師範が目論むこと。
ひらひらと動きにくそうな格好をしていても、由良師範は名うての狩り師だ。
足元の悪い道も危なげなく進み、ひょっとすると、動きやすい服装をしている私のほうが、道を進むのに苦労しているかもしれない。
木々の間を抜け。
下生えをかきわけ、岩を登り、くぼみを飛び越え。
なんだかもう獣道ですらないような気がするのだが、とりあえず師範の背中を見失わないようにだけを心がけて追いかけた。
さすがに初任務だけあって、そんなに街から離れている場所ではない、はずなのだが。
いけどもいけども、街に近づいている気がしないのは、なんでだろう?
「日彩」
どれだけ歩いただろうか。
街で暮らしている一般人よりは、体力に自信があったはずなのだが、その自信もうしなって、いい加減くたびれ果てた頃。
少し先で師範が足を止め、じっとこちらを見つめていた。
獣たちと戦った頃には――というか、師範が、獣を狩っていた頃、中天にかかっていた陽はだいぶ傾いて、遠くに見える山並みにかかろうとしている。
じきに真っ赤に滲んで膨れ上がり、空も真っ赤に染めるのだろうと、そんなことをぼんやり考えた。
「どうしました、師範?」
「いや、そういえばお前は具合が悪かったねと思いだしたのさ」
乱れた呼吸を整えるために深く息をすう。
そんな私から視線を逸らさずに、師範は至極いまさらなことを口にした。
まぁもっとも。
正確には具合がわるいのではなくて。
夢見が悪すぎて、その夢がひどく現実的すぎて、獣を狩るのに支障が出ただけなのだが。
「いえ、もう大丈夫です」
「そうかえ?」
師範が私を覗きこむように、わずかに首を傾げた。
「ふむ、ならばもう一仕事してみてはどうだえ?」
ふ、と師範の紅をはいたような唇が美しく弧を描く。
その視線の先を追ってみれば、わずかに遠く、大きな岩の陰に。ぎらぎらと燃える目を持つ獣がいた。
あの獣を、狩れというのか。
その事実に思い至って、ひやりとする。
太刀を手に、獣に斬りつけようとして、蘇った夢の記憶はあまりに生々しかった。
また同じようになるとは限らないとは思っても。夢見の悪さが狩りを妨げたのは、半日も前ではないのだ。さきほどと、同じようにならないとは限らない。むしろ、なる可能性のほうがたかそうだ。
冷や汗が背筋を伝う。
仕事をこなさなければならないのはわかっているし。
狩り師であることをやめるのも嫌だ。
せっかく辛く長い訓練期間を経て、狩り師になったのだもの。
でもできれば、再挑戦は今日でないほうがよかったのだけど……




