ふたたび白昼夢を見ること。
でも、そんなワガママばかりも言ってられない。
まだ、絶賛見習い狩り師中の私にとって、師範のいうことは絶対なのだもの。
深く生きを吸い込んで、腰に佩いた太刀を抜き放つ。
すらりとした刃が、黄昏色の光を浴びて、赤銅色に染まった。
まるで、あの夢のなかの刃のように――
どくり、と心臓が嫌な音を立てる。
太刀をもつ手は震え、震えを止めようと込める力のせいで、腕はがちがちだ。
これじゃあ、思ったように太刀は振るえない。
おちつけ。
落ち着け、私。
今まで。たくさん訓練してきたもの。
今まで、ちゃんとできてきたもの。
だから、今回だって、ちゃんと出来るはず――
心を落ち着けようと、無理矢理に深く息を吸ってみる。
そしてゆっくりとまた、息を吐きだして、前を見据える。
獣が岩の陰からのっそりと姿を表わすのが見えた。
でも、震えはまだ収まらない。
目の前をちらつくのはなんだろう?
大丈夫大丈夫と、繰り返す私の脳裏をよぎっていく、たくさんのこの光景は?
ぐうっと現実が遠のいていくような、心持ちがした。
必死に起きていようとするのに、睡魔に負けてまぶたが落ちていく時のように。
夜の中に、立ち尽くしているのは私。
夜なのに、空が赤いのは、めらめらと燃え上がる、この屋敷のせい。
『助けてやろうか? おまえが望むのなら』
空が赤く染まって、星さえも見えない。月も見えない。
業火に包まれた屋敷の中からは悲鳴と。怒号が響き渡る。
そんな屋敷を前に無造作にたつ男が、いくらかめんどくさそうに私の方を見つめていた。
音はうるさいほどにするのに。
私の周りだけはやけに静かで。
それはたぶん、この男のせいで。
獣めいた、双眸を持つ男。
この男は、私が殺した男――
不吉な赤い月の下、生ぬるい風が吹く夜に。
私が、殺した。
たすけてやろうか、と聞いてくれたのに。
いろいろ手助けをしてくれたのに。
私が、殺した。
手ひどく、裏切って――寄せられた好意を逆手に取って。
夜の中に、立ち尽くしているのは私。
さっきとは、場面が違う。
いまは、大地に伏した男の体が、さらさらと崩れていくのをただ見下ろしていた。
「今日はもう、やめておくかえ? 集中力にかけるようだね」
ぴしゃんと。
生暖かいものが頬にかかって、私はようやく自分をのぞき込んでいる師範に気がついた。
生暖かい、それを太刀を持っていない方の手で拭えば、生臭い赤い色が指先につく。
これは、血――?
瞬いて、視線を少し先にずらせば。
先ほど岩の陰にいたはずの獣が、師範の太刀に貫かれて事切れているのが目に入った。
私はまた、意識を飛ばしていたのだろうか?
まるで白昼夢でも見たような気分だ。
ふわふわとして、足元さえも定まらない気がする。
「また狩りは今度にしよう」
太刀についた血糊を大きく振って飛ばしながら、師範が言った。
怒るふうでもないその言葉に、ただ頷く。
ぼんやりとしている自覚があるが、いまはちゃんと考えられない。
何もかもが、現実味がなく遠いのだ。
「日彩。なにかみたのかえ?」
ゆっくりと師範が聞いた。
みた。なにか?
みたのは、男だ。
おとこ――私が裏切って殺した男。
「おとこ……」
「男?」
師範が怪訝そうに眉を寄せる。
ああ、そうか。
私が見たのは、現実じゃなくて。
「ゆめ……」
ゆめ。
そう、ゆめだ。
アレは夢――朝方見た夢の、悪夢の。続き?
膝から力が抜ける。
まぶたがひどくおもい。
眠るわけじゃないけど、少しだけ目を閉じようかな。
そうしたらたぶん。少しだけ休める気がする。
ねるわけじゃないから。
ちょっとだけ、目を閉じるだけ――




