ほしいもの
「どうした」
再度彼が聞いてくる。
わたしの肩に触れる、手が優しい。
優しくて、それが悲しくて。胸が苦しくなる。
「……どうした、朱紅。そんな顔をするなよ。おまえが望むのなら、おれはどんな望みも叶えてやるのに」
優しい、かれ。
その言葉に甘やかされて、護られて。
そうすることができれば、どれだけか幸せだったろう。
わたしと、かれ。
兄上がどんなつもりで、かれとわたしを引きあわせたのか、わたしはきちんと理解しているつもりだ。
朱の一族の姫であるわたしと、人間ではない、古き種族でこの鳴滝の地の主でもある彼。
兄上は多分、わたしに一族の姫として一族に縛られる以外の生き方を示してくれようとしたのだろうと思う。
今までの朱の一族の姫たちの歴史を紐解くに、あまりに彼女たちの生き様は苛烈だから。
朱の一族の当主のなのに、あまりにもわたしにお優しすぎる兄上は。
わたしが姫として生きることをしのびなく思ってくださったのだろうと思う。
だから、友人である彼を、わたしに紹介してくれたのだ。
姫として生きるのがつらいのなら、彼と沿う道もあると。
一族を捨てても構わないのだと、わたしに一人の人として生きていけばいいとそう言ってくださっていたのだと思う。
お優しすぎる、兄上。……大好きな、おにいさま。
「……音織」
そんな優しい兄上だからこそ、わたしは一族を捨てられない。
朱の一族なんて、兄上以外は嫌いだけれど、兄上をあんなところに一人置き去りになんて出来はしない。
だから、わたしも同じ場所で戦うの。
「わたし、もうここへはこないわ。今日はお別れにきたの」
「なぜ」
「……蒼の一族の次期当主と結婚することになったの」
息をつぐこともせず、わたしは低く一息で言い切った。
わたしと、兄上と、音織と。
春には花見をして、夏には滝で遊び、秋には紅葉を愛でて、冬には火にあたりたい。
平和な日がずっと続けばいいと思っていた。
三人いれば、あとは何もいらない。
地位も名誉も名声もお金も。
三人で笑っていられさえすれば、後は何も望まないのに。
彼は、わたしを責めるでもなくじっとみていた。
すべてを見通すような眼差しで、ただわたしを見つめて、ほんの少し瞳を眇めた。
「助けがほしいか」
ほんとうは。
みたこともない蒼の一族の次期当主なんかに嫁ぎたくない。
でも、嫁がなければ。
兄上は、朱の一族の当主の座を狙う輩に殺されてしまうかもしれない。
正妻の子でない兄上には、後ろ盾が必要なのだ。
どんなに高い理想を掲げ、どんなに力を尽くしたとしても、それだけで海千山千の輩を統べることはできないのだから。どんなに嫌っても、そういう力が必要になってくる。
わたしが嫁ぐことで、兄上の力になれるのなら。
兄上は要らないと言うだろうけれど、わたしは喜んでこの身を捧げようと思う。
だから、彼の問に首を振ってこたえた。
「……ありがとう」
彼はただ、それ以上は聞かずに、そうか、とだけ言った。




