディにはそれがただ新鮮に思えただけなのかもしれない。


 このよくわからない場所で、今日も私は生きている。

 突然この世界に来たように、突然元の世界に戻されるかも、という不安は、テディがあっさり解決してくれた。

 私はここで終わりを迎える運命らしい。

 元の世界での私がどうなっているかはわからない。

 突然消え失せているのか、最初から存在していないことになっているのか。

 どちらにしても嘆き悲しむ人は少ないだろうと思う。必死に愛そうとしてくれた両親は悲しんでくれるかもしれない。でも、聖弥がいるから大丈夫だと、自分勝手にそう思っている。


 後悔はあるけれど、未練はない。


 記憶の限り初めて、側にいると言ってくれて、実際にいつも側にいてくれる人と一緒に、できることなら最後まで一緒にいたいと願う。

 全てを知った上で理解してくれる人がいる。それだけで、驚くほど穏やかな気持ちになれる。自然と笑えて自然と泣ける。感情が真っ直ぐ溢れ出てくる。

 テディに名前を呼ばれるたびに段々とわかってきたことがある。私は聖来だった。美代子ではなく、聖来だ。テディに呼ばれるたびに、私は聖来なのだと実感する。私は最初から聖来だった。

 もっと早く誰かに打ち明けていれば、もっと早く自分が何者かわかったのだろうか。この穏やかさを少しでも手に入れられたのだろうか。この世界に来ることもなかったのだろうか。

 今となってはわからない。この先もきっとわかることはない。


 いまだ私はテディを許していない。

 きっと一生許さない。

「聖来」

 名前を正しく呼んで、全てを承知して側にいてくれる。

 許さなくても側にいたい。

「聖来はちょろいな」

「ちょろいとか言うな」

 このとてつもなく性格の悪い、テディ時々クマ五郎と一緒に、私は今日も生きている。


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