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封じの姫と地の獣  作者: rit.
一章
6/33

ふたたび白昼夢を見ること。

 でも、そんなワガママばかりも言ってられない。

 まだ、絶賛見習い狩り師中の私にとって、師範のいうことは絶対なのだもの。


 深く生きを吸い込んで、腰に佩いた太刀を抜き放つ。

 すらりとした刃が、黄昏色の光を浴びて、赤銅色に染まった。

 まるで、あの夢のなかの刃のように――


 どくり、と心臓が嫌な音を立てる。

 太刀をもつ手は震え、震えを止めようと込める力のせいで、腕はがちがちだ。

 これじゃあ、思ったように太刀は振るえない。


 おちつけ。

 落ち着け、私。

 今まで。たくさん訓練してきたもの。

 今まで、ちゃんとできてきたもの。

 だから、今回だって、ちゃんと出来るはず――


 心を落ち着けようと、無理矢理に深く息を吸ってみる。

 そしてゆっくりとまた、息を吐きだして、前を見据える。

 獣が岩の陰からのっそりと姿を表わすのが見えた。

 でも、震えはまだ収まらない。


 目の前をちらつくのはなんだろう?

 大丈夫大丈夫と、繰り返す私の脳裏をよぎっていく、たくさんのこの光景は?

 ぐうっと現実が遠のいていくような、心持ちがした。

 必死に起きていようとするのに、睡魔に負けてまぶたが落ちていく時のように。





 夜の中に、立ち尽くしているのは私。

 夜なのに、空が赤いのは、めらめらと燃え上がる、この屋敷のせい。

『助けてやろうか? おまえが望むのなら』

 空が赤く染まって、星さえも見えない。月も見えない。

 業火に包まれた屋敷の中からは悲鳴と。怒号が響き渡る。

 そんな屋敷を前に無造作にたつ男が、いくらかめんどくさそうに私の方を見つめていた。

 音はうるさいほどにするのに。

 私の周りだけはやけに静かで。

 それはたぶん、この男のせいで。


 獣めいた、双眸を持つ男。


 この男は、私が殺した男――

 不吉な赤い月の下、生ぬるい風が吹く夜に。


 私が、殺した。

 たすけてやろうか、と聞いてくれたのに。

 いろいろ手助けをしてくれたのに。

 私が、殺した。

 手ひどく、裏切って――寄せられた好意を逆手に取って。


 夜の中に、立ち尽くしているのは私。


 さっきとは、場面が違う。

 いまは、大地に伏した男の体が、さらさらと崩れていくのをただ見下ろしていた。





「今日はもう、やめておくかえ? 集中力にかけるようだね」


 ぴしゃんと。

 生暖かいものが頬にかかって、私はようやく自分をのぞき込んでいる師範に気がついた。

 生暖かい、それを太刀を持っていない方の手で拭えば、生臭い赤い色が指先につく。

 これは、血――?


 瞬いて、視線を少し先にずらせば。

 先ほど岩の陰にいたはずの獣が、師範の太刀に貫かれて事切れているのが目に入った。

 私はまた、意識を飛ばしていたのだろうか?

 まるで白昼夢でも見たような気分だ。

 ふわふわとして、足元さえも定まらない気がする。


「また狩りは今度にしよう」


 太刀についた血糊を大きく振って飛ばしながら、師範が言った。

 怒るふうでもないその言葉に、ただ頷く。


 ぼんやりとしている自覚があるが、いまはちゃんと考えられない。

 何もかもが、現実味がなく遠いのだ。


「日彩。なにかみたのかえ?」


 ゆっくりと師範が聞いた。

 みた。なにか?

 みたのは、男だ。

 おとこ――私が裏切って殺した男。


「おとこ……」

「男?」


 師範が怪訝そうに眉を寄せる。

 ああ、そうか。

 私が見たのは、現実じゃなくて。


「ゆめ……」


 ゆめ。

 そう、ゆめだ。

 アレは夢――朝方見た夢の、悪夢の。続き?


 膝から力が抜ける。

 まぶたがひどくおもい。

 眠るわけじゃないけど、少しだけ目を閉じようかな。

 そうしたらたぶん。少しだけ休める気がする。

 ねるわけじゃないから。

 ちょっとだけ、目を閉じるだけ――

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