狩りの最中に物思いにふけること。
成績はいつも、そんなに悪いほうじゃなかった。
座学は得意だったし、実技だって苦手じゃない。
だから、こんなことになるなんて、夢にも思っていなかった。
「日彩!!!」
訓練生を終えての、はじめての実践。
それもそんなに難しい任務ではなくて。
ただ、畑を荒らす山の獣を捕縛する、ただそれだけの簡単な仕事のはずだった。
私と、同級生が一人と、付き添いの師範が一人。
今までまじめに授業をこなしていれば、難なくこなせるものだとも、説明されていた。
なのに。
あらわれた獣の群れを前に封じの太刀を持てば、どうしようもなく手が震えた。
現実がゆっくり遠のき。
詳細によみがえる、肉に刃が埋もれていくぞっとするようなあの感触。
溢れる命の匂い。
不吉な月のもと、その色をした彼の瞳が、ただ、私をうつす――
「日彩っ!!」
鋭い、警告の声が響いた。
はっと我に返れば、とたんに現実が還ってくる。
真っ青に抜けるような空、からりと乾いたひんやりとした風。
葉を落とした木々の合間から、襲い掛かってくる獣たち。
慌てて太刀を構え直そうとしたけれど。
生臭い息が顔にかかる――そんな距離まで、獣たちは近づいていた。
目の前に、鋭い牙がせまる。
この牙は、私を噛み殺すのだろうか――?
その瞬間、私は思考することを放棄していた。
私の頭などひとのみにできそうなほど、大きな顎と。真っ赤な口の中。
肘から手の先ほどまでもありそうな、よだれに濡れた牙が私を噛み千切ろうとするのを、ただどうすることもできずに、みつめていた。
痛いだろうか?
それとも痛みを感じる前に死ぬのだろか?
その一瞬に、そんな呑気なことを思った。
一瞬はひどく間延びして、ゆっくりと流れていく。
音さえも遠のいて、その瞬間できたことはただ、その獣の口の中を凝視することだけ。
どきどきと心臓の音が、やけに大きく耳元で聞こえた。そんな、気がした。
「ぼやぼやとしておいでじゃないよ!」
息を詰めて、獣の牙にかかるのをまつ。その瞬間だった。
乱暴に首根っこを掴まれて、後ろに引きずり倒される。
ほんの鼻先で、がちんと獣の牙がなった。
もう一瞬遅ければ、しっかりとその牙の餌食になっていたに違いない。
派手についた尻もちは痛いけど、それを思えば文句など、言えようはずもない。
刹那の差で私に逃げられて、群れで一番大きいらしいその獣は不満そうに喉の奥でぐるぐると唸った。
やっぱり獣は私を食べる気満々だったようだ。
「狩りの最中に何をぼやっとしておいでだい。命を無駄にしたいとしか思えないね」
危ういところで私を助けてくれたのは、由良師範だ。
波打つ豊かな髪を無造作に背中に流し、いかにも狩りに不向きな裾の長い衣を美しく捌いて立ちまわる、この西で一番美しい狩り師。
無様に尻餅をついたまま起き上がれない私の前で。
由良師範は優雅に封じの太刀をふるい、獣がぎゃん!と悲鳴を上げた。




